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第230話 お礼参りの旅in玉座の間

 1月2日、夜。

 国王自ら表に出ての、一連の年始行事も終わり、王城内は落ち着いたものだった。

 年末年始の間も王城敷地内の一部においては、錚々(そうそう)たる顔ぶれが出入りしていた。悩ましい案件が生じているのだろうが……

 今の国王の周りにまで、そうした諸事が入り込むことはほとんどない。


 よく言えば平穏、悪く言えば退屈な毎日が再び訪れた訳だが、玉座の間を守る若き近衛二人に緩みは毛ほどもない。玉座に続く扉の両脇に(たたず)む彼らは、絶やすことなく警戒を続けている。

 この国はラヴェリア聖王国。世界最強の大列強と名高いこの国の玉座へ、侵入を果たそうという不埒(ふらち)者など、まずはいない。


――いるとすれば、王の身内ぐらいのものである。


 そうした史学級の異常時を除けば、良くも悪くも、近衛としての力を試される機会など絶無と言っていい持ち場だが……

 今夜は彼らにとって忘れられない一夜となった。


 橙色の常夜灯が灯る中、回廊の奥から一人の人影が近づいてくる。その影にすぐ気づいた近衛は、同僚にわずかな所作で合図した。

 合図を受け、まずは別方向へと視線を走らせる片割れ。怪しい気配が何もないことを確かめると、彼も近づいてくる人影に視線を向けた。

 近づいてくるのは、うら若いメイドである。

 王城付きのメイドには、行儀見習いとして大貴族の令嬢も相応にいるのだが……このような夜分に、それも玉座へ直接足を運ぶなど、まずありえないことだ。

 ただならぬ事態と直感し、近衛二人は、それとなく道を塞ぐように並んだ。

 玉座の間を守る身とは言え、王城のメイドであれば、相手の身分の方が上ということも往々にしてある。このようなところへ来る者ならばなおさらのこと。

 そのため、事を騒がしくしないようにとの配慮があった。


 実のところ、相手の身分は彼らよりも遥かに上であり、同時に果てしなく下でもあった。


 二人に近づいてきたメイドは、「そこでお止まりください」という静止に従い、立ち止まった。恭しい所作で頭を下げ、少女が口を開く。


「このような夜分まで、ご精勤お疲れ様です」


「恐れ入ります……ご用件は?」


「陛下にご一報したき事項が……」


 ここまでは腰の低い対応をした近衛の二人だが、さすがに相手の言うがままとはならない。礼節は保ちつつも、この要求をそのまま通すことはない。

「よろしければ、こちらでご用件を承りますが」と返すと、少女は「失礼します」と口にし、腰のベルトに(くく)りつけた小物入れに手を差し込んだ。にわかに緊張感が高まる。

 しかし、二人が本能的に懸念する事態には至らなかった。警戒する彼らの目の前に現れたのは、周囲の明かりを受けて金色に輝く貨幣だ。


「こちらを、掃除中に見つけまして」


 やや恐ろしげに口にする少女に、二人の警戒の念も強くなる。差し出された金貨を手に取り、少しして顔をしかめた近衛は、同僚へと手渡した。


「発見場所は?」


「この場で申し上げて良いものかどうか……判断つきかね、こうして陛下の御前へと足を運んだ次第でございます」


 金貨を渡された二人目も、これが贋金だとは判別したようだ。

 そして、「発見場所を言えない」とする少女の言に、事の深刻さの理解も。王城内に務めるメイドが、このようなものを見つけてしまったのなら……見つかった場所次第では、国王自らの処断が必要となろう。

 とりあえず、この話は彼らの手に余る案件であった。上席者の判断を伺うべきか。だとしても、結局は陛下のお耳に入れる事態にはなるだろう。

 もっとも――


「一つ確認させていただきたいのですが、これは王城内で見つけたものということで、間違いはありませんか?」


「はっ、はい」


 可憐な少女は、胸元で手を合わせ、恐れもあらわに答えた。

 これを受け、近衛二人は手短に言葉を交わしあった後、扉に手をかけた。


「御前にお通しします」


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げる少女の前で、二人は扉を開けていく。

 そして、玉座への赤い絨毯が現れると、近衛の一人が彼女を先導した。片割れは廊下で待機する形に。


 玉座の間は壮麗ではあるが、どこか物寂しくもある。天上は高く、広く空間の中、奥には国王その人。傍らに豊かな白髪の重臣が一人、静かに(たたず)むばかりである。

 役割上、この場へ立ち入ることもままある近衛だが、いつになっても慣れ切ることはないようだ。緊張した面持ちの彼は、連れてきたメイドに素早く目配せした後、絨毯を少し進んでからひざまずいた。

 彼に倣って少女も片膝をつき、視線は伏せて赤い絨毯へ。


 すると、重臣が少ししわがれた声で尋ねた。


「何用か」


「ハッ、申し上げます。王城内の掃除中、このような物を見つけたとの(よし)により、まずはご報告に参った次第であります」


「ふむ。持って参れ」


「承知いたしました」


 重臣に促されるままに、近衛は立ち上がり、歩を進めた。一歩一歩進むごとに、歩幅はわずかに短く、足取りはかすかに重く。

 そんな短くも長い距離を詰め、彼は重臣に贋金を手渡した。手渡される前から少し渋く苦い表情の重臣が、より一層険しい顔つきになっていく。

 おそらく、この場に若者二人が現れたときから、良からぬ予感はあったのだろう。

 しかし、そのような中にあって、国王は贋金に何ら興味を抱いてはいないようだ。彼の視線は、顔を伏せたままのメイドだけに注がれている。


 しばしの間、緊迫感に満ちた静寂が場を覆った。苦々しい顔の重臣が、王に向かって重い口を開く。


「陛下。城内で贋金が見つかったとなると、これは由々しき事態でございますが……」


 だが、それでも王の反応は鈍い――少なくとも、贋金に対する反応は。

 彼は近くまでやってきた近衛に一瞥(いちべつ)し、言った。


「そなたはその場で控えよ」


「……はっ」


 有無を言わせぬ口調に、近衛は声で応じた後、独りひざまずくばかりのメイドへ視線を向けた。

 彼は、王が最初からずっと、贋金よりもメイドに注意を向けていることに気づいていた。今受けた命令も、あの少女から自分を離すためのように感じられる。

――では、何の理由があって? 陛下は、彼女を疑っておられるのだろうか?

 表面上は平静を保ちつつも、内では疑問渦巻く彼に答えるように、王は口を開いた。


「エリザベータか」


 王の近くに控える二人は、信じがたい言葉に目を丸くした。

 一方、ひざまずいたままのメイド少女は、ゆらりと立ち上がり、その表情には冷笑が浮かぶ。


「お久しぶりね。忘れているものとばかり思っていたけど」


 悠然と構えるリズを目の当たりに、近衛はさすがに狼狽(ろうばい)し、それでも剣に手をかけようと動きを示すが……


「案ずるな。そのための訪問ではなかろう」


「し、しかし……」


「この三人で勝てる相手ではない。騒ぎ立ても無用だ。外に気取られてはならぬ」


 淡々と口にする王だが、傍に控える二人の困惑と恐怖を解消するには至らない。依然として畏怖が張り付いた顔で硬直する二人に目を向け、リズは苦笑した。


「そちらの近衛の方に、処罰なんて下さないでね。ここに来るのが二回目でしかない私の顔なんて、近衛の方にわかるはずもないもの」


 と、近衛に対して慈悲を見せるリズだが……それとは裏腹に、実父へ向ける感情は冷ややか。

 しかし、王への侮蔑もあらわな彼女に、重臣は言葉を投げかけられずにいる。

 もはや、この空間で言葉を交わし得るのは、血を分けたこの二人だけだ。


「用件はなんだ?」


「ご挨拶と……ちょっとした警告をね」


 警告という言葉に、半ば本能的に身を強張(こわば)らせる余人の二人だが、肝心の王は冷然としたものだ。その警告の詳細を問いただそうという反応さえない。

 あまりの無反応を鼻で笑い、リズは言葉を続けた。


「今まで、あなたを見習って平和主義でやってきたけどね……いつまでも続けられるものじゃないとは思うのよ。いつか破綻して、兄弟の誰かを殺すか、私が死ぬ日が来る」


 ここまで言っても、王は反応を示さない。能面のような顔に情動の兆しすら起きない。王に仕える二人でさえ、この無反応には戸惑うばかりだ。

 そこでリズは、大きなため息をついた。「そういう、殺すか殺されるかの段になったら」と口にし、少し間を開け、一言。


「代わりにあなたを殺すわ」


 すると、ここまで黙っていた王は、落ちついた声で「なるほど」とだけ言った。

 このわずかな言動だけでも、リズの心情を逆なでするには十分すぎるものだったが……それでも彼女は冷笑でこれに応える。

 その後、息苦しいまでの静寂が訪れたが、少しして王は尋ねた。


「用件は終わりか?」


 無神経と厚顔も、行き着くところまで行けば才能なのかもしれない。実父の、あまりに冷淡な態度に、リズは呆れて物も言えなくなった。

 そんな彼女に、父は続けた。


「そろそろ下がるが良い」


「……これで泰平の世の名君だと言うんだから、恐れ入るわ」


 思わず皮肉を投げかけるリズだが、彼女を下がらせるだけの理由が父王にはあった。


「湯浴みの時間が近い」


「そう……人が増えるのは面倒ね」


「ああ。クラウディアが来る」


 王妃クラウディア。ネファーレアの実母にして、リズにとってはこの父と並ぶ、不倶戴天の仇敵だ。

 湯浴みの時間で、あの女が来るということは、二人で湯に浸かるのだろう。同じ場に侍女が幾人かつくことだろうが、まとめて殺すのも――

 そんな破滅的な考えが脳裏に浮かぶも、リズはそれを苦笑いの奥で握り潰し、理性に身を任せることにした。

「くれぐれも仲良くね」と、嫌味だけは忘れなかったが。


 その後、彼女は「二度と遭わなければいいけど」と、本音と皮肉入り交じる言葉を残し、玉座の間を後にした。

 彼女が去った玉座の間は、しばらくの間、ため息の音すらなく静かであった。



 玉座の間を出た後、何食わぬ顔で外の近衛に会釈し、広く長い廊下を歩いくリズ。誰もいない部屋を見繕うと、彼女は事前に用意した転移の出口へ飛んだ。

 中継点で一息し、メイド服から黒尽くめの服装に着替えた後、今度は転移で王都の外の森へ。念のために周囲を警戒し、安全を確認した彼女は大きなため息をついた。


 王城を出るまでがネックだったが、リズには事を荒立てられずに切り抜ける目算はあった。

 というのも、継承競争が始まっている以上、各継承者の勢力以外が標的を殺してはならないのだ。

 それがたとえ、国王であっても。

 むしろ、国王と直属の配下であればこそ、決して手を下してはならないとさえ言えるかもしれない。直接的な攻撃どころか、いずれかの戦力に対する協力行為でさえ、厳に慎まれるべきだろう。

 そうでなければ、競争の趣意も絶対性も、国王自らの手で損なわれてしまうのだ。自らをその地位に定めた制度を、正当な法の手続きなしに蹂躙できようか。

 もっとも、手を下されないという予想に自信はあったものの、ここまであっさりと帰されるというのは、少し想定外である。うまくいった裏で、やや釈然としない思いはあった。


 それに……父王との対面に、彼女は現実味をまるで感じられなかった。というより、あの男が父であることに、今もまったく確信を持てないのだ。

 もちろん、自分が王族であることに疑いはない。《家系樹(ペディツリー)》でも判明している。

 それでも、先程の会話では、お互いの血の(つな)がりが何ら感じられなかったのだ。直接会ったことなど、片手で足りる程度の回数でしかないのだから、肉親の実感が希薄なのも無理からぬところか。


 そんな相手に、色々と無理を押してまで対面を果たしたのには、いくつか理由がある。

 まず、継承競争への警告。これで歩みを止めるような生易しい国ではなかろうが、いざとなれば……という期待はある。

 仮に国王勢力とでも言うべき陣営が立ち上がり、競争に干渉することになれば、向こうの身内争いで足を引っ張り合う展開があるかもしれない。


 それとは別に、純粋に心情的な理由として、「生きている内に、何かひとこと言ってやりたかった」というのもある。

 何しろ、いつ殺されるかわからない身なのだ。志半ばで果てる可能性は、今も無視できないほどに大きい。


 そしてもう一つ。これで王城内が少し騒ぎになってくれればの話だが、次がやりやすくなる。

 その次へ向かって、リズは森を出た。王都から離れ、人里のない方へと闇夜を駆け抜けていく。

 ラヴェリアへ戻ってきた目的は、1つ目が大図書館の禁書庫。次が玉座の間。

 しかし、あの玉座の間も、ある意味では布石と言える。


 誰もいない雪原の中、足跡もつけずに駆け続け、リズはこの旅の最終目的地に着いた。

 目の前には、木々に囲われる中、雪を(かぶ)ったなだらかな丘陵がある。広い平野部の中、整った形の丘陵が不自然に一つだけ。

 実際、これは自然の丘陵ではなく、人工の(みささぎ)である。このラヴェリア聖王国にとって、侵されざるべき真の聖地――


 ラヴェリア大聖廟だ。

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