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第229話 お礼参りの旅in年明けの王都

 大図書館への侵入を成功させたリズは、宿と禁書庫に転移の出口を書き記すことで、相互に行き来する準備を整えた。

 日中はおおむね宿に留まり、人通りが少し多くなった時に外へ。街の様子をうかがい、妙な動きがないかの確認を。

 夜になると、再び大図書館へもぐりこみ、必要な本を選び出しては慎重に何冊も転写。頃合いを見計らい、宿へと帰還……といった繰り返しだ。


 この間、宿のドアが叩かれるようなことは起きなかった。国の方で対応の動きはないように思われる。

 実のところ、相手方が何らかの追跡手段を持っている可能性は極めて濃厚。その前提のもと王都へ忍び込むことで、相手の反応を引き出そうという目論見はあった。

 しかし、それらしい気配は何もない。やや拍子抜けではあるが、禁書庫侵入による情報収集という点では好都合だ。


 国の方から動きがない理由について、いくらか思い当たるものがリズにはある。

 まず、ファルマーズの帰還。帰ってきたばかりの彼と、今後の継承競争を巡る議論で、相当に忙しくなっているのではないか。追跡手段が何であれ、今はそれどころではないのかも。

 あるいは、年末年始の行事のため、王都内を荒立てたくないという事もありえる。国内における同族同士の争いを避けるべく、たった一人の標的を国外へ追い出しているのだから。

 この推測が正しければ、よほどの事をしでかさない限り、向こうも静観する腹積もりでいるかもしれない。

 そして、もう一つ。相手方が反応を示さない理由として、リズは追跡手段が途切れ、相手が自分を見失った可能性を考えた。あのダンジョンの島から今に至るまで、様々な場所を転移で点々としたことで、追跡手段との接続が切れたのでは、と。


 だが、いくら考えても決定的な確信には至らない。相手の動きがない事自体に、彼女は漠然とした気持ち悪さ、落ち着かない感じを味わった。

 ともあれ、即座に排除しに来ないあたりは、相手の対応が後手に回っていることを示唆しているように思われる。お互いに(・・・・)面倒を避けることができているのは、何よりだろう。

 気を取り直した彼女は、べッドの上で伸びをしてリラックスした。


 明日は1月1日。新たな一年の始まりであり、魔族との戦いが終わって人の世が始まったその時を模す、神聖な祭事を執り行う日だ。

 実際的な政務を後進に譲った今も、こういった公式行事は変わらず国王の仕事である。

 あまり人前に出ることのない現国王が、明日は白日の下に姿を(さら)す――


 窓の外の日はまだまだ高いが、リズはもう寝てしまうことにした。



 1月1日、夜明け前。日の出に先駆け、王城から王都大通りへと、厳めしい一団が行進を始めた。

 現ラヴェリア国王バルメシュと、近衛も兼ねる儀仗兵、そして軍楽隊である。

 

 年明けまではあまり外を出歩かないのが文化である王都の民も、この時ばかりは外に出て、王都中央の大広場を囲う人だかりを構成している。

 そればかりか、年に一度の儀式を目にしようと首を出す者たちで、大広場を囲う建造物には閉じきった窓が一つもない有様だ。

 一年通してみても、これほどまでに民衆が密集することはほとんどないが、大広場は厳粛な静寂を保ったままである。

 それだけ、この行事が民衆にとっても神聖視されているということだ。国民の中には、遠方からこの聖地までやってくる者も少なくない。


 そうして、数多(あまた)の耳目が神妙に待つ中、国王は集団から一人出て大広間中央へ向かった。

 現国王、バルメシュ・エル・ラヴェリア。壮年を超え、老境に差し掛かった彼の外見は長身痩躯で、周囲に控える屈強な精兵たちと比べると、どこか見劣りするものはある。

 しかし、彼が身にまとう冷厳な雰囲気に、場の空気が張り詰めていく。


 大広場中央に立つと、彼は腰から一本の剣を抜き放った。これは由緒正しいものでも何でもなく、ただの既製品だ。

 というのも、この行事の元となった大英雄の逸話に由来している。激闘に次ぐ激闘で、かの英雄は剣を取っ替え引っ替えしていたのだとか。

 現代においてはその再現として、王都で一般的に売られている剣を祭礼省が毎年調達し、この場で用いているというわけだ。

 儀式を見守る者の中には、同じ商品を手に取ったことがある者もそれなりにいることだろう。

 だが、程なくして、握る者が自分たちとはまるで異なる存在だと思い知らせされることとなる。


 国王が抜いた剣はありきたりな品だが、彼が未だ暗い天へ向けて振りかざすと、刃から光が放たれた。

 そして、徐々に光強まる剣を片手に、彼は緩やかな動きで剣舞を始めた。輝く刃の軌跡がたなびく光の帯となって、夜明け前の闇を切り裂いていく。

 舞うほどに帯は重なり合い、闇の中で舞を奉じる王の姿を鮮烈に照らし出す。

 彼の剣舞に割って入るのは、天から舞い降りる小雪ばかり。音を忘れた世界の中、彼の舞だけがただただ眩しい。


 やがて、彼は足を止めて大上段に剣を構え、振り下ろした。王都を包み込む夜闇が、一瞬だけ晴れ渡るかのような光が走る。

 その後、彼は剣を鞘に収めた。光を(たた)えた刃が鞘へ帰ると同時に、宙に残った幾重もの剣閃が光の粒子となって散っていく。そこへ吹き込む一陣の風が、光と小雪を民草の元へ運んでいき――

 大通りに差し込む光の帯が夜明けを告げた。


 祖先に奉ずる儀式は以上である。一仕事終えた国王の周りに、お付きの儀仗兵と楽隊が近寄り、再びひとまとまりの集団へ。

 静寂に満ちた儀式もこれまでとばかりに、金管の高らかな音が乾いた冬の空に響き渡る。

 実際、国王の手になる儀式は以上であり、以降は大広場に集まり切れなかった民衆向けに、夜明けを知らせる楽隊の行進が始まる。ここからは神聖な祭事というより、どちらかというと行政サービスに近い行事だ。


 国王率いる一団が大広場を離れて通りへ入っていくと、これを合図に民衆が動き出した。これまで息を潜めて静かに生きていたのが嘘のように、大広場が揚々とした喧騒に包まれる。

 どうせすることもないからと、年末は早々と寝るのが通例であり、今日はこうして夜明け直前から彼らの一日が始まるのだ。広場に残る者もいれば、その場を離れていく者も。慌ただしく出店の準備を始める者もいる。


 そうして息を吹き返すような王都の様子を、リズは宿からじっと見つめていた。こういう行事があることは知っていたが、目にするのは初めてのこと。

 色々と複雑な心境であった。

 あの人の輪に混ざれないことが寂しいというわけではない。

 実父であるあの王が――あの男が国民から敬愛されているのが、街を包み込む雰囲気から明らかであり、それがなんとも言えない気分にさせたのだ。


 この国の民にとっては名君とされる現国王だが、国外の評価も似たようなものだ。覇権主義国家として名高いラヴェリアにあって、現国王バルメシュは平和的で寛容な君子であると。

 リズに協力的なマルシエルでも、この王に向ける印象は同じようなものだ。リズの境遇と考えに理解を示しつつ、影ながら手を貸すマルシエルだが……それはそれとして、平和的な君主は同じ大列強の頭首として好ましい存在である。

 リズとしても、それはそれで、というところだ。マルシエルにはマルシエルの事情と思惑があり、父王への評価に口を挟もうというのは筋違いだと承知している。


 しかし……世に名高い父王が、自分には子を子とも思わない仕打ちをしている。

 世のためを思うのであれば、あれが暗君暴君の(たぐい)でないのは何よりだが……その外面宜しさゆえに、むしろリズには腹立たしくてならないのだ。


 窓からのぞく王都の喧騒に、なんとも煮え切らない思いを(いだ)いた彼女は、一度窓から離れた。ベッドに背を投げて身を沈め、ぼんやり天井を見つめ、口からは大きなため息。


 これからの動きについて、すでに色々と考えはあった。仲間や関係者からの同意も得ている。

 それでも悩むところはある。今もそうだ――いや、そうだった。


 これで決心がついた。

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