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第227話 お礼参りの旅in大図書館①

 宿から様子をうかがった通り、年明け迫る夜の王都を出歩く者はほとんど見当たらない。おかげでリズは、注意の矛先を官憲に絞ることができた。

 そうして彼女は、民間向けの区域から脱し、公共性の強い区画を前にした。街並みの様子がガラリと変わっており、目前にある街の境界に、少し緊張感が高まっていく。


 広大な王都の中では、一般開放されている区画とそうでない区画とがある。大図書館があるのは前者の文教区画だ。一般人も入り込めるが、年末年始は話が別である。

 というのも、建国の始祖を崇める一連の行事のため、公的機関こそ率先して休暇を取ることが推奨されているのだ。無論、官憲のような例外もあるが……

「文化の庇護者が手本を示さないでなんとする」というわけで、文化系の公機関筆頭格たる大図書館は、年末年始を堂々と休館日としている。

 このことは、リズがメイド時代からすでに知っていたことだ。長年にわたって利用者だったため、図書館の運営スケジュールは把握している。


 文教区画は各建物の間にかなりのゆとりがあり、街並みそれ自体が巨大な公園とも言える。リズは木立の列の影に身を潜めた。

 一般開放されている文教区画とはいえ、公的機関の敷地には違いない。年末年始の休暇中、このような夜分でも、日中と変わらない警戒の目が相応にある。

 そこで、元諜報員たちに揉まれた経験が生きてくる。警備の動き、知らず知らずのうちにパターン化された所作を見抜き、隙を突いて視線を盗む。

 それでも切り抜けにくい難所は、最近覚えた術がさっそく役に立った。物陰から物陰へ、視界内転移で飛び移っていく。


 そうして彼女は、首尾よく図書館外壁まで到着した。清掃が行き届いた、滑らかな白石の壁。華美な飾り気こそ無いが、品格と歴史ある大建造物である。

 目的の建物を前に、彼女は周囲を警戒し、安全を確認すると宙を駆け上がった。

 さすがに大列強の王都が誇る大図書館だけあって、天井までの距離は相応のものがある。

 見つかりはしないかと心臓の鼓動に急き立てられながら、駆け上ること数秒。彼女はうっすらと雪に覆われた天井に躍り出た。


 かつて何度も足繁(あししげ)く通ったこの大建造物。慣れ親しんだという思いは確かにあるが、その屋上から見下ろす景色は、また別の顔を見せてくる。

 追い出されて、追い回され、それでもなお生き永らえて、ここまで帰ってきた。

 この高みから一望する、雪と闇の中に(たたず)む各種公的機関、自分の()にあるその夜景が、成長と鍛錬の証に思えてくる。

 まだ帰って間もないばかりだというのに、強い達成感と高揚感が押し寄せてくる。

 チラチラと控えめに小雪舞う中、見上げた空はいつもより広く、欠けることなく夜空にある月は、まるで自分一人のためにあるようだ。

 あまりの気分の良さに、リズはふんぞり返って高笑いでもしたい気分になった。


(ま、やらないけど)


 あえて自制しなければならないほどに、少し浮つく衝動的な気分を自覚し、彼女は長く息を吐きだした。

 高ぶる気持ちがあるのは、単にここまでやってきたことばかりではなく、これからすることにも気が向いているからだ。一時の感興で期待をフイに終わらせては、本末転倒である。

 まずは中に入らなければ。

 しかし、天井を見回してみるも、内部に通じるような機構は見当たらない。どうにかして、別の経路から侵入するしかないようだ。


 そこで一つ思いついたものがあり、彼女は屋上を歩き回って目当ての場所にたどり着いた。

 足元の、少し張り出した屋根の下には、図書館のベランダ席がある。使ったことはないが、人気があって利用者が多いことは知っている。

 張り出した屋根を伝っていき、端からスイっと身を躍らせて、彼女はベランダに降り立った。

 ベランダと屋内を隔てるドアは、金属の枠で囲われたガラス製になっている。開放感の演出のためであろう。もちろん、閉館中の今は鍵がかかっているのだが……

 視界が通るドアというのが、今回は格好の獲物である。


 リズは小物入れから紙を取り出し、魔法陣を刻んだ。用いた魔法は《念動(テレキネ)》。ドアの隙間から滑り込ませた紙が魔力を受けて動いていく。

 ガラス越しにその動作を確認し、彼女は紙を鍵の金具に巻き付かせた。小さなレバー状のそれを動かし、小さな音を立てて開錠。

 慎重に力を加え、ドアが開くことを確認すると、彼女はどこか遠慮がちにドアを開けた。


 晴れて侵入を果たした彼女は、ドアを閉めなおして鍵をかけ、何事もなかったかのように装った。

 さて、国が誇る大図書館への侵入である。明らかに犯罪行為の最中(さなか)、留まることを知らない胸の鼓動が、彼女の内側を満たしている。

 見つかるかどうかという不安やスリルは、さほどない。休館時も仕事のある職員はいることだろうが、このような夜分では帰宅していることだろう。魔力透視で探った限り、人の気配はない。


 不安よりもずっと強く感じているのは、このシチュエーションに対する様々な感情だ。

 国賊扱いされている自分が、こんなところにいるという事実。この大図書館の中に自分しかいない、半ば貸し切り状態という現実離れした状況。月明かりが照らす書林は、今までにない神秘性を(たた)えている。

 そして……これから向かう先。未知への期待と緊張、そして興奮がある。

 弾む心を深呼吸数回でどうにか落ち着け、リズは歩を進めた。


 侵入に用いたベランダ席が人気なのは、あそこだけ私語が許されているからだ。他の席でも、ほんの少しであれば目こぼしされるが……やはり、館内では静かにするのが好ましい。

 だが、今の状況は、身に覚えのある静けさを超えている。人の足音、本を(めく)る音、書架への本の抜き差し……

 そうした環境音がない図書館の中、雑音源が自分だけという自覚に、客がいないことは重々承知しつつも、リズはつい背筋が伸びる思いであった。


(これが、習性ってものかしらね……)


 国を追い出されるまで、表面上(・・・)は、なるべく静かに目立たないように生きてきた。その習性が、この思い出の場所で思い出されたようである。

 馴染み深い一般書架の林の間を、彼女は足音を立てず、しかし足早に進んでいく。


 目指す先は、関係者以外立ち入り禁止のエリアだ。

 受付奥にある職員用の部屋へ侵入し、次へ続く扉を探し始めると、さっそくお目当てのものが見つかった。いかにもといった感じの、重厚な扉だ。

 《霊光(スピライト)》で最低限の明かりを灯しつつ、彼女は扉に注意を傾けた。

 見たところ、鍵は物理錠。罠などに魔力を用いている形跡はない。


 図書館内の防犯機構に魔法が用いられていないのは、想定済みではあった。

 というのも、魔力に反応する罠を仕掛けようものならば、収蔵する魔導書にまず反応するからだ。

 魔導書と人とで、反応を切り替えるような技術もあるだろうが……予期せぬ動作で、貴重な本に万が一があってはという懸念を重く見ているのだろう。

 加えて、単に鍵さえあれば出入りできるという利便性も理由の一つか。


 扉を硬く封じる錠を前に、リズは膝をつき、腰の小道具入れからいくつかの秘密道具を取り出した。

 こういう仕事もこなしていた友人たちの教えが、役立ちそうである。


 しかし、いざ鍵を開けようという前に、彼女はなんとも不思議な気分を覚えた。

 思えば、この図書館との付き合いは長い。メイドになってから仕事仲間と馴染むまでには、それなりの時間がかかった。

 そんな、周りに仲間がいない中で、この図書館には大いに助けられたものである。

 それが今、恩を仇で返そうとしている。無生物に人格などないのは承知の上、それでも罪悪感のようなものは確かにある。


――もっとも、悪いのは自分ではなく、国や上の方の連中だ。


 開き直った彼女は、“こんな子”になって帰ってきた事を心の中で軽く謝り、小さく舌を出した。

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