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第225話 王族と枢密院

 12月28日、昼過ぎ。ラヴェリア聖王国、王城内。

 幾度となく国の大事を定めてきた会議室は、中央の円卓と、それを取り巻く同心円状の議席で構成されている。

 今日揃った顔ぶれも、この部屋の常として錚々(そうそう)たる面々だ。

 片側を埋めるのは、国王直属の諮問機関である枢密院と、その下部機関の重臣たち。国王が政務に関わらなくなった今、実質的に彼の声を代弁する立場の権力者たちである。

 彼らに相対する形で席を埋めるのは、次期王位継承権者たちと、その側近の中でも最高幹部たち。

 ただし、この会議のきっかけとなったファルマーズは、″心情への配慮″という継承権者陣営からの申し出を理由に、出席要請がかかっていない。


 それぞれの継承権者は互いに競い合う立場にあるものの、事この場に限っては運命共同体も同然である。

 何しろ、相手は枢密院――継承競争を半ば監督する立場にあるのだから。積極的に干渉することはないものの、王の目となり耳となるとしての立ち位置を思えば、その圧は本物である。

 敵対的な雰囲気こそないものの、静かに張り詰めていく議場の中、アスタレーナは生唾を呑み込んだ。


 枢密院の中でも最重鎮が厳かに開会を告げた後、老齢ながらも壮健な重臣が、さっそく話を切り出してくる。


「国賊相手であっても慈悲深くあらせられます、皆様方のご手腕、誠に敬服の至りにございます。しかしながら、かように彼の者が生き永らえ、暗躍する自由を与えようものならば……諸国に過ちの機会を与えぬとも限りませぬ」


 まずは称賛から始まったが、本当に言いたいのは間違いなく後の方だろう。アスタレーナはそのように認識した。

 実際、標的がマルシエルと何らかの関係を持っていることは、もはやほぼ確実視されるところ。先方を刺激しないようにと、今は接触を控えているだけに過ぎない。

 枢密院も、こうした状況は周知のはず。その上で遠回しに批判してきているのだ。


 急き立ててくるだけの、あくまで部外者に過ぎない枢密院に対し、アスタレーナは苛立たしいものを覚えた。

 その一方、抗弁はかなり難しい立場にある。なぜなら、一度目の権利行使は、継承権のためではなく他国での革命を後押しするため使ってしまったからだ。

 加えて、ネファーレアの戦いに介入した事実もあって、事態を引き延ばした張本人という自覚がある。

 いずれの事例についても、自分の立場と価値観に照らせば、後ろめたさはあっても恥じることなどはないのだが。


 一方で、責めを負うほどではない立場の身内もまだいる。長兄ルキウスと、第五王女レリエルである。

 二人は、直接対決で取り逃がしもしなければ、兄弟に介入されるほどの蛮行を働くこともなく、まだ負けてもいない。

 そのため、今回は継承権者側の代表として、この二人が立つ事態となっている。

 後ろめたいものがないおかげか、生来の気質か、遠回しの批判もどこ吹く風。二人は今も堂々と構えている。

 そして、ルキウスが投げかけられた言葉に答弁した。


「憂慮については卿の言葉通り。だが、事を急いで軽挙に走れば、陛下が築かれた泰平の世を乱すことになりかねない。それとも、未だ王座に就かぬうちから、己が野望のままに陛下のご政道を否定して見せよとでも?」


「まさか、そのような畏れ多きことは……ただ、国賊相手にはやや過分とも思えるご斟酌(しんしゃく)ゆえに、付け入る隙が生まれているのではありますまいか」


「加減せねば決するなどと、そう甘い敵でもあるまい」


「お言葉ながら、皆様方こそが甘くあらせられるものと……無礼を承知の上、ご諫言(かんげん)申し上げます」


 実のところ、それぞれに異なる事情こそあるものの、甘さがあるのは認めざるを得ない。心に刺さる苦さをアスタレーナは自覚した。

 だが……少しして、ルキウスは表情を柔らかくした。このような場には似つかわしくないことに


「いかがなされましたか、殿下」


「いやなに……卿らの慧眼には、いたく感心するところでな。今にして思えば、国賊の人選は見事であった」


「と仰られると?」


「あれほどの標的であれば、打倒した者を次の王と認めることに、いささかの異論も差し挟まれぬだろう。次期王権の揺るぎなさを、標的自らが担保している」


 ここで重臣の返答が途切れた。意図せざる結果とも、計画通りとも言いづらいのだろう。

 応酬に訪れたわずかな切れ目に、長兄はさらなる言葉をかぶせていく。


「それに、あのエリザベータは、知り得る限り未だに非道を働いてはいない。我が国から追われる身でありながら、な。国賊に身を落とされてなお、陛下から継いだ血は高潔さと力を失うことはない。尊貴なる血の絶対性を示すために課した″試練″だというなら、誠に見事な采配ではないか」


 これでもやはり、枢密院からは声が上がることがない。

 彼の言葉が皮肉であることなど、この場のいずれもが理解していながら、それをはねつけることができないのだ。


 こうして相手を一時的に沈黙させたルキウスだが、彼は理知的な人間であっても、このような弁舌に長けるというわけではない。

 今回の会議においては彼に補佐役がついている。第五王女レリエルだ。

 法務・祭礼に関わり、しかも魔神や精霊との契約魔法を操る彼女にとって、言葉は力そのものである。答弁想定はもちろんのこと、この場においても密かに《念結(シンクリンク)》を用い、兄をサポートしているのだ。


 堂々たる長兄と言葉を操る妹の組み合わせに、一時は押し黙る枢密院だが、さすがに押されたままではない。

 緊迫感ゆえに長く感じられる静寂も、実際にはほんの数秒の事。重臣は重い口を開いた。


「情けないことを仰いますな。本気で戦わぬ内から、そのように敵方を持ち上げるなどとは。陛下は果たされるべきを果たして、その御位についておられます。そのことを、決してお忘れなきよう」


「念のために確認したいのだが……我々の全てが本気ではなかったなどと、そう本気で考えているわけではなかろうな」


 空気が一瞬で張り詰め、呼気を漏らすのも苦痛な静寂が場を支配した。

 これに(ひる)まない重臣もまた、さすがの大人物である。


「皆様方のご意志を軽んじるつもりはございませぬ。とはいえ、ご厚情が戦いの枷になっておられるのでは。次の王位を問う争いにおいて、玉座に就かぬ内から自ずと律せられるそのご姿勢を、畏れ多くも本気ではないと評したまでのことでございます」


 これに対し、ルキウスは腕を組んで瞑目した後、やや憤懣(ふんまん)をのぞかせる態度で息をついた。


「心がけの話に終始しても仕方あるまい。互いに信じる王道の正しさを競い合う面もあるだろうからな」


「心得ました。では、もう少し実際的な話をば……」


 そうして始まったのは、ファルマーズが捕らえられたことで漏出した懸念のある、継承競争のルールに関してた。

 聴取を受けた彼によれば、各種ルールを明確に明かした記憶はない。

 一方、帰還期日を口にしたことで、何かしら感づかれたのではと彼は指摘している。

 そうした諸々に触れた後、ルキウスは口を開いた。


「ファルマーズによる挑戦権行使期日は、本来は1月8日。そこを12月28日と前倒しで申告したのだが……」


「敵方も、過少申告の可能性は考慮しているものと思われます。それを前提に、話を進めるべきでしょうな」


 これは全会一致の見解である。リズに対する印象にバラつきはあれど、いずれにとっても、油断ならぬ曲者である。

 ルキウスが彼女の実力を公然と認めたことも、そういった認識を後押ししているのかもしれない。

 では、察知されているかもしれない挑戦権行使期間を改定すべきか否か。枢密院の考えは否であった。


「一度決められたルールを変えられるようでは、後の障りとなるやもしれませぬ」


 自分たちにも解き方がわからない難問を与えながら、横から注文を付ける枢密院に腹立たしいものを覚えはしたが、アスタレーナはこの指摘を妥当なものとは認めた。

 そもそも、ラヴェリアでの身内争いを避けるべく、わざわざ標的を意図的に設定し、国外へ追い出し追い回しているのだ。

 ルール改定を巡って互いの意見を戦わせるのは、それを契機に亀裂が入りかねず、主意に反するだろう。

 言ってしまえば、今こうして設けている場それ自体が、本来は避けて然るべきと言う指摘も一理はあるのだ。


 そして……事前に兄弟とごく一部の側近で話し合った結果も、枢密院の主張と合致している。


「このままの取り決めで続行すべきだろうな。理由はいくつかあるが……」


 ルキウスが最初に挙げたのは、相手側も“こういった会議”は想定内だろうということだ。そして、ファルマーズが与えた断片的な情報から、ある程度は継承競争のルールを見抜いていると思われる。

 さらには、向こうは“感づかれてしまったルールをこちらが改定する“可能性にまで考えが至っている……むしろ、そのように仕向けている可能性さえある。

 そうした推定をもとに考えると、現状の芳しくない成果を理由に挑戦権の専有期間を引き伸ばすのは、まさに相手の術中とも言えるのではないか――


 無論、ここまでの話は推定に過ぎない。思い描いた敵を過大評価しているという批判もあり得るだろう。

 この場の面々においては、そうした声が上がることはなかったが。


 1つ目の指摘は敵の思考の予想を中心に据えたものだが、別に実際的な理由もある。

 まず、この継承競争が長引くこと自体は、いずれにとっても好ましいことではない。枢密院から見れば本気でないように見えても、誰も長引かせたいとは考えていないのだ。

 加えて、期間延長が実際にはさほど効果がない可能性も濃厚である。島、及びダンジョンという拠点を得たというのも、ブラフでしかないのかもしれず、相手のフットワークはもともと軽い。

 そうした諸々を考慮すると……


「一回あたりの挑戦期間を引き伸ばしたとしても、効果は思ったほどには上がらないかもしれない。一方で、我々の間で不必要な論戦がなされたという事実が残る」


「それこそ、敵方が望んでやまないものかもしれませんな」


 下手(したて)に出るでもなく、淡々と応じる重臣に、ルキウスは少し渋い顔でうなずいた。


 彼が言わなかった、挑戦期間引き伸ばしを避けるべき理由がもう一つある。


 各継承権者の積極性を疑われる可能性が増すからだ。


 成果が上がらないまま、ただただ時だけが流れていっては、国王も業を煮やすかもしれない。この会議自体、そうした兆候の現れである。

 となると、一回あたりの挑戦にかかる時間が伸びれば、それは慎重ではなく怠惰や臆病と受け取られかねない。

 また、挑戦権の専有期間が伸びれば、それだけ準備に割ける時間が増える。

 それは、外部の者にとっても同じことだ。

 各継承権者に“ある程度”近しい組織・陣営から、“協力者”をねじ込まれるかもしれない。

 それを、確実な勝利のためにと期間を引き伸ばした継承権者たちに、拒むことができるだろうか。


 この会議に先立ち、兄弟内で話し合って出した一番の要点が、まさにそれである。

 自分たちの口から「このままでは……」などと言ってはならない。でなければ、決して望むことのないままに始まったこの競争に、より多くの他人の手が入り込み――


 自分たちは、走狗に堕するかもしれない。


 この会議の中では、まだこの競争が自分たちの手の内から脱していないように思われる。しかし……

 まるで見通しが効かないこの先を思い、アスタレーナは少し表情を暗くした。

 幸い、兄弟が誰ひとり欠けることなく、年の最後を迎えることはできた。


 だが、来年は――

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