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第223話 お礼参りの旅inハーディング

 ロディアンへの訪問後、リズが転移で向かう先は――

 ルグラード王国ハ一ディング領、モンブル砦である。


 知覚を先行させる都合上、転移術は移動の前に偵察が可能だ。得られる情報の精度は、鮮明にイメージできるかどうかにかなり左右されてしまうのだが。

 今回はそうした副次効果を用い、リズは屋上の気配を探った。やはり雪化粧をまとっている砦には、人の気配がないように感じられる。


 実際、彼女の心身が現地に到着しても、他者の気配は確かに感じられない。

 当時からほぼ遺棄されていたような砦は、確保にあたっての争いの傷跡を今も留めている。

 それでも念のため、彼女は魔力透視で周囲の様子を探ってみた。砦の石壁を越えて全てを見通していく。


 そうして状況を把握していく内に、彼女はなんとも懐かしい気分になった。

 思えば、マルクたちと出会ったのもこの砦である。あの時も今みたいに、壁越しに状況を探り合っていたものだ。それから色々とあって……

 遠い昔のように思われるが、実際には年が変わってすらいない。

 振り返ってみればわかる自分の慌ただしさに、リズは思わずため息が漏れた。

 何なら、これからも十分に忙しいのだ。


 状況把握が済んだリズは、少し伸びをして、砦屋上から宙に身を躍らせた。

 一面の銀世界の中で、街道だけは踏み固められた地肌が表に出ている――

 と思いきや、砦近辺には人が往来した様子がない。付近の街道は雪に覆われたままだ。

 これはこれで良い判断材料である。おそらく、当分は人に出くわす心配もないだろう。

 それでも前方の気配に注意を傾けつつ、リズは雪原をひた走った。雪を踏まず、足跡を残さないように、《空中歩行(エアウォーク)》で全力疾走していく。


 かなり北へと進んでいくと、雪の中にも人の営みの気配が少しずつ浮き上がってきた。領内の中心地サンレーヌに近づいた証拠である。

 しかし、やはり人の行き来は限定的のようだ。彼女の想定と実態はそう遠いものではなく、数時間にわたって駆け抜けた中、出くわしたのはごく数名。それも、街道の支線からやってきた者ばかりで、いずれに対してもリズが先に気づいていた。

 おかげで変に思われることはないままに、彼女は勢いよく道を駆け抜けていき……


 日がだいぶ傾いてきた頃、彼女はサンレーヌ市街に到着した。

 革命が終わってから半年経った程度だが、街中の様子は平穏かつ明るいものだ。住民が、これからに期待を持てているのが良くわかる。

 革命に関与した各勢力が関わる中、自ら立ち上がった領民の手による統治がなされているところだが、それがうまく機能しているらしい。

 革命までは手伝ったものの、それ以降は自分の手を離れた領内の安定を目の当たりに、寒風走る中でもリズは顔を綻ばせた。


 さて、サンレーヌまでやってきたのは、もちろんクリストフやクロードらに会うためだが、実際の算段についてはアドリブである。

 今やあの二人はサンレーヌ新政府の議員。方や自分は、革命中における諸々の超法規的行為により、政道から身を引いた存在でしかない。


(まさか、議場へ乗り込むわけにもね……)


 そこで彼女は、サンレーヌ行政府付近を散策することに決めた。

 あの革命で活躍した傭兵たちが、今もサンレーヌ市街の警備にあたっているのなら、橋渡しを頼めるかも――

 そうした思いを胸に、雪化粧をした街を一人静かに歩いていくと、呼びかけてくる若い女性の声。振り向くと、傭兵隊の一人、マルグリットがそこにいた。


「久しぶりね、マルグリット」


「ホンっと久しぶり! 今まで何してたの? 何か用事?」


 興奮した様子でまくしたてるマルグリットに、少し気圧され気味になるリズ。それでも、旧友との出会いに笑みが(こぼ)れる。

 一方、雨あられと質問を投げかけたマルグリットだが、彼女はすぐに思い直して提案した。


「夕食、一緒にどう? 私だけに会いに来たわけじゃないんでしょ?」


「そうね。できれば、みんなと会ってみたいけど」


「そろそろ交代時間だから、ちょっと待っててね。議会の方は……もっとかかるかも」


 そう言って視線を向けてきたマルグリット。少し待たされることになろうと、別に構いはしなかった。


「議員さんたち、やっぱり忙しい?」


「まあね~。大きい計画が立ち上がってて……また後で聞きなよ」


「そうね」


 新人議員たちが忙しいことを、喜んでいいのかどうかはともかくとして……忙しくとも深刻さはなく、健全そうな雰囲気はあり、それは何よりであった。


 その後、ほぼ日没あたりに、行政区画の見張りが入れ替わった。議場が閉会するのは、それよりも一時間ほど後の事。本来の予定よりも、かなり遅れた形である。

 公会堂の外に姿を現したクリストフとクロード。二人ともやや疲れ気味と言ったところだが、外で待っていた一行の中にリズの姿を認めると、疲れが吹き飛ぶような驚きぶりを見せた。


「まさか、リーザがやってくるとはなぁ」


「お久しぶりです」


「お二人ともお元気そう……いえ、お疲れ気味ですね」


 言い直すと、青年議員二人は苦笑いした。

 二人を加えた十数人程度の小集団は、クリストフを先頭として雪の街路を歩いていき……ちょっとした大きさの、小洒落た酒場に着いた。

 ドンチャン騒ぎするような店ではなく、少ししっとりした雰囲気があり、酒を呑むというのではなく(たしな)む感じの店だ。

 何でも、仲間内では良く使う店らしい。


「あまりたくさん飲める身分でもないですので……」


「酔いが残るようじゃ、さすがになぁ」


「酔いも覚める職場ではあるけどね」


 議員二人の軽口に含み笑いの声。

 もっとも、浴びるように飲めないのは元傭兵たちも同じことである。何かと人目に付くお仕事についているからだ。

 店に入ると、店員が一行のことを把握しているらしく、流れるように席へ案内された。四人掛けのテーブルを連結させ、一つの長机のように。

 リズは、その中央あたりの一番良い席を勧められた。辞去するのも変かと思い、これを喜んで受け入れることに。

 その後、軽いツマミが何品もやってきて卓に広がり、酒を傾けつつ歓談が始まった。

 当然だが、皆の興味はリズに集中している。


「今、何してんだ?」


「平たく言えば、海運業というか」


「何か含みがありそうだが……」


「船の防衛担当でね。海賊と戦うのよ」


 実際、そういった仕事もやってきたのだから、ウソは言っていない。

 むしろ、本来の働きぶりから、だいぶ控えめにした表現ではあるが。

 リズが海外へ行こうと考えていたことは、この場の面々も知っている。そのため、彼女が海の仕事に関わっていると知っても、別段の驚きはないようだ。


「それで、ここへはたまたま寄ったのか?」


「ええ。主に協商圏で仕事してたんだけど……冬になっても暑いおかげで、違和感すごくてね」


「冬が恋しくなったわけか~」


「それもあって、トーレットへ向かう仕事を引き受けてね。せっかくだから、こっちまで足伸ばしたのよ」


 シレッと作り話でごまかしたリズだが、ここまでの話に疑問は抱かれていないらしい。

 短い間とはいえ死線をともにした間柄、(だま)すのに少し心苦しいものはあったが、本当のことを話す意味もないと彼女は考えた。

 それに、話すばかりでなく聞いてみたいこともある。ツマミに手を伸ばしつつ、彼女は尋ねた。


「何か大きな計画が持ち上がってるって聞いたけど……聞いてもいい話?」


「ん~、大丈夫か」


 クロードはクリストフに目を向けた。


「まだ公布はしていないけど、業界関係者には知れてる話だからね。問題ないよ」


 そうして二人は、サンレーヌ議会で持ち上がっている一大案件について話し始めた。

 サンレーヌ市外に空港を新設し、他国との航空路を設けようというのだ。革命に関わった国との関係をより強固にし、国際協調の流れを促進しようという考えが、この計画の根底にある。

 これには、大列強ラヴェリアとマルシエル両国も関与しているという。


 この動き自体はリズも賛同できるものだが……実務面においては色々と問題山積みらしい。

 まず、空港建設予定地の設定。もともと商業重視のハーディング領だけに、商人たちの意向は重視せざるを得ず……それがゆえに、議論が白熱しすぎて遅々とする部分があるのだとか。

 候補地設定後は用地収用、空港運営についてルール策定、建設作業に先立って業者選定等々――


「一つ一つ取り決めるだけでも、関係者がやたら多くってなぁ……」


「実際、それだけの事業になるからね」


 と、会議漬けの二人は力なく笑った。

 忙しいのはこの二人だが、市街警備にあたる元傭兵にとっても、この話は大いに縁があるところだ。

「新しい仕事として、オファーが来ててな」と、まとめ役のダミアンが口にした。


「空港の警備?」


「ああ。大きな声じゃ言えんが……ま、良からぬ企みを持つ輩が来るかもしれんってことでな」


 ただし、空港には一般的に公職の警備兵が詰めるものだが……先の革命の影響で、中々人員配備に難儀しているところ。

 そこで、民間の協力者に、ある程度業務を委託する流れになっているという。官民協力の態勢で新事業の安全を守るという、民衆へのイメージ戦略も兼ねた動きだ。


「今は人手の確保に動いてるところでな。あの革命の後、別の仕事を探した連中もいるが……」


「結局、領内で新しい仕事ってあまり出ないからねえ。革命の後、一気に治安良くなったわけで」


「空港警備で、懐かしい顔ぶれが揃うかもしれんってところだ」


「なるほどね」


 縁故採用と言えなくもないが、あの革命におけるそれぞれの働きを鑑みれば、妥当な抜擢ではあるだろう。

 もちろん、その実力を再び発揮するような事態にならなければ、それが一番ではあるのだが。


 さて、計画にはラヴェリアまで関わっているという。となると、動いているのは外務省。ここに第三王女アスタレーナが足繁(あししげ)く通っていたというのは、マルシエル経由ですでに判明している。

 そこでリズは、それとなく向こうの動きを探ろうと考えた。


「クリスさん」


「何でしょうか」


「ラヴェリアも空港新設に関与しているという話ですが、やはり向こうからも会議に参加されているお方が?」


 尋ねるリズに、クロードが口を挟んできた。


「気になるのか?」


「どのぐらいこの計画を重要視しているのか、ってね」


 すると、青年二人は顔を合わせ、次いで振り向いて店内に視線を巡らせ始めた。

 他の客はテーブルを挟んで少し遠い位置に。店員も、聞き耳を立てるようなことはない。

 それだけ確かめると、クリストフが声を潜めて口にした。


「第三王女アスタレーナ殿下が……」


 さて、予想できていた通りの返答ではあるが……むしろ、実際に聞いてからの反応に、リズは苦慮した。自分自身、少しわざとらしいと思いつつ、真顔で固まって一言。


「まさか、冗談でしょう?」


「いえ、本当ですよ」


「……超大物じゃないですか」


「そうですとも」


 それらしい演技は、特に怪しまれていないようだ。変に視線を巡らせれば怪しいと思い、グラスを傾けて大人しくするリズだが……

 彼女をじっと見ていたクロードが、ポツリと零した。


「あの殿下と、割と似てるかもな」


「!?」


 思わずリズはむせた。横のマルグリットが慌てて背をさする。


「いきなりそんなこと言っちゃ、さすがにビックリするって!」


「そ、そうか?」


 それから、どうにか落ち着いたリズは、驚かせてくれた青年に笑みを向けて言った。


「やだ。冗談でしょ、もう」


「いや……美形だけどキツそうな印象とか」


「やだ、冗談でしょ?」


「トーンを落とすなって!」


 そんなやり取りに場が沸き立ち、軽い笑い声に包まれる。

 とりあえず、話の流れを切り替えることができそうだと、リズは人知れず安堵した。

 この中ではダミアンが、彼女の出自にただならぬ背景があるのではと、すでに感づいていた。今、この場で彼が何かを口にする様子はないが……変に飛び火してはと、少し肝を冷やすリズである。


「しかしね、クロード。他国の王女様を指してキツそうだなんて……中々いい度胸じゃない?」


「そ、それはな、酒のせいだ」


 苦しい言い逃れをする彼だが、リズの真実を知れば酔いも吹っ飛んでしまうだろう。


(言えるわけないけども)


 話の矛先が自身に向かなくなった後、彼女はそれとなく姉の事を聞き出すことに。


「お会いできるだけでも光栄だと思うけど……実際、どんな方?」


「キツそう」


「もういいって」


 クロードの冗談を軽く一蹴し、リズはクリストフに視線を向けた。


「年は僕らとそう変わりないはずですが……立派な方だと思います」


「あなたが言うなら、きっとそうなんでしょうね」


 そう言うと、あまり飲んでいない彼の顔に、ほのかな朱が差した。はにかみながらも、彼は話を続けていく。


「肝が据わっていて、明晰で……異国の為政者ながらに、僕らの国と領地の未来を、本当に案じてくださっているようにも感じます。それが本心にせよ、そう感じさせる技術にせよ……いずれにしても、手本とすべき方だと思っています」


「……なるほど」


 継承権者という点で敵ではあるが、それでも……リズが(いだ)いている印象も、彼が語ったものとそう遠くはない。

 外務省諜報部長であり、どういうわけかアクセルの存在を知って彼を見出し、配下にするばかりかこちらに付けてくる――

 サンレーヌ会戦の折も、こちらに手を貸してくるなど、行動は読めないが決して無規律というわけではない。自分自身のルールに徹しているのだろう。

 謎に包まれた部分はある姉だが、敬服に値する相手には違いない。

 クリストフの目から見ても、そういう人物であることが、素直に喜ばしい。


 その後も絶えることなく言葉を交わし合い、楽しい時間が流れていったが、さすがに公職にある者たちである。酒が進んだ者でも、せいぜいほろ酔いという程度。

 加えて多忙の身とあっては、いつまでも語り合うわけにもいかない。引き際を心得た面々は、そう遅くならないうちに店を出た。

 リズも支払おうとしたが、せっかくだからと皆が負担してくれることに。


「あまり飲んでなかったしな」


「そういえば……ハシゴする?」


 素で尋ねてくるマルグリットに、リズは苦笑いで首を横に振った。


「明日、早くから野暮用があってね。酒が残るのは良くないから」


「そっか……じゃ、ここでお別れ?」


「今日のところはね。またそのうち来るわ」


 実際、本当にそのつもりで言い返した後、リズは少し考え、ニヤリと笑って付け足した。


「空の旅っていうのも、中々興味あるしね」


「ははっ、なるほどな。次会う時は空港で、と」


 そんな将来への期待を口にしたところ、クロードが渋い顔で「善処します」と小声で応じ、街路にささやかな笑いが満ちる。


 そうして軽めの別れを済ませた後、リズは皆と別れて歩き出した。

 夜空には星々が瞬いている。このような時間では、さすがに、市外へ出ようとすると呼び止められるだろう。

 しかし、リズは、この街で夜を明かす考えはなかった。ラヴェリアからの追跡について思うところあるのも事実だが……

 まだまだ他に目的地があるのだ。


 彼女は市街を何気ない様子で歩き回り、人気が少ない路地を見つけて気配を探っていく。

 やがて、ちょうどいい場所に目星をつけ、彼女は建物の屋上へと飛び上がった。事前の警戒のおかげもあり、人目についた形跡はない。

 屋上に上がってからも視線を巡らせ、場の安全を確認していく。

 それから彼女は、精神統一を始めた。意識を集中させ、思い描いた一点に精神を飛ばしていく。

 深まる集中が脳裏の光景をより鮮明に彩り、魔力は見えない壁を越えて、心身をその向こう側へ――

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