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第222話 お礼参りの旅inロディアン②

 雪玉を投げ合い、冷たい思いをしながらも心身は温かく。ひとしきり遊んでから温かい食事に舌鼓を打ち……

 少し早めの昼食の後、リズは町長の屋敷に訪れた。内密の話があるためだ。

 町を束ねる立場の重責者は、彼女よりもずっと年上である。それでも、彼女に対してやや腰が低く感じられるのは、彼女が公職かそれに近い立場にあると認識しているためだろう。

 実際、そうした認識に沿う形で、持ち掛ける話題がある。まずは話の場を提供してもらったことに礼を述べた後、リズはさっそく本題を切り出した。


「贋金の件、覚えておいででしょうか」


「もちろん。今回のご訪問も、その件の関係でしょうか」


「はい」


 まずリズは、自分が河に流されている間、まき散らした恐れのある贋金について尋ねた。

 だが、それらしいものは今のところ見つかっていないという。誰かが着服したということもないだろう。

 もう取りこぼしがない可能性が高いと認めつつ、リズはカバンから一つの魔道具を取り出した。掌に収まる程度の大きさの水晶球で、球の周囲には金属線による装飾が施されている。

 それとはまた別に取り出した布をクッションにして、彼女は珠をそっと置いた。


「こちらは?」


「遠隔通信用の魔道具です。もし仮に贋金を見つけた場合は、こちらにご連絡を。そうしていただければ、回収に伺います。他にも何か……火急の件がありましたら、お伝えいただきたく。力及ぶ限り、お手伝いさせていただく所存です」


 この贋金回収の件は口実に留まらず、用があれば優先的に片付ける腹積もりである。

 しかし、実のところ、本意は後者の方にある。もしも、何か非常事態――例えば、この地に何らかの形でラヴェリアの手の者が現れたなら、あるいはそういった兆しがあれば――ということだ。

 リズがここで世話になっていたということは、向こう側も先刻承知のはず。

 それでも、今までここを脅かすような兆候はなく、そういった非道・卑劣に走る相手ではないと信じたくはあるが……


 継承権者以外も(・・・)節度を(わきま)えているとは断言しづらい。


 ファルマーズの件は、向こうにとっても転機となり得る事項だ。よもや、王族同士の直接対決を制され、あまつさえ虜囚の身となろうとは。

 彼を傷つけることなく送り返したのは、まさに相手を刺激しないためであるが……傷を負わずに捕らえられた事実を、相手がどう見るかということもある。

 おそらく、リズを脅威と見る傾向は一層に強まり、それが今後の行動に反映される懸念はある。先行きは不透明であり、不穏だ。

 となれば、この地も確実に安全・無関係と油断する訳にはいかない。わずかな火種の気配にも警戒しなければ。


 さて、今回の魔道具は、マルシエルからの厚意で調達したものである。市販ではあまりお目にかかることのない、相当貴重な品という具合の物だ。

 リズとしては義理を通すために通信手段を渡そうとしているのだが、これはマルシエルにとっても意味のあることだ。

 もしも何かあった場合、善意の第三者からの情報で、ラヴェリアの動向を察知できるかもしれないからだ。


 そうした腹の内が顔に出ないよう努めつつ、リズは実際的な使用面について告げていく。

 使うには魔法の心得が必須であり、社会的立場や信頼等々も踏まえると、フィーネが適任と思われること。

 また、この魔道具はリズに直接(つな)がるわけではなく、実際には彼女の仲間――ルーリリラ――に繋がるということ。

 説明を聞くばかりの町長は硬い表情でいるが、これはあくまで、念のためのものであるとリズは口にした。


「使う機会が訪れるかどうかで言えば、あまりないものと考えます。それでも、意味のある備えかと思いますので」


「……そういったことでしたら、謹んで預からせていただきます」


「いえ、こちらこそ。ご面倒をおかけいたします」


 そう言ってリズは、腰かけたまま深々と頭を下げた。明かせない秘密が胸にずしりとのしかかり、なかなか頭を上げられない。

 すると、テーブルでコトリと何かが置かれる音がした。町長夫人が、茶の用意をしたのだ。


「一区切りついたご様子ですし、お茶でもいかがでしょうか」


「ありがとうございます」


 ホッと一息つき、リズは茶を軽く含んだ。乾いた口に温かな潤いが染み渡り、内側までも優しく癒していく。

 すると、町長夫人がにこやかに尋ねてきた。


「リズさんは、今は何をしていらっしゃるのでしょうか」


「今の仕事は……平たく言えば輸送業ですね。色々と各地を動き回っていまして。所用で近隣に寄りましたので、仕事の合間にこちらへご挨拶にと」


 実際、海メインではあるが、業態に関して説明に偽りはない。先方もこれで納得したようだ。

 その後、少し歓談を愉しんでから、リズは留別の旨を告げた。


「実は、明日も仕事がありまして。誠に勝手ながら、そろそろお(いとま)させていただければと」


「あらまぁ」


「よろしければ泊っていかれてはと思ったのですが……」


 この申し出には、実際に強く惹かれるものを覚えながらも、リズは断腸の思いで辞去した。


「それはまたの機会に」


 いきなりやってきては、一方的に用件を押し付ける格好になったが、町長らは気にしていないようだ。このような年の瀬に忙しい若者へ、(ねぎら)いのこもった温かな視線を向けてくれている。


 町長宅を出たリズは、見知った仲の町人をある程度広場に集め、これで退去する意を告げた。


「明日も仕事がありますので、そろそろ出ていかないと」


「はあ~、大変すね」


「……きちんと休んでます? 勤勉は美徳ですが、働き過ぎは毒ですよ?」


 最近は慌ただしく動き回っていたリズに、かつての主治医からの言葉がザックリと突き刺さる。

 ダンジョンでの訓練漬けの毎日は、まさに連日連夜、寝る間も捧げてといったところ。捕虜としたラヴェリア王族を護送する数日の船旅が、気楽な余暇に感じられるほどであった。

 自身の感覚として無理した感はないが、気遣わしい目に対する抗弁はままならない。黙したまま少したじろぐリズに、気のいい若者たちが笑う。


「リズさんも、さすがにフィーネには(かな)わねぇな!」


「恩人だもんねぇ」


 とはいえ、フィーネはフィーネで、患者のことを良くわかっているようだ。あくまで思い直させることはせず、「気をつけてくださいね」とだけ、呆れたような笑顔で言った。

 その後、馬でも借りればという声も出たが、それはさすがにという感じである。リズは丁重に辞退した。


 改めて、リズは別れの挨拶を告げた。

 対する町人たちは、ごく短時間だった彼女の滞在に物足りなさはあるようだが、強く引き留めはしなかった。

 彼女が口にした「また来ます」という言葉を、自然と受け入れたのだろう。

 実際、数か月前の言葉通りに、今日こうして姿を見せたのだから。


 街の入口で大勢に見守られながら、リズは町を去った。とりあえずは人目につかない森へ向かい、一人歩いていく。

 心情的には一泊ぐらいできれば……というのはやまやまであった。

 だが、ラヴェリア側がどのように位置を捕捉しているか不明である以上、あまり長居できたものではない。


 それでも、今回こうして訪問したのは、ファルマーズを送り返す日だからだ。さすがに、アスタレーナを始めとする外務省が動かざるを得ず、諜報活動にも支障が出るだろう。

 加えて、ファルマーズの帰還によって外務省以外の部署も忙しくなる可能性が高い。継承競争の関係者大半が、もしかすると議論で釘付けになるかもしれない。

 この機に乗じて……というわけだ。


 向こうは向こうで忙しいだろうが、こちらもまだまだ行くべきところはある。

 小雪舞う中、誰もいない街道を、リズは歩を早めて進んでいく。

 誰ともすれ違うことはない一人きりの道だが、心は弾んだ。

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