表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
226/429

第221話 お礼参りの旅inロディアン①

 まずは移動先を強くイメージ。体に先立ち、漠然とした知覚の一部だけを、現地へと送り込む。

 しかる後に、その知覚をもとにしてより精細なイメージを確立。正確な座標を定めた後、先行した知覚に自分自身を合流させる。

 《(ゲート)》に拠らない自力転移の一連の手順を踏み、リズは今――


 高い岩山の頂上にいた。

 かつてのイメージとは異なり、今の頂上は白雪で覆われている。状転移先のすり合わせと位置合わせにはやや難儀した。

 吹き付ける風は冷たい。先程いたマルシエルでは熱帯向けの軽装でいたのだが、さすがにこちらの寒さでは厳しいものがある。


 しかし、寒さも忘れさせるような事態が生じた。

 転移直後から少し間を開け、この岩山の先住者が彼女の訪問に気づき、大いに驚かされたようだ。鱗という鱗がビシッと逆立ち、辺りに緊迫感が走る。

 これにはリズも驚き、お相手をなだめようと慌てて口を開いた。


「お、驚かして申し訳ございません! エリザベータです、覚えておいででしょうか?」


「お、おぬしか……まったく、驚かしよって」


 竜はそういうと、逆立った鱗が整然と流れるように、音もなく元通りになっていく。ひとまず落ち着いたようで何よりだ。

 胸を撫で下ろしたリズは、改めて竜の前に歩を進めていった。

 竜は落ち着きはしたものの、突然の来訪にはやはり戸惑いがあるらしい。リズをマジマジと見つめ、呟くように言った。


「おぬしほどの者であれば、山の外からでも気配を察知できるはずだが……この間合いになるまで気づかなんだとは」


「そのことですが、一度お目にかけたいことが」


「ほう?」


 興味をかき立てられたらしく、口を閉ざして見つめてくる竜を前に、リズはさっそく転移のデモンストレーションをした。視界内を対象とする、かなり簡易なものである。

 それでも、人外の域に入る術理には違いなく、竜にとってもそういった認識であるらしい。新たな力のお披露目の後、竜は感嘆の声を漏らした。


「まさか、独力で転移を成功させるとは……ここまで来たのも、その転移術によるものとな?」


「はい」


 今年の春先、ロディアンの町を後にした時点で、リズはどうにか再訪するための方途をと考えていた。

 そこで一番の候補としたのが、門に頼らない転移術の習得である。これは、追われる立場で生きながらえる上でも、大いに力になる術だ。

 それから色々と紆余曲折あり――今こうして、あの町の者たちとの約束を果たせる段に至ったというわけだ。


「……といった次第ですが、さすがに町へ直接現れたのでは、要らぬ騒動を引き起こしかねないと思いまして」


「ふむ」


「そこで、こちらへお邪魔させていただくこととなりました。印象深い場所ゆえに、転移先としてイメージすることも用意でしたし……あなた様であれば、突然の来訪にもご理解いただけるものと」


「なるほどのう」


 ここへやってきた理由については、これで合点がいったらしい。

 しかし、竜は口を閉ざし、何事か考え事を始めた。やがて、何らかの考えに至ったらしく、おもむろに口を開いた。


「挨拶に、まずはここを選んだと……」


「? はい」


「ふむふむ、そうか……ふむふむ」


 すると、表情豊かな竜は、閉ざした口の端を緩やかに上げた。視線には慈愛というか、親愛というか……そういった方向性の何かが感じられる。

 おそらく、転移を覚えたリズが、真っ先にここへやってきたと思っているのだろう。

 ロディアンへの中継地点という事情は、実際にそのとおりだとしても、身に着けた力のお披露目にとやってきた面もあるのではないか、とも。

 実のところ、リズ自身そういう気持ちは確かにあった。いい意味で驚かせたいという思いも。

 そういった心境を察し、可愛がられているようなら何よりであるが……今回の来訪を、この竜自身も大いに喜んでいるように思われ、その様は何とも……


(私よりも可愛げのあるお方なんじゃないかしら……)


 少なくとも、自分より比較にならないほど長く生きている存在でありながら、感性は柔らかで潤いがあるようだ。

 ただ、彼女は余計なことは言わないでおいた。ここよりも先に、力のお披露目に向かったところがあるだとか、そういったことは。


 そうして途切れた会話の合間に、北風が割り込むように吹き付けてきた。さすがに寒さを覚え、身を縮めて震わせるリズ。


「やけに軽装だとは思ったが、おぬしでも寒いのか?」


「はい。実は南方の方で活動しておりまして……」


 そこでリズは、「失礼します」と一言断り、魔法陣を書き上げた。中に穿(うが)たれた虚空に手を突っ込み、中からロングコートを抜き出す。


「確か、《超蔵(エクストレージ)》と言ったか。手慣れたものよ。そうした基礎あっての、転移といったところかのう」


「ご賢察、恐れ入ります」


 竜自身、魔法を使うこともその必要もないだろうが、察しの良さには素直な感嘆で応じた。

 冬の装いになると、リズは改まった様子で姿勢を正し、頭を下げた。


「実を申しますと、今日は何かと用事がございまして……相も変わらず荒ただしい訪問で、申し訳ございません」


「よいよい。近頃は客もそこそこ来るようになったでな」


 というのも、以前リズとフィーネがこちらにやってきたことと、その際の話が近隣一帯に伝わったことで、民衆から竜への印象が大きく変わったとのことだ。大変に寛大・寛容なお方である、と。

 おかげで退屈していないのは何よりだが、それでも、相変わらずリズはとびっきりの話し相手ではあるらしい。彼女が辞去する前に、竜は言った。


「次はもう少し時間を取り、武勇伝でも聞かせてくれるのであろう?」


「色々と忙しい身ですから、いつになるかわかりませんが……きっと、そのように」


「ならばよろしい」


 すると、リズは深々とお辞儀をした後、岩山から身を投げ出すように駆けていった。

 その背にかすかに届いた「元気だのう」という言葉に、思わず表情を綻ばせながら。



 同日、昼前。

 リズがロディアンの町の入口に近づくと、見張りの若者がその接近に気づいた。

 彼女が誰であるかも、忘却の彼方というわけではないようだ。しばし思い出す素振りを見せた後、彼は近づいてきたリズに驚きつつ声をかけた。


「もしかして、リズさんですか?」


「はい……良く覚えていらっしゃいましたね」


「いやあ、リズさんみたいな旅人、めったにいませんしね! あなたのことを忘れるような見張りじゃ、やっていけませんって!」


 と、彼は快活に笑った。

 このやり取りを聞きつけたのか、街の方からは若者を中心にぞろぞろと。あたりはすっかり雪に覆われ、リズの目には農閑期に映るのだが、この時間になってもそれなりに往来があるらしい。

 近づきつつある町人たちは、彼女の姿を認めるや思いがけない再訪に驚き、嬉しそうに駆け寄ってくる。そうした一団の中に、彼女もまた笑顔を向けた。


「皆さん、お久しぶりです!」


「リズさん! お元気そうで何よりです」


 集団の中から歩み出てきたのは、特に世話になったフィーネである。互いに手袋を取り、まずは握手。それから他の面々とも握手を交わし合う。

 季節柄、町の装いはすっかり変わって見えるが、町人たちは別れた時と何ら変わりない。一か月ほどの滞在でも覚えてもらえていた事実に、リズは胸が温かくなる思いであった。

 それから、外で立ち話も何だからと、リズを囲む一行は移動を始めた。


「どこ行きます? 酒場?」


「酒場には少し早いのでは?」


「ホンのチョットですって~」


 まだアルコールは入っていないだろうが、陽気に笑いだす町人たち。場の空気につられ、リズも表情を綻ばせる。

――そこへ、水を差すような一撃。丸められた雪玉が飛んできた。集団の中のリズを狙ったのなら、中々の制球力である。彼女の横顔に向かって雪玉が飛び……

 彼女は見もせずに、雪玉を片手で(つか)み取った。虚を突かれた周囲の面々は驚き、「おお」と感嘆の声が漏れ出る。


 そんな中、リズは下手人の方へと視線を向けた。実は、雪玉を投げ合っているチビっ子たちは、前から視界に入っていたのだ。

 相変わらず元気そうな彼らに、リズは柔らかな表情で歩み寄り……ふと思い出したことがあって、居丈高にふんぞり返った。


「まさか、私がこのような攻撃で倒れるとでも思ったか? まだまだ修行が足りんなぁ、フハハハハ!」


「あ、やっぱ魔王のねーちゃんじゃねーか」


「こんな寒い中、元気で何よりね。勇者ちゃんたち」


 雪玉を笑顔で握り潰したリズは、軽く両手をはたいて雪を払い、攻撃してきた少年に手を伸ばした。抱き寄せつつ、頭を軽くわしづかみにし、髪を荒っぽくかき撫でてやる。

 やられている本人は「やめろよお」と恥ずかしそうだが、周囲の子供たちはむしろ羨ましそうである。雪合戦は一時休戦となり、わらわらと少年少女が彼女を取り囲んでいく。


「ところで、最近は何してたの?」


「最近? 年下の子と遊んでやったわ……私が魔王役でね」


「どこ行っても変わんねーなー」


 別にウソは言っていない。


 そうして子どもたちに確保されたリズは、ハッとして顔を上げた。他の町人たちがほったらかしになってしまっている。

 ただ、一行から向けられる視線は温かなもので、特に不満はないらしい。というより……


「飯の前に、一戦やりますか」


「何年振りかね」


「お兄ちゃん、昨日もやったでしょ?」


 と、一緒に遊ぶ気満々である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ