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第217話 打ち明け話③

 固唾を呑み、リズは《家系樹(ペディツリー)》の魔法陣を書き上げた。

 すると、魔法陣からはいつものように魔力の樹が伸び、アクセルに連なる様々な血筋を解き明かしていく。魔法には反応しないはずの彼に、効いているのだ。

 明らかになっていく彼の家系の中には、あの忌まわしい男の名もあり……

 アクセルとは家名が違う、一人の女性の名もあった。彼の母である。一方、彼自身はと言うと……


「アクセルは、本名なのね」


「はい」


 偽名でもおかしくはなかったところ、彼の名が偽りでないことに、リズは少なからず安堵のような気持ちを覚えた。

 とはいえ、魔力の反応がないはずの彼に、今は魔法が機能していることに驚かされる思いもあり……表情が硬い彼女に、彼は言った。


「これが僕のレガリア……《光の器(オプトロン)》です」


 彼に言わせると、この手鏡のレガリアは、自身の魔力が外に出るかどうかを操作するという。この効果は絶対で、魔力を出さない状態であれば、決して他の魔法と相互作用することはない。

 実際、それは例の革命の時点でリズも知っている。

 驚かされたのは、魔力が外に出る状態にも移行でき――すなわち、普通に魔力を操ることもできるということだ。

 魔力に反応しないという特異体質自体、魔法を使えないという欠点を補って余りある、彼だけの強みがあった。

 それが、実は魔法を普通に使うこともできるというのだから……


 彼が魔法を使えないということで、色々と気を遣う局面もあったリズは、色々と複雑な思いを(いだ)いて思わずため息をついた。

 もっとも、複雑な気持ちだったのは、彼とて同じことだろう。

 それに……このような力を持っていたがために、かえって面倒な人生を送ることになったのだ。


「あなたが生まれた時は、魔力に反応しない状態だったのね?」


「そういうことだと思います」


「それで、もし逆だったら……」


 その場合の事を思うも、言葉が続かず、またも口からため息が漏れ出る。

 アクセルの方も、決して良いイメージが浮かばなかったのだろう。暗い表情でうなだれている。

 つまり……彼は今も今で十分面倒な立場だろうが、正式に王家の一員である人生――もっと言えば、単にリズの敵でしかない人生よりは、今の方がまだマシと思っているらしい。

 少なくとも、リズはそのように判断し、少し喜ばしく思った。


 そうして少し沈黙が続いた後、アクセルは話の続きを始めた。


「この力に目覚めたきっかけっていうのは、特にありませんでした。気づいたら当たり前に使えるようになっていて……生まれて初めて、いきなり魔力を使えるようになった時、すごく嬉しかったんです。でも、母さんに見せびらかしに行ったとき、泣き崩れられて……」


「まぁ、それはそうでしょうね……」


「それで、僕と母さんだけの秘密にしていたんですけど……アスタレーナ姉さんに出会ったことで、状況が大きく変わったんです」


 アクセルと母に対する処遇は、王室の暗部そのものである。明るみにしてはならない。

 一方、これを知ってしまったアスタレーナに対し、何か処置を下すことは難しいはず。アクセルに出会った当時から、将来の外務省幹部としてすでに籍があったからだ。

 そして――実際には処置されるどころか、彼女自身がさらなる行動に移った。

 アクセルに秘められた力と母子の背景を知るや、彼女は自分の元で弟の面倒を見ると言い出したのだ。


「存在するはずのない者なら、諜報部員にもってこいでしょう? このような能力があるのならなおさらです」


――というのが、彼女の言い分だったという。

 結果的に、彼女の意見は通った。この母子の事を口外しないことを条件に、配下として扱う許可を父王から取り付けたのだ。

 この話を耳にし、またも実父への怒りが沸き立つリズだが、気弱そうな様子の弟を前に怒りもしぼんでいく。


「……それで、姉上の下で諜報員として働くことになったのね」


「はい」


 もちろん、訓練は厳しいという言葉で済まされるようなものではなかった。

 地方育ちの頃には想像も及ばないような、世の中の後ろ暗い諸々について、知識を叩きこまれもした。

 それでも、くじける気はまるでしなかったという。


「姉さんは、本当に親身に接してくれましたし……僕の働き一つで母さんの名誉を少しでも回復できるのなら、何も苦しいことはないって、そう思ってました」


「”思ってた”というか、今でもそう思ってる……でしょ?」


「はい」


 何のてらいもなく、彼はまっすぐ答えた。そう答えられる彼が、少し羡ましくもあり……それ以上に、こう答えられる彼の精神性を、リズは喜ばしく思った。

 母に対する思いは本物だろう。アスタレーナに対する思いも、まだ切れてはいないように感じられる。


――だとしたら、なぜ今になって真相を話し出したのだろう?


 そうした問いかけはすでに投げかけているものの、返ってきたのはこの身の上話であった。

 言葉が途切れて訪れた沈黙の中、リズは先を促すことなく、ただ続きを待った。すると……


「姉さんの指示を受けて、今まで一緒に行動してきました。でも、一緒にいるうちに……あなたが死んでもいい、殺されるべき人間だなんて、とても思えなくなって」


「そう……ありがとね」


 優しく微笑んでみせると、彼の瞳に涙が浮かび、彼はそれを乱暴に拭い取った。


「それで、昨日の戦いを見て……ファルマーズ殿下の覚悟に触れて、僕は……本当のことを隠し通したままで、あなたの下にはいられないって、そう思ったんです」


「そっか……」


 短い返答の後、遠くから押し寄せてくる潮騒の音に、小さな嗚咽(おえつ)が紛れ込んだ。

 しかし、感情の発露もすぐに聞こえなくなる。そうした自制心の表れを少し寂しく思いつつ、リズは顔を横に向けた。

 そこには、思いつめた表情の彼がいる。


「今まで(だま)してきたことに、弁解するつもりはありません。ここで……あなたに殺されても」


「バカ言うんじゃないの。そういうことする奴に見える?」


「……そうされても仕方ないとは思っています」


「だとしても、私はやらないわ。今まで助けられたし……これからもそうでしょ? だって、もう遠慮なく魔法使えるんだから」


 そういってニッコリ笑うリズの前で、彼の顔が少しずつ崩れていく。

 しかし……いい雰囲気ではあるが、湿っぽいのはどうにも苦手である。リズは、またも泣きかけている彼の背を、少し強めに何度も平手で叩いた。


「ほらァ、元気出しなさいな~」


「ちょ、ちょっと! 痛い、痛いですよ!」


「騙した罰よ」


 そう言って、遠慮なくバシバシ叩いていく。

 ひとしきり仕返しが済んだところで、彼女は意識してスッキリした顔を作り、彼を解放してやった。

 これまでよりは、気分がだいぶ上向いたように見える。

 ただし、今のうちに言っておくことはいくつかあり、リズは迷うことなく切り出した。


「今でも、姉上には感謝してるんでしょ?」


「はい」


「じゃ、指示を守って義理を果たしなさい」


 とはいえ、アスタレーナからの指示は、リズによる非道の兆しがあれば、それを阻止するというもの。それと、リズの事故死防止。

 そういうことでアクセルを働かせるようなつもりは、リズにはない。

 ただ、指示の遵守はともかくとして、二君に仕えることへの葛藤はあるだろう。


「私の下につくからといって、姉上への気持ちを自分で否定なんてしないでね。姉上も、すごく立派な方だと思うし……そういうことで目くじら立てるような、器の小さい女じゃないから、私」


「……はい」


「わかればよろしい」


 とりあえず、二人の姉の間で板挟みを感じてしまうことは……実際にはあるだろうが、心情的な逃げ場は与えた。

 続いてリズは、自分たちの間柄について話していく。


「色々話してもらったけど、あなたのことを弟として見るのは、ちょっとね……急な話だし、やっぱり配下というか、仲間の一員だわ」


「はい」


 実のところ、自分たちの間には、正式ではない王族の一員、つまはじき同士という共通点があることをリズは認識している。

 アクセルが今回の告白に至ったのも、そういったシンパシーの後押しが、いくらかあったようにも思われる。

 しかし、リズは傷のなめ合いを、あまりしたくなかった。自分自身、そういうタイプの性格ではないし、彼をそういう対象にしたくもない。

 加えて、血縁による立場を前面に出すよりは、他の仲間と同列でいてもらう方が、組織としても健全ではないか。

 等々の思いから、少し突き放すようなことを口にしたのだが……

 それはそれとして、可愛がってやりたくはある。


「お姉ちゃんって呼びたかったら、好きにしていいのよ?」


「えっ? いや、それは……」


「何なら、ニコラやセリアさんのことも、そう呼んでみたら?」


「よ、呼びませんよ、まったく!」


 恥じらいの余り憤慨したような態度の彼に、リズは意地悪く、とびっきり優しげな微笑を向けた。

 とはいえ……仲間の事を口にしたのなら、一番重要なことを言わなければ。


「今日の話、みんなの前で自分の口から話しなさい。ちょうど宴席で集まるから、いい機会だわ」


「でも、せっかくのお祝いが……」


「ま、私が受け入れたんだから……大丈夫よ。あなたがいい奴だってこと、みんなもわかってるから」


「……本当に、大丈夫でしょうか」


 無理もないことだが、彼は自信なさそうだ。


「……私の胸の内に留めてもいいけどね。でも、隠しているうちにどんどん心苦しくなるんじゃない?」


「そ、それは……」


「だったら、早めに言ってラクになっちゃいなさい。それがオススメよ」


 すると、一応は覚悟が固まったのか、彼はしっかりとうなずいた。


 その後、二人で立ち上がり浜辺を歩いていくと、向こうからマルクとニコラの二人が近づいてくるところだった。どうやら、律儀にも今まで話が終わるのを待っていたらしい。

 そこで、リズは思い付きを口にした。


「みんなの前で話す前に、あの二人で予行演習したら?」


「予行演習って……あの二人がむしろ一番の関門なんじゃ……」


「ま、イケるでしょ……同業のよしみとか理解とかあるでしょうし」


 あくまで軽い調子のリズは、渋る彼の背を少し強めに押し出した。

 これに驚き、振り向いたアクセルだが……もう、引っ込みがつく状況ではないと認めざるをえないのだろう。やや恨みがましそうな表情を向けたものの、すぐに表情を柔らかくし、同業の仲間に向き直った。


 そして、三人が話し合う様子を、リズは遠くからじっと見つめた。声がはっきり聞こえる距離ではなく、交わされる言葉を想像するばかりだ。

 さて……あの二人も、やはり度肝を抜かれたと見える。程なくして、二人は目を見開き、視線を向けてきた。

 これに、微笑んで手を振って見せるリズ。


 それから……腕を組み、渋い顔を伏せるマルク。ため息の音が、こちらにまで聞こえてきそうである。

 すると、ニコラがアクセルの後ろに回り込み、彼を羽交い締めにした。行動の自由が奪われたところで、彼の頭にマルクのチョップが炸裂。


(ま……騙した罰ってとこかしら)


 その後、マルクとニコラが入れ替わり、再びチョップが入った――今度は三発ほど。

 それで、もう気は晴れたらしい。三人で何事か交わし合った後、アクセルは目元を腕で覆った。彼に二人が寄り添い、肩や頭に優しく手を置いている。

 仮にも王族の出ということは伝えただろうが、気にしてはいないだろう。

 そして、場の流れとしてはごく自然に、向こうの視線がこちらに向いてきた。合流せざるを得ないと思い、ノコノコと歩いていくリズ。


(……しっかし)


 こうなってくると、戦勝祝いの酒宴も、主役の座を奪われてしまいそうである。


 だが、こういう場ぐらいは、彼が人の輪の中心にあってもいいのかもしれない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

これにて第4章完結となります。

次の第五章で、物語としては一区切りになる予定です。

よろしければ今後とも、お楽しみいただければ幸いです。

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