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第216話 打ち明け話②

 大抵のことは驚かずに受け入れるつもりのリズも、この告白には度肝を抜かれてしまった。

「そ、そう……知らなかったわ」と、戸惑いながらも言葉を返すのが精一杯である。


 そこでアクセルは、まず(・・)、ハーディング革命における自身の立ち位置について話した。

 革命前夜から勃発にかけては、港町トーレットで諜報活動を行っていたのだが、革命勢力発足に伴って指令によりこれに同行。モンブル砦制圧までは、情報収集に専念していた。

 状況が大きく動いたのは、魔神アールスナージャ襲撃である。あの段階では、ラヴェリア外務省としては穏やかな形での革命成就を期待していた。

 そこで、「革命勢力の保持」を目的とする指示が飛んだ。

 ならば、革命において重要な立場にあったリズを失わないよう協力するのが筋であり……彼女を助けたのはそういうわけである。


 以後は、外務省が密かにハーディング領主との渡りをつけており、まずは彼の安全の確保に行動。アクシデントはあったが、どうにか救助には成功した。

 続いて、サンレーヌ会戦では革命勢力に手助けするため、サンレーヌ城に忍び込んで指揮系統を壊乱。

 サンレーヌ包囲後も、城内守備兵力を撹乱し、革命が成立したというわけだ。


 全て初耳であり、リズは呆気にとられていた。「嘘でしょ」の一言で片付けたくもなったが、では何の必要があってこのような嘘を(かた)るというのか?

 疑うよりは、信じたくあった。

 仮に、彼が今も(・・)ラヴェリアの手の者だとしても。


 話が一段落した後、リズは高鳴る心臓の鼓動を感じつつ、息を落ち着けて尋ねた。


「それで、革命の後は外務省……いえ、姉上の命令で、私についたのね?」


「……はい」


「監視用かしら?」


 実のところ、彼が今まで邪魔になった記憶はない。むしろ助けられてばかりである。そうした事実から、あまり剣呑な指令を帯びてはいないだろうと、リズは推測した。

 真相は、彼女の推測からはそう遠くない。アクセルは静かに話しだした。


「指命は二つです。まず、あなたが……国際的に容認されないほどの蛮行をしようとしたなら、それを思い留まらせる、あるいは阻止すること」


「生き残るために、そういうことをしそうになったら……ってことね」


「はい。もう一つは、継承競争に関係のない事象で、あなたが死なないように助けることです」


 これも、なるほどと納得できるものだ。

 まず、アクセルを同行させる時点で、標的が国外に出るものという見込みはあったはず。革命直後では、それを妨害するのも困難だっただろう。

 となると、諜報網を外れて外海へ出られることになり……ラヴェリア側からはアプローチしづらくなった中で予期せぬ事態に巻き込まれ、王族以外の手にかかって勝手に死なれる可能性は、ありえない話ではない。

 そして……標的に相応しいリズが無為に死亡したなら、代わりに誰か標的を立てる必要が出てくるのではないか。あるいは、継承権者同士の戦いになる可能性も――

 その場合がどうなるかは未知数ながら、アスタレーナがそうした事態を未然に防ごうとするのは、至極納得の行くことである。


 アクセルが帯びた指令は以上とのことだ。

 母国への連絡はしていないようだが、これも腑に落ちる。船という閉鎖空間で行動をともにする前提があった以上、隙を(さら)して逆手に取られるリスクを避けたのだろう。

 しかし、これら指令は、事を荒立てたくはない外務省――というより、あのアスタレーナらしくはあるが、それにしても……


「少し、甘っちょろいわね」


 アクセルが積極的に妨害、あるいはラヴェリアからの仕掛けに加担していれば、事はもっと早くに済んだかもしれない。

 そう思えば、アスタレーナの配慮は、事の引き延ばしに(つな)がっているようにも思われる。そうならずに済んだこと自体、リズにとっては、ありがたくはあるのだが。

 加えてもう一つ、さらに気になることがあった。


「どうして、今教えてくれる気になったの?」


 リズは問いかけはしたが、責める気持ちは沸かなかった。

 結果論だとしても、アクセルには邪魔されるどころか助けられてきている。(だま)されていたという事実を踏まえても、仲間意識は揺るがなかった。

 あるいは、彼もそうであって欲しいという願望が、そう感じさせているのかもしれない。


 彼の所属について、明かすだけでも相当の勇気を要しただろうが、次なる話題を切り出す前に、彼は黙りこくった。

 まるで、ここまでは前座に過ぎないかのように。

 事実、この二人にとっては、そうだったのかもしれない。少し長い間を開け、彼は言った。


「信じられないと思いますが……」


「大丈夫よ。今までの話だって……あなたのことも、信じてるもの」


 すると、アクセルは涙ぐみ、顔を腕で乱暴に拭った。

 リズの目には、これが芝居には、とても見えない。いつもは落ち着き払った感じがあるこの少年の、年相応の姿を見た心地であった。

 そして――彼は、いまだかつてない告白を口にした。


「僕は、あなたの異母兄弟です」


「……は? えっ、あなた……つまり、父親が、その……」


 あまりの困惑で、言葉が途切れがちになるリズに、彼は悲しげな微笑を浮かべて答えた。


「はい。ラヴェリア聖王国、現国王バルメシュ陛下です」


 それから彼は、自身の生い立ちについて話し始めた。


 彼の母親は、ラヴェリアでも有数の名家の出である。

 しかし、アクセルを生んだことで、人生の全てが一変した。

 出生後の各種検査と儀式、いずれも王室における形式的なものだが、その過程において新王子に魔力の反応が無かったのだ。

 大英雄ラヴェリアの血を引く王家にあって、その力の象徴たる魔力がないと言うのは、考えがたいことであり、同時に極めて不吉なことである。

 そのため、事は全て母親に(とが)があるということになった。アクセル以外の王子王女が健常(・・)だったという点も、母親と一家の立場を不味くした。

 そこで、表向きには、新生児は死産したということに。魔力なしの忌み子よりは良いが、それでも後宮に留めるには不穏ということで、王妃は追放処分となった。

 生まれてしまったアクセルが、本当に(・・・)死なずに済んだのは、国王の鶴の一声があったからだという。


「あの半端もんが、いい加減に温情見せて……」


 実父に対する言い知れない怒りを覚え、リズは思わず毒づいた。

 そんな姉に力ない苦笑いをした後、アクセルは話を再開していく。


 母子ともに追い出された後、二人は地方の小都市に身を寄せることとなった。

 さすがに、富裕な暮らしをすれば、衆目から怪しまれる。そのため、母は貴族の生まれでありながら、平民に身をやつして仕事をする羽目になった。

 それでも、暮らしは決して不幸ではなかったという。“未亡人”の母に言い寄ってくる町人に、子供心ながら複雑な思いを(いだ)くことは少なくなかったとのことだが。

 そんな、落ちぶれながらもささやかな幸せのある日々に、幸か不幸か転機が訪れた。


「僕が住んでいた町に……アスタレーナ姉さんがやってきたんです」


「……ちょっと待って。あなたのことも、ご母堂のことも、姉上は知らないはずなんじゃないの?」


「そのはずなんですけど……」


 彼でも要領を得ないらしいが、とにかく、かの人物がやってきた。今から数年前、彼女が少女と言える時分のことである。

 しかし、その訪問について、今から考えても不思議な点が複数あったという。

 まず、当時やってきたのはアスタレーナと、その付き人数人。記憶の限り、付き人は高官という感じではなく、本当に単なる護衛でしかなかったように思われる。

 そうした当時の状況は、何らかの公務の一環というより、アスタレーナの私事と考えた方がしっくり来るというのだ。


 加えて、彼女が用事があったのは――母親ではなくアクセルの方であった。

 これも、考えてみれば不思議な話である。母親の方であれば、何かしらの縁や用事があって、旧知の仲のものがお忍びで……という可能性は、無いこともない。

 実際、それとなく監視する目こそあったものの、今にして思えば来客が容認されていたように思えるというのがアクセルの所見だ。

 だが、アスタレーナは、本当に彼目当てでやってきたのだという。


「姉さん、母さんのことは本当に知らなかったみたいで」


「なるほどね……」


 さらに不可解なのは、やってきたアスタレーナが、アクセルが本当は王室に連なる人物であることを、その時点で知っていたように思われることだ。


「姉さんの意向で、お付きの魔導師の方から魔法を使われて……対象の血筋を解明する禁呪だとか」


「ああ、そういうのは聞いたことある……」


 ついクセではぐらかしたリズだが、すぐに包み隠すことへの抵抗感が湧いてきた。

「いえ、ごめんなさい。私も使えるわ」と訂正すると、呆気にとられた様子のアクセルは、少しして表情を柔らかくした。

 そして、彼は右の手のひらを上に向け、開けた。

 手に握られていたのは懐中用の手鏡である。鏡を開くと、一瞬だけ曇っていたように見える鏡面が、周囲の光景を映し出した。


「その魔法、使ってもらえますか?」


「あなたに?」


 うなずく彼だが、リズは少しだけ戸惑った。魔法が効かない体質であれば、《家系樹(ペディツリー)》が効くはずもない。

 しかし――彼が本当に、あの父親を共有する生まれならば――


 その手にある手鏡こそが、秘密を握っているのかもしれない。

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