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第21話 遠出とアルバイト①

 リズが世話になっているロディアンの町は、近隣一帯の農業のハブ的な役割を持つ、中々の大きさの町である。

 しかし、馬車で一日ほど街道を行くと、もう少し大きな町がある。

 いくつもの街道が交わり合う、交通の要衝となる町、スファウトだ。


 町に早くも溶け込み5日後、日がやや傾きかけてきた頃。リズはスファウトの町に到着した。

 今回は、ロディアンから出発した隊商と同行する形で、この町にやってきている。同行を申し出たのはリズの側だ。


 これを商人たちは歓迎した。街道は安全とはいえ、極稀に食い詰めた野盗、あるいは魔獣の類が出る。多少の出費覚悟で用心棒を雇うのが、賢明な判断だ。

 そこへ行くと、リズは長老の掃除でその実力を示しているし、話の種を重んじる商人たちとしては、リズは話し相手として中々興味深い相手でもあった。

 何分、馬の背に揺られながらの一日は、暇で仕方ないのだ。


 実際、ここまでの話は彼らにとって実のあるものだったようだ。それぞれの商談に向かう前、商人たちは「また明日!」と陽気な声をリズに向けた。

 町についてからは自由行動となっている。ロディアンへ帰るのは翌朝。向こうを出たときよりは遅めに出て、夕方には帰る見込みである。

 その間に、思い思いの用を済ませるわけだ。

 リズと同じく用心棒を務めた馴染みの青年たちも、それぞれの用事にと町へ繰り出していった。


「宿、一緒にとっときますね~」


「ありがとうございます」


 すっかり仲良くなった少女、ユリアが、足取り軽く商店街の方へと向かっていく。

 後ほど、広場で適当に落ち合い、宿へと向かう流れである。


 農耕牧畜の中心地であるロディアンは、町の中も広々として、全体的にのどかな感じである。

 一方、こちらのスファウトは、交通の要衝だけあってかなり活気のある町だ。石造りの建物は正面をきれいに整えられており、建物がそこそこの密度で立ち並ぶ中で、様々な商店が色とりどりの看板を掲げている。


  世界最強の大列強、その中心地で育ったリズからすれば、この交易盛んな町も規模としては小さい部類に入る。

 しかし、目にするものの新鮮さに、彼女は心を弾ませた。

 農業漬けの若者にとっても、こちらに来るのはいい刺激になるらしい。用心棒代は相場通りにもらっているが、真の目的はこちらへ訪れることにあるようだ。

 リズもまた、彼女なりの理由があってこちらの町へとやってきた。


 彼女はまず、町の大広場へと足を運んでいく。そこには彼女の見立て通り、とある店があった――新聞屋だ。

 小さな屋台の横には掲示板があり、各紙のメインとなる記事の切り抜きが貼り付けられている。これで紙面の質を確認するもよし、これだけ見て帰るもよし。

 いずれにせよ、人だかりが次の客を呼び込むというわけだ。


 リズも、この群れの中に混ざった。掲示された紙は、いずれもザラつきのある薄いベージュ色の安価な紙。その上に魔力で印字された文章が踊っている。

 サラリと主要紙面に目を通したが、彼女から見て気にかかる情報は特に無かった。


 公共性だの報道力の誇示だの、様々な理由があって、売り物の情報を街頭掲示で出し渋ることはあまりない。

 トップ記事がセンセーショナルなら、竜頭蛇尾でも売れるのだ。

 そのトップ記事に、気にかかる記述はない。つまり、表立って妙な事態は、本当に起きていないようだ。

 実際、街の様子からも、それがうかがい知れる。


 ラヴェリアの動きをつかもうと考えていたリズにとっては、今回は空振りに終わった。

 ただ、近隣の情報を掴んでおくだけでも意味はあると思い、彼女は新聞を一つ買うことにした。


 新聞屋の次に向かうのは、町の魔法組合だ。これはロディアンにはないもので、金の集まりがいい町にしか存在しない傾向にある。

 組合の建物はかなりオープンだ。広い間口は窓も大きく、魔力による中の明かりには温かみがある。この組合は、魔法を民主化しようという思想の元で運営されるもので、それが建物にも反映されているようだ。

 細部は違うものの、世界各国にこういった組合が存在する。国家権力ともある程度距離を置き、魔法使いの自治によって運営される組合の主要活動は、魔法の適切な習得・使用指導等、啓蒙的なものが多い。

 魔法にまつわる物品の販売も行っている。一般人からすると、むしろそちらの印象の方が強いかもしれない。


 組合の建物に入ると、受付の女性がにこやかな笑顔をリズに向けた。人の良さそうな人間を置くというのがセオリーで、こういうあたりは普通の商店と変わりない。

 そのまままっすぐカウンターに向かうと、メガネを掛けた中年女性の受付は、穏やかな口調でリズに尋ねた。


「こんにちは。ご用件は何でしょう?」


「魔導書作成の仕事を、ご紹介いただければと」


「あら」


 受付の女性は、少し不思議そうな表情を見せた。大人びて見えるリズではあるが、そういう仕事に手をつけるには、相場からするとかなり若いからだ。

 ただ、さすがに民主的な組織だけあり、この程度で門前払いとはならない。

 受付の女性は引き出しから紙を何枚か取り出し、リズに手渡した。


「では、記述テストをお願いします。説明の方は必要かしら?」


「お願いします」


「では。見本の方に試験用の魔法が記されていますので、提出用の紙に模写してください。魔法文及び魔法陣記述の整合率を踏まえ、お仕事について判断させていただきます」


「わかりました。ありがとうございます」


「机はそちらにあるので、空いているところをご自由に使ってくださいね」


 幾度となく繰り返したであろう説明を、受付の女性はほんの少しゆっくりと口にした。

 丁寧な説明が終わると、リズは受け取った紙を手に取り、ペコリと頭を下げた。それから、空いた机へと歩いていく。

 手にした紙は4枚。見本用が1枚と、提出用の3枚だ。書き損じがあれば、紙を変えて書き直す――

 というより、自身の目で書き損じたと判断できるかどうか、その審美眼を問うテストでもある。


 机について紙を広げ、リズは机に用意してあった硬筆を手にとった。どこの国のどの町村にでもあるくらいありふれた、魔力をインクとする魔道具のペンだ。

 世界各国に起源説がいくらでもあるが、魔道具の専門業界では魔導筆(マグラフ)と呼ばれている。

 紙に向かい合い、第一筆を記す前に、リズは一度顔を上げた。受付の女性と目が合い、先方が柔らかな表情を向けてくる。


 組織としての透明性を重視するこの組合は、利用者にもある程度の倫理観を求めている。試験において不正が無いよう、こうして現地でやらせるのもそのためである。

 見られながら書くことに、やや緊張するものを覚えながら、リズは記述試験を開始した。



「あらまぁ、お上手!」


「ありがとうございます」


「本当に、丁寧にやってらしたものね。いい仕事ぶり!」


 書き損じ無しで提出された紙に、女性は感心の声を上げた。

 これをリズは、世辞とは感じなかった。自負心によるものがないわけではないが……

 魔法を正しく覚えて使うという点について、組合は厳しい組織である。書かれた文字や魔法陣の美醜について、この組合が世辞を用いる余地はないと彼女は考えた。


 その後、受付の女性は、受け取った提出用の紙とは別に、照合用の別紙を取り出した。

 こちらの照合用紙は使い捨てである。彼女が紙に魔力を注ぐと、土台の紙が淡い光を放って消え去り、記されていた文字と記号は魔力の固まりに。そのまま宙に浮かんで取り残される。

 それらに指を振り、女性が提出用紙へと、浮かんだ文字や記号を飛ばした。

 やがてそれらは、リズが記したものと重なり合っていく。


「整合度は……そうね、95%くらいかしら? 素晴らしいわね、いいもの見たわ!」


「ありがとうございます」


「上に推薦するには、もう少し精密な試験が必要だけど……」


「いえ、旅銀稼ぎと考えていますので」


 すると受付の女性はどことなく残念そうに笑い、現在の仕事リストを提示してきた。

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