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第214話 敗者の弁

 少し長くなるという話は、あの一連の魔道具の開発の経緯から始まった。

 もちろん、そういった話は機密の部類に入る。リズ以外にも聞かれる状況ではあるが、ファルマーズは他の面々についても、「その理解と良心に期待する」とした。


 さて、(くだん)の魔道具が生まれたのは、最前線で戦う魔導師のためだ。

 元来、魔導師は魔法の撃ち合いにこそ対応できるものの、実体のある弓矢には弱い。本物の質量を有する矢を魔力の防壁で押し留めるのは、実戦レベルではほとんど不可能だからだ。

 そこで、魔導師が矢で死傷することのないよう、魔導師を装甲化しようという計画が大昔に持ち上がった。

 だが、鎧を着込んで動けるほど頑健な魔導師は稀である。そういった貴重な人材を守る意義は否定できないが、軍としてはあまり特殊な兵装を採用するわけにもいかない。

 そのため、装甲魔導師計画は一時的に中断されたのだが……技術革新により、新たな道が拓けてきた。


――飛行船のような魔道具が空に浮くのなら、鎧一つ浮かせられないことがあろうか。


 飛行船に用いられる魔法技術を応用し、魔導師用の装甲を浮かせようというのだ。

 何も、完全に浮遊させる必要はない。重量をある程度緩和し、軽くなれば良いのだ。浮かせるための魔力は、魔導師本人が提供すれば良い。

 こうして開発が再開され、ある程度の魔導師であれば重量を感じないレベルの鎧まで出来上がった。

 それが、今回の戦いで持ち出された鎧だ。


「――この最新試作版では、着弾した魔力を散らす装甲も実現できててね」


「ああ、それで効かなかったってわけ」


 《貫徹の矢(ペネトレイター)》が効かなかったのも、その装甲で威力を分散されてしまったというのだろう。

 ただ、“自分が《貫徹の矢》で撃って、それが効かなかった”という事実までは明かす必要がないと考え、リズは余計な言葉は足さないでおいた。

 それからもファルマーズの言葉は続く。


「肝心の、物理投射物を防ぐ方も、一定の効果は認められている。魔力の供給については、装着者だけじゃなくて外付けの蓄積器も用いる試験も経過は順調で。装甲の厚みを増すこともできるだろうし……」


「魔導師以外にも使えるかもしれませんな」


 ロベルトの指摘に、ファルマーズはうなずいた。


「ご指摘の通り、兵科を問わず正式化できる装備になる可能性があります」


 もちろん、操る者がラヴェリア王族のファルマーズだからこそ、あのスペックを引き出せたということもあるだろう。

 だが、使用者の能力を抜きにしても、基本的な性能を聞く限りでは、これが一般化されるというのはかなりの――

「脅威、ですね」と、セリアは端的な表現を用いた。これに同意のうなずきを返され、彼女は続けた。


「しかしながら、殿下はその魔道具を抹消なさるご意向だったとのこと。お国の事を思えば、あり得ない選択のように思われますが、それは……」


「そう思うのが普通でしょうね。だけど……」


 彼は口を閉ざし、逡巡(しゅんじゅん)する様子を見せた。少し長めの静寂が訪れ、やがて彼が口を開く。


「こんなものが一般化されたら、ラヴェリアはさらに版図を広げるだろう。厭戦感情の大きな理由の一つが、自国の兵が損なわれる事なんだから。歯止めが効かなくなっても、おかしくはない」


「では、殿下は非戦主義者として、例の魔道具の存在に反対なさっていると?」


「それも少し違います。あの魔道具が世にあろうとなかろうと、結局は世に争いが絶えることはないと、僕は思う。僕は本当に憂慮しているのは、ああいった魔道具が一般化され、模倣され、世の中で当たり前になった時……あれさえも破壊できるような技術が求められるようになること、破滅的な禁呪が再び日の目を浴びることなんだ」


 実際、それは有り得そうなことである。相手をしたリズ自身、鎧の破壊は困難だろうと見切りをつけ、魔道具としての機能不全を狙う方向にシフトしている。

 だが……軍としては、アレを相手取るようなことになれば、より強大な破壊力で対応したいと考えるのが自然ではないか。

 それに、世に出ていない禁呪というものはいくつもある。それほど堅く封じられていない魔法でも、人に使うべきでないとされる、非人道的な破壊魔法は存在する。

 そうした人倫も、通常の手立てが通じない無敵の兵団が前に迫れば――


 本来は魔導師を守るための装備として始まった魔道具だが、開発の当事者である彼は、実現してしまった後の流れを見ているようだ。

 この憂慮を、誰も否定できなかった。

 この場にいる誰もが、武術や魔法を何らかの形で修めてきている。魔族ばかりか同族を相手にするようになってもなお、歴史の中で連綿と継がれ、磨かれてきた技術体系を、だ。


 居心地の悪い沈黙の後、リズはこれまでの話をまとめ、口にした。


「つまりあなたは……戦乱がエスカレートする危険性を憂慮し、自分の魔道具を始末しようというのね?」


「その通り」


「全世界がラヴェリアの旗の下に統一されれば……とか、そういうことは考えなかった?」


「そうなったとしても、僕らはきっと、何かにつけて殺し合うよ。それこそ……姉上なら身に覚えがあると思う」


 彼の言う通りだ。版図を広げるどころか、次期王位に係る身内争いのために、このような争いが生じているのだから。

 そして、この継承競争そのものに対しても、彼は思う所あるようだ。少し目を伏せている。


「それで、魔道具の処分は……こんなことでもしなければ、とても実現できなかった。誰にも認められないことだったのね?」


 彼が置かれた境遇に思い巡らせながら、リズは尋ねた。

 彼女の考えは、実際に当を得たものだったようで、ファルマーズはうなずいた。


「近しい者に、尋ねたことが二回あってね。最初は『考え過ぎ』と苦笑いされた。次の者からは、『決して他言しないように』と、真剣な顔で忠告された。それでもう、誰にも言っちゃいけない話題だと思った」


「兄弟には……ああ、いいわ。言ったとしても、ここで明かせるものでもないでしょうし」


 おそらく、アスタレーナあたりは知っているのではないかと踏んだリズだが、一人で始末しにきた弟の心意気を尊重することにした。

 その気遣いに感謝を示し、彼は無言で深く頭を下げた。


「実際、兄弟のこともあって、僕の考えは外に出せなくなった。僕に政治的な考えを吹き込めると思われている(・・・・・・)立場で、しかも平和主義的思考の持ち主は、だいぶ限定されるから」


「軽々しく口にすれば、累が及ぶと思ったのね」


 ファルマーズはうなずき、長いため息をついた。

 それから、彼は話題を少し変えていった。王室とその周囲における、彼の立ち位置についてだ。


 もはや隠す意味もない話だが、継承競争においては彼だけが目立った行動をしていなかった。

 その事で、国王直下の枢密院からは目をつけられていたという。末弟だからという目こぼしはない。

 しかし、適当な義理立てが通用する状況でもない。彼の前には第二王子、第四王女が直接動いているのだ。

 ここで、部下を差し出して茶を濁し、申し訳程度の参画意識を示す行為は、かえって君命軽視との(そし)りを受けかねない。

 王族末弟ということもあり、彼の近臣には半ば教育係的立場の者も少なくない。枢密院から(にら)まれる現状は、教育(・・)の質や方向性が疑われるものとし、配下に迷惑がかかる可能性も十分にあった。

 そんな中、例の標的がいると目される孤島には、どうもダンジョンが存在するのではないか。期せずしてもたらされた報告は、彼にとって――


「僕にとっては、本当にちょうどよかった。いずれ避けられない、姉上との戦いで、かねてからの懸案を片付けられるんだから」


「……魔道具もろとも、ダンジョン内に閉じ込められても、それで良かったのね?」


それこそ(・・・・)を想定していたよ」


 これは強がりではなく本意だと、リズは直感した。

 思えば、戦いの中で彼は迷いや戸惑いを見せることもあったが……それは単に、相手を殺傷することについての逡巡(しゅんじゅん)でしかなかったのだろう。

 自身の運命については、すでにある種の諦めがついていたのかもしれない。

 戦闘中よりも余程、腹が据わっているように見える彼は、軽く息を吐いて言った。


「今回の敗戦で、開発には大きなケチが付いた。機密保持のため、今回の試験版そのものが設計図を兼ねている部分もある」


「なくなったら、再現が難しいってことね」


「そういうこと。それでも不可能というわけじゃないけど……他にも仕事がある中で、計画を立て直していくのは難しくなるはず。仮に再立ち上げとなったとしても、これまでの方向性が不適当だったとすれば、事が成ってしまうまで遠回りさせられるかもしれない」


 自国の研究開発の邪魔をしようというそのやり口が、まるで他国からの妨害工作じみている。聞き入っている元諜報員たちも、彼には感服する思いだろう。

 しかし……引っかかる疑問点を覚え、リズは尋ねた。


「あなたの考えだけど、他国から何かしら影響を受けているようなことは?」


「ないよ。ラヴェリアも他の国も関係ない。僕らが手掛けたこの軍事技術が、後の世の戦争のあり方を変え、戦火を激化する契機になりかねない。仮に、この技術が今を生きる自国の兵を助けるとしても、いずれ国を問わずに牙を剥いてくるんじゃないか……そう思ってるんだ」


「わかったわ。ありがとう」


 つまるところ、後の世の世間一般のため、彼は自身を犠牲にしてでも、軍事技術進展の針を遅らせに来たのだ。

 その行為にどれほどの意味があるか、歴史の流れがどうなるか――自身の命がどうなるか。様々な不確かさに身を委ねながらも。


 彼の考えについて、リズにも納得できるものはあるが、どこまで正当性があるかはわからない。ラヴェリアが力を持つことで、それが何らかの抑止力になるという口実は、ある程度認められるだろう。

 ただ、彼の考えの妥当性はさておいて、彼女には言っておきたいことがあった。

 自分たちの技術力に対して、まるで誇りを持っていないように見える弟に対して。


「捨てるのがもったいないって思えるくらいには、強かったというか……厄介だったわ」


「……そっか。ありがとう」


「ま、私ほどじゃないけどね……フフフ」


 腕を組み、ふんぞり返ってリズは言った。これに苦笑いを返すファルマーズ。


「……あれだけの技術を、今度はあなたの好きなことに使えたら……それは素敵なことだと思うわ」


 心からの賛辞と期待を告げるリズだが、言葉は返ってこない。

 感極まったかのように見える彼は、ただ無言でうなだれ、涙で頬を濡らすのみであった。

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