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第212話 VS第六王子ファルマーズ④

 時は少し遡る。


「ダンジョンを用いて待ち構えるからと言って、ダンジョンそれ自体の制御や創造にこだわる必要はないのでは」


 これからどうやってダンジョンを利用し、いずれ来るであろうラヴェリア王族を迎え撃つか――

 具体案の相談を始めた矢先、ルーリリラが発したこの言葉は、まさに前提をひっくり返すものだった。

 これを突拍子もないと捉えたようで、魔王は自身の従者に向け、目を白黒させている。

 意表を突かれたのはリズも同じことだったが……少し考えてみると、利がある考えだとすぐに判断した。

 もっとも、提起者であるルーリリラの考えに強い興味があり、リズはまず先を促すことにした。


「何か、お考えがありそうですね」


「あらかじめダンジョンを構築しておけば、構造を知っておける分有利だとは思いますが……相手方の想定内ではあると思います。逆に、ダンジョンなしの虚空で戦闘に持ち込めれば……」


「ああ、なるほど。動き方を知らなければ、なすすべなくやられるだけで終わるかもしれないね」


 実際、虚空に投げ出されたばかりの時の感覚を思い出し、リズはこの提案の価値を認めた。地に足着く感覚のない中で、事前にそういった想定をしていなければ、戦いにすらならない可能性がある。

 できれば、交戦と呼べるほどの事態に陥ることなく、相手を無力化して捕獲したいリズにとって、このように戦場の環境そのものでハメるのはかなり好ましい。

 逆に、ダンジョンを用いて待ち構えた場合だが……先に構造を把握しておける有利は、実際にあるだろう。

 だが、相手は広大な版図を誇る覇権主義の軍事国家の王子だ。ラヴェリア軍が国内にあるダンジョンで練兵を繰り返していることを踏まえれば、普通のダンジョンへの対応策があっても何ら不思議ではない。

 あえてダンジョンを作らない選択は、他にもメリットがあった。


「エリザベータ様の、今までのご意向では、ご自身でダンジョンをいくらか操作できれば……ということでしたが」


「はい」


「あえてダンジョン操作を切り捨て、移動と転移術に専念なさるのも有効ではないかと」


「なるほど……」


 今後(・・)の展望を踏まえれば、確かにそちらの方が、実りが大きそうである。

 問題は、リズが転移を操れるようになるかだが……これについて、魔族二人は楽観的である。


「なにしろ、自力で転移系を紐解き、模倣して見せたわけだからね」


「手本ありとはいえ、最終的にご自身の力になさっていましたから……素養は十分にあるものと思います」


 と、つい先ごろリズに出し抜かれた事実を踏まえ、二人はにこやかに太鼓判を押した。

 裏もなく褒められているようではあるが、未だ罪悪感もあるリズとしては少し複雑な気持ちである。

 ともあれ、自力での転移に関し、完全な未経験というわけではない。訓練に使える時間はそう長くないだろうが、外部からのサポート有りで虚空内転移であれば、どうにか使いこなせるようになるだろう――というのが魔王の見立てだ。


「実際に転移する場合、君が入り口を作り、私が出口を作る感じになるかな」


「術者が異なっても(つな)がるのですね」


「君たち人間社会で言うところの《(ゲート)》も、似たようなものだからね。君単独で出口まで操れたら、もちろんそれに越したことはないけど……」


「それは、いずれ……というところですね」


 できるようになればと思いつつ、道のりは遠大に思われたリズだが……面と向かう二人は、できると疑っていないのか穏やかな微笑を浮かべ、期待に満ちた視線を送ってきている。

 とりあえず、まずは次の戦いを乗り切らなければ……



 視覚がぼやけて不鮮明に、それ以外の感覚が一時的に断絶する。

 戦闘の真っただ中に訪れた一瞬の空白の後、リズは敵の背後を取っている自分を認識した。手を伸ばせばすぐに届くほどの至近距離だ。


(さっすが魔王閣下ね!)


 瞬時に高速回転する思考の中、まずは感嘆と感謝の念を覚えつつ、彼女は素早く行動に移した。一瞬の出来事に気づかないでいる弟に、鎧の上から組み付いていく。

 相手の鎧が、全体としてスマートなつくりをしていることが幸いした。どうにか腕を回すことはできる。角ばった装甲が、これまでの戦闘で負った傷に食い込んでくるが、それでも彼女は気にしない。

 彼女に組み付かれてすぐ、ファルマーズは驚きもあらわな、言葉にならない声を上げた。一手遅れ、組み付きを振りほどこうと力を込めてくる。


「まさか、初めて肉親に抱きつくのが、こんな鎧越しなんてね!」


 渾身の力で拘束しつつ、リズは大きな声で話しかけた。

 これは弟を責める皮肉でもなく、同情を誘おうというわけでもない。現に、彼に見えない背後で、リズの顔は笑っている。

 少しでも良心や善性に付け入り、動きを鈍らせることができれば――という考えも込めた、ちょっとした嫌がらせである。


 しかし、返ってくる言葉はない。

 無言のファルマーズは力づくで、組み付きから脱しようと動き出した。鎧の各所から魔力の粒子が噴出し、内から押し上げる力が次第に増していく。

 硬い装甲の角が、腕の傷へとさらに食い込み、リズは歯を食いしばった。

 別に拘束が解かれるのは、計算の内だ。今重要なのは、相手に直接接触し、魔力を使わせる事――その流れを知ることである。


 実際に組み付けていたのは、ほんの数秒程度の出来事であった。

 後ろからの拘束を強引にねじ切ったファルマーズは、その場で素早く回転。リズに向き直るや、ほんのごくわずかな間の後、大剣を振り下ろした。

 彼なりに覚悟は決まっているのだろう。

 しかし、リズの目からすれば、まだ甘かった。ためらいを見せる一瞬の間も、間合いの測り方も。


 振り下ろされる太刀筋を見切り、リズは相手に近づいた。体を横に向けた彼女のすぐそばを、音もなく大剣が通り過ぎていく。

 その振り切ったところを見極め、彼女は素早く手を伸ばした。金属の小片に覆われた小手に、彼女の指先が触れ――

 接触点から青白い閃光が走った。火花が爆ぜる音が響き、うめき声を上げてファルマーズがよろめく。


 それでも彼は、戦意を絶やすことなく次の行動に移った。素早く剣を引き、今度は横薙ぎ。双剣を鞘にしまった徒手のリズへと、鋭い刃が迫る。

 しかし、彼女は大きくのけぞった。足の位置はそのままに、腰から大きく、不自然に曲がる形で。

 横薙ぎの刃は、彼女の胸元と眼前を、少し余裕を持って通過していく。

 この間、彼女が背負ったボロボロのマントは、見えない手で引っ張られたかのようにピンと伸びていた。

 実のところ、《念動(テレキネ)》を介して、マントが彼女を後ろへ大きく引っ張ったのだ。


 そして、刃が通り過ぎていくや否や、彼女は首元に手を伸ばしてマントを解いた。首への強い圧迫感が解かれるが、それは単なるオマケである。

 空振った相手が態勢を立て直す間も許さず、彼女は《念動》を張ったマントを飛ばしていった。大剣の刃、小手、腕に布が巻き付き、ついでに布の残余を相手の顔の前へ。

 視界を奪ったその隙に、リズは再び後ろへ回り込み、腕を回して取り付いた。


「そう、何度も何度も!」


「そう? 布の強度を甘く見ないことね」


 実際、手首から肘にかけてを布で何重にも包まれては、拘束を引き剥がすための力を入れることも難しい。

 だが、自分の手を奪われたとしても、彼には別の手があった。虚空を飛ぶ羽根が、二人の元へと飛んでくる。

 そして、リズにもまだ、手は残されていた。虚空に散らばった、残る紙片に魔力を注ぎ込むと、遠く彼方で紅い閃光が走る。

 今も健在な羽根に、《爆発(エクスプロージョン)》のページを巻き付かせたわけではない。

 しかし、仮に薄々感づいていたとしても、確信を持って動けるものだろうか。


 事実、実のない脅しの前に、羽根の飛行速度は落ちたように見えた。安全圏で留め、まずは確認……という腹だろうか。


「中々冷静じゃない。感心したわ」


「余裕ぶってられるのも今の内だよ。こんなの……姉上の方がずっと不利じゃないか」


 実際、組み付いたままでは満足に動けず、羽根が増援に駆けつければ形勢逆転である。

 そして……あまり傷つけることなく、弟を捕縛したいリズにとって、勝ち筋はもとから限定的であった。不利をこじ開け、ようやくこの態勢に至った。

 後は時間との勝負、最後の詰めである。


 後ろから鎧ごと組み付いているリズの指先が、青白い輝きを帯び始めた。つい先程、小手に触れた時と同様に。

 この光に察する物があったのか、ファルマーズはハッとしたように身をよじり始めたが、幾重にも巻き付いたマントのおかげで、腕の自由は完全に奪われている。

 結果、振りほどくこと(かな)わず、リズの指先は彼の胸元の少し下に触れた。

 次の瞬間、接触点に先刻以上の閃光が(ほとばし)り、鎧の表面を輝線が迷走していく。


「なっ! 一体、何を……!」


「魔導書を書きまくってる間に、筆圧(・・)が強くなっちゃってね! せっかくだから、私がサインしてやろうってのよ!」


 今までの激戦の中、刃こぼれ一つなく切り抜けてきた《インフェクター(汚染者)》も、リズの指先一つで音を上げる。

 そんな彼女の、凶悪極まりない魔力の圧が、技術の粋を尽くした魔道具を脅かしているのだ。

 攻めるべきポイントに、彼女はすでに見当をつけていた。最初に後ろから組み付いた時、鎧のどこから魔力が流れているか、その上流にアタリをつけていたのだ。

 見立てはどうやら当たっているらしい。中枢を侵され、指揮系統に乱れが生じているのだろう。魔力で結びついていたと思われる鎧の各パーツが、末端から徐々に脱落していく。

《汚染者》のことを思えば、魔道具を素手で破壊することは、リズならば十分に可能だ。そんな彼女だからこそ、相手の魔道具を破壊して降伏に持ち込むという道を見出すことができた。


 中枢系統の破壊が始まってすぐ、頭部の辺りにも変化が生じた。他の部位よりも小さな金属片が剥落し、続いて聞こえてくるのは荒い呼吸の音。

 もしかすると、所有者そのものにもダメージを与えてしまっているのかもしれない。それは不本意だが、かといって制圧を中途半端にするわけにもいかない。続行を決断しつつ、リズは尋ねた。


「降伏はいつでも受け入れるわ」


「……僕が、忘れたとでも?」


「ああ、そう。あまり意地は張らないでね」


 返る口調に辛そうなものはあったが、命が脅かされているというほどの深刻さはない。むしろ気力はまだまだといったところで、妙な話だがリズは安堵した。

 しかし――虚空の遠方できらめく光の動きに、気がかりな乱れが生じた。次の瞬間、ファルマーズがうめきながらも、はっきりと告げていく。


「こ、このままじゃ制御しきれなくなる……」


 そういった直感は、リズにもあった。中枢を破壊されつつある鎧が次第に断片化していくのなら、遠隔で動く羽根もまた、制御を失うのは道理であろう。

 問題は、制御できなくなった羽根がどのように振る舞うか。完全に停止するか、それとも勝手に敵を見つけて動くか。魔力を視認し、自律的に動くと思われるあの羽根にとって、標的とは何なのか――


(ま、来るでしょうね)


 虚空を迷走していたように見える羽根が、二人の元へと飛んできた。総勢八枚。

 おそらく、主人の見分けもつかなくなっているであろうこの敵を前に、リズは行動に移った。ファルマーズへの組み付きを解き、腕に巻き付けたマントの《念動》とともに、彼を下に押した。

 今の彼は、ほとんどの装甲が虚空に散らばり、ローブの腰から胸元にかけて胸甲が残る程度だ。抵抗する余力もあまりないと見える。


(もう少し残しておけばよかったかも)


 などと思いつつ、リズは迫り来る羽根と弟の間に割って入った。

 自分だけが狙われるように。


「なっ、何してるんだよ! 自分だけでも逃げればいいじゃないか!」


「カッコいいとこ見せつけたいだけよ」


 振り向きもせずに言い放ち、リズは腰から双剣を抜き放った。

 ここまでの戦いで、それなりの負傷を負っている。魔力も相応に消費している。

 しかし、意識には澄み渡るものがあった。目論見通りに事が運んだ事実が、否定しようもない高揚感になっている。


 目が慣れ、それ以上に流れに乗っている彼女にとって、羽根からの射撃などものの数ではなかった。

 実のところ、統制を失ったことで相互の連携が損なわれていた。示し合っての同時攻撃ではなく、距離と角度が合えば射撃という、散発的でお粗末なもの。

 それでも、単純に数の利は確かにあったのだが、リズの技量が完全に上回った。断続的に迫る光線を、両手の剣や《防盾(シールド)》で軽やかに対処していく。

 やがて残る力を使い果たし、羽根は一枚、また一枚と、虚空で動かなくなっていった。


 そして、ついに最後の一枚が停止。煩わせる者がいなくなった中、リズは弟に振り向いた。

 腕の拘束があるのは事実だが、それでも何かしらの妨害を加える事は、実は可能だったかもしれない。

 だが、彼は結局、リズの背後を狙うことはなかった。


「まだやる?」


 余裕を持って問いかける彼女の中には、半ば確信に近いものがある。対するファルマーズは、静かに首を横に振った。


「……降伏します」


 様々な感情を押し込めたような神妙な表情で、彼ははっきりと宣した。

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