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第211話 VS第六王子ファルマーズ③

 突如として現れた物理障壁を、羽根たちは完全に突き破った。魔力の尾を引く羽根の後ろ、置き去りにされた壁には亀裂が広がり、ついには瓦解して虚空へと霧散していく。

 これほどの衝撃力があるのなら、ファルマーズが使用をためらうのも納得というもの。威力の程をまざまざと見せつけられ、リズは思わず「うわ……」と声を漏らした。


 唖然とする彼女に、射撃用の羽根が仕掛けてくるも、これには難なく対処。再び攻め寄ってくる四枚の刃に対し、彼女は再加速して距離を取り始めた。

 すると、頃合いを見計らって彼女の内奥に声が。


『申し訳ございません、お役に立てず……』


 虚空の中に壁を生成したのはルーリリラの働きである。

 羽根が動けなくなればベストであったが、貫通されたからといって無意味だというのは早計。さらに言えば失礼なことだ。


『いえ、いくらかのスピードダウンには成功しています。使いどころ次第ですね。またお願いします』


『……はい!』


 普段は……ややホンワカした感じの彼女だが、さすがにこういう状況では気合が入るのだろう。小気味よい返答にをもらい、リズの口元が少し緩む。


 この戦いでは、魔族二人がリズのサポートに回っている。ルーリリラは、虚空の中に何か――おおむね遮蔽物――を生成する係。

 一方で魔王フィルブレイスには、転移の準備に専念してもらっている。

 例えば、リズが勢い余って弟を殺しかけたケースにおいては、魔王直々の転移で外に吐き出してもらうために。

 もっとも、そうならないようにする考えではあるが。


 魔王が非常用に待機している中、動けるサポート要員はルーリリラ一人だが、彼女も自由に動けるというわけではない。

 なにしろ、ダンジョンの管理運営を専業としていたため、自分自身で戦う機会などまるでなかったのだ。自由に動いてもらうとしても、思ったように連携が取れず、むしろ裏目に出てしまう可能性はある。

 今回のような高速戦闘であればなおさらのことだ。


 そのため、リズの《念結(シンクリンク)》による指示出しを受け、その上でルーリリラが動くという形になっている。

 つまり、協力者こそいるものの、戦闘の組み立ての全てはリズの手にあるというわけだ。

 協力者自身、やや気後れしているところもあったが、リズにとっては大変に心強い。

 継承競争に係る戦闘で、明確な味方が手助けしてくれるのは初めての事だからだ。

「どう動いてもらうか」という考え事が増えることも、今の彼女には心弾ませる感すらある。


 そうこうしているうちにも、目まぐるしく状況は変わり、矢のような羽根が追いすがってくる。遠方には射撃用の羽根の気配も。

 対するリズは、ルーリリラとの連携により、たびたび襲い掛かる窮地を切り抜けていった。それと同時に少しずつ状況を変えていくことで、相手の分析も並行して進めていく。

 外部支援ありとはいえ、手数は圧倒的に相手に優位がある。

 さすがのリズも、度重なる攻撃を完璧にいなすことは(かな)わない。飛び交う羽根が彼女をかすめて飛んでいき、朱色のマントは穴だらけ、厳かな服には赤い筋が何本も入った。


『中々面白くなってきたではないか』


「この程度で楽しめる浅さが羨ましいですわ」


『この程度で終わらせぬというのが、口先だけにならねば良いがな』


 皮肉を応酬する二者だが、魔剣の言い分はもっともである。何か手を打たなければ。

 幸い、状況を好転させる策は一つ思いついており、リズはそれの下準備にとりかかることにした。腰背部に携えている魔導書に念を込め、空きページに新たな魔法陣を巡らせていく。

 開けずとも書ける《別館(アネックス)》影響下の魔導書だが、あまり凝ったことをするほどの余裕はない。よって、今回の策というのは、書き込みの負担が少なくなるような工夫をしてある。

 それでも、書き込みが終了するまでにいくらか時間はかかるのだが。


 準備が終わるまでは、再び敵の攻撃を(しの)ぎ続ける時間がやってくる。

 だが、逆転の策を密かに動かしている事実が、単なる時間稼ぎの中で気力を前向きに後押ししている。

 加えて、ルーリリラの手伝いと自分自身の慣れもあり、彼女は波状攻撃の中でもあまり傷を負わなくなっていった。


 ルーリリラが用意する壁は、戦闘の速度に合わせるように簡易的なものだ。

 そのため、通常のダンジョンにおける壁のような、事象の境界ほどの絶対性はない。羽根の突撃で壊れてしまう強度だ。

 しかし、そんな間に合わせの壁でも、射撃用の羽根に対しては有効な防壁として機能する。

 一方、壁に射線を遮られた羽根は、回り込むように動いてリズを探し出し、再び狙いをつけてくる。

 こうした挙動に加え、リズとファルマーズの間に壁が遮蔽となった際も、羽根が標的を見失わないように見える事実が、羽根の自律性を裏付けている。

 おそらく、ファルマーズ側から出せる命令は、標的の指示と出撃・帰還、後は攻撃モードの切り替え程度ではないかと、リズは判断した。

 司令塔と思われるファルマーズ自身はというと、時折大剣から光線を繰り出してくる。これで仕留めようというよりは、休む余裕を与えない牽制のような感じがある。自律兵器の隙を埋める働き、といったところか。


(ここまで追い詰めてくるんだから、ホント大したものね……)


 相変わらず、恐るべき速度で切りつけんとする羽根をいなしながら、リズは感嘆と安堵入り混じるため息を漏らした。

 敵の羽根の、突撃部隊と射撃部隊が相互に連携しないよう、こちら側もルーリリラの介入をうまく使えている。おかげで、ダメージの蓄積を避けることができている。


 逃げ回っている間に、敵の鎧と羽根に関しても、なんとなく察しがついてきた。

 敵の羽根は総勢12枚。射撃用が8枚、突撃用が4枚という内訳だ。当初はすべてが射撃用であり、戦闘が始まって程なくして、4枚が突撃用に移行している。

 攻撃力という点では明らかに突撃用の方が脅威だ。全てをそちらに回せないのは、何かしら構造上・制御上等での制約があるのだろう。

 では、始まってすぐに、相手が突撃用として使用しなかった理由だが……巻き添えを恐れてのことだろうと、リズは考えた。

 羽根を飛ばした直後は近接戦闘だったが、羽根からの誤射は問題にならないのだろう。

 実際、戦闘開始直後の奇襲は羽根が撃ってくるよりも苛烈なものだったが、ファルマーズには何ら問題がないようだった。

 現状、むしろ彼が支援要員に回っているようにも思えるあたり、鎧の装着者本人は、自律する羽根の補完的役回りが想定されているのかもしれない。当人で足止めしつつ、敵もろとも……というわけだ。

 一方で敵との距離が離れてくると、威力重視の突撃運用に切り替えることができるようになるのではないか。

 とりあえず、ファルマーズとの距離を詰めることで、一番危険な突撃羽根の動きに干渉できる可能性はある。戦いながら得た感触と直観では、それが現実的な見立てだった。


 相手の羽根がすべて自律的に動いている仮説が正しければ、想定される仕様の穴を突くことはできるかもしれない。

 その一方で持久戦は不利だ。一手誤れば大きく不利に傾く中で、リズとルーリリラの二人には、小さな判断ミスも許されない。対する相手は、このままの攻勢を難なく維持できるはずだからだ。

 それに、本体であるファルマーズに対し、まだ有効打の一つも浴びせていない。逃げ回るだけにしか見えないリズを魔剣が嘲笑(わら)うのも、無理からぬことではあった。

 しかし、それもここまでである。


 止むことのない、羽根からの圧力。飛び交う光線ときらめく刃。攻撃を(さば)き続けながらも、彼女は後の算段を思い巡らしていく。

 やがて勝ち筋に至る道を思い描き、彼女は《念結》で魔族二人にそれを伝えた。


『――といった流れで仕掛けます。ご準備を』


『かしこまりました』


『了解』


 鷹揚で柔らかな感じの魔王も、今回ばかりは緊張しているのか、心に伝わる声に硬さがある。

 しかし、そこまで本気で向き合ってもらえている事自体、喜ばしく誇らしいことなのだろう。インチキでダンジョンを攻略してしまったにしては、過ぎたご褒美である。

 体の至る所に裂傷を作りながらも、リズは顔を少し綻ばせた。


 彼女の目が向く先は、その体に傷をつけてきた四枚の羽根たち。向かい来るそれらに立ち塞がらせるように、彼女は書き込みが完了した魔導書を飛ばした。

 だが、それなりに厚みのある書物も、やはり壁の役は為さない。開かれた魔導書には、羽根の編隊最前の一本が深々と突き刺さり、そのままの勢いで突撃を続けてくる。


『まさか、たかが魔導書で押し留めようと考えていたのか?』


「あなたの時みたいには参りませんわ~」


『言っている場合か。曲がりなりにも我が主ならば、あのような魔道具に負けてくれるな』


 軽い皮肉に返ってくる、少し緊迫感を持った声。請願とも激励ともつかないその言葉は、意志ある宝物(インテリジェント)としてのプライドから来るものだろう。

 向けられた言葉を意外に思いつつ、リズは魔剣との間の奇妙な縁に、唇の端を少し吊り上げた。


「ま、見てなさいな」


 魔導書が突き刺さった羽根は、なおも速度を緩めずに突き進んでくる。

 そこへ遠隔で力を込めると、進路がごくわずかにブレ始める。魔導書に刻み込んだ《念動(テレキネ)》で動かしているのだ。

 だが、せめぎ合う力に(さら)される中で先に音を上げたのは、当然のことながら魔導書の方である。

 無理な力がかかったのか、中程のページが次々と剥落し、虚空に散らばっていく。そうしてバラバラになった紙吹雪に、後続の羽根が突き刺さる。

 しかし――ほんの薄っぺらな一枚一枚は、羽根に貫通されることなくまとわりついた。

 それは実際、術者たるリズが、それぞれのページから得た感触でもある。自分に向かってくる突撃型の羽根は、四枚全てにページが付着している。

 そしておそらく、魔道具の主であるファルマーズは、まだ何が起きているのかわかっていないはず。彼が把握できているのは、単に魔導書一冊がバラバラになった事実だけだろう。


 最初のハードルを思い通りに切り抜けたリズは、自身に向かってくる羽根を、これまで同様に回避した。あまりのスピードに、羽根たちは大きく通り過ぎていく。

 その四枚が遠ざかったところで、彼女は羽根にまとわりつかせたそれぞれのページに、遠隔で魔力注ぎ込んだ。仕掛けられた魔法陣が起動し――


 虚空の四箇所に強烈な爆発が生じた。目も(くら)む閃光で、二人の戦場全域が瞬間的に明るく染まるほどに。


 事前準備で魔導書に書き込んでいたのは、《念動》と《爆発(エクスプロージョン)》。それぞれを交互に書く形で、空きページに連続して複製していった。

 そのため、魔導書から一枚ページを切り取ってみると、先述の魔法陣2つが背中合わせになる格好だ。

 こうした構成のページをまとわりつかせることで、羽根を爆散させようというのがリズの構想であった。

 さすがに威力は絶大である。そもそも、《爆発》は人間相手にではなく発破等に用いられる、超高威力かつ細心の注意を要する高難度魔法なのだ。


 しかし、羽根が本当に粉微塵になるかどうか、実はそこまで重要ではない。

 事はここからが本番である。


 虚空を染める大爆発という、極めてわかりやすい合図とともに、事態は次へと進展していく。戦う二人の間に、ルーリリラの壁が割って入る。

 そして、弟との視界が分断された瞬間、リズは一つの魔法陣を即座に書き上げた。


――視界の全てが輪郭を失い、背にした爆発の閃光と虚空の闇が混濁していく。

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