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第210話 VS第六王子ファルマーズ②

 ファルマーズの鎧から飛び立った翼状の構造は、最終的に12枚の羽根へと分離した。一枚一枚が虚空に尾を引きながら、二人から距離を取っていく。

 年若くも歴戦の猛者であるリズは、これを脅威と見た。単に思わせぶりな陽動ではなく、むしろこれこそが本命ではないかと。

 今もなお、敵とは(つば)迫り合いが続いているが、まずはこの足止めから脱しなければ。


 力の入れ方を誤れば危険な中、彼女は絶妙な力加減で剣を操った。前へ押し切ろうとする相手の動きを導くようフッと力を緩め、自身の剣をレールに、相手の押し込みを滑らせていく。

 同時に自身の体は大きく下へ。展開された羽根に対し、まずは相手の体を一時的な遮蔽とする恰好だ。


 足場のない空間でも、鍔迫り合いの状況に至れば、ファルマーズにとっては平面的な認識が優勢だったのかもしれない。下へスルリと逃げられたことに意表を突かれたようで、彼の対応はやや遅れた。

 すぐさま鎧を操り、全身の各所から光る粒子を噴出。器用に姿勢を制御する彼だが……一足早く離脱したリズには追いつけない。

 しかし、彼自身が距離を詰める必要は、かなり薄れているのかもしれない。


 彼本体の代わりに、今では羽根の一枚一枚が新手の脅威となっていた。敵との距離を取ろうと、魔力の尾をたなびかせて虚空を飛ぶリズに、何枚もの羽根が追いすがる。

 この虚空で飛ぶ訓練を繰り返したリズだが、羽根の速度は彼女の全速力に肉薄するほど。それぞれの羽根との距離はまだあるが、力を緩めればすぐにでも追いつかれ、囲まれてしまうことだろう。

 だが、距離を詰め切るその前から、迫りくる新手の武器は別の動きを見せた。周りを囲みつつ追ってくる羽根のいくつかが、これまで以上に強い光をまとい始めたのだ。

 瞬間、嫌な予感に身構えるリズ。


 実際に羽根が強い光を帯びたのは、ほんのわずかな時間であった。その短時間のうちに力の集束を済ませ、羽根から彼女めがけて魔力の光線が飛んでくる。

 飛んできた光線は四つ。高速で飛び回りながらの中ではあったが、リズは体をひねり、流れるような手さばきで剣を横に薙ぎ、左手で《防盾(シールド)》を構えた。

 それまで彼女がいたところを一本の光線が貫通し、避け切れないものは、魔剣と盾に阻まれて魔力の飛沫と化した。


 第一波は軽く(しの)いだリズだが、安心するのはまだ早い。続いて、先の攻撃に関わらなかった羽根から、第二の斉射の兆し。

 これを迎え撃つだけであれば、一度飛行を止めて対処するのが確実だが……相対距離が詰まれば、後々致命的な事態になりかねないと、彼女は察していた。

 攻撃の波が分かれているのも、彼女が高速で逃げ回っていたからこそ。逃げる力を緩めれば、フォーメーションを組んで飽和攻撃を加える余裕を相手に与えかねない。


(とはいえ、逃げっぱなしってのもね……)


 単に逃げ続けるだけならば、ジリ貧という思いも同時にあった。

 これまでの人生も同じである。

 逃げる中でも(したた)かに、状況を観察、分析しなければ。


 この戦いに際し、隠し玉の準備は当然のようにあるが、まだ温存したくはある。

 まずは普通に対処する事に決めた彼女は、精神を集中し、より能動的に第二波へ向き直った。迫りくる光線を避け、剣で打ち払い、最大の注意を防御魔法に傾ける。

 着弾の反応を見る限り、《防盾》一枚で光線はちょうど相殺できるようだ。魔剣で一発を受け止めた手の感触からも、おおよその威力が把握できる。

 大火力ではなく、数で押し切ろうという兵装なのだろう。


(あえて、出力にバラつきを持たせているとも考えられるけど……)


 高速で飛びつつ防戦する中、思考を巡らせるリズ。

 そこへ、羽根たちとはまた別方向から光線が迫った。かねてより予想できていた、実弟からの一撃を、剣で軽く受け止める。

 羽根で取り囲み、中距離から包囲射撃を繰り広げつつ、本体は遠距離射撃を――という算段らしい。

 今は読めていたものの、戦いが進んで余裕がなくなってくると、さすがに意識しきれなくなるかもしれない。


(中々うまくできてるものね……)


 実際、飛び回りながら羽根の連携に対処するのは、かなりの集中力を要する。

 それからも、第三波、第四波と、攻撃は断続的にやってきた。被弾を許しはしないが、ふとした拍子に押し込まれてしまうかもしれない。

 慣れない環境ということもあり、普段よりも消耗のペースが速く感じられることもまた、大きな懸念材料だった。息が上がるほどにまでは至らないが、早くも汗ばむ自分を感じている。


 一方……予想通りというか、期待通りというか、羽根の方にも消耗という概念はあるようだ。2、3度ほど射撃を行うと、蓄積された力の大部分を喪失するらしい。

 最初は鮮やかな水色の光をまとっていた羽根も、いくつかは次第に光がくすみ始めた。

 すると、前線に余力のある羽根を残しつつ、息切れらしき羽根が本体へと戻っていく。

 火勢が緩んだ余裕も手伝い、一度そちらへとリズは注意を傾けた。

 鎧へと帰還した羽根は、そこで補充を済ませるようだ。ものの数秒で再び鮮やかな光を(たた)え、羽根が鎧から飛び立ていく。

 相手との距離はかなり開いており、羽根の飛行速度を考慮しても、行き来には無視できない時間が発生する。入れ替えのタイミングならば、相手の手勢は確実に減る。攻勢に転じる機の候補にできるかもしれない。

 そうして、連続攻撃を凌ぎつつ状況把握に努めるリズだが――


 補充を済ませた羽根の動きは、これまでとはまた一味違うものだった。リズへと一直線で向かう速度は、彼女の全速力を上回るかもしれない。

 この動きを彼女は、羽根そのものを刃とする攻撃だと直感した。

 加えて、居残り組の羽根たちも彼女をつけ狙っている。これら二種の攻撃のタイミングが合致すれば危険だ。一方への対処で余裕を奪われたところに、後続が被さってくる可能性は高い。


 ここ一番の正念場に、彼女は息を呑み……逃げ回る歩を一度止めた。

 すると、的が止まったことに反応したのか、まずは包囲部隊の羽根が揃って射撃してきた。ある程度想定でき、望んでいたことでもある。

 四方からの攻撃だが、これらの射撃であれば威力のほどは知れている。最低限を《防盾》で処理し、素通りするものは自身の体と、体表を守る《鎧皮(アーマースキン)》で受け止めることにした。


 盾では防ぎきれなかった左脚に光線が襲い掛かり、《鎧皮》の防備を超えて刺傷のような痛みが走る。

 それでも彼女は歯をくいしばって耐え、本命である羽根の突撃に構えた。

 向かってくるのは四つ。鮮やかな水色の刃が虚空を切り裂き、今まさに、彼女までも貫かんと迫る――


 その軌跡を見切り、彼女は行動を起こした。魔剣に加えてもう一本、ごく普通の剣も抜き、二刀流で飛弾に立ち向かう。

 致命の刃四本は、半分は彼女の体をわずかにかすめて通った。虚空にたなびくマントが、小さな音を立てて穿(うが)たれる。

 残る刃は、ぞれぞれ左右の剣の上を滑走して通り過ぎていく。金属が擦れ合う耳障りな音が、彼女の耳を襲った。


 さしたる負傷なく、彼女は両手の剣で巧みに受け流すことができた。

 だが、腕を伝わる衝撃は、直撃したときの威力を思わせるものだった。本来の進路をかすかに曲げられた羽根の運動エネルギーが、擦れ合う刃を伝わり腕にかすかな余韻が残る。


 幸いにして、直進の威力の高さゆえか、鋭角に曲がって再び襲うほどの急制動は不可能なようだ。

 受け流してすぐ、背後を振り返ったリズは、駆け抜けていった羽根がかなり遠くまで飛んでいくのを見た。それぞれの羽根は光り輝く尾をたなびかせ、暗い灰の空に大きな弧を描いてくる。


 囲われると単純に不利である。可能な限り相手を視野一つに収めるべく、彼女は再び動き出した。

 と、そこへ別方向からの射撃。彼女は二本の剣で打ち払い、《防盾》で相殺した。

 危険度で言えば、刃となって襲い来る羽根の方が明らかに上だが、射撃班も決して侮れない。


 そして一つ、気がかりなことがあった。

 彼女は弟本体からかなりの距離を取っている。それは彼からの射撃を防ぐためであり、加えて、羽根が魔力を補充する際に往復の時間を稼ぐためでもある。

 さらに、本体からの距離を取ることで羽の制御を甘くしようという目論見もあったのだが――


(自分で操ってない?)


 360度全方位、目まぐるしく動き回りながらの高速戦闘に、リズは対応できている。

 しかし、それというのも禁呪、《雷精環(サーキット)》による思考加速と、今までの経験と勘によるところが大きい。

 そんな彼女の守りに拮抗する密度で、緩むことのない攻めを続けられるということは、ファルマーズ自身にも同等の“何か”があるとも考えられるが……

 さすがにそれはないと、リズは考えた。

 おそらく、この高速戦闘は魔道具の性能によるもの。彼女に襲い掛かる羽根それぞれが、自律的に動いているのではないか。

 問題は、自動で動く魔道具などほとんどないことだ。ましてや、こうも機動的に飛び回る武装など、普通はありえない。だが……


『防戦一方ではないか。戦意は口先だけか?』


「まさかァ。あなた様と戦った時みたいに、巻き返してご覧に入れますわ~、閣下」


 リズの手には、自分の意志を持つ魔剣があるのだ。世に出ていないというだけで、自律的に動く魔道具があっても、何ら不思議はない。

 他にも、羽根が所有者とは独立して動いていると思われる理由がある。


(手加減できないって言ってたし……きっと、細かな指図はできないのね)


 一枚一枚の羽根は、特に複雑な動きをしているわけではない。ただ、水を得た魚のように広大無辺な虚空を縦横に飛び回り、多勢と速度で以って脅かしてくるだけだ。

 戦場選定が、もしかすると相手に利しているかもしれない。


 そんなことを思う彼女だったが、見せていない手はまだあった。

 心の中で念じ、合図を飛ばすと、暗灰色の虚空に鮮やかな緑のラインが入る。輝線は格子状に広がり、どこから湧いたのか、緑の微小な立方体が格子の隙間を埋めていく。

 そうして瞬く間に、一枚の壁が生成された。彼女めがけて飛ぶ羽根たちは、彼女を追ううちに進路が束ねられ……

 その進行方向に割って入った壁に、集団で突き刺さっていく。

 これで足止めできれば御の字だ。


 が――出来上がったばかりの壁に、早くもヒビが入っていく。

 これにはリズも、顔を引きつらせた。

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