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第208話 魔王の騙り

 挑発混じりと思われる案内に、ファルマーズは難しい表情を浮かべた。

 そして、この扉から(つな)がると思われるダンジョンに、おそらくは標的がいるのだろう。

 ”誰もいない”という罠で捕らえようという可能性も考えられるが……

 その懸念は、彼を止める理由にはならなかった。


 身を守る鎧の中、手が汗ばむのを確かに感じつつ、彼は扉に手を伸ばした。扉の間から光が漏れ出し、瞬く間に彼の視界を白に染め上げていく――


 気づけば彼は、灰色の壁に囲まれた大広間の中にいた。天井、壁、床、全てがやや暗めの灰色であるが、光源が見当たらないながらも全体がそれなりに明るい。

 また、広間を囲う材質は石ではなく、不自然なほどに一様で滑らか。一色で塗りつぶされた、ディテールのない空間とでも言うべきか。

 そんな味気ない空間の中、かなり離れてファルマーズを待ち受ける一人の人影が。

 儀仗兵を思わせる、華美かつ品のある服装に身を包み、左右の腰にはそれぞれ長剣を携えている。その背に羽織るは、膝程度までの長さの、鮮やかな朱色のマント。

 そして、壮麗な装いの彼女(・・)は、それに着られることなく引き立て役に甘んじさせている。


 互いに、ここが戦場という認識はあることだろう。やってきてすぐではあったが、自身のうちに緊張が張り詰めているのをファルマーズは自覚した。

 一方、待ち構えるあの実姉は、揺るぎない自信に満ち満ちているように映る。経験の差というものもあるだろうが、それだけではないようにも感じてしまう。

 そうして、やや呑まれかけている自覚を得た彼の前で――泰然とした少女は、堂に入った演者のような所作でマントを払い、高らかに声を上げた。


「ラヴェリアの末裔よ、よくぞここまで参った! 我こそ、魔王エリザベータである! フッ、フハハハハ!」


 名乗り、実に気持ちよく笑う姉を前にして、ファルマーズは一言も応えられず、ただ唖然として黙してしまった。

 そんな彼に対し、一時は威厳のある態度で静かに(たたず)んだリズだが……顔に柔らかな笑みが浮かぶ。


「まったく……そっちが反応してくれないものだから、私だけバカみたいじゃない」


「……実際、そうなんじゃない?」


「あら、きちんと返答してくれるのね。実は中身が入ってないかも、なんて思っていたけど」


“中身が入っていないかも”というフレーズに、ファルマーズは微妙な含みを感じた。鎧が独立して動くというのではなく、それを操る自身の中身を問うような……

 そして同時に、口頭でこの姉とやり合うことについて、さっそく彼は不毛さと危険さを感じた。相手のペースに引きずられまいとするも、さっそく追撃が飛んでくる。


「あなた、私だけがバカみたいに言ったけど、本当にそう思ってる?」


「さあね」


「この戦い自体、バカげてると思ってない?」


「そうかもね」


「認めるのが怖い?」


 この返答には言葉が詰まった。その空白を取り繕うと口を開けようとするも、「無理に言わなくていいわ」と続けられ、さらに返答に窮してしまう。

 口で勝てる相手ではない。


――では、戦って勝てる相手か?


 それを知るのはこれからである。彼は背負った大剣に手を伸ばし、両手で構えた。全身を鎧で覆われていながら、その動きで音が立つことはない。

 口頭のやり取りを避け、臨戦態勢に入った弟に対し、リズはどこか悲哀の色がある微笑を浮かべた。

 そして彼女は、フィンガースナップを一発。小気味良い音が響き渡る。


 これを合図に、二人がいる空間に変化が生じた。天井、壁の至る所に魔法陣が現れる。

 包囲攻撃かと身構えるファルマーズだが、実際には違った。周囲に展開された魔法陣は、それぞれがこことは別の、洞窟らしき光景を映し出している。そのいずれにも人の姿があり――

 彼は、この戦いの見届人だと理解した。あるいは……


「せっかくだから、知り合いにも観戦してもらおうと思ってね。なんだか、出来の悪い仮装大会みたいになっちゃってるけど……」


 その後、リズは少し挑発的な笑みを浮かべた。


「もしかして、見られたくない物がある? 降伏はいつでも受け入れるけど?」


 実際、見たままのものを言いふらされるのは危険だ。

 だが、これはあくまで威嚇にすぎないと、ファルマーズは考えた。

 そもそも、数ヶ月前に姉のネファーレアがしでかしたことの方が、よほど深刻である。その機密情報を公に漏らした様子はないあたり、相手方も騒ぎを広げる考えはないはず。

 こうした孤島のダンジョンに身を潜めているのも、できる限り事を露見させないようにという意向があるのではないか。


 このような観戦態勢を敷かれたことについて、懸念すべきはもっと別にある。

 これだけの観戦者をつき合わせられるということは、戦いにおいて“隠したいものがある”奴がここへ来る事に加え、交戦日の見立てもできていたからこそであろう。

 そうした判断の根拠となる、確度の高い何らかの情報を得ていたのではないか。この先の戦いで漏らす可能性のある情報よりもむしろ、先に漏れていたもののことを、彼は大きく見た。


 しかし、戦う前から気圧されてしまってはならない。彼は少し強気に言葉を返し、話をそらすことにした。


「見てるの、姉上のお知り合いだよね?」


「ええ」


「そういう人たちの前であなたを痛めつけるのは、さすがに心苦しいよ」


 これをリズは鼻で笑った。「ナマイキね」とシニカルな笑みを浮かべ、再び指を鳴らすと、観戦者たちの窓が閉じていく。

 しかし、これで接続が途絶えた保証はない。一方的に向こう側を見るような魔法・魔道具はファルマーズも知っており、彼は見せかけだけ閉じたのだと判断した。


 だが……観戦中という実態が変わらずとも、周囲の目が見えなくなったことが、心境には変化を与えた。再びこの空間が二人きりのものになり、緊張が張り詰める。

 手に汗握る彼の前で、姉は落ち着いたものだ。「そっちから動けば?」と余裕ある態度で声をかけてくるも、中々その一歩を踏み出せない。

 すると、彼女はため息をついた。


「最後に聞くわ。降伏しない?」


「……今はね。戦わずに逃げるわけにはいかないよ」


「どうして?」


「だって……兄さん姉さんに悪いから」


 そう言って彼は、心に引っかるものを覚え、ハッとした。


「その“姉さん”とやらに、私は含まれないのよね……」


 どこか寂しそうに言う()の姿に、彼は言いしれない感情を覚えた。これが演技に過ぎず、戦いの駆け引きはすでに始まっていると認識しつつも……

 人としての良心が、今更ながらに声を上げてくる。

 しかし、彼をこの戦いに向かわせたのもまた、自分の中にある良心の一側面なのだ。

 言葉を返すことなく、彼は大剣の握りを強めた。間近に迫ったその時に備え、心を落ち着けていく。


 すると、向こう側も決心を固めたのだろう。腰の背部から、彼女は魔導書を取り出し、広げた。開かれたページに魔力が集中し、青白い光を放つ。


「降伏はいつでも受け入れるわ」


「降伏してほしいの?」


「ええ。私は優しくて寛容で思慮深いから」


 臆面もなく言ってのける姉に、ファルマーズは思わず含み笑いを漏らした。

 実際、彼女は言う通り、少なくとも一回は確かに慈悲を見せている。幽霊船での戦いでは、もしかすると肉親が失われていたかもしれないのだ。

「知ってるよ」と、含むところのない正直な気持ちを返すと、姉は真顔になった後、鼻で笑った。

 そして、彼女が手にした魔導書がより一層の輝きを示し、彼女の周りにいくつかの魔法陣が展開される。


 しかし、空間に閃光が満ちた直後、彼は目を疑った。

 先程までいた、暗い灰色の壁に仕切られていた空間が一変し、壁も仕切りも何もない、暗灰色の空間に身を投げ出されている。地に足つく感覚も損なわれ、上と下の概念も消失してしまったかのような。

 そして、これまで目にしていた壁が取り払われ、代わりに姿を現したのは――


 自身を取り囲む数多(あまた)の魔法陣であった。

 そこで初めて、彼はこのダンジョンの罠を悟った。

 壁に仕切られたあの決戦場はダンジョンの一室であり、何もないように見せかけて、実際には何か罠を仕掛けてくるものと思っていたのだが……

 認識の埒外に、罠はすでにあったのだ。待ち構えていた魔法陣が光を放ち、無数の矢が自分という一点に迫ってくる。

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