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第207話 ダンジョンへようこそ

 姉が用意した《(ゲート)》をくぐり、ファルマーズはダンジョンがあるという孤島上空へと転移した。

 彼の全身を覆う鎧は、実際には鎧の役目も果たす魔道具と言っていい代物である。顔が完全に覆われているが、面を覆う部位は外の様子を投影し、地面が近づきつつあることを教えてくる。

 このままでは地面に叩きつけられ、交戦どころではなくなってしまう。

 だが、彼に焦りはなかった。


 ある程度落下していったところで、鎧の表面に魔力の線が走った。光り輝く微粒子が、鎧の数か所から穏やかに噴射され、落下の速度が滑らかに和らいでいく。

 そうして彼は、砂浜へ静かに降り立った。落下に際し、衝撃と呼べるほどの事象は何も起きず、ただ砂を踏む軽い音が生じたのみである。

 実践投入は初めてだが、幾度となく試験を繰り返してきた魔道具だ。首尾よく降り立てたことに、別段の感慨はない。

 それよりも、彼の心を占めたのは――


(暑い……)


 ラヴェリアでは雪が舞い始めたという頃だというのに、門をくぐった先は常夏の熱帯である。

 木々の緑、砂浜の白さ、海と空の青。鮮やかな色彩は、降り立った直後こそ目を楽しませはするものの、徐々に爽やかさより暑苦しさを感じさせてくる。


 彼の全身鎧は外気をかなりの程度遮断するものの、熱伝導には対しては素通りと言っていい。機密の塊というべき鎧の中へ、南国の熱気は遠慮なく忍び込んでくる。

 そこで彼は、鎧の内側で一つの機能を起動させた。鎧内部で小さな魔法陣が連環となり、全身を包む内張りになっていく。

 これら魔法陣からは、ささやかな冷気が染み出し、侵食してくる熱気を中和していった。

 多様な戦場に対応するための機能であり――覇権主義国家に相応しい機能と言える。


 しかし、魔導技術の粋を尽くしたこの装備を以ってしても、未だ冷めやらぬ熱が内にこもっていることを彼は認めた。心臓の高鳴りが、否応にも心身を高ぶらせているのだ。

 思考を超えて自分を染め上げようとする、このかつてない感覚に、彼は確かな戸惑いを覚えた。


 とりあえず、ここまで試作品はうまく機能している。その事実を以って、彼はしばし心を落ち着けることにした。身を包む鎧の中、ゆっくりと呼吸を繰り返していく。

 そうして静かに(たたず)んだ後、彼はゆったりと右腕を上げ、水平に構えた。鎧の全体にほのかな光が生じ、全身を幾何学的な文様が覆う。それとともに、かすかな高周波が響き渡る。

 鎧全体を共鳴させ、周囲の魔力を探知しているのだ。生半可な魔導師よりも、ずっと高精度に。兜の内側に映し出される視界に、周辺の魔力分布が重ね合わされる。


 見たところ、浜辺近くの森に何か潜んでいる様子も、仕掛けられている気配もない。

 ダンジョンにこもっていると見せかけ、実際には水際で叩く……そんな奇襲の懸念があったが、取り越し苦労に終わったようだ。


 周辺の探知を終え、彼は浜辺を歩き出した。向かう先は孤島の山内部。

 兄二人の伝手を借り、軍の資料を上から下にひっくり返したところ、この島についての情報がいくらか見つかった。

 山の内部へ海からえぐりこむ鍾乳洞の奥にダンジョンがある、と。

 数十年前の調査による報告書であり、情報の古さは否めないが、島の現状は記載通りのように映る。植生や地形に不自然なところはなく、大掛かりな変化が生じた感はない。

 おそらく、例のダンジョンも情報通りの位置にあることだろう。


 魔道具が検知するほどの危険はないものの、彼はそれでも慎重に歩を進めていった。

 すると、少し歩いたところで奇妙な物体を見つけた。

 浜辺と浜に隣接する森。その間のあいまいな境界に、矢印型の立て札が。

 立て札に魔力の反応はなく、物理的な仕掛けによる罠も見つからない。そして、立札には文字ひとつ刻まれておらず、ただ矢印でどこかを指し示しているだけだ。


 その矢印の指示と、予定していた進行方向が一致する事実に、ファルマーズは何とも言えない感情を覚えた。

 矢印に近づいてみると、明らかに直射日光や潮風に(さら)されるはずの場所ながら、傷んだ様子はなく真新しい。

 (いぶか)しみながらもさらに先へ進んでいくと、やはりというべきか、同様の矢印が断続的に立っていた。いずれも真新しく、いかにも――


(この先で待ってる、ってことかな……)


 もちろん、これは親切心からくる案内ではないだろう。間違いなく交戦できるようにという、自信の程が感じられる面もあるが……

 やはり、本命は挑発ではないか。

 他の兄弟ならば、おそらくやらないであろう手口だ。むしろ関心も覚えるファルマーズだが、彼は相手のペースに呑まれないようにと肝に銘じた。


 それからも、事前に設定していたルートを彼は進んでいく。それに沿うように矢印が現れては、決戦地への道のりを無言で示してくる。

 やがて彼は、侵食で刻まれた沿岸部に着いた。山の下端を海が大きく穿(うが)ち、奥深くへ暗い道が続いているのが見える。

 その鍾乳洞へ続くであろう沿岸部の道のりには、海との(きわ)に杭が立てられ、間にはロープが張ってある。


(これは、前々からみたいだ……)


 言葉なくも挑発するように感じられた矢印とは違い、今回の杭とロープは、安全と実用のために用意されたもののように見える。

 おそらくは、このダンジョンに挑戦していた者が、自分たちのために整えたのだろう。目立つ劣化がないあたり、つい最近整備されたようだ。


(つい先日までいたのだとしたら……抱き込んでる可能性はあるかも)


 組織力という点では、各継承権者とリズの間には比べようもないほどの差がある。

 しかし、自分の手で一から……という観点では、評価が逆転するかもしれない。

 少なくとも、リズは自分の船を持っていることまでは判明している。それを運用するだけの人員もまた、彼女の指揮下にあるとみるのが妥当。

 与えられた地位に納まり、それを自力で発展させた経験がないファルマーズにとって、リズの起業力とでもいうべきバイタリティーは、素直な賞賛に値するものだった。


 だからこそ、人っ子一人ないこの島でも、決して油断ができない。彼女が思い描いた絵に、大勢が付き従って加担している可能性があるのだ。

 魔道具による探知は、未だに明確な脅威を伝えはしないが、彼は息を呑んで鍾乳洞に足を踏み入れた。

 光差す外とは対照的に、奥へ続く道は鍾乳洞自体がほのかに蛍光する程度だ。

 いかにも何かありそうな神秘的な道を進んでいくと、彼は急に寒気を覚えた。攻め寄せる外の熱気が薄れたのか、それとも心身が悪寒を覚えているのか……

 鎧内部の空調を整え、彼は歩を進めていく。次第に深まる暗がりの中、《霊光(スピライト)》を用いて周囲を照らし、生物の気配がない中を前へ前へ。


 やがて、前方に広い空間が見えてきた。大きな半球状の広がりがあり、その奥に大きな扉が。これがダンジョンの入口だろうか。

 そう思った彼だが、少しずつ慎重に近づいていくと……どうも違うようだ。大扉には、緩い鎖がダラリと締まりなく掛けられ、一応の封印が施されている。

 加えて、大扉には案内板も。矢印のみのこれまでとは違い、今度はご丁寧に文字付きである。

 看板によれば、この入口は休止中とのこと。「わざわざお越しいただき誠に申し訳ありませんが、こちらはまた別の機会にご利用ください」だそうだ。


 看板の具合から、おそらくはつい先日ぐらいのタイミングで封鎖されている。

 挑発と思われる看板に小さくため息をついた後、看板末尾に添えられた小さな矢印に従い、彼は横に注意を向けた。


 そちらにあるのは、もう少し小さな扉だ。一般的な建物に用いるものより大きいが、装飾のようなものは施されておらず、主たる大扉に比べれば貧相だ。

 ”間に合わせ”あるいは”取ってつけた”という表現が似つかわしい。

 そんな簡素な扉の横には立て札があり、注意書きらしき文字が記されている。注意深く近寄り、彼は目で追った。

 立て札曰く、「今回はこちらをご利用ください」とのこと。合わせて、タンジョンにはよくある感じの注意書きと免責事項が簡潔に記されていた。


 このダンジョンは全一階層、開けてすぐにボスと戦える、忙しい人向け仕様であること。

 タンジョン内での負傷は現実に反映されるが、ダンジョン内で起きた損害について、当方は責任を負わないものとすること。

 降伏はいつでも認めること。

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