表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
210/429

第206話 送り送られ

 12月10日。ラヴェリア聖王国、外務省にて。

 同省の敷地内は、その性質上多くの貴人が出入りする。王族も例外ではなく、国策として王族の外務が増えた今となっては、外務省への訪問も珍しいものではない。

 だが、今日は訳が違った。外務省に訪れたのは第六王子ファルマーズ。彼が外務省職員の手を借りて運んでいるのは、台車に乗った木箱。人一人がすっぽり入れそうな大きさである。


 情報のやり取りがメインの外務省において、こういった荷物が運び込まれること自体、あまりないことだ。

 ましてや、他の機関に在籍する王族が、得体の知れない荷物を運び込むことなどは。

 教育の行き届いた省内においても、さすがに目を引く光景らしい。すれ違う者の歩はわずかに緩み、視線がそれとなく木箱へ誘導される。


 抑制された注目を浴びつつも、ついに引き止められるようなことはなく、一行は省内でも警備が厳重な区画に着いた。他の官吏と似たような服装で帯剣している衛兵が数名。

 そして、その中に第三王女アスタレーナが。実弟の姿を認めるや、一瞬だけ彼女の目に悲哀の色が浮かぶ。

 しかし、彼女は普段どおりに落ち着きある態度に戻り、荷を運んできた配下を(ねぎら)った。


「お疲れ様。後はこちらで引き継ぎます」


「は、はい」


 外務省に勤めるほどのエリートでも、その態度には隠しきれない緊張がある。

 その理由は、彼らの前にある扉の向こうに、外務省所轄の重要設備があるからだ。

 運んできた荷物は、その中で使うものだろう。ここまで知らされず、今も伝える気配がないが。

 物分かりの良い官吏たちは、余計な詮索を避け、ただ頭を下げてその場を辞去した。

 事情は衛兵にとっても同じである。重要設備の保安を担う彼らは、わずかに困惑の色を(にじ)ませながらも、正体不明の荷物と王族二人を素通りさせた。


 ここまでの通路は、清掃が隅々まで行き届いた普通の庁舎そのもの。厳しさと壮麗さはあるが、何か特殊なものではなかった。

 だが、衛兵に通され、重厚な大扉を通った先は全く違う。外の光が届かない石造りの空間が広がり、底冷えする寒気に満ちている。

 この、一見すると何もない空間の中、アスタレーナは無言で進んでいった。その右手の上には、《霊光(スピライト)》。小さな光球が、不必要とも思える広さの空間をぼんやり照らし出す。

 姉の後に少し離れ、ファルマーズは自分で荷台を引いていく。

 二人が入り込んで少しすると、後方で大扉が閉まった。外の光も音も遮断され、侵食を許すのは冬の冷気ばかりである。


 そんな中、アスタレーナは腰を落とし、広い石室中央の地面に手をそっとつけた。すると、青白い光が縦横に走っていき、地面には巨大な魔法陣が浮かび上がる。


「あなたの方も、準備を」


「はい」


 仲のいい姉と弟であるが、普段の調子はそこにない。硬い返事をしたファルマーズは、木箱の天辺を開けた。


 中にあるのは緩衝用の布にくるまれた、光沢ある水色の金属片などが多数。

 それらをひとしきり取り出した後、彼は外套を脱ぎ始めた。高級官吏も着るような外套の下は、ゆったりしたローブのようで、魔導師が好んで着るような装いだ。

 しかし、その様相が一変する。彼が目を閉じて念じると、服の表面に青い輝線が走り、幾何学模様を描いていった。

 それと同時に、ゆとりのあった服が彼の体に吸い付き、みるみるうちに引き締まったものになっていく。


 自分の服が放つ光に包まれる中、彼は木箱から取り出した金属片に手をかざした。これに呼応するように、金属片が宙に躍り出ていく。

 それぞれの金属片は、空中で稲妻のような魔力を放ち合い、彼を取り囲み始めた。四肢を、胴体を金属片が取り囲み、それぞれが結びついて一つになっていく。

 そうした反応は、全体として数十秒程度の出来事であった。今の彼の首から下は、他には類を見ないようなスマートな外見の全身鎧に包まれている。

 よくある鎧と大きく違うのは、その背面だ。小さな翼を思わせる、やや鋭利な構造体が付属している。


 着替え終わると、寂寥(せきりょう)とした石室に拍手が響いた。


「すごいわね。素直に感心したわ」


「こんなもんじゃないよ」


 あっさりとした調子で返すファルマーズだが……“これ以上“のことに思い巡らせたのか、アスタレーナの顔には寂しげな微笑が浮かぶ。


「寒くはない?」


「それは、別に……向こうは暑いだろうから、それに合わせるつもりで」


「そう」


 短く返したアスタレーナは、弟に静かに歩み寄り……全身で唯一露出した彼の顔に、両手を伸ばした。少し冷たい頬のあたりを、遠慮なく揉みしだいていく。


「ちょっと、恥ずかしいって!」


「私しか見てないでしょ」


「だからってさぁ!」


 本気で恥ずかしがっているらしく、彼の顔には赤いものが差した。

 その後、弟から静かに距離を取ったアスタレーナは、ため息をついた。物憂げな顔が真剣な顔になり、改まった口調で告げていく。


「最終確認です。今回の《(ゲート)》は一方通行です。帰りは別途用意します。事が済んだら連絡を」


「はい」


「それと……」


 何か言いかけた彼女は、瞑目して息を吐き出した。言葉を探し、口を開く。


「後悔のないように」


「はい」


 それだけ言葉を交わすと、アスタレーナは自分の作業に取り掛かった。石室中央の大魔法陣中央から少し距離を取り、両手を前に構える。

 すると、魔法陣から魔力の球体が浮かび上がった。星を思わせるそれが音もなく回転し、術者の視線が向かう先にある、地表の一点が光り輝く。

 次の瞬間、球体は上から押しつぶされて平面状に。色は慌ただしく白から青に染まる。

 平たくなったそれは、波打ちながら少しずつ収縮していった。縮まるほどに、円の内側に豊かな色彩が宿る。

 最終的に、円は直径数メートル程度の大きさで落ち着いた。円の中にあるのは透き通った青の広がり、その中心に茶と緑入り交じる小さな島。


「すごいね、感心したよ」


 拍手とともに、ファルマーズは感嘆の声を上げた。冗談交じりにやり返したようでもあるが。苦笑いする姉に、彼は続けた。


「こんな《門》、他にはないんじゃない?」


「でしょうね」


「どうやってるの?」


「あなたでもわからないのに、私にわかるはずないじゃない」


 淡々と言う姉に、ファルマーズは「それもそっか」と返した。


 それから彼は、木箱に足を向け、中に残っていた物に手を伸ばした。

 最後に取り出したのは、顔を完全に覆う形状の兜と、長い金属片を貼り合わせたような、独特な形状の長剣だ。


 最後の装備を身につけ、彼は《門》の近くで腰掛けた。切り取られた現実の中に足をそっと差し入れると、向こう側にまで足が通じる。

 完全に(つな)がっている事を確認した彼は、向こう側に身を投げ出す前に、姉に顔を向けた。


「じゃ、行ってきます」


「……顔ぐらい見せなさいよ」


 すると、面を覆う部分の構造が三角形の金属片に分解されていき、彼の素顔が露出した。

 予想外の事で目を白黒させる姉に、彼は今日一番の笑顔を見せる。


「大したもんでしょ」


「……そうね」


 姉が返してきた柔らかな微笑に満足したのか、彼は再び戦場に顔を向けた。宙を漂う金属片が互いに結びつき、再び彼の顔を覆っていく。

 そして、彼は飛び込んだ。上空から身を躍らせ、決戦地の島へ。


 弟の姿を《門》越しに見つめ、その姿が見えなくなっても、アスタレーナはその場にいた。

 言葉もなく数分間その場に(たたず)んだ後、彼女はようやく《門》を閉じた。


 魔法の光を失った石室は音もなく、底冷えする冬の寒気だけが彼女と共にあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ