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第205話 魔王の称号

 大まかな方針策定後、リズはダンジョンにこもりっぱなしの日々を送ることになった。作戦の細部については、仲間たちにも明かすことなく、ただ魔族二人とともに粛々と特訓を続けていく。

 そうして彼女が迎撃準備に勤しむ一方、配下の面々は陰ながらサポートを続けた。マルシエルとのやり取りを継続するのはもちろんのこと、海運業の合間の情報収集も。

 幸か不幸か、マルシエルから追加の情報が届くことはなかった。ラヴェリアは目立つ動きをしていない。

 つまり、彼の国が何かしているとすれば、それはマルシエルの諜報力にも引っかからない深部・暗部でのことである。


 ラヴェリア側の思惑について、正確なところは依然として(つか)めない。次の敵と目されるファルマーズが、どれほど戦える者なのか、その手がかりすらも。

 そうした五里霧中にあって、ラヴェリアが軍を動かす考えではなさそうだということに、リズは最低限の安堵を覚えていた。

 事を公然のものにしたくはないという思いだけは、彼女とマルシエル、そして母国の側も共通しているように思われるからだ。

 少なくとも、今のところは。



 12月6日。リズは特訓中のダンジョン内から一度、玉座の間へ引き戻された。心身を充足させる疲労感の中、膝に手をついて長い息を吐く。

 連日に渡る特訓の中、彼女は今日も熱心に打ち込んでいた。

 もちろん、自分の命ばかりでなく、支える者の未来がかかっているからこその真剣さもある。

 加えて、新しいことに挑み、少しずつ力と技が身につく感覚もまた、確かな喜びとなって彼女を後押ししている。

 決して戦いそれ自体を望むわけではない。だが、強くなっていく自分を喜ぶ気持ちは、否定し難いのだ。

 ともあれ、前向きな感情に支えられて取り組めることは、歓迎すべきことであった。

 弊害と言えば、少し頑張りすぎてしまうぐらいか。


 ダンジョン内には外の光が届かず、普通の時間間隔が損なわれる。集中のあまり、気づけば朝から昼まで時間が過ぎていたということも。

 実際、今日も外部からストップがかかるまで、彼女は朝から昼まで続けて特訓していた。文字通り時が経つのを忘れるほどの感覚で。

 そこでルーリリラが、「少し、外へ出ましょうか」と気分転換を促した。


「息抜きも必要ですから」


「そうですね」


 さっそく、ルーリリラの転移でダンジョン入口まで移動し、二人は鍾乳洞の道を歩いていった。

 火照った体にひんやりした空気が染み込み、全身が心地よさに包まれていく。

 ダンジョン自体の有用性もあり、訓練場としては申し分のないロケーションである。


 やがて二人は洞窟の外に出た。長年の浸食が作り上げた自然の彫刻に差し込む陽光が、眼を見張るような陰影を浮き彫りにしている。

 リズが思わず伸びをした後、二人は岸辺に腰掛けた。足のすぐ下は海だ。

 すでに見慣れた光景ではあるが、潮の音も相まって心洗われるものがある。


 しばしの間、寄せて返す波を、二人は静かに見つめていた。

 すると、ルーリリラが海を眺めながら口を開いた。


「リズ様」


 ルーリリラは、リズのことをこのように呼んでいる。主君が認めた相手ということで、相応の敬意を払っているようだ。

 もっとも、愛称に敬称を組み合わせるというのは、人間社会における作法にややそぐわないところはあるが……当の魔王が「フィル様」という呼称を自ら提示したあたり、魔族における自然な敬愛の形なのかもしれない。

 こうした呼び方について、リズ本人はと言うと、違和感よりも新鮮さを覚えつつ普通に受け入れていた。呼んできたルーリリラに、彼女は微笑を向けた。


「どうしました?」


「あなた様も魔王と名乗られては?」


 リズ様と呼ばれるのは良いとして、次は「魔王」である。

 この提案に、リズの顔が疑問符で満ちた。まさか、居候相手に完全なる乗っ取りを持ちかけているわけでもあるまいが……

 思わず困惑する彼女だが、話の先回りが悪い方に向かっていったのかもしれない。

 話を持ちかけたルーリリラは、にわかに戸惑い始めたリズを見て、少しの間真顔になった。その後、ハッとした表情になって口を開く。


「誤解を招く表現で申し訳ありません。この件はマスターとも話題にしたのですが、リズ様もダンジョンに慣れ、今では我が庭といったご様子ですから……」


「なるほど」


 つまり、魔王直々に正式な称号として認可する、その腹積もりがあるのだろう。

 そのように認識したリズだったが、またしても多少の思い違いがあった。

 そもそも、魔王当人が、自身の立場にあまり拘泥していなかったのだ。それを踏まえれば、“魔王”の称号についても押して量るべきである。


「ご兄弟が敵としてお越しになった際、魔王と名乗られた方が色々と面白いのでは、と」


「なるほど?」


 思っていたのとは違う話の流れになったが、リズは少し考えてみて、実際に面白そうだと認めた。

 そう安々と信じ込むこともあるまいが、ダンジョン内での振る舞いを目にすれば、魔王との関わりについて憶測せずにはいられないというもの。戦闘中に余計なことを考えさせることができれば、優位に(つな)がるかもしれない。

 加えて、国を追われたラヴェリアの血を引く国賊が、遠い地でダンジョンに身を潜め、魔王と名乗る……

 そんなユーモア程度で相手の胸裏を乱すことができれば儲けものだ。


 ただ、こうした挑発行為に魔王の称号を使うことについて、人でしかない身としては少し(はばか)られるものもあるのも確かだが。


 その後も軽く雑談した後、二人は玉座の間に戻った。

 そこでリズは、ルーリリラに持ちかけられた件を口にした。やはり、魔王当人に話すべき事項だと思ったからだ。すると……


「そもそも、魔王なんて称号自体、人間の方が言い出したことだし……私たち魔族の側が強くこだわるのも、少し変だと思うよ」


「そういうものですか?」


「私以外にも、魔王なんていくらでもいることだしね。今更一人増えたところで……ああ、同朋は面白がるかもだけど」


「……話の種にしようとお考えなのではありませんか?」


「今、ちょうどそう考えたところだよ」


 悪びれず、魔王は朗らかに答えた。そんな彼に、親しみを込めつつ呆れたような微笑を向けるリズ。

 話の種というのは、当然、リズとラヴェリアとの戦いも絡めてのことだろう。継承競争それ自体を笑い飛ばすことについて、彼女としてはむしろ肯定的に考えている。

 もっとも、好き好んで戦いに来るわけではない兄弟に対しては――半ば他人のような肉親だとしても、少なからず同情の念も湧くのだが。


 ともあれ、魔王という称号を人間に貸し出し使わせることについて、当の本人は意外と軽く考えているようだ。

 名義貸しの相手が誰でも構わないというほど、こだわりがないという訳でもないらしいが。


「君が名乗るからこそ面白くなると思う。最初のラヴェリアがいたからこそ、今の私たち……魔王がいるわけだからね」


「……ではありがたく、称号を使わせていただきます」


 和やかで砕けた雰囲気から一変。急に神妙な顔になり、リズは頭を下げた。

 その変化を不思議そうに見つめるルーリリラだが、リズを見ているうちに何か思いついたらしい。彼女はニコニコと怪しい笑みを浮かべ、ややあって顔を上げたリズを少し驚かせた。


「な、何でしょうか?」


「せっかくその気になってくださったことですから、一つご提案が……」

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