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第204話 方針策定

 通信の後、静まり返った室内に、外から訓練の音がささやかに響いてくる。

 そんな張り詰めた空気の中、リズは手を叩いて静寂を破った。


「今後の方針について、大枠だけでも話し合いましょう」


「そうだな」


 未確定情報が多い連絡だったが、だからこそ討議の余地はあるというもの。仲間が増えた今、情報共有と意思統一の機会も必要だろう。

 そこで、主だった面々を集めて話し合いの場を設けることになった。リズと、革命以来の仲間三人。クルーからはニール。マルシエルからはセリアと通信士、海兵の代表格を一人。

 そして、新たに加わったダンジョンの先輩たちからは、リーダー的存在であるロベルトと、彼に次ぐまとめ役の青年、ハンスが。


 船内のそれなりに大きい一室に、会議参加者が勢ぞろいした。テーブルには全員がつけないどころか、イスが足りない有様だ。余った人員は適当に木箱やタルに腰掛けることに。


「大所帯になりましたね」


 どこか感慨深げに言うアクセルに、ニコラが微笑みかけて応じる。


「後はフィル様がいらっしゃればってところですね」


 フィル様というのは、あの魔王フィルブレイスのことだ。当人としては名前で呼んでもらった方が好ましいとのことで、この愛称を提示したという経緯がある。

 リズの仲間たちでも、若く軽めの面々は、これを喜んで受け入れた。


 それはさておき、魔王に同席してもらえれば確かに何よりではあるが……いかに人畜無害に思えても、結局は魔族である。ダンジョンの外に出てくることを、人間社会が快く思うとは考えにくい。

 そこで、彼に対しては議事録を提出し、リズが直接話を詰める運びとなった。


「外部とのやり取りに関しては、ほとんど私に一任していただけてますから、それで大丈夫でしょう」


 そうして、会議が始まった。まずは、先程マルシエルからもたらされた情報についての共有だ。ラヴェリア第六王子の外遊が取りやめとなった事、この件について理由になったと思われる事象が特に見当たらない事。

 以上に加え、これまでの継承競争の経緯を踏まえると――彼が動き出すのではないかという事。

 一通りの情報共有を行うと、室内は重苦しい沈黙で満ちた。

 ついにその時が迫ってきているのかもしれない。不明瞭ながらも圧のある不穏な予感に、表情が硬くなる者も少なくない。


 相手方の出方について、はっきりと話せる段階ではないが、現状でも決められることはある。リズはそういった点から触れ、議論の土台を固めていくことにした。


先輩方(・・・)のご依頼人についてですが、魔王閣下とのご面会は、本件が落ち着いてからにしていただければと」


「それが安全でしょうな」


 当の依頼について責任ある立場のロベルトは、しっかりうなずいて賛意を示した。

 実のところ、リズたちに出会わなければ、ダンジョン攻略にはまだまだ時間がかかっていたのではないかというのが、彼ら先行グループの総意である。

 そのため、面会が多少先延ばしになったところで、それに異を唱える道理はない。

 ただし、ラヴェリアの意向次第で、状況が面倒になる懸念はあるのだが。


 次いでリズは、本当に第六王子が動き出すかは未確定としつつも、この船としての方針を明確に定めた。


「ラヴェリアから動いたと思われる船舶について、可能な限り交戦を避けるようにします。敵集団の規模に関わらず、です」


 ラヴェリアという言葉の後の、敵集団という表現。あの大列強を敵に回している実感に、つい先日から一味に加わったロベルトとハンスは固唾を呑んだ。

 もっとも、緊張は彼らだけのものではない。マルシエルからの出向者も、国際情勢に関わりかねない立場の自覚があるのだろう。強張(こわば)った表情でいる。

 一方、付き合いが長い面々は落ち着いたものだ。他を安心させるため、努めてそのように振る舞っているのかもしれないが……いずれにしても、そんな仲間たちをリズは心強く思った。

 そのうちの一人、書紀担当のアクセルが口を開いた。


「交戦を回避という方針ですが、その時の予兆があれば船を協商圏へ?」


「その方が良いでしょうね。ラヴェリアとしても、事を大きくしたくはないでしょうし」


 この考えに異論は出て来ない。一行に大きく関わるマルシエルにとっても、直接戦闘は避けたいところであろう。

 だからこそ、ダンジョンという人類勢力圏外の拠点を得たのは、協力国家に対する義理という面も大きいのだ。


 ただし、船は戦闘に用いないとしても、リズの仲間を絶対に戦わせないというわけではない。場の面々を見回した後、彼女は言った。


「島へおびき寄せることができた場合の話ですが、状況によっては情報収集の機会になるかもしれません。例えば、捕虜の確保。望み薄だとは思いますが……」


 歯切れの悪い彼女の言葉に、疑問符が浮かび上がる参席者たち。


「ラヴェリア兵の士気が問題ということでしょうか」


「なるほど。決して吐かせられない、と」


 といった声が上がると、リズは「それもありますが」と返し、続けた。


「第六王子ファルマーズが動いたとして、そもそも彼が兵を引き連れるかどうか、疑問が残ります」


 兵を動かすとなると、それなりの用意が必要になる。最近のラヴェリアの外交方針を考えると、他国を刺激するような動きは考えにくいのだ。


「しかし……それでは、第六王子殿下が単騎で、こちらに向かってこられると?」


「兵を率いるよりは、むしろその可能性が高いものと思います」


 リズの返答に、室内がにわかにざわつき始める。

 そこで彼女は、自身の考えの根拠をいくつか提示していった。

 まず1つ。継承競争の意義を考えると、他勢力(・・・)への協力要請は考えにくい。

 実際、第三王女以下の王族はいずれも文官だが、リズへ仕掛ける際に軍に頼ることはなかった。

 例外はアスタレーナだが……あのケースは色々と特殊であり、例外と考えていいだろう。


 次いで2つ目の理由。相手がリズの潜伏先にダンジョンがあると知っていようといまいと、兵を引き連れていくことには無理がある。

 仮にダンジョンの存在を知っていた場合、ダンジョン内に兵を侵入させる手を打つ可能性は低い。集団で向かっても、結局は挑戦者扱いとなって引き離されるからだ。

 では、ダンジョンを無視し、島そのものの制圧を目論んだ場合だが……そうするには相応の規模の部隊が必要になる。ラヴェリアの軍船が前触れもなく、どの国のものでもない島へと向かえば、国際社会を大きく刺激することだろう。

 これを外務省が許容するとは考えにくい。話に出ている第六王子自身、最近は他国へ出向いて融和路線に大きく関与しているということもある。


 そして3つ目。リズは幽霊船での戦いのことを引き合いに出した。


「あの時は、ネファーレアが付き人もなく、幽霊船に一人でいました。かなり不自然なことだと思いますし、彼女の戦闘の中、どこからともなく姉上が介入してきたことも、普通ならありえないことです」


 そういった経験から、リズは一つの仮定に行き着いていた。


「ラヴェリア側には、任意の地点へ送り出す、何らかの特殊な転移方法を有しているものと考えています」


 この言葉には室内が大きくざわついた。定点間を結ぶ転移自体が極めて高等な技術であり、国が厳格に管理するものである。そうした、平民には縁のない転移の更に上の技術というのは、寝耳に水だろう。

 それに、一般に知られる転移は、出入り口が定まっているからこそ国交の軸として機能している。ラヴェリアという覇権主義の大国が、どこにでも(つな)がり得る転移法を有しているというのは――

 さすがに、憶測であっても外で言い振らせるものではない。「内密にしてくださいね」とリズは付け足した。

 ただ、そういった転移法があれば、次の敵が単騎でやってくるというのは考えにくい話ではなくなる。奇襲にはもってこいだろう。


 最後に、第六王子が単騎でやってくる、理由4つ目。これは簡単なものだった。


「技術開発部門の文官と言えども、結局はラヴェリア王族ですから……」


「相応のお力がある、と」


 緊張した面持ちのロベルトに、リズはうなずき、言葉を足した。


「生まれ持った力に加え、戦闘技法とは違う形での技術が彼の手にあると思えば……末弟であっても、他の兄弟に決して引けを取る者ではない。私はそのように考えています」


 もっとも、ここまでの話は第六王子ファルマーズが次に動くという仮定があるが、そもそも次の相手が本当に彼になるのだろうか?

 そういった疑念が俎上(そじょう)に上がると、リズは黙して考え込んだ。すると、彼女の沈黙を埋めるように、口々に意見が飛び交う。


「では、第六王子殿下が動かれなければ、外遊の取りやめはブラフにすぎないとも考えられますが……」


「さすがにそれは考えにくいのでは?」


「だからこそ、有効な引掛けとも思えます」


 交わされるどの見解も、確かに理がありそうだが……思考を整理し、リズは口を開いた。


「継承競争においては、何らかのルールがあるものと考えています。正確なところはわかりませんが……まず、機会の平等を設ける仕組みはあると考えられます」


 そう言って、彼女はこれまでの経過を列挙していった。誰が仕掛けてきたか推定を含む部分もあるが、今回話題に出ている第六王子以外、一度か二度は動いている。

 今や、仕掛けてきていないと思われるのは、第六王子だけなのだ。

 だからこそ、外遊の取りやめという材料もある中、彼が動き出すというのはごく自然と思われるのだが……ここで一つ異論が上がった。マルシエルの通信士が、少しためらった後に自説を口にしていく。


「エリザベータ殿下であれば、そういった内部事情も読めるのではないか……そういった認識が、ラヴェリア側にもあるものと思います。だからこそ、第六王子殿下の動きが陽動となりえるのではないでしょうか」


 これは中々良い指摘である。リズ自身、妥当性を感じるところは大いにある。

 だが一方、何か引っかかる違和感も。彼女が口を閉ざす中、互いに意見を交わし合う声が響く。

 そんな背景音に包まれながら、彼女は深く考え込み、やがて一つの解に至った。


「継承権を持つ王子が陽動に動くということは、別に本命があってこそ……ということになります。ならば、すでにそうやって“立てて”しまっている相手を次期後継者と認めれば、それで終わりでは?」


 この見解にハッとする者が少なくない中、合点がいったニコラが言葉を続けた。


「つまり、集団としての勝利が第一義になるなら、そもそも競争の意味が……ってことですね」


「ええ。私を殺すだけなら、話し合いで後継者を定めた後、みんなで殺しに来れば済む話だし……」


 サラリと言ってのけたリズだが、さすがに彼女へと気遣わしい視線が突き刺さる。場の空気が急に湿ったことを認めるも、当人には別に悲壮感などなく……

 軽はずみな発言が招いた居心地の悪さに、彼女は苦笑いして言った。


「いえ、負けませんからね、私は」


 これを強がりと考える者は、あまりいなかったようだ。これまでの実績に加え、つい先日のダンジョンにおける功績――あるいは前科――もある。相手がラヴェリアであろうと、悲観させないだけの響きが、彼女の言葉にはあったのだ。

 場の空気が前向きになり、リズは内心でため息つく思いであった。


 未確定情報をベースにした議論だが、とりあえず集団として現状の方針は定まった。

 まず、次の追手は第六王子。おそらくは単独行動。

 船は戦いに関わらせないが、諜報員を始めとする戦闘要員は、念のためにダンジョンのどこかで待機。実際には玉座の間が妥当であろう。

 もちろん、マルシエルから追加情報を得られれば、都度修正をかけていく。


 議論が一段落し、室内の空気が弛緩する。そうして少し砕けた空気の中、新入りのハンスがリズに問いかけた。


「例のファルマーズ殿下ですが、具体的にどういう魔道具を手掛けておられるのでしょうか」


 これに、リズは押し黙った。少しずつ表情が渋いものになっていく。

 宮廷内における彼女の扱いは、年を経るごとに悪くなっていった。まだ微妙(・・)な扱いだった頃に、末弟のファルマーズと個人的に接点を持ったことは、まるで記憶にない。

 そして、廷臣から腫れ物扱いされるような頃になっては、彼の方が遠ざけられ、保護されているようでもあった。

 そのため、一応の肉親ではあるものの、リズが彼について知ることと言えば限定的だ。宮廷のメイド仲間から知り得た程度の、他愛のない情報が関の山である。


 首を横に振ったリズは、助けを元諜報員たちに向けた。

 もっとも、彼らも揃って首を横に振ったのだが。


「リズさんが知らない物を、私たち他国の間者が知ってたら、ある意味大事(おおごと)ですよ」


「表に出てるもの以外、思い当たるものはないぞ」


「僕もです」


 つまり、取り立てて新情報はないということである。

「ですので、何をしてくるかわからない……ということですね」と、情報はないなりにリズは話をまとめた。

 そんな彼女へ、「血は争えないと言うか……」と、ニールのつぶやきが。ごもっともな指摘に、リズは思わず苦笑いした。


 実際、ダンジョンをどのように用いて迎え撃つ考えでいるのか、リズはまだ話していない。

 参席者たちもさすがに気になるのか、話題はそちらへシフトした。

 そこで、まるっきり秘密というわけにもいかず、リズは考えを少しずつ明るみにしていった。以前、魔王と話し合った通りに、負傷が現実に反映される空間を用意し、そこでかたをつけると。


「せっかくおびき寄せるのだから、きちんと勝って、捕虜にできればと思いまして」


 もちろん、負傷のリスクはリズにもある。ただ、ダンジョンをうまく活かせば、有利に立ち回れることだろう。


「それで、手応えはどのような感じでしょうか?」


 ロベルトが尋ねると、リズは少し考え込んだ後、端的な言葉を口にした。


「楽しくなってきたところです」


 具体性も何もない返事だが、彼女がどういう奴なのかを知る者にとっては、これで十分でもあった。

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