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第202話 拠点化準備②

 魔王直々のデモンストレーションの後、リズは一度現実世界に引き戻された。


 これまで挑戦していたダンジョン自体、彼女にとっては興味深いものではあった。慣れたら慣れたで、ショートカット偽造で駆け抜けるナマイキさを見せつけていたのだが。

 ただ、先程目の当たりにした現象は、彼女の琴線に触れるものであった。何もない虚空に、秩序ある構造が組み上げられていく――

 出来上がった部屋はこじんまりとしたものであったが、現象の背後にある深淵さに、彼女の心臓は未だに興奮の鼓動が冷めやらぬほどであった。


 そんな客人の反応に、魔王は満足げだが……すぐに彼は苦笑いした。


「冷水をかけるようで申し訳ないけど、すぐにああいうのをやるのは、きっと君でも難しいと思う」


「それは存じ上げています」


 自分の力に揺るぎない自信を持つリズだが、自信の幅に過不足はない。未経験の難行を前に、それを甘く見る自惚(うぬぼ)れは生じなかった。

 魔王が口にした「君でも」という言葉に、自分に向けられた高評を感じられ、少し喜ばしく思いはしたのだが。


 ただ、軽く考えなかったリズではあるが、誤解が一つあった。

 その道のプロフェッショナルである魔王にとっても、ダンジョンを創るのは鼻歌交じりに出来ることではない。色々と制約はあるのだ。


「君たちが挑戦してきたような階層は、言ってしまえば出来合いの物でね。すでにある構造の核をベースにして、誰か抜けるたびに組み直してるんだ」


 そうした作り直しは、先々代におけるダンジョン構築当初は手作業だったのだが……それぞれ階層自体が、新たなパターンを学習することで、作り直しの大部分をダンジョンそのものに任せられるようになったという。

 一方、リズが先程体験したものは、一からの創造である。


「これは、格段に難しくてね。空虚の中に現実と見紛うものを構築するのは、それだけの確固たる想像力が必要になるんだ」


 そういった御業を披露した魔王自身は、あまり誇らしくも偉ぶる感じもないが……リズは改めて感嘆と畏敬の念を呼び起こされた。

 先程の空間には、作り物らしさがほとんど感じられなかった。ごく短期間の滞在のため、単に気づかなかっただけかもしれないが……だとしても、無からイメージ一つで作り上げたとは思えないほどだ。

 それに――おそらく、この魔王は島の外に出たことがないだろう。だというのに、豊かなイメージを持って空間を創造する力には驚嘆すべきものがある。


(読書がご趣味という話だけど……)


 字を追う目の奥では、ありありと光景が映し出されているのかもしれない。

 ともあれ、感銘を受けて少し呆けてしまったリズの前で、魔王とルーリリラは顔を見合わせた。


「どうかなされましたか?」


「あっ、いえ。感服のあまり、つい……」


 素直に言葉を返すと、魔王は少し照れくさそうになり、そんな彼を横の従者がニヤニヤしながら指で(つつ)く。

 この二人に、ダンジョンの入口における仲間二人のやりとりを重ね合わせ、リズは思わず顔を綻ばせた。

 すると、魔王は軽く咳払いし、話の続きを始めた。


「一から創るっていうのは、きっと君でも相当難しいと思う。種としての違いもある。時間をかければ、感覚を物にできるかもしれないけど……」


「敵の出方次第ですが、間に合いそうもないという感じですね」


 今のところ、ラヴェリア側に目立った動きはない。察知されにくいように振る舞っているつもりではあるが、それでもリズがこの島にいるという事は、いずれ知れることだろう。

 では、次の敵がいつやってくることか。誰にも正確なことは言えないが、そう遠くない未来の出来事という認識が、追われる当人にはあった。

 その、次なる戦いまでに、ダンジョンを創造する力を身につけるというのは――さすがに、楽観に過ぎるように思われる。

 それが、あの虚無の空間と、魔王手ずからの創造を体験したリズの、率直な印象だ。


 だからといって、手をこまねいているわけにはいかない。それに、打つ手が何もない訳では無い。ダンジョンという迎撃拠点がある中、考え一つでやりようはいくらでもあるのだ。


「たとえば、相手をこのダンジョンにおびき寄せたとして、出来合いの階層でも色々と工夫はできる。外部からちょっとした罠を用意することは出来るし……今の君は、もはや支配者側だからね」


「転移で出入りできる、と」


 都合が悪くなれば、すぐに逃げ出せる。これは極めて大きなアドバンテージである。

 加えて、普段の階層間はランダムに接続されているが、これに手を加えることで、侵入者を事前に用意した階層へ飛ばすこともできる。待ち受ける側は戦場を把握できているわけで、これも大きな有利に(つな)がるだろう。

 こうしたメリットを踏まえれば、既存の階層を流用した迎撃は、中々費用対効果に優れる方策と思われる。

 しかし、当事者のリズには一つ、重要なことがあった。


「通常の階層であれば、傷を負っても現世には反映されませんが……」


「それは、ダンジョンの特性だね。実を言うと、入口の扉をくぐった時点で、挑戦者と勝手に魔法契約が交わされる仕組みになっているんだ」


 それを聞いて、リズは初挑戦の時を思い出した。ルーリリラから、何やら免責事項等が記された説明書を受け取っていたが、それには魔法的効力が何もなかった。

 一方で、特に意図することなく通過していった大扉にこそ、真に見るべきダンジョンの根幹があったというわけだ。

 その魔法契約はいくつかの効果を内包しているが、それらが相互に作用した結果として、挑戦者の負傷が現実へ反映されないという保護効果が働くというわけだ。


 つい最近まで挑戦者でしかなかったリズは、この保護効果に助けられてきた。

 特に、不正連発後のスペシャルステージ攻略においては。

 しかし、敵を迎え撃つにあたって、この保護効果は――


(くだん)の魔法契約ですが、取り交わすことなくダンジョン内へ入ることは可能でしょうか?」


 これは予想外の問だったらしく、魔族二人は目を白黒させた。先に平静を取り戻した魔王が、口元に手を当てた後、言葉を探すように静かな口調で言った。


「どう転んでも決着(・・)が着かないのなら、君にとっては望むべきことと思ったけど……」


「仰るとおりですが……だからこそ、相手には受け入れがたいものとなりましょう」


 継承競争の趣旨は、標的を殺害することにあるのではないか――というのが、追われる当人の現状の理解である。

 それを踏まえれば、いくら殺しても現世に反映されないダンジョンは、好ましい茶番劇の舞台となることだろうが……

 問題は、相手が律儀に、それに付き合い続けるかどうかである。継承権者のいずれも、無駄骨と知りつつ罠にハマり続けるほど、お人好しな無能とは思えないのだ。


 であれば、せっかく用意した拠点も意味をなさないかもしれない。リズが安全な領域にこもっていることで、敵はその外を脅かそうとするかもしれない。

 あるいは、彼女に関わる誰かに、その魔手を伸ばすかも――

 そういう卑劣を働き得る継承権者は、リズが思いつく限り一人だけだが……彼女(・・)同様の外圧があれば、他の継承権者もそうせざるを得なくなるかもしれない。

 だからこそ、状況の引き延ばしにすぎない手立ては、むしろ相手のやり口を過激化させる恐れが否めない。幽霊船における前例もある。それに――


 追われるばかりの自分だったが、これからは状況を好転させていきたい。


「前もって戦場を用意できる優位があるからこそ、相手を引き入れた上で、意味のある勝利を収めたいのです」


 彼女は魔王をまっすぐ見据えて言った。

 これを受け止め、彼は少しの間考え込んだ。


「現在施行中の契約は、あのダンジョン全体に関わるものでね。契約を解除するとなると、ダンジョン全体の構造が崩れる恐れがある」


「では、やはり難しいと……」


「いや、入口を別に作ってやれば、例の契約が存在しないところに飛ばすことはできる。ただ、既存の階層を流用できないのが難点だね」


 つまり、迎え撃つための戦場を用意する手間が必要になるわけだ。

 これを無理強いするのはさすがにためらわれるものがあったリズだが、テーブルにやや物憂げな視線を落とす彼女に、魔王は快い言葉を向けた。


「今からだと、あまり凝ったものは作れないかもしれないけど、準備ぐらいは私も手を貸すよ」


「よろしいのですか?」


「全面的に協力するつもりだからね」


 当初はダンジョンを間借りする程度の考えであり、彼の側もそういう認識だったことだろうが……いつの間にか、彼の中では事が少しエスカレートしていったようだ。

 申し訳なくはあるが、心強いのは確か。ルーリリラの方も、主君の意向には賛同の念があるのが見て取れる。

 そして彼女は、やり取りに割って入るように小さく手を上げ、口を開いた。


「少々よろしいでしょうか」


「妙案が?」


「微妙なところです」


 すると、魔王はリズに「これは、期待していいよ」と声をかけ、ニヤリと笑みを浮かべた。


「あのダンジョンの“性格悪い”部分、ほとんどルゥの仕業だからね」


 主君から罪をなすりつけられる格好にはなったが、ルーリリラは小さく鼻を鳴らして笑った。

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