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第201話 拠点化準備①

 11月25日。新たに加わった仲間への訓練が続く中でのことではあったが、リズはダンジョンへと向かった。

 今回のお供はニコラとアクセルの2名だけである。マルクは集団内においてリズの代理を、セリアはマルシエルや近隣行政との連携・折衝のために残した形だ。

 実のところ、ダンジョンに用があるのはリズだけなのだが……さすがに、独りで向かわせて不測の事態があればということで、今回の二人が帯同している。


 リズがボートを走らせ、母船が少しずつ小さくなっていく。甲板の上では船上戦闘の訓練に励む姿。


「行ったり来たり、大変ですね~」


 ボートの縁に体重を預け、狭い中ながらもリラックスした様子のニコラが言った。なんとも(くつろ)いだ様子の彼女と、その口から出た言葉に、思わず苦笑いするリズ。


「ま、仕方ないでしょ。拠点が二つあるようなものだから……任せるのに心配は無いけど、放ったらかしってわけにもね」


「マルシエルとのやり取りもありますからね」


 今後のことを考えれば、船のことはニールたちに任せておきたくはある。魔王フィルブレイスの協力を得られた今、できることならダンジョンで準備を整えていきたいのだ。

 実際、ボートを操る今も、自身の中に(はや)るものがあるのをリズは認めた。

 人手が増えたことで、自分がいないところでも何らかの活動ができるようになった。そういった手札の広がりとはまた別方向に、ダンジョンの存在がこの先に大きく効いてくるはず――


「ちょっと、ドキドキしてます?」


 出し抜けなニコラの問いに、リズは少しの間だけ真顔になり、「そうね」と顔を綻ばせた。



 一行がダンジョン入口に到着すると、すぐに大きな扉の前の空間が歪んだ。

 現れたのはルーリリラだ。間を置かずの出迎えの後、彼女は一行に恭しく頭を下げた。


「ようこそおいでくださいました」


「居候みたいなものですし、そう畏まらなくても……」


 迷惑をかける側という自覚から、リズは少し恐縮して応じた。これに、ルーリリラの顔が少し柔らかになる。


 ダンジョン制覇により、リズたちは玉座への直行が許されるという特権を得た。ルーリリラが姿を表したのは、玉座へと案内するためである。

 しかし、玉座への転移を前にして、リズは同行する二人に声をかけた。


「申し訳ないんだけど」


「ナイショ話ですか?」


「ええ、まぁ」


 ある程度予想できていたのだろう。ニコラは「仕方ないですねぇ」と応じた。


「お話の中身、そのうち教えていただけます?」


「モノになったらね」


 すると、ニコラは了承したと言わんばかりの微笑を浮かべ、アクセルの腕を軽く取った。


「な、何ですか」


「リズさんの話が終わるまで、競争しませんか?」


「それは構いませんけど……腕が、その」


 ニコラに腕を引かれたまま大扉へ向かう彼は、恥ずかしそうに言った。


「こうしとけば、ちょっと有利になるかな~って」


「ひ、卑怯ですよ」


 この二人の攻略速度は、かなりいい勝負であったが、これで多少の差はつけられるかもしれない。照れる年下の少年に、ニコラは意地の悪い笑みを浮かべ「イヒヒ」と笑った。

 盤外戦術で妨害しているという自覚はあるのだろう。

 そうしてダンジョンへと消えていく二人を見送った後、ルーリリラがポツリ。


「楽しそうですね」


「おかげで助かってます」


 素直な気持ちを口にしたリズに微笑みかけ、ルーリリラは「では私たちも」と言って魔法陣を刻み始めた。


 転移魔法陣の力で視野が溶け合い、もとに戻ったかと思えば、リズは玉座の間にいた。

 前方にはテーブルについている魔王。卓の上には本が置かれている。閉じた本だが、今まで読んでいたのかもしれない。


「お休み中のところ、失礼します」


「どうぞ」


 魔王はにこやかに応じ、やってきた二人に手招きした。

 テーブルを三人で囲むと、リズはさっそく本題を切り出していく。


「ダンジョンを間借りして、追手を迎撃したいとお話しましたが……」


 そこで言葉を切った彼女は、申し訳無さそうな顔になり、懐に手を伸ばした。取り出したのは二枚の書状。それぞれを同席する二人に差し出していく。


「他にもいくつか、協力していただきたい事項が……」


 やや恐縮して口にするも、相手からの返答はない。真面目な顔で読み進めていった魔王は、みるみるうちに真顔になって押し黙った。

 リズにとっては少し居心地の悪い沈黙がいくらか続いた後、魔王はため息をつき、リズに向けた顔には関心の念が浮かぶ。

「君は……野心家だね」と、彼は端的な感想を口にした。追加の協力要請に対し、悪感情は(いだ)いていない――というより、望むところといったところだ。

 ルーリリラも、やや驚きは示しているものの、主君と似たような感情を持っている様子。

 とりあえず、協力者の心情というハードルは超えた。思い描くロードマップの上、次なる関門は……


「私にも出来るでしょうか?」


 彼女にしては珍しく、自信なさげな顔で尋ねると、魔王は穏やかな微笑を浮かべた。


「たぶんね。王族とは言え、結局は人間の君がどこまで出来るか、私としても興味があるよ」


 リズが差し出した書状には、今後の展望が記されていた。その過程で、魔王と従者の二人に協力してもらうことになるわけだ。

 まずは、間借りしたダンジョンの調整。迎撃にあたって、ちょうどいい戦場に(あつら)える。


 これを、オーダーメイドしてもらうのではなく、自力でやろうというのだ。

 それも、戦闘中にこなせるように。


 一介の人間がダンジョンを操作するなど、前代未聞の試みであろう。それでも、リズと魔王は互いにある程度の目算があったが、まずはダンジョンの概論を理解するところからだ。

 そこで、魔王はリズに説明するため、一旦この場を離れる事を提案した。


「少し見てもらいたいものがあってね」


 そう言う彼に合わせ、リズは腰を上げた。

 すると、彼女の足元に魔法陣が刻まれていき、目にする全てが大きく歪んで溶け合っていく。

 ある程度慣れてきた転移により、またどこかへ飛ばされるのだろう。

 そう思っていたリズだが、これまでの転移とは違う点に、彼女はすぐに気づいた。

 輪郭を失った視界は、かなり黒に近い暗灰色に染まったまま、何の変化も生じない。星のない夜空に投げ出されたようである。


 不意に心配が押し寄せ、リズは首を下に向けた。自分の体が視野に入ってくる。目が見えなくなったというわけではないようだ。

 ただ、いつの間にか妙な空間に移動したらしく、足場の感覚がない。耳目への刺激のなさが、浮遊感すらも薄れさせる。

 冷たくも暖かくもない空間だが、体のうちからは得体のない寒気がこみ上げてくる。音のない空間に、高鳴る鼓動が満ちていく。投げ出された虚空の中で、内から生じる感覚だけが自分を満たし、それが一層に孤独を浮き彫りにする。

 それでも平静を保とうとするリズに、どこからともなく声が響いてきた。頭の中に直接語りかけてくる、慣れ親しんだ魔法のような感覚で。


『いきなりで驚いたかな?』


『そうですね。ここは一体?』


『顕界と魔界の中間で、実際のダンジョンはここにあるんだ』


 それから魔王は、ダンジョンの構造について話していった。

 この中間領域は、人間が住まう顕界とも魔族が住まう魔界とも違い、かなり不安定な性質がある。

 また、空間全体に広く魔力が行き渡っている。その魔力を原料として、各種ダンジョンが構成されているという。

 挑戦者が入るたびにダンジョンが姿を変えるというのは、空間の不安定さゆえに、いつまでも同じ形を保つのが難しいためだ。


『では、玉座の間は……実際にはダンジョンとは切り離され、顕界のどこかにあるということでしょうか?』


『御名答、さすがだね』


 玉座の間は、魔王フィルブレイスの祖父にあたる先々代魔王が、あの孤島の山の中に無理やり空間をこじ開けて作ったとのことだ。

 そのため、山体のどこにあの玉座があるのか、正確な位置情報は魔王自身も(つか)めていない。


 簡単な解説の後、魔王は実演することにした。リズの周囲の空間に緑の輝線が走り、四方八方が賽の目で区切られていく。

 やがて、これまた緑色に発光する、ごくごく小さなキューブ状の微粒子が虚空から沸き立った。これらが離合集散を繰り返し、何らかの形を成していく。

 気がつけば、空間には重力が戻っていた。地に足つけた感覚を得たリズの前で、ダークグレーの空間には光が差す。立方体の連なりでしかなかったオブジェは、輪郭が滑らかなものとなり、緑一色の表面に豊かな色彩が宿っていく。


 そうした目まぐるしい変化の末――ただただ場の空気に呑まれんばかりであったリズは、小洒落た寝室にへたり込んでしまっていた。


『お気に召したかな?』


 今度は頭の中に直接ではなく、空間を通じて柔らかに響き渡る魔王の声。

 人外の力に心を奪われていたリズは、我に返るも言葉が出ず、ただ興奮と好奇に満ちた顔でうなずいた。

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