第199話 踏破者への褒美③
ダンジョン探索から海賊退治に鞍替えするにあたって、提案を受け入れた側にも色々と事情はあった。
そこで、セリアから話を引き継き、今度はロベルトが話すことに。
「ある程度、ご推察の事と思いますが、我々は流れ者のようなもので……今の仕事にありつけたのは、偶然と言って良いことでした」
そう言って彼は、仕事仲間たちの前歴を、かなり簡潔に紹介していった。内容は様々だが……望まざる事情によって、職を失った点が共通している。
おおむね、上役や責任者が政争や派閥闘争に破れ、その煽りで……といったところだ。
そういった事由により職を失ったことで、彼らは人付き合いが嫌になったとまではいかずとも、集団の力学には辟易した。次の仕事は、ここまで磨いた技を試せるものが望ましいが、今更組織人になるのも……
こうしたジレンマの中で彼らは仕事を探し求め、最終的にダンジョン探索の仕事に行き着いたわけだ。
「気前のいい依頼人が、半ば道楽的にお考えの仕事でして……共同生活ではあっても、仕事場ではそれぞれ独り。我々にはかなりやりやすく、ありがたいことでした」
これまでの経歴を明かされ、リズは色々と合点がいった。もともと訓練を受けた身ならば確かな土壌があり、立場を失って集団から脱したことが、自分なりの実りを成す契機となったのだろう。
また、いずれも魔王とリズに対する所作に、不自然なところがなかった。そうした振る舞いに、礼法の教育を受けてきたことがうかがえる。
つまり、流れ者になる前は公権力側の兵であり――それも、相応の高等教育を受けてきたのだ、と。
ここまでの話に不自然なところはないが、リズは少し不思議に思うところもあった。セリアと先輩たちを交互に見回し、腕を組んで考え込む。
「あなた方のこれまでについては把握しました。今後も一緒に仕事していただけるというのであれば、大変心強いです。しかし……」
「何でしょうか?」
「セリアさんからもご説明があったと思いますが、我々はマルシエルと契約関係にあり……加えて言えば、国際政治と無縁の仕事ではありません。むしろ、水面下で様々な思惑が絡み合う中、活動をしています。そういった政事との関係は、あなた方にとって好ましからざる煩わしさと、不明瞭な危うさを孕むものではないかと思うのですが……」
彼らの経歴を聞く限り、上の政事に振り回されて嫌気が差した軍人、ないしは武人という印象がリズの中にはあった。
だからこそ、人間社会から一度は距離を取ったのではないか。
そんな彼らが、継承競争の話を聞かされてなお、リズの下について仕事をしようというのは、どうにも腑に落ちないところがある。
(私のせいで、著しく選択肢を狭められたのかもしれないけど……)
彼らからすれば、知る必要のないことを知ってしまったという思いはあっただろう。であれば、マルシエル監視下にあった方が安全ではないかという考えも、ごく自然のことと思われる。
マルシエルに対し、リズは信頼の念を抱いている。これまで色々と、陰ながら支えられ、理解を示されてきたことへの恩義もある。
だが、それはあくまでリズの内面にあるものであって、先輩たち――政事に振り回された過去を持つ彼ら――が、マルシエルという大列強をどう認識しているかは不明だ。
そうした諸々を勘案すると、彼らにとって海賊退治への参画という次なる仕事は、仕方なく選ばされたものというのが実情かもしれない。
わずかな間にも思考が巡り、リズの中ではにわかに申し訳無さが募ってきた。
そうした、かすかな陰が滲み出てしまったのだろうか。彼女の前で、ロベルトはやや怪訝な顔になってから、振り向いた。ダンジョン探索の仲間たち、加えてリズ一行の面々と視線を交わし合い……
それぞれの顔が、ふっと緩む。
「実を申しますと、殿下のご来歴の本当のところを知らされて……少し恥ずかしくなりましてね。同じく政事に振り回された身ではありますが、事のスケールがあまりにも違いすぎる、と」
「……まるで自慢になりませんけどね」
シニカルな笑みを浮かべて応じると、先輩たちは笑っていいものかどうか一瞬迷ったが、前々からの仲間たちは含み笑いを漏らした。
これで場の空気がかなり解れていく。そんな中、ロベルトは仕事仲間たちを代表して言葉を続けた。
「殿下のご経歴に関し、にわかには信じがたいものもありますが……信じさせるだけの何かを感じるのも事実です。ともあれ、殿下の事を知らされておきながら、見てみぬふりをしようというのは、あまりに意気地がないように思われまして。それに……」
「何でしょう?」
「殿下を煩わせる政事に対し、少しばかりでも反撃を加える手助けができれば、かなり胸がすくこととなりましょう。殿下へのご協力は、あの時の自分たちが果たせなかった心残りへの、せめてもの悪あがきでもあります」
ロベルトの言葉とともに、先輩たちが神妙な顔になっていく。
気のいい感じの彼らだったが、心の内には解消されないわだかまりを抱えていた。リズに手を貸し助けていくことで、それを克服していこうというのだ。
そういった心情自体、リズには大いに納得できるものだった。それに……
「セリアさん」
「何でしょうか?」
「先輩方への説得にあたり、かなり頑張ってくださったのでは?」
すると、彼女は少し言葉に詰まる様子を見せた。もっとも、この場の面々の顔を見れば、答えはすでに明らかである。
リズのことを受け入れる下地に加え、確かな後押しもあったのだ。
この謙虚で生真面目な女性に微笑みかけ、リズは「ありがとうございます」と柔らかな口調で言った。
どうなることかと気を揉んだ彼女だが、結局は自分の傘下に腕利きが七人加わるという、予想外の事態となった。
マルシエルに対する状況説明はまだだが、セリアとともに伝えれば、先方も肯定的な返答をするだろう。
喜ばしい事態ではあるのだが、しかし一つ、気になることもあった。
「皆さんから殿下と呼ばれるのは、ちょっと……私からすれば、皆さんはここの先輩ですし。マルクみたいな感じで付き合ってくださると、私としてはやりやすいのですが」
そう言うと、場の視線は引き合いに出た彼に集中した。リズに対する彼の態度がどのような感じか、先輩たちはよく把握している。
だからこそ、それは少し受け入れられなかったようだ。
「マルクみたいな感じは、ちょっと……」
「俺一人が、なんだかとんでもない無礼者みたいですね」
さらりと言ってのける彼の言葉に、場が少し沸き立つ。それから、先輩の一人が口にした。
「あまり堅苦しいのではやりづらいというのは、よくわかります……実を言うと、僕もそうですし。アクセル君やニコラさん相当でどうですか?」
基準点として提示された二人に、リズは視線をチラリと向けた。
一緒くたに扱われているようだが、リズの中では両者に間に結構な開きがある。言葉遣いはともかくとして、ニコラの中身はだいぶマルク寄りという印象だ。
ともあれ、ちょうどいい塩梅のようには思われる。リズはこれを適当な妥結点とした。
「では、あの二人を参考に。あまり気兼ねなく、これまでみたいに仲良くしてくださると嬉しいです」
そう言って、殿下と呼ばれた少女はペコリと頭を下げ、新たな仲間たちは堅苦しくない程度の礼でこれに応じた。
改めて、あまり改まっていない互いの挨拶が終わり、リズの顔が少し綻ぶ。
が、しかし。彼女はハッとして、顔を魔王に向けた。この場での説明や交渉等を任されていたとはいえ、今の今まで放ったらかしにしてしまっていた。
加えて、先輩たちに対して“殿下”でいることを良しとしなかった以上、今この場においては、この魔王こそが圧倒的な権威者である。それを完全放置というのは……
すっかり恐縮したリズの居心地の悪さは、すぐさま他の面々にも伝播していった。例外は従者のルーリリラぐらいで、彼女はどこかボンヤリとしている。
「お待たせいたしました」と、リズは魔王に深く頭を下げた。片や魔王は、待たされたという意識があまりないらしく、ケロッとした様子でいる。
「お疲れさま……色々と忙しいのは、むしろこれからだろうけど」
「ご推察のとおりです」
仕事仲間が増えたら増えたで、やるべきことは増える。マルシエルへの説明責任もある。
加えて、本命の件――このダンジョンを、今後どうやって活かしていくかも。
それもこれも、面倒の全ては生まれた国のせいである。魔王閣下の御前ということもあって、礼節を保つリズではあったが、内心では大きなため息の一つや二つが出そうであった。
そんな彼女と、従者、そして場の面々に視線を巡らせ、魔王は口を開いた。
「じゃ、せっかくだし、皆で飲もうか」
つい先程まで、人類未踏破だったこの迷宮の主は、人前に出なかったこともあって神秘的な存在だった、挑戦者からは尊崇にも近い念を向けられてもいた程だ。
だというのに、当の本人が一番、自身の地位にこだわりがないようである。リズからすれば、これはこれで、微妙にやりづらいものがある。
一方で、何とも言えない共感も。
微妙に煮え切らないものを覚える彼女の前で、魔王はにこやかに言った。
「エリザベータ嬢と同様、私に対しても、あまり畏まらなくていいからね。私もまた、君たちと同様、彼女の協力者の一人となるわけだから。そういう意味では仲間と言えるしね」
もっとも、そういった理屈があるからといって、同格とはならないだろうが……
鷹揚で砕けた感じを保つ、この気安い青年しか見えない魔王に対し、仲間たちは緊張を解きつつあるようだ。
こうして頼もしい仲間が増え、リズは自分の戦いが、また一つ新たなステージに移行した実感を得た。




