第198話 踏破者への褒美②
ある意味、ダンジョン制覇よりも複製本の提供という申し出の方が、魔王には威力があったのかもしれない。
いざ先輩たちへの説明に向かうにあたり、魔王は快くリズへの同行に応じた。
「説明は、君の口から頼むよ。私はあくまで、君の協力者ということで」
「承知いたしました」
二人がイスから腰を上げると、魔王は軽く指を動かした。その指の動きに合わせ、リズの足元に魔方陣が刻まれる。魔王直々の転移に、リズは思わず少し身構えた。
魔法陣が出来上がると、彼女が目にするすべてが形を失い、視野全体が波打って溶融していく。
かと思ったのもつかの間、溶け合う視野が逆戻りに輪郭を取り戻していった。
つい先程まで目にしていたのとは別の形へ。
今では目の前に、ダンジョンの入口の広間があった。そして、広間に並ぶテーブルとイスに、見慣れた顔。
いや、見慣れた顔というには、いずれも引き締まって緊張したものがある。
しかも、彼らはリズと魔王の出現に、恭しく片膝をつき始めた。先輩たちも、かねてよりの仲間も、魔王の従者も。
場の空気に厳粛なものがある感じを覚え、予想外の事態にリズは少し困惑した。さっと見回してみたところ、テーブルの上には酒瓶や皿が並んでいる。今まで観戦していたのは間違いなかろうが。
おそらく、リズとともに虚空から現れたダンジョンの主に対する礼節が、彼らにそうさせているのだろう。
そんな静寂の中、出し抜けに「みんな、楽にしていいよ」と柔らかな声掛け。
「知らぬ仲ではないしね……いや、私が一方的に知ってるだけか」
柔和な魔王の言葉に、場の空気が少し弛緩し、皆が腰を上げていく。
しかし、緊張と恐縮に変わりはない。
そんな中、リズの仲間たちはというと、周囲に倣いつつもかなり複雑な表情をしている。あまり動じない四人にしては珍しいことだ。
この状況を把握しきれず、リズは若干の落ち着かなさを拭えないでいた。
とはいえ、場のイニシアチブが彼女と魔王側にあるのは間違いなさそうだ。
とりあえず彼女は、状況説明に徹することにした。
まず、自分はラヴェリアから追われる身であり、避難先・拠点・籠城用等々の目論見で、このダンジョンを求めたこと。
魔王閣下のご厚情もあり、その目的は果たせそうだということ。
先輩方の努力を無にするようで心苦しくはあるが、依頼主と魔王の面会について、閣下は寛大にも応じるご意向であること。
黙したままの面々に対し、一方的に説明を続けていく中、リズは何か引っかかるものを覚えた。
どうも――敬意を向けられている対象は、魔王だけではないようなのだ。
実際、リズはダンジョンを変則的な手段によってではあるものの制覇し、曲がりなりにも玉座の間にたどり着きはした。同業者からすれば、一定の評価に値する挙であろう。
だとしても、向けられる視線や彼らの態度には、敬意の中にどこか重さや堅苦しさがある。
それは、同じ立場でやり遂げた者への称揚ではなく、目上の者に対する恭敬のような……
なんとも釈然としないものを覚えながらも、彼女は状況説明の言葉を結んだ。
「先輩方のご依頼人について、魔王閣下との面会を果たした後も、何かしらのご要望があるかもしれません。内容次第ですが、閣下はそちらに応じるご意向とのことですし、私にも手伝えることがあれば、協力させていただく所存です」
「ありがとうございます、殿下」
一同を代表し、ロベルトが返答とともに恭しく頭を下げ、リズは目と耳を疑った。
彼女の来歴については、言っていないし、知るはずもないことなのだ。ましてや、リズの仲間たちが口にするはずもない。経歴上、彼女本人よりもずっと口が堅いという信頼があるのだ。
それでも彼女は困惑を抑え込み、無表情を作って魔王に顔を向けた。
すると、彼は少しして「あっ」と言葉を漏らした。
「いかがなされましたか?」
「筒抜けだったかもしれない……」
リズの挑戦を皆にも観戦してもらおうと、彼は入口に挑戦風景を映し出していた。そうして映し出す視点と音は、リズにかなり肉薄するものであった。
つまり、彼女が見聞きするものに近い、光景と音を提供していたというわけだ。
そこまではいいのだが……問題は、その観戦環境が、全ステージ突破後も継続していたことにある。
「まさか、あんなに簡単に突破されるとは思わなくて、すっかり……」
自身の不手際に、すっかりうなだれた様子の魔王に対し、リズは何も言えなかった。悪気あってのことではないと信じられる。
それに、もとはと言えば、出自を伏せていた自分にも問題があるのだ。
事実、この説明の場においても、不用意な混乱を与えないようにという考えがあったとはいえ、自分が王家に連なる存在だとは言わなかった。
こうなってくると、仲間たちの微妙な表情も腑に落ちる。止めようがない映像と会話音声の中、これまで伏せてきた事実が明るみになっていったのだから。
一方で、“殿下”としての自分が受け入れられているように感じられるあたり、うまいこと取りなしてくれたのではないかとも。
とりあえず、リズは先輩たちに頭を下げた。
「今まで隠していてごめんなさい。できる限り知らないままでいた方が、皆さんにとっては安全だと思っていましたので……」
「ご配慮、痛み入ります」
これまでとは違う対応に、やりづらさとやや寂しいものを覚えつつ、当然の罰とも感じたリズ。
次いで彼女は、仲間たちに尋ねた。
「こちらの状況について、ちょっと教えてもらえない?」
「了解」
マルクの説明によれば、会談のかなり早い段階でリズの名乗りがあり、その時点で色々とごまかしがきかない状況になっていたようだ。下手にはぐらかせば、余計に怪しまれる。
それでお互いの酔いも、一気に吹き飛んでしまったとのことだ。
ただ、会話の音声ばかりでなく会談の光景も共有されたことが、ある意味では幸いだったらしい。
ダンジョンの主が、リズの名乗りに対して疑問を差しはさむことなく受け入れた。その様子を目の当たりにしたことが、耳にした驚愕の事実に、強い真実味を与えてくれたのだ。
スペシャルステージ攻略で見せた、リズの身体能力や機転なども、特殊な出自を信じさせる下地になった。
結果、会談を中継される立場の面々は、リズが例の王家の一員だということについて、特に紛糾することなく受け入れられていったのだ。
もっとも、彼女の出自ばかりでなく継承競争の件もまた、先輩たちの度肝を抜くには充分であったが。
それにしては、今のところ先輩たちが落ち着いた様子でいるあたり、こちらはこちらで何かあったのだろうと思われる。
「こちらでも、何か話を?」
「ああ。色々と説明や説得があったんだが……その辺はセリアさんの働きで」
「勝手に動いてしまい、恐縮ですが……」
おずおずとした様子の彼女は、マルクから話を引き継いだ。
リズについての真実が明るみになり、先輩たちはこれからどうしようということになったのだが……そこで真っ先に、セリアが海賊退治事業への参加を打診した。
リズの秘密については、よほど確かな社会的身分がなければ、言いふらそうともヨタ話として扱われるものと思われるが……それでも、知られた側の心情としては、あまり目を離したくはないのが正直なところ。
一方で知ってしまった側としても、要らぬ嫌疑をかけられるのは困る。
となれば、秘密を知られてしまった以上は今後の行動を共にするのが、互いにとっては安心・安全だというわけだ。
加えて、後からやってきて邪魔をしてしまったという申し訳なさもあり、働き口の提案ぐらいはあってしかるべきだ、と。
「皆様方の戦闘力を思えば、あの事業的にも大いに助かるところですし」
「なるほど」
この提案そのものは、マルシエルにとっても利益のあるものだろう。海の安全を確保することもさることながら、海賊から船という一財産を奪い取る、一挙両得の事業なのだから。
それに、腕利きを確保し、敵船を制圧・拿捕する手法を手ほどきしていく――そうした調練の手順を確立できれば、軍としても大いに助かるものと考えられる。
この提案に、多少は考え込む様子を見せたものの、結局は先輩グループ全員が前向きに了承した。タンジョン探索の合間、海賊退治について話したところ、彼らは興味を持って耳を傾けていたということもある。
それに、彼らがもともと目的としていた、依頼主と魔王を引き合わせる件に関し、リズが配慮を見せたことも後押しになったようだ。
そしてもう一つ。彼らなりに色々と思うところもあったということだ。




