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第195話 VSダンジョンマスター③

 不安定ですぐ傾く足場も、リズの手にかかれば、今ではシーソーのような射出機構である。

 度重なる試行錯誤の末、彼女は少しずつ、打ち上げの感覚を(つか)んできている――


 その実情がどうあれ、観戦する側はそのような印象を(いだ)いた。

 今ではリズだけを映し出す魔力の鏡を見つめる魔王の口から、向こう側に聞こえない独り言がポツリと漏れ出る。


「うーん、すごいな……」


 シーソーの向こう側に自前の弾丸を叩きつけ、衝撃を伝えて自身を射出する。

 言葉にすればシンプルな話だが、思い描いたとおりに行くものではないと、魔王は観戦者ながらも理解していた。

 自分と弾とが足場に達するタイミング、それぞれの位置関係、打ちつける弾の威力――それぞれの要素が、射出時の始点、射出速度と角度、飛ばされた後の最終到達地点等々に関わってくる。

 回数を重ねても感覚を掴むには至らず、ただあてずっぽうにあらぬところへ飛んでいく、下手な鉄砲となりかねない試みだ。


 しかしながら……映像の中のリズは、繰り返しの中で少しずつ調整を施しているようにうかがえる。まとまりを欠く結果ではなく、飛ばされる彼女が描く軌跡が、徐々に変わっているように見受けられるのだ。

 このような試みにあって、ある程度の再現性を保ちながら、試行を繰り返して補正していく……幅広い意味でのコントロール力を感じ、魔王は感嘆のため息をついた。


 しばしの間、リズはシーソーを用いてほぼ垂直に体を打ち上げていた。打ち上げ後の挙動を見るに、まずは肉眼でステージ全容を把握しようという考えだろう。

 何回か垂直の打ち上げを敢行した後、彼女は前方への射出にシフトし始めた。点在する足場にたどりつくことなく、そのまま雲海へ突っ込むことも少なくないのだが……

 何回か繰り返せば、きっとうまくいくだろう。


 いや、間違いなくやり遂げる。


 そういった確信に近いものが、魔王の胸裏にはあった。

 リズが只者ではないという予感が、前からあった。だが、不安定な足場を、このような形で悪用されるとは……完全に予想外である。

 せっかく用意したスペシャルステージだが、伏せた手札を見てもらうことなく切り抜けられることに、少し残念な心残りがあるのは確か。

 だが、自分の仕掛けを悪用され、ここでも大幅にショートカットされることになろうとも、悪い気はしなかった。ただ、大きな気がかりは――


(一体、私に何の用があるというのだろう)


 これほどの人物が、不正までして玉座を目指す、その理由であった。不正はともかくとして、向こうの人となりは礼儀正しいようだが、事によると深刻な事態となるかもしれない……

 観戦を楽しむその裏で、彼はどことなく落ち着かない気持ちも、かすかに覚えた。



 シーソーによる打ち上げは、当の本人にとっては――

 中々楽しめるものだった。

 いくら無茶をしてもケガーつ負わず、何度も繰り返せる空間だからこそだろう。


 もっとも、これはお遊びではなく、あくまでステージ攻略のための取り組みである。そういう自覚こそあるのだが、雲海へ突っ込み数十回目のやり直しとなったリズは、小さくため息をついて顔を綻ばせた。

 勢いよく飛ばされることの爽快感もさることながら、飛ばされた自分の着弾点を、そこそこコントロールできるようになってきている。その手ごたえが、確かな快感となっている。


 この取り組みだけで相応の時間を費やしているのは事実だ。

 だが、他の足場の仕掛けがどうなっているかわからない以上、まともに取り組んでもかなりの足止めを食らったことだろう。結局は、解法を見つけるまでやり直すことになるのだから。

 新手の仕掛けに対する答えを探すため、試行にかかる手間は無視できない。下手をすれば、そこまでに確立してきたルートの再考が必要になる恐れも。

 そう思えば、このシーソー1つで、まだ見ぬ罠をまるごと一気に飛び越えるというのは、悪いアイデアではない。


 リズは一度目を閉じ、深呼吸をした。息を整え目を開けると、視界に魔力の輝線が現れる。

 これは、ステージ上に存在する魔力ではない。繰り返しの攻略の中、彼女が自分の心の中に刻み込んだ攻略ラインである。

 《叡智の間(ウィザリウム)》内の手順書として刻んだその線を《幻視(ヴィジョン)》に投影し、現実の視界に重ね合わせているのた。

 この線をトレースすれば、攻略済みの個所でつまずくことはない。攻略の最前線で効率よく思考を繰り返すための、彼女ならではの工夫である。

 加えて、シーソーによる射出時、そこに至るまでの過程のブレがあれば、意図しないインプットとなって結果のコントロールに悪影響があるかもしれない。検証における再現性を確保する意味もあるのだ。


 思い描いた線に寸分たがわず沿うように、彼女は駆け出した。

 最初の足場を超え、幾度となく踏んだ崩落する足場。余裕をもって攻略し、本命の射出機へ。

 いつもの要領で、彼女は空中から《追操撃(トレイサー)》を放った。

 力加減とタイミングは、ここまではバッチリである。リズよりも先んじて着弾し、リズの足元が跳ね上がって、彼女を上空へと跳ね上げる。


 雲に浮かぶ足場というのも奇妙な話だが、ステージの一要素として現に存在しているこの足場は、リズの眼下でくるりと一回転。

 一方、打ち上げられたリズは、強風に(あお)られない程度の高さへほぼ垂直に打ち上げられていた。

 本命の射出は二射目、今は準備段階である。


 跳ね上げの上端に達する前から、リズは誘導弾を書き上げていく。

 より遠くへ飛ばしてもらうなら、前の足場から飛び乗る時よりも、一度垂直に打ち上げてからの方が色々と都合が良い。

 そこで、1回目の射出よりも弾を増やし、2射目はより一層の力で飛び出そうというわけだ。

 上空に打ち上げられた滞空時間の間に、彼女はできる限りの弾を書き集め、十分に力を集束させた。この光り輝く破壊力の塊を、落ちていく自分と随行させるように下ろしていく。自分よりもわずかに早く、着弾するように。


 そして、弾が炸裂した。閃光と炸裂音が(ほとばし)り――足の裏から、(すね)(ひざ)に至るまで、あらかじめの覚悟を上回る痛みがリズを襲う。

 次の瞬間、かつてない加速度を与えられ、彼女は宙を駆ける矢となった。立ち上る魔力の残滓を一瞬で突き抜け、雲海とほぼ水平になって真っすぐ飛んでいく。

 彼女の目の前では、真面目に向き合っていたらどれだけかかっていたかもわからない、数々の足場が目まぐるしく過ぎ去っていく。

 なんとなく、悪いことをしている申し訳無さを覚えるリズだが……


(こういう試み自体、面白がっていただければいいけど)


 少しくらいは型破りなところを見せた方が、先方の印象に残るのではという期待もあった。

 もっとも、今回のショートカットを物にしてからの話だが。


 もはや一個の投射体となったリズだが、いずれ速度と高度が落ちて、雲海に没することとなる。大気を突き破る強烈な力を全身で感じている中、どうにか次の足場へ着地しなければならない。

 そこで彼女は、腰から《インフェクター(汚染者)》を抜いた。そして……まさに今、すれ違って去ろうとする眼前の足場に、魔剣を突き立てた。

 草地に茶色の傷が走り、殺した射出の威力が腕を引きちぎらんばかりに襲う。突き立てた刃が地を切り裂くけたたましい音に混ざり、魔剣の悪態が響く。

 だが、彼女はどうにか足場に留まることができた。用心して足をつけてみると、妙に滑る。


(前に滑る感じの足場があったし……全ての足場がユニークというわけではなさそうね)


 滑る足場の中に、こうして魔剣を突き立てておけたのは、中々運が良かったと言える。今も不満げに耳障りな音を立てる魔剣を支えに掴みつつ、リズはこれまでの“道のり”を見やった。

 スタート地点からはだいぶ進んだようだ。終点らしき足場が見えており、後3つ程度でこのステージは終わりといったところか。


 今回の射出について、完全な再現はさすがに難しい。

 しかし、省略した足場の数はカウントしてある。似たような力加減とタイミングで飛び出すことは問題ない。魔剣には悪いが、こうして着地できれば、安定してショートカットできることだろう。


 思いのほかうまく行った快感を胸に、リズは再び前方に向き直った。

 次なる足場は3つ。とりあえず、彼女は真っすぐ進んで見ることにした。足場の性質上、助走のために端へ行くこと自体、かなり難儀するものはあるが……


『ずいぶんと滑稽な歩き方をするではないか』


「うっさいわね……別に、あなたを杖代わりにしても良いのよ」


『それで、今更気遣っているつもりか?』


 中々耳の痛い指摘である。ここで温情をかけてやったとしても、再びスタート地点に戻されたのなら、また着地のために使う腹積もりでいるからだ。

 そこで彼女は、遠慮しないことにした。草地を装う氷面のような足場に、魔剣を杖代わりに突き立てていく。


「おかげさまで助かるわ」


 淡白な口調での礼に対し、やはり魔剣は不満げな音を立てた。不協和音を立てる刀身が地面に突き刺さると、刀身の微細な振動がリズの腕に伝わり、なんとも言えない不快感となる。

 抗弁や抵抗というよりは、嫌がらせであろう。口の減らないこの魔剣を手に、リズは皮肉な笑みを浮かべた。


 そうして彼女はポジションにつき、前方に向かって構えた。

 魔剣は鞘から抜いたままだ。足場の性質上、助走が足りずに終わる可能性があり、そうした場合に次の足場へ魔剣を突き刺し、どうにか這い上がろうという考えがあってのことだ。


 一度深呼吸をした後、彼女は駆け出した。脚の力を絶妙に散らしてくる、足場の悪さに小さな不快感を覚えつつ、細心の注意を払って前へ前へ。

 そして、彼女は跳んだ。氷上のような足場からの跳躍にしては、十分に安定したものだ。幸いにして、次には届きそうである。


 しかし……足場に乗ったはずの足に、感触が伝わらない。何かが触れる感触がないまま、足から下肢が緑の幻影に呑まれ――

 気づけばリズは、スタート地点に戻されていた。右手に握った魔剣からは、嘲り笑うような金属音。

 すかさず彼女は、刀身に自分の魔力を焼き付けた。懲りない魔剣への懲罰に悲鳴が響く。


貴様(きしゃま)~!』


「うっさいわ、バカ!」


 彼女はムッとした表情で、魔剣を鞘へ少し乱暴に叩き込んだ。少し寂しい金属音が響き渡る。

 ややあって静かになると、上空から咳払いの音が聞こえた。それからまた少し間を開け、どことなくためらいがちな声が、リズに語りかけてくる。


『その……意地悪すぎたかな? ちょっと、調子に乗ってしまったかも……申し訳ない』


 挑発や皮肉には聞こえない、やや消沈した感すらある謝罪の言葉に、リズは――


 我が身を振り返り、顔が真っ赤になった。

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