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第194話 VSダンジョンマスター②

 2回目のチャレンジを前に、リズは深呼吸した。

 次の足場は、乗った瞬間に崩壊を始める。着地するなりすぐに駆け出し、間を置かず3つ目の足場に飛び移るしかないだろう。周囲に他の足場があるわけでもなく、これが固定ルートだ。


 何回か屈伸して準備を整え、彼女は再び走り出した。最初の足場の踏み切りはギリギリまで引き伸ばし、次の着地に余裕を持たせるように。

 雲海の上をヒラリと跳躍し、彼女は2つ目の足場に着地した。着地の勢いで、草地の上を足がかすかに滑る。

 その後ろでは、さっそく足場の崩落が始まっている。息つく暇もなく、彼女は再び動き出し――


(どちらの足から動いたっけ?)


 わずかな間にも、彼女の胸裏に疑念が生じた。次の跳躍までの歩数、歩幅。できれば利き足で踏み切りたい。

 しかし、考える間を与えない、背後に迫る足場の崩壊。やや不自然ながらも、次へ駆けつつどうにか歩数の帳尻を合わせていく。

 次なる足場は、前方に3通り。取り立てて情報がない以上、あえて選ぶ意味はない。彼女はまっすぐ次の足場へとジャンプした。

 すぐ後ろの崩落は、完全に終わったらしい。彼女が宙に飛び上がるや、足場が崩れる音が聞こえなくなった。一瞬の静寂が空間を満たし――


 彼女は、次なる足場に着地した。

 と、その途端、足場は大きく揺れ動いた。水に浮かべている盆のように不安定な足場が、まさにひっくり返らん勢いで動く。着地点が沈み、前方が急激に立ち上がってくる。

 眼前に突如として現れた急斜面に対し、着地したばかりではあるものの、リズは思わず駆け出した。駆け上がり、ほとんど壁としか感じられないほど傾いた足場に、彼女は渾身の跳躍で飛び上がる。

 そして、どうにか足場の端に手をかけることに成功し――

 足場はクルリと最後まで回り、彼女は雲海の中へと叩き込まれた。


 雲に呑まれて全てが白く染まり、ふわりと奇妙な、それでいて心地よい浮遊感が彼女を包み込む。

 やがて雲の覆いが晴れ渡ると、彼女は最初の足場に腰をついていた。次の足場は崩壊前。3つめの足場は平坦なままだ。

 膝に手を置き、ふーっと一息。その体勢で遠方を眺めやった後、彼女は顔を上げて空に問いかけた。


「一つ、おうかがいしたいことが」


『何かな?』


「一つ一つ、自分で体験しては、道を覚えていく試験だと思うのですが」


『その通り』


「それぞれの島の特徴が、途中で変わるというようなことは?」


 どうやら、これはいいところを突いた質問らしい。仕掛け人は『うーん』と、どことなく困ったような嬉しいような(うな)り声を漏らし、少しの間押し黙った。


『基本的には、そういうことはしない……とだけ、言っておこうかな』


「例外もあるということですね」


『ほとんど答えじゃないか~』


 その言葉を最後に、ふっと一陣の風が過ぎ去り、声は聞こえなくなった。

 中々タチの悪いステージをご提示してきた先方だが、憎めない感じにリズは苦笑いを浮かべた。


(ここまでの感じから察するに、手動でイジワルなさるお考えはなさそうね……)


 あくまで、用意したステージそのもので勝負しようという意向を感じられる。自ら手を下し、出し物自体を台無しにしようということはないだろう……リズはそのように判断した。

 であれば、一つ一つの足場の特徴は何回繰り返しても同じ。繰り返し挑戦し、対応を覚えていけばいい。


 気がかりなのは、基本的にはという文言がついてきたことだが……おそらく、挑戦するたびにランダムで性質が変わる足場があるのだろう。あるいは、定まった性質があっても、挙動が予想しにくい仕掛けのような。

 崩れる足場というシンプルな仕掛けでも、それと知らなければ中々の難易度だ。挑戦のたびに性質が変わるような足場が本当にあれば、とてもではないが踏めたものではない。

 体験しながらルートを策定していきたい挑戦者としては、そういうランダム性は避けたいところ。


 もっとも、まずは次の足場についてだ。彼女はそちらに意識を傾けた。

 崩れる足場の次は、踏むと傾く浮島。取りえるルートは他にも、左右に1つずつある。そちらを試すこともできるが……


 1つ策を思いついた彼女は、それを試してみることにした。深呼吸、柔軟の後、再び前へと走っていく。

 最初の足場を飛び越え、崩れる足場に着地。先ほどの体感をベースに歩を進め、最適な歩幅で、崩れ行く足場を駆け抜ける。

 そして、彼女は大きく踏み切った。


 次に待ち受ける不安定な足場に対して、高度は十分だ。

 脚で稼いだ滞空時間の中、彼女は次の行動に移った。瞬時にして放つは《追操撃(トレイサー)》の群れ。

 これを自身の着地点と対をなす側に向かわせていく。自身が着地した際の衝撃に合わせ、誘導弾を着弾させて相殺。足場の傾きを抑え込もうという算段である。

 しかし、自分自身の飛んだり跳ねたりに誘導弾を合わせるのは、あまりないことだ。ぶつつけ本番で完璧というのは困難である。

 それに、相手は女の子一人飛び乗った程度で大きく傾いてしまう足場。挙動を思い通りに制しようものなら、かなり繊細な力加減が必要になろう。


 実際、着地と着弾のタイミングは、弾の方がわずかに早かった。

 そして、それぞれのカ加減は――


(あっ、マズい)


 誘導弾の威力の方が、明らかに勝っていた。打ち付けられた威力で足場が大きく傾き、まさに今着地しようというリズの足元が、急激に立ち上がくる。

 着弾の威力は足場に移って襲い掛かり、彼女はそのまま吹き飛ばされてしまった。

 足場が乱暴で危険なシーソーになった格好である。


 飛ばされたのは進行方向右寄り。幸いというべきか、どうにか次の足場に届かないこともない。

 それに、こうして吹き飛ばされたことで、新たな閃きもあった。試行錯誤は必要だろうが……

 すでに思いがけない成果があるが、とりあえずは次の足場だ。シーソーで吹き飛ばされた彼女が、次の足場に迫る。高度は低いが、手を伸ばせば――


 ギリギリのところで、彼女は次なる足場を手で(つか)み、ぶら下った。

 が、掴めたのは一瞬だけだった。緑の草地は、草とは思えないほどツルリと滑り、彼女はあえなく雲海の中へと落ちていく。



 一方そのころ。ダンジョン入口、ドーム状の広場では――


「ああ、惜しい!」


「性格悪いステージね~」


 ダンジョン挑戦者一同が、ちょっとした飲み会をしていた。酒の肴は、映し出されるリズの挑戦風景である。

 場に集うのは、従来からの挑戦者に加え、リズの仲間たち。さらには、ダンジョン管理側のルーリリラまで。


――エリザベータ嬢が非正規の手段でショートカットを果たし、ダンジョンの魔王フィルブレイスがこれに介入。一騎討ちのステーン攻略が始まった――


 この件をルーリリラが各挑戦者に対し、直接伝えに向かったところ、全員が強く興味を惹かれた。

 そこで、全員で観戦する流れとなったのである。


 少し酒が入っていい気分の面々だが、見る目は確かである。

 リズの運動能力の高さや判断力、切り替えの早さ。彼女が能力の片鱗を輝かせるたび、ダンジョンの先輩たちは舌を巻き、感嘆の声を漏らした。


「いや、出来る子だとは思ってたが、まさかここまでとはなァ」


「ホント、ビックリだわ」


 そうやって自分たちのリーダーが誉めそやされるのは、前々からの仲間たちにとって中々快いことであった。全体として落ち着いた感のある四人だが、酒の力も手伝い、ついつい頬が緩む。


 さて、映像の中のリズだが……乗っただけで傾く繊細な足場を、逆に悪用しようという考えでいるようだ。何度も同じ個所でやり直しては、シーソーによる射出(・・)を試みている。


「もしかして、ここでもショートカットするつもりなんじゃ」


 アクセルの言葉に、セリアが別の見解を口にした。


「現状の角度を見るに、まずは垂直に打ち上げて、自身の目で全容を把握しようというのでは?」


「近道は、その後でって……カンジでしょうね」


 それなりに長い付き合いになるおかげか、映像の向こうの彼女の考えも、一行には何となく把握できている。

 こうした、リズの仲間たちによる会話にも、先輩たちは興味があるらしい。聞き耳立てて「なるほど」と口にする者も。


 しばしの間、魔法のスクリーンに映し出される攻略風景は、試行錯誤の連続が続いた。さすがのリズも、シーソーでの打ち上げの感覚を掴むのに難渋しているらしい。

 映し出される画自体はダイナミックだが、進展に欠けるものとなってきた。そのせいか、酒盛りの現場では観戦から談笑の比率が増していく。

 そんな中、先輩の一人がルーリリラに言った。


「あーいうの、俺らもやってみたいな」


「俺ら?」


「いや、やってみたいだろ?」


 ほろ酔い気分で言葉を交わし合う挑戦者たちを前に、ルーリリラは微笑んだ。


「通常の階に代えて……とも考えましたが、傾向が違い過ぎる階層が急に出たのでは、待ち受ける側として、ちょっと卑怯と言うか、公正ではないように思われましたので」


「ふむふむ」


「異物感も否めませんし。ダンジョンづくりの美学に、やや反するものはあるな~、と」


「でも、やってみたかったんでしょ?」


 そう問われ、ルーリリラは酒を口に含むと、ニヤニヤ気分よさそうな笑みを浮かべた。


 こうした和やかな雰囲気は、リズの仲間たちにとって予想外ながら、かなり助かるものだった。

 なにしろ、褒められたものではない手口により、自分たちのリーダーがダンジョンを一足飛びどころではない速度で攻略していったのだ。前々からまともに取り組んでいた先輩たちからすれば、面白くはないと反感を買ってもおかしくはなかった。

 ただ、先を越されたというような念よりも、観戦対象となっている少女への興味が大きく勝っているようだ。

 それと、ベールが薄くなりつつある、ダンジョンの主に対する好奇も。


 この状況自体、魔王側がリズに興味関心を持っているからこそのものであろう。

 ただ、これを攻略せずして謁見が(かな)うというわけではなさそうだ。先方が好印象を持っているとしても、実際に会わないことには。

 仲間たち四人は、静かに攻略風景を見つめた。映像の中のリズは、たびたびシーソーに打ち上げられており……


「楽しそうですね」


 ニコラがポツリと笑顔で(こぼ)し、三人は無言でこれに同意した。

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