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第192話 侵入者エリザベータ

 11月20日、昼。前々からの仲間たちとともに、リズは今、島の中央にある山の頂上にいる。

 ダンジョン漬けの毎日の中、ちょっとした息抜きだ。

 ただ、休養はあくまで目的の一つに過ぎない。


 時候はすでに冬に入ろうかという頃だが、赤道に近いだけあって、この島はまだまだ温かだ。麓の森は、今も青々としている。

 中々の光景を前に、一行はしばらくの間、ダラダラと眺望を楽しんだり歓談したり……

 そうして日頃の疲れを十分に癒やしたところで、リズは本題を切り出すことにした。皆と円座を作り、スッと静まり返った中で一言。


「タンジョン攻略に関し、目処がついたわ」


 すると、アクセルが急にむせだした。頬が紅潮し、手に口を当てて体が跳ねる。

 あまりに驚かせてしまったようで、リズは思わず「だ、大丈夫?」と声をかけた。他の女性ニ人も、彼に対して気遣わしい目を向けている。

 その一方、やはり驚きや戸惑いもあるらしく、落ち着かない様子がリズにも伝わってきた。そんな中にあって、マルクだけは普段の落ち着きを保っていたが。

 ややあって、小さく咳込みながらも、「大丈夫です、すみません」とアクセルが言うと、視線はすぐにリズへ向いた。

「何か企んでるとは思っていたが、うまくいったようだな」とマルク。


 リズはうなずき、まずは彼女なりの攻略法について話していくことにした。

 攻略の骨子は、ダンジョン内における階層間の移動を、自分の手で再現することにある。

まずは、低階層を繰り返し攻略することで、ショートカット用魔法陣の体験と視認、そして記憶を。

 そうしたサンプル集めの後は、自分の手でそれを再現する練習だ。光に呑まれて次階層へ移るという一連の処理の中、気づかれないように正規の魔法陣から自前の魔法陣に置き換えていく。

 この試みは、本来ショートカットとなる隠し扉の魔法陣に対し、通常の転移魔法陣で上書きするところからスタート。

 次いで、何階層か飛ばすショートカット魔法陣に対し、あらかじめ階層数がわかっている自前のショートカット魔法陣での上書き。

 そして現在、通常版からショートカット版への上書きにも成功している。


 ここまでの説明に、皆は呆気にとられたり、うなずいたり。

 しかし、ふと疑問が湧いたらしく、真顔になったセリアが口を開いた。


「観戦下での、その……不正ということであれば、先方に気づかれるのではありませんか?」


「その懸念はあります。今のところ、特にお言葉はいただいていませんが」


 もっとも、リズなりに露見しにくくする工夫はしている。

 通常版からショートカットへの上書きについても、まずは正規のショートカット――それも、短縮階層が少ない物――を踏んだ後に限定しての試行としている。

 例えば、2~3階層程度を短縮するショートカットを踏んだ後、通常の扉を再び2~3階層分のショートカットに変更するような。

 それぞれの挑戦者の現在階層を正確に把握する仕組みがなければ、この工夫により、進み過ぎという印象を緩和することができるだろう。

 実際には、感づかれた上で泳がされている可能性が否めないのだが……


 ともあれ、自前のショートカットが機能することが判明し、その使用にも習熟してきた。


「明日、やってみようと思うの」


「ああ……なるほどな。献上品の酒もあるし」


 ルーリリラが酒に弱いというのは、挑戦者一同にとっては知れた話であった。

 ダンジョンの主も弱いかどうかは不明だが……先輩たちが以前、ルーリリラに聞いたところでは、「強くはない」という返答を得られたとのこと。

 これを聞いた先輩たちは「主も弱いのでは」と疑っているという話だ。

 いずれにしても、酔っている間に事を進めることができればやりやすい。


 より大きな問題は、こういった不正行為による攻略を、先方がどのように思うか。リズ自身も悩むところではあったが……


「ある程度、容認していただけるとは思うの。攻略に関しては、割りと何でもアリみたいな感じはあるし。せっかく作っていただいているダンジョンを軽んじるようで、後ろめたいものがあるのは確かだけど……」


「ある意味、熱心に取り組んでいると言えなくもないですけどね」


 実際に、ダンジョンの主が気分を害するか、大目に見るかは微妙なところ。

 ただ、それなりに確信を持って言える事が一つある。


「先方の関心を惹けるのは、間違いないと思う」


 不正に関しての是非はともかくとして、この言には全員が同意した。

 そもそも、ダンジョンの成り立ちが、力ある魔族の暇つぶしだ。不正を試みてまで玉座に迫ろうという不埒者は、ある意味では歓迎さえされるかもしれない。

 もちろん、本当にダンジョンを踏破できればベストだ。だが、仮に不正が露見した場合も、うまくいけばお話を聞いていただく機会ぐらいは作れるかもしれない。

 ひっ捕らえられた賊のようになるかもしれないが。


 話がここまで来ると、リズが意図するところが他の面々にも伝わったのだろう。議論の先を行くようにセリアが口を開いた。


「逃亡先とするのみならず、まずは前もって交渉できれば、ということですね」


「はい。黙ったままラヴェリアの手勢を招き入れたのでは、先方に対して非礼と思われますし……ラヴェリアの者が退散したとしても、その後が大変になるかもしれませんから」


「先輩方への釈明もありますね」


「ええ。だから、先にお許しを得た上で、どうにか先輩方にもご理解いただくか……迷惑料を渡して、穏便に済ませたいと思うの」


 すると、いずれも真剣な面持ちで押し黙った。説明にあたって、事が広く露見するリスクが高まるのは無視できない。

 しかし、関係者への説明がなければ、かえって今後の火種ともなりかねない。

 とりあえず、マルシエルからは「殿下の裁量の範囲で」という言葉をもらえている。

 つまり、後はリズ次第ということだ。


 しばしの間、張り詰めた空気が流れる。だが、それを破るように、急にマルクが含み笑いを始めた。


「不正する目的が、迷惑をかける事へのご説明っていうのもな……妙な話だ」


「……そうね、まったくだわ」


「ただ……先方がどう感じるかはわからないが、いい暇つぶしと思っていただけるんじゃないか。お前のことも、ラヴェリアのことも」


 実のところ、そういった方向性で、ご理解・ご協力いただければという考えが、リズにもあった。

 継承競争と、ラヴェリアの名を持つ者同士の戦闘など、第三者にとってはいい見ものではないか。自前でダンジョンをこしらえてまで、攻略風景を観覧する魔王にとっては、なおさらであろう。

 もっとも、見世物本人としては、色々と複雑な思いはあるのだが……


「ま、うまく売り込むとするわ」


 そう言って、リズは力なく笑った。



 そして翌日――

 ダンジョン最奥、玉座の間。今日も魔王フィルブレイスと従者ルーリリラの二人は、献上品の酒を傾けながら攻略風景を鑑賞していた。

 今日は新人たちが、いつにも増して大胆に階層を進めている。もともと力量があるのは明らかだったが、一方で慎重さもあり、ミスせず着実に正確に……という方針のように見えていた。

 普段とは方向性の違う動きに興味を惹かれた魔王だが、彼には一つ気になることもあった。


「エリザベータ嬢が見当たらないね。今日も来てるだろう?」


「はい。入口でお会いしましたが」


 新入り五人の中で、リズの攻略具合は下の方。これまでの成果だけを見れば、特に注目すべき要素はない。

 しかし、攻略風景を観覧できる二人にとっては、中々興味深い挑戦者であった。

 ショートカット探しに重点を置くリズのスタイルは、この長いダンジョン運営において、あまり類を見ないものだからだ。

 そうした方針が効率的かどうかはともかくとして、一つ一つの戦闘における立ち居振る舞いにも、中々に目を惹くものがある。

 何より、特異な攻略スタイルも相まって、彼女は他とは何か違う異物のように感じられるのだ。少なくとも、魔王にはそういった直感があった。

 言い換えてしまえば、お気に入りである。

 ルーリリラにしても、初日の付き合いから、「何かしてくれるのでは」という淡い期待感を(いだ)いていた。


 やがて、魔族二人から期待を受ける彼女が、今日もダンジョンに姿を現した。

 他の新入りが、いつもと違う動きを見せている中、彼女も何か変化があるのではないか。美酒に頬を赤らめながら、ソワソワした様子で様子を見つめる二人。


 すると二人は――期待しつつも想定外に――度肝を抜かれた。


 魔法の水鏡が映し出す中、リズは断続的に光に包まれ、光が去ると彼女がいる光景が切り替わっているのだ。

 あたかも、そこにない扉を通過して階層を移行するように。

 そして彼女は、ダンジョンへ入ってからものの十秒程度で、最初の休憩地点へと到達した。たどり着くなり扉へ駆け、次なる階層へ。

 それからも彼女は、その場からほとんど動くことなく、光に包まれては瞬間的に移動していった。扉とは無関係に、半ば自動的に階層を渡り移っていく。


「酔いも覚めるね、これは」


 そう言いつつも色白の肌に朱が差す魔王だが、少しタレ目で眠そうな目には、好奇の輝きが宿っていた。

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