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第189話 ダンジョン攻略法

 ダンジョン攻略生活を再開してからというもの、リズは相変わらずショートカット探しに専念した。

 活動の場は低階層がメインで、反復的な探索を。潜っていくのは、おおむね2回目の休憩地点まで。たまに、少し頑張って3回目の休憩地点、つまり30階層ほど潜っていくという程度だ。


 彼女がそうして近道探しに力を注ぐ一方、先輩たちはいずれもショートカットを重要視してはいない。今の階層にあるかどうかもわからない近道を探すのは、見つからなかった場合を考えるとリスキーだという共通認識があるのだ。

 とはいえ、他とは方向性の違うリズの攻略法に対し、「これも一つのスタイル」との理解は示している。ショートカットの有無を察知するような探索術が確立されれば……そんな淡い期待もあるようだ。

 それと、新参者ながら、すでに自分の手法らしきものを持つリズに対する、純粋な興味関心も。


 ただ、先輩たちばかりでなくリズの仲間たちまでもが、一様に勘違いしている事実が一つあった。

 リズがショートカット探しに傾倒しているのは、探し出すための技術や感覚を磨くのが主目的ではない。

 そういった面での洗練は、主たる目的を助けるためのものでしかないのだ。



 ある日のダンジョン最深部。質素な玉座の間で、今日も二人の魔族が、洞穴に映し出される攻略風景を眺めていた。

 背もたれがかなり倒れるイスに身を預け、片手には献上品の果実酒。自前の魔法による氷で美酒を冷やし、二人は攻略観賞を愉しんでいた。


 新入りがやってきたことで、二人の楽しみは少し増えた。特に、アクセルとニコラの二人。最深層の更新速度には目を見張るものがある。

 そんな二人も、罠に引っかかってスタートへ送り返されることはままあり、仕掛ける側としてはちょっとした愉悦の瞬間だ。

 そして、同じ罠がほとんど通じない、この二人の抜け目なさに、感嘆の念を(いだ)かされることも。

 こうした新入りの活躍で、先駆者たちも気合が入ったらしく、観戦者としては何よりの傾向である。


 しかし……しばらく挑戦者たちの攻略風景を眺めていたところ、ルーリリラはなんとも言えない違和感を覚えた。

 違和感の発生源は、リズを映し出す魔力の鏡だ。

 心に引っかかるものを覚えた彼女は、その後もしばらく、リズの攻略に目を向け続け……


「マスター」


「ん?」


 呼びかけの声に、ダンジョンの主、フィルブレイスが顔を向けた。色白の顔には少し朱が差している。差し入れの酒で、いい心地になっているようだ。

 表情柔らかな彼は、バケツー杯の氷に埋もれた酒瓶を手に取り、ルーリリラのグラスに注いでいく。

「いえ、そうじゃなくて」と口にした彼女だが、表情は柔らか。注がれた酒を軽く口に含んだ後、本題を切り出した。


「エリザベータ嬢から、何か妙な感じが」


「ふむ?」


「隠し扉を見つけている割には、あまり進んでいないように思われるのですが」


「それは、君も酔ってるからでは?」


 指摘を受け、ルーリリラはグラスをテーブルに置き、両手を頬に当ててみた。頬にはヒヤリとした感じ、手にはほのかな温かみが伝わってくる。

 と、その時、観戦用の魔法陣から聞きなれた音が響いた。呼び出すための、手を叩く合図。続いて「ルゥさ~ん」と、気心知れた挑戦者からの声。


「行ってまいります」と口にして、ルーリリラは椅子から腰を上げ……足元が少しおぼつかないでいる。少しふらつき気味の彼女の背に、含み笑いの音。

 彼女が、薄紅に染まる頬を少し膨れさせて振り向くと、マスターはにこやかに言った。


「一緒に飲んでいったら?」


 この提案に……案内係である彼女は少し考え込んだ後、酒瓶を(つか)んだ。「聞くだけ聞いてみます」と、二人分のグラスを用意していく。

 そして彼女は、呼び出し先へと転移した。


 さて、呼んだ側はというと……ほんの少し尻込みしたようだが、最終的には提案を受け入れた。

 むしろ、満更でもなさそうである。二人は絨毯敷きの回廊に腰を落とし、壁に背を預けて乾杯した。

 そんな光景に微笑ましいものを見るような目を向けた後、フィルブレイスは別の挑戦者に注意を向けた。

 先ほど、従者が(いぶか)っていた、あの新入りの少女に。

 隠し扉を見つけている割に、進んでいないように見える――その違和感は、彼の中にもあった。

 ただ、酔って気持ちいい気分になっている自覚もあり、そこまで気にはしていない。それに……


(放っておいた方が面白そうだし)


 彼女の周りに、何らかの不具合が生じているのか、あるいは彼女が不具合の原因となっているのか……

 いずれにしても、他と毛色の違うこの挑戦者に対し、「何かある」という直感が前から働いていた。

 そして、興味も。これまでにも増して、彼女に関心を惹かれる自分自身を認識しつつ、彼は愉しそうに美酒を傾けた。



『何か、妙ではないか?』


 不意に問いかけてくる魔剣の言葉を意外に思いつつ、リズは平然を装って「どうかしたの?」と聞き返した。


『近道を使っているというのに、さほど進んでいないではないか』


 確かに、隠し扉によるショートカットのおかげで、すでに休憩地点へ到着していてもおかしくはない。

 ところが、実際には1階層ずつ移動しているようだ。

『貴様も気づかぬはずがあるまい』と続いた言葉に、リズは何とも言えない感情を抱いた。


「お褒めにあずかるみたいで、なんだか気持ち悪いわね」


『フン……』


 つまらなさそうな反応をする魔剣に対し、リズは小さく鼻で笑ってから、問いに対する答えを口にした。


「これも罠なんじゃない?」


『罠だと』


「苦労して探した近道の扉が、実は普通のと同じで、1階ずつしか進まない……みたいな、ね」


『では、貴様はそういった罠の可能性を考慮した上でなお、近道らしきものを探し続けようというのか?』


 はぐらかしに対する鋭い指摘。中々の冴えを見せてくる魔剣に、リズはため息をついた。


 現在攻略中の階層は、大小の部屋が並ぶ、扉だらけの空間だ。

 ダンジョン生活が始まって日が浅いリズだが、こうした階層では隠し扉がある事が多いと、なんとなく傾向を(つか)めている。

 実際、今もそうした扉のアタリをつけたところだ。目星がついているのは二つ。普通の、一階層ずつ進むものと思われる扉と、ショートカットになっているものと思われる隠し扉。

 おそらく、ここでショートカットを使えば、扉の向こうは休憩地点だろう。

 そこでリズは、近道と思われる隠し扉に手を伸ばした。扉を開け、開いた隙間から広い光が(あふ)れ出し、彼女を包み込んでいく。


 そして、光が去ると――彼女は薄暗い螺旋階段の最下部にいた。上から漏れ出すかすかな光と、迫ってくる小さな足音。

 またしても、近道とならなかったようではあるが、戦闘の気配のおかげか魔剣は不平を漏らさなかった。

 とはいえ、持ち主としてはさほど気が進むものでもないが。


 さっそく、敵が上方の闇から飛びかかってくる。敏捷な敵兵の、短剣による鋭い奇襲。おぼろげな光を受け、凶刃が闇の中でかすかにちらつく。

 この一撃を軽くかわし、代わりにリズは魔剣で突いた。奇襲の勢いがそのまま敵の身に襲いかかり、突き立てられた刀身が暗闇の中で、怪しい朱のきらめきを放つ。

 一突きで仕留めた敵の顔に目もくれず、彼女は敵兵をその場に転がした。追加の敵は、今のところないらしい。

 念のため、リズは上へと《霊光(スピライト)》を飛ばした。やはり、特に怪しげなものはない。

 最低限の確認の後、階段を登り始めると、彼女に魔剣が話しかけてきた。


『またしても、ではないか。どうなっているというのだ』


「さあね……あなたとしては、長く楽しめて好都合なんじゃない?」


 疑問を持っているであろう魔剣を、リズは軽くあしらった。


 彼女が物言う魔剣を、あえて好きにさせているのには理由がある。

 というのも、自分の一番近くにいる、この意志ある宝物(インテリジェント)を、一種の検出器代わりにしているのだ。


――“扉”のすり替えに、他の誰かが気づくかどうかを試すために。

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