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第187話 逃避行の合間に

 海賊退治は久々の仕事であったが、特に問題は起きなかった。

 強いて言えば、船外から《貫徹の矢(ペネトレイター)》で圧をかけていくのがマルクー人で、彼の負担が少し大きかったことぐらいか。

 一方、移乗要員はリズとセリアの二人。連日にわたって対人戦の訓練を積んできたこともあり、船上に慣れた海賊たちといえども物の数ではなかった。

 加えて、母船による砲撃での威嚇もうまく機能し、戦闘後の流れもスムーズであった。外部との連携により、戦闘後からあまり間を置かずに協力的な船舶が到着。拿捕(だほ)した海賊船の連行をサポートしてもらったのだ。

 久々の仕事に、少なからず緊張を抱くクルーたちであったが、これで一安心といったところである。


 そうして一仕事を終え、夕方の事。布を張って作った、ハンモックのようなイスの上で、リズは眠りに入っていた。

 彼女が甲板で昼寝すること自体、珍しいことではない。寝入っている彼女に対し、多くのクルーは「まぁ、疲れてるんだろ」ぐらいの認識でいるらしく、ただ彼女を(ねぎら)うような視線を向けている。

 そんな中で一人、ニールは少し硬い表情で彼女を見つめていた。


 リズから視線を外した彼は、何事か考えこむそぶりを見せた後、その場を離れた。

 向かっていく先には、イスに座って新聞を読み込むマルクとセリアの二人が。彼の接近に気づいたマルクは、新聞を膝に置いた。


「どうかしたのか?」


「いえ、少し気になることが」


 そうは言ったものの、続きの言葉が出るまでには少しの時間を要した。言葉を探しているのか、考えをまとめているのか。

 ややあって、彼は続きを口にした。


「島での暮らしについては、連絡を貰えてますので、特に心配はないんですが」


「あ~、タンジョン攻略の進捗が気になるのか?」


「それもあるんですが……」


 歯切れの悪い言葉を返したニールは、申し訳なさそうな顔になってやや視線を外した。


「外からせっつくようで、聞きづらいなあ……とは」


 この言葉に、マルクとセリアは顔を見合わせた後、含み笑いを漏らした。


「な、何ですか」


「いえ、あなたの口からそういった気遣いを聞けたものですから……嬉しいですね」


 穏やかに微笑む隣の女性を一瞥(いちべつ)し、マルクはこの言葉が本心からのものだと察した。

 ニールが反抗的だった頃、マルシエル側代表として、セリアは何かと気を揉んでいる様子だった。その頃と比べると、やはり感慨のようなものはあるのだろう。それに……


(セリアさんにとっては、訓練場だからな……)


 ダンジョンに挑む五人のうち、セリアは攻略に貢献しているとは言い難い。

 もっとも、問題視するには当たらない。別の面では代用の利かない働きをしてくれているのだから。

 ただし、それはあくまでマルクの認識であり、セリア当人としては別に思うところあるだろう。この後の話の流れを考えつつ、彼は口を開いた。


「ダンジョン攻略に関しては、アクセルとニコラの進みが速い。ただ……最深部がどこまでかはわからないが、まだ半分にもいってないってのは確実だ」


 先輩方の記録は、最深階層が83。リズたち新入りでは、その半分にも満たない。それでも、新参者としては異常な進行速度ではあるのだが……

 やはり、まともにやっていくと長丁場の取り組みになるだろうという実感はある。

 そうした実情を口にすると、ニールは少し考え込み、やがて口を開いた。


「素人考えなんですけど、非常用の隠れ家にってことであれば、別に深くまで潜る必要はないんじゃないですか?」


「いや、実際その通りだと思うぞ、俺も」


 マルクの同意を受け、少し安堵した様子を見せるニール。そんな彼に、マルクは言葉を重ねていく。


「いざというときに潜り込めればいいってだけなら、現時点で目的は果たせている」


「では、それ以上に目的があるってことですか?」


 ニールはちらりと振り向いた。視線の先にいるリズは、依然として気持ちよさそうに寝入っている。


「何かしらの考えはあるんだろうな」


「マルクさんたちは、聞かされてないんですか?」


「ああ」


 すると、ニールは複雑な表情で押し黙った。


「気になる……よなぁ、やっぱり」


「そりゃそうですよ。何か、手伝えることがあればって思いますし……」


 そういう彼の後ろには、他のクルーたちが少しずつ集まり始めていた。ここまでの話のどこまでを聞いていたかは定かではないが、気持ちは似たようなものだろう。

 ただ……クルーたちがそういう心情でいるだろうと認めつつ、マルクは苦笑いして言った。


「手伝ってもらえるようなことがあるなら、すでに言ってると思うぞ。実際、俺たちがいない時に船を切り盛りしてくれってのは、信頼あってこその頼み事だろうしな」


「それは、まぁ……」


 こう言われると、悪い気はしないらしい。

 実際、船それ自体がかなりの財産であり、マルシエルとの関係もある。船長不在時の対応を任されているというのは、それだけで結構な大仕事だろう。

 とはいえ、あまりスッキリしていない様子もうかがえる。船長に対し、「何かと隠し事をしてしまいがち」という認識があるのだろう。

 そういう印象自体は、マルクも(いだ)いているところだが……

 先にフォローを入れたのは、セリアだった。


「この中で殿下と一番付き合いが長いのは、間違いなくマルクさんですが……それでも、数ヶ月程度の仲です。殿下がお独りでやってこられた時間に比べると、まだまだでしょう。だからこそ、できる限り自分の力で道を切り拓きたい……そういう思いがあるのではないでしょうか」


 彼女が言葉を結ぶと、甲板に立つ者の視線がリズの方に集中した。起きる気配はないが……

「起きたら驚くかもな」とマルクが言うと、多くが小さく含み笑いを漏らした。寝ている彼女を起こしてしまわないようにと。

 そうして、しばしの間、静かな時間が流れていったが……ふと思い出したように、セリアが口を開いた。


「最近、昼寝が増えたように思います」


「ああ、そういえば」


 マルクにも、心当たりはあった。別段、疲労しているというわけではなかろうが、昼寝をしているリズを見かけることが増えたのだ。

「やっぱり、疲れてらっしゃるんじゃ?」と問われるも、状況を知る二人は、ほぼ同時に首を横に振った。

 夜更かしをしているわけでも、生活リズムが乱れているというわけでもない。ただ単に、昼寝をするようになっただけである。

 人知れず、具合が悪くなっているという感じでもない。が、気にはなる。健やかな顔で寝入る少女に、マルクはただ怪訝(けげん)な目を向けた。



 同日、夕方。ルグラード王国ハーディング領サンレーヌにて。

 連日にわたる空港新設の会議が終わり、アスタレーナは今、用意してもらった部屋にいた。サンレーヌでも由緒ある老舗のホテルである。

 ただ、部屋の外は護衛の者が多く、物々しい雰囲気だ。各国からの出席者は、ある程度宿泊先を分散させているとはいえ、完全にバラけているわけではない。

 となると、部屋の外へ出ても鉢合わせることはままあり、そこから雑談が真面目な仕事話へ発展することも。

 そのおかげで、アスタレーナにとって完全に安らげる宿という感じではない。安全には違いなかろうが。


 やや硬めのしっかりしたベッドに、彼女は腰掛け、仰向けになった。不意にため息が(こぼ)れ出る。気疲れの原因は、彼女も把握している。

 まず、会議の議題。弟のファルマーズが各国を飛び回り、飛行船墜落の事故調査に乗り出しているものの、芳しい成果は上がっていない。

 そうした事故が、実は事件だったとすれば……サンレーヌに空港ができることで、格好の餌食となりかねないのでは。そうした懸念は拭えない。


 彼女にとって幸いと言えるのは、あの革命をやり遂げた若者たちが、新政府で確かなポストについていることだ。為政者としての経験や知識は不足しているが、胆力には目を見張る物があり、各国からの高官や重臣を前に臆するところが無い。

 それに、あまり甘くないのが、好印象だった。さらなる発展のためにと飛びつかず、あくまで慎重に事を考えている。

 もっとも、彼らから自分たちラヴェリアの外交官がどう思われているか……暗い思いが胸を占め、彼女はため息をついた。


 それから少しして、彼女は上半身を起こした。深呼吸の後、彼女の右手の上に、魔力でできた宝珠が出来上がる。半透明の薄赤紫の宝珠の上は、海や陸の地形を模したものが映し出されている。

 そして、宝珠の表面に浮かび上がる、いくつもの赤い光点。強く目を瞑った彼女は、祈るような気持ちで目を開け、光点に視線を巡らせていく。

 やがて……洋上にある赤い点を認め、彼女は大きなため息とともに後ろに仰向けになった。


 昨日は見えなくなっていた点が、今日は見えるようになっていたのだ。


 自分の“力”が損なわれていたわけではない。完全な対処法を見出されたわけでもなさそうだ。

 しかしながら、一時的に見失ったか、捉え損ねていたのは事実だ。

 では、どうするか? 中々正解にたどり着かない難問の中、彼女は煩悶し続け――


 拭いきれない疲労感の中、いつの間にか眠りについてしまった。

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