第185話 イキのいい新入り
先客に加わり、リズたち五人も本格的にダンジョン攻略に乗り出すこととなった。
先客のグループは厳密には2組だが、年長者であるロベルトを共通するリーダーと定めているようだ。
本人に言わせれば、「押し付けられた」とのことだが。
先に出会った彼、エレン、ハンスの三人は、いずれも人当たりの良い人物だったが、他の面々についてもおおむね似たようなものであった。中には口数が少ない者もいるが、陰気・偏屈という感じではない。
少なくとも、共同生活において面倒が起きそうな相手は、この中にはいなさそうだ。
強いて言うならば――面倒を起こすのは、新入りのリズであろう。
この島にいるのが、例えば流刑者などであれば、巻き込むことについての罪悪感はだいぶ薄れたに違いない。
ところが実際には、それぞれの技を磨くのに余念がない熱心な武芸者ぞろい。
打ち明け話の必要も考えれば、リズにはやや気まずさ、後ろめたさが出てくるというものだ。
もちろん、彼ら以外にも、話をつけておくべき相手がいるのだが……
そちらはというと、まずはお会いする事自体が大きな課題である。
☆
リズたちが挑むダンジョンの最深部は、点在する休憩地点と同様、洞窟の中のちょっとした広間といった感じの空間であった。
ダンジョンの支配者たる魔族を魔王と呼ぶ文化において、ダンジョン最深部は玉座の間とでも言うべきものだろう。
しかしながら、この玉座の間に、言葉の響きのような雰囲気はない。城をモチーフとしたダンジョンだが、最深部は質素なものである。
そうした部屋の中、手作りらしい木のイスに腰掛ける、青年らしき見た目の魔族が一人。肌は色白。青みがかった艶のある黒い長髪は後ろで雑に束ねている。
目つきは、少しトロンとしているが、それが妙な色香を漂わせているように見えなくもない。
そんな彼の視線は、洞窟の天井に釘付けになっていた。
より正確に言えば、天井に投影されている、挑戦者たちの攻略風景である。魔法陣によって作られた魔力の水鏡が、ドームに張り付くように並び、鏡一つ一つがぞれぞれの挑戦者を映し出しているのだ。
そんな“魔王“フィルブレイスの傍らで、彼に仕えるルーリリラは言った。
「珍しく客人が増えたかと思えば……」
「ん」
「活きの良い方ばかりで」
「確かに」
返す言葉は短いが、話はきちんと聞いているようだ。フィルブレイスはイスに体重を預けて後ろに大きくもたれかかり、腕を組んで新入りたちに目を向けた。
「攻略が早い新入りは三人。罠にはほとんどかかっていない。まだ低階層だからと言えば、そうだろうけども」
「彼らの出現が、既存の挑戦者にも良い影響を与えているようで」
「ん」
デキる三人の出現で、先輩としてはウカウカできなくなった……といったところだろうか。既存の挑戦者たちも、それぞれが確かな力量の人材であったが、より一層熱心に取り組んでいる様子だ。
最深階層の更新も、そう遠くはないかもしれない。
もっとも、ここまでは、まだまだ到達しないだろうが。
ただ、早くも慣れてきている感のある三人とは別に、この魔族二人には気になる存在があった。
「ご新規のリーダーらしき、エリザベータ嬢ですが」
「君をよく呼ぶ人だっけ?」
「はい」
答えた後、ルーリリラは天井の一点を見つめ、少し困惑した様子で言った。
「何をなさっているのでしょう」
彼女が見つめる先にいる例の少女は、特に階層の攻略を重ねるでもなく、一つ一つの階層を重点的に調べているようだ。
それも、壁や床などを。時には絨毯を取り払ったり、棚を総ざらいしてまで。
その意図を掴みかねている様子のルーリリラだが、主たるフィルブレイスには、なんとなく理解できる行動ではあった。
「隠し通路を探しているんだろう、きっと」
「……お伝えした覚えはないのですが」
「君が言わなくても、彼女は知ってたってだけじゃないか。あるいは、心当たりがあったか」
それにしても……彼女らが攻略を始め、まだ数日だ。
だというのに、まともな攻略を重ねるでもなく、すぐにショートカット探しに乗り出すとは。
これは、先輩たちからの入れ知恵というわけでもないだろうと、フィルブレイスは考えた。彼らにとってのショートカットは、あくまで偶発的に遭遇するものだからだ。
そのため、探して見つかるものかどうか不明な近道に頼るよりは、それぞれの階層をより早く安全に攻略することを志向している。
一方で、あの新入りの少女は、さっそく近道探しに専念しているように映る。
まともな攻略であれば、他の三人に任せた方が効率的だと割り切っているのだろうか。
いずれにしても、他と毛色の違う挑戦者は、魔王として望むところであった。
こういう人間見たさに、このようなダンジョンを支配しているのだから。
☆
出くわした敵を片っ端から始末し、ただひたすらに、ダンジョンの壁という壁を探っていくリズ。
直接戦闘の際は黙って従っていた《インフェクター》も、さすがに戦わない時間が伸びては面白くないらしい。戦闘よりも、ダンジョンそのものにご執心らしい持ち主に、魔剣は不満げな口調で言った。
『よもや、扉の位置を忘れたのではあるまいな?』
「まさか」
次に繋がると思われる扉は、すでに発見している。
今挑んでいる階層は、いくつもの部屋からなる構造になっている都合上、扉というものはいくらでもある。
しかし、実際に扉を見た後であれば、それが次に続くものかどうか、今のリズは高確率で判別できるようになっていた。これまでにも何度か予言してみせており、この尊大な魔剣も、的中精度は認めるところだ。
とはいえ……扉を見つけたのなら、すぐに先へ進めば良い。先へ先へ階層を重ねることこそ、ダンジョン攻略の本筋である。
ならば、見つけた扉が次に続くものかどうかを察知する能力に、本質的な意味はあまりないと言える。識別の有無にかかわらず、先に進んでしまえば同じであるし、実際に先へ進むべきでもあるのだから。
そのようなことを申し立てた魔剣だが、リズの考えは違っていた。
「お城の構造は無茶苦茶だけど、変に凝ってる部分も多いように思えてね。ロベルトさんたちから隠し通路の存在は聞いたけど、知られている以上にあるかも……って思ったのよ」
『フン、確証があるわけでもあるまい』
「ま、いいじゃないの。普通に攻略するなら、あの三人のが圧倒的だし」
『人を使っておいて気ままなものだ』
「はいはい」
口が減らない魔剣を、リズは軽くあしらった。
隠し通路が予想以上にあるという考えは、決して当てずっぽうの希望的観測ではない。
そのように考える理由の一つに、このダンジョンの大局的な構造がある。それぞれの階層は脈絡なく繋がっており、現実にはありえない構造となっている。
そういった、階層間の関係性にまるで拘泥しないように思えるダンジョンだからこそ、現実味のないショートカットがしっくり来るように思われるのだ。
そうして余分な探索に乗り出すこと数十分。リズはついに、それらしいものを見つけた。動かせる本棚の奥に扉があったのだ。
ノブに手をかけてみたところ、これも次なる階層へ続きそうな感じがある。
問題は、これが近道だったとして、何階層ほどの短縮になるかということだが。
(現在の階層を知る手段って、自力で数えるしかないのよね)
近道したとしても、どれだけの短縮になったのか、すぐにはわからない。目安になるのは10階層ごとにある休憩地点だけである。
そうした不確かな感じもまた、先輩たちがショートカット探しを敬遠する理由の一つだ。
色々と思考が巡るリズだが、そうした考えを断ち切るように魔剣の声が響く。
『まさか、他を探そうというのか?』
「ああ、その考えはありませんでしたわ、閣下」
実際、同じ階層にショートカットが複数ある可能性について、リズは考慮の外だった。
もっとも、この階層でこれ以上を探そうという気は起きなかった。魔剣はなおさらであろう。
気を取り直し、リズはドアノブを回した。扉から光が溢れ出し、彼女を包み込む。
――彼女には、これまでの攻略で把握していたことがある。
扉から出てくる光は、別に階層間転移において本質的な役目を担うものではない。おそらくは演出の一つであろう。
あるいは、本質を隠し通すための目眩ましか。
《雷精環》で加速したリズの知覚が、包み込んでくる光の中にある現実を、細切れにして明らかにしていく。
白い光に紛れてわかりにくくなっているが、似たような色の光を放つ魔法陣が、彼女の足元にある。
これこそ、このダンジョンにおける本物の扉だ。
その魔法陣の構造を、彼女は目に焼き付けていく。心に刻みこみ、自身のコレクションの一つへと。
――通常の扉とはまた違う、ショートカット用の魔法陣を。




