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第184話 活動方針

 辺りを包む光が去り、リズたちはダンジョン入口への帰還を果たした。

 淡く光る鍾乳石が幻想的な雰囲気を醸し出す洞窟だが、ダンジョン内部に比べると、ずいぶん現実感がある。身を包み込む少しひんやりとした空気に、リズは戻ってきた感を強くした。

 ただ、現実に戻るや、これまでの経験が改めて現実離れしたものに思われ、少し気分を高揚させる感覚も。

 他の仲間たちも、普通に生きていればまず巡り会えないであろう経験に、少なからず心掻き立てられるものはあったらしい。心弾む感じが顔に現れている。

 自然と、これまでについての会話も弾む。洞窟から出ていく道すがら、一行はそれぞれの考えを口にしていった。


「時間制限1日っていうのが、中でやりすごすにはネックになるかもな」


「それはそうね。休憩地点をうまく使って外部とやり取りすれば、いいタイミングで入りなおせるかもしれないけど」


「そもそも、追手が侵入を許可されるかどうかという疑問もあります」


「むしろ、そういう事態のために、先方と渡りをつけておければ良いのですが……交渉が通るかどうか、ですね」


 と、意見を交わしていく一行。

 いずれにせよ、緊急避難先の候補としては、中々のものではないかという手ごたえはある。

 重要なのは、ダンジョンに潜っている間、休憩地点でなければ外部と(つな)がらない点だ。これは一長一短あるが……

 魔法ないし呪術的手法でリズを追跡しているのだとすれば、ダンジョンに潜った時点で相手が“見失う“可能性はある。

 これこそ、リズがダンジョン攻略を目的とする、大きな理由の一つだ。


 話しながら洞窟を進むと、やがて一行の前に外の光が見えてきた。久しぶりに感じられる、まともな陽の光である。

 洞窟を出て日差しの中、リズは伸びをした。他の面々も、陽光の下でリラックスした様子である。

 こうして人心地ついたところで、以降の動きについてリズは口にしていく。


「二手に分かれましょう。私は船に戻って、ここで活動していく旨を伝えるわ。もう一方は、島に残ってロベルトさんたちのところへ」


「テントの用意などは?」


「私が持ってくわ」


 ダンジョン攻略中の拠点にと、各種物品の用意はすでにある。

 こうしてニ手に分かれることについて異論は上がらないが、セリアが手を挙げ申し出た。


「私も、船へご一緒します」


「そうですね。国へのご報告もありますし」


 そこで、元諜報員三人が島に残り、後の設営準備や情報収集に。リズとセリアの二人で船に戻ることとなった。

 三人と分かれたリズたちニ人は、切り立った海岸の上を《空中歩行(エアウォーク)》で進んでいく。ボートに戻るだけであれば、森を経由しないこちらの方が早い。

 そうした横着のおかげで、二人は程なくしてボートに戻った。今から母船に戻るのだが……

「漕ぎましょうか?」と、少し申し訳なさそうに尋ねるセリアに、リズは微笑みを返して答えた。


「いえ、私が動かしますよ」


 実際、リズの手で《風撃(エアブラスト)》を起こした方がずっと速い。リズ自身が力を使うということに、セリアは食い下がらなかった。

 しかし、ボートが進み始めて少しすると、彼女は少しうなだれた。


「お役に立てず、申し訳ありません」


「いえ……なんというか。ちょっと、おかしいような?」


 セリアに謝られる状況に、リズは何とも言えない違和感を覚え、少し考え込む。

 やがて、答えが脳裏に舞い降り、彼女はポンと手を打った。


「直接、私にお仕えしている、みたいな感覚になってませんか?」


「そういった面は……確かにあります」


「私としては助かりますが、議長閣下には、なんだか申し訳ないですね」


 正直な気持ちを柔和な表情で伝えると、セリアも少し表情を柔らかくした。

 ダンジョン攻略に関して言えば、リズとしても申し訳なく思う気持ちはある。セリアを付き合わせてしまっているのではないか、と。

 今のところダンジョン内で出くわした敵は、全て人型であった。おそらく、そういうダンジョンなのだろう。

 そうした環境において、敵を始末したり排除したり――剣呑な選択肢に対する抵抗感は、元諜報員の方がずっと小さいはず。ヒトらしきモノを殺害する嫌悪感や抵抗感が、セリアの心理的負担になっていることを、リズは心配しているのだ。

 もっとも、当人としては、あのダンジョンに対してあくまで前向きな思いを持っているようだが。


「生身の人間を傷つけず、対人戦の訓練を積める良い機会ですし……攻略には貢献できないと思いますが、私なりに取り組ませていただきたくは思います」


「ええ、もちろん」


 セリアが言う訓練というのは、実際には彼女の本業にとって大いに意味があることだ。議会直属の護衛官としての技量を磨くということもさることながら、これまでダンジョンというものと縁遠くやってきたマルシエルにとって、ダンジョンによる練兵のモデルケースとなりえるのだから。


 やがて、ボートが毋船に到着した。後で荷を積む必要があり、ボートごとロープで釣りあげる格好に。

 船長の帰還は船中に伝わり、すぐに甲板へと全員が集まった。

 リズへ向けられる視線の中には、安堵と興味が入り混じっている。心配にしていた者と、そうでもなかった者が半々といったところか。


 一同を前に、リズは偵察の結果と自身の考えを伝えていく。

 まず、ダンジョンは難易度こそ高いが、繰り返し挑み続けられる程度には、安全なつくりのように感じられること。

 先客のグループが2組あったが、現時点で出会った面々に関しては、気の良さそうな人物であったこと。

 そして、タンジョンの性質自体、当初の目論見である避難先として利用できるように思われること。


「他にも、いい隠れ家がありえるかもしれないけど……とりあえず、一度ここに腰を落ち着けて、ダンジョンを攻略していこうと思うわ」


 船長の宣言に、口々に応諾の言葉が返される。

 ただ、ダンジョンに挑むのは、今日出撃していった五人のみ。それ以外の面々については、また別の仕事がある。

「私たちがいない間は、手筈通りに」と、リズは船長代理となる面々に向かって声をかけた。

 リズたちがいない間、航海士であるニールと、マルシエルからの出向者たちが船の中核となる。彼らの指揮のもと、この船は海運業を営むことに。

 幸いにして、マルシエル議会が協力者ということもあって、仕事には困らない。


 もちろん、火急の件があれば、リズたちを呼び出すことになるのだが。

「このへんは海賊が減っているという話ですし、こっちのことは、安心して任せてもらえれば」とニールが言った。

 世間を賑わした海賊たちの略奪行為も、今では下火傾向になっている。一部航路・海域においては、まだまだ健在なのだが……

 少なくとも、リズたちやベルハルトが活躍した海域においては、安定した状態が保たれている。海賊たちの情報網で、避けられているのだろう。

 リズたちが別件で動く都合上、クルーたちにまともな仕事をこなしてもらうには、ちょうどいい機会と言える。


 今後の方針について、簡単な再確認が済み、リズとセリアは船の通信室へ向かった。マルシエルに連絡するためである。

 彼女らが報告に動く一方で、クルーたちは事前に調達していた物資の積み込みに。


 通信室に入ると、緊張した様子の通信士が二人を迎えた。

 通信用の魔道具はすでに調整済みで、通信相手がお待ちになっているとのこと。

 その通信相手というのが――


『お久しぶりです、殿下』


 声の主は議長であった。あまり表沙汰にできない案件であり、事情を知る者が少ない中、話が速い相手ではあるのだが……

「ご足労、痛み入ります」と感謝を告げてから、リズとセリアの二人は、ダンジョン偵察についての結果と所見を伝えていった。

 さすがに議長ともなると、クルーたち以上に目の付け所が鋭い。口頭による説明ながら、彼女はすぐに事の要点を突いた。


『最大で連続1日までという制限が、避難時においては急所になるかもしれません』


「はい。外部と連絡を取り合うことで、入りなおすタイミングを計ることができればと思うのですが……」


『外とのやり取りということであれば、島への接近自体、可能な限り早期に察知した上で連絡すべきでしょう。拠点化なさる島を選ばれたなら、こちらで警戒網を策定するのが妥当と考えますが』


 それはつまり、島の外でマルシエルが動くという話である。表立ってラヴェリアと事を構えようというわけではないのだろうが……リズとマルシエルの関係を察知されるリスクは高まる。

 それはすなわち、この国にとっての不利益になりはしないか。


「貴国にとって、看過できないリスクになりえるのではないかと思いますが」


『知らないところで事が動くのも、またリスクではありませんか? 見て見ぬふりをして何事もないことを祈るよりは、何事も起こらないように関わりたいと、我々は考えておりますわ」


 そして議長は、少し間を開けてから付け足した。


『我々の協力関係について、アスタレーナ殿下は、まず間違いなくお気づきでしょう。それを言いふらすお方とも思えませんが……継承権者同士の競争状態を示唆なされた事実もあります。国際情勢においては、より一層の注視が必要と思われますね』


 つまるところ、マルシエルはそういう面において今まで以上に目を見張り……必要があれば、リズに伝えてくれるというのだろう。

「ご負担をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします」と口にするリズだが、議長は少し軽い感じで結んだ。

『我が国のためでもありますから』と。


 マルシエル向けの報告の後、リズたちは甲板へと上がった。

 ボートへの積み込みは、すでに完了している。テントを始めとする、野営用の道具が諸々一式。

 加えて、武具の予備なども。リズ向けの用意としては、白本が10冊近くも含まれている。

 また、これまで船旅をこなしてきただけあって、食糧面も抜かりはない。ほぼ乾物が占める、華やかさのないラインナップだが。


 一式揃ったボートに一瞥(いちべつ)した後、リズはクルーたちに向き直った。


「私たちがダンションに潜ってる間、そちらもお仕事がんばってね」


 船長――というより、単に船のオーナーのようなリズの言葉に、「はい!」「うっす!」と、威勢のいい声が返ってくる。

 今までこなしてきた海賊退治も、立派な仕事ではあるが、普通とは言いがたい。彼らがこれから手掛けることになる海運こそ、普通の船乗りの仕事と言える。

 そうした新たな仕事を前に、いずれも気合十分といった様子だ。

 配下の事を頼もしく思いながら、リズはボートに乗り込んだ。セリアも乗り込むと、ボートが少しずつ降ろされていき……

 着水すると、欄干から多くのクルーが身を乗り出した。


「武勇伝、待ってますぜ!」


 向けられた声にリズは少し苦笑いし、皆に手を振った。

 彼女自ら操るボートは、少しずつ速度を上げ、毋船から離れていく。

 やがて、互いの姿がほとんど見えなくなった頃、セリアが口を開いた。


「殿下、楽しそうですね」


「そうでしょうか?」


 不意に言われて聞き返したリズだが……実際、少し興奮している部分があることを、彼女は認めた。


「普通のキャンプは、これが初めてで……楽しみにしてる部分はありますね」


 これまで野外で寝泊まりした経験といえば、野宿か、さもなくは行軍での野営。

 今回のキャンプも、決して単なる遊興とは言えないのだが……それでも過去の経験に比べれば、楽しめるものになりそうである。

 そういう気持ちが伝わったのか、セリアも顔を綻ばせた。


「実は、私も初めてです」


「そうでしたか。どれぐらいの滞在になるかわかりませんが、一緒に楽しみましょうね」


 もちろん、遊びのつもりではないが、気の持ちようは伝わったらしい。生真面目で落ち着きのある、この年上の女性は、柔らかな表情で答えた。


「はい」

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