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第180話 出会いと迷宮

 先客がいる可能性はもともと考慮していたものの、いざ明らかになると、身が引き締まるものがある。

 敵対的な出会いにならないだろうという見立てこそ、一行にはあるのだが。

 最低限の注意だけは継続しつつも、あまり身構えることなく近づいてくリズたち。


 近づいたことで、もう少し状況が詳しく判明した。

 テントの外では、若い女性が一人、洗濯物を干しているところだった。

 ただ、腰には帯剣している。左右に一本ずつ。

 物音で気づかれるよりは、先に声をかけた方がいいだろう。一行の先頭に躍り出たリズは、努めて朗らかな声音で呼びかけた。


「すみませ~ん!」


 すると、先方は目に見えてビクリと体を震わせ、洗濯物を両手に持ったままリズたちの方へと体を向けた。


「えっ? な、何? お客さん?」


「驚かしてごめんなさい、この島にダンジョンがあると聞いてやってきた者ですが……」


「あ、なんだ。同業者ね」


 ホッとした様子の彼女は、手にしていた服をとりあえず干した。

 その後、彼女が改めて一向に向き直ると、テントの中からも動きがあった。無精髭を生やした中年男性の顔がひょっこりと外に。その首は太く、テントに隠れている体の屈強さを自然と想起させる。

 そんな彼に、洗濯中の女性が声をかけた。


「同業者だって!」


「へぇ! いやぁ、珍しいな!」


 弾んだ声を上げるあたり、かなり友好的な器質の持ち主らしい。少なくとも、剣呑な出会いになる雰囲気ではなく、まずは一安心である。

 自然と緊張が(ほぐ)れた空気になる中、例の男性はテントから「よっこいせ」と身を起こしてきた。ラフな格好の彼は、やはりたくましい体躯をしている。

 彼は一同の前に歩み寄ると、にこやかに告げた。


「俺はロベルト。ロブでいいぞ。こっちはエレン」


「よろしくね」


 フレンドリーな先客二人に対し、代表としてリズが前に出て自分たちの名を告げていく。


「それで……あなた方は、もう少し人数が多そうですが」


「ああ。俺ら含めて7人だね。野郎5人と、女の子2人だ」


 その後、彼は親切にも、まだ聞いていないことまで進んで口にしてくれた。

 曰く、この島にあるダンジョンに挑戦中のグループは、これで全員らしい。もともと彼は3人グループで活動していたのだが、新たにやってきた4人と意気投合。

 以降、ダンジョン以外の生活の都合もあって、共同生活を送っているという話だ。


「飯の調達や炊事洗濯なんかは、当番制にして、まとめてやっちまった方が効率的ってわけで。それに、客が来ないとも限らないし、出払っちまう訳にもいかなくてね」


 実際、彼にとっては、これが2度目の客となるわけだ。新たな同志を前に、彼は続けていく。


「ダンジョン内じゃ協力はできんが、外でなら協力し合える。そっちの方が面白いだろうしな。無理にとは言わんが、君らも一緒にどうだ?」


「そうですね……」


 リズは仲間たちを見回した。

 いずれも、特に強い意見は持っていないようだが、肯定的ではある。小さくうなずいて、背を押してくる程度。

 ただ、共同生活についてリズに異論はないが、巻き込んだ際に心苦しくはあるのは確か。次いで、補給の準備があることを明かすべきかどうかも。

 少し考え込んだ後、彼女は口を開いた。


「皆さんは、外部に協力者などいらっしゃらないのですか? 例えば、行き帰りの足などですが」


「お、鋭いな」


 実際、この島へ漁船が定期的にやってくるという。その際にちょっとした補給を行ったり、外界の情報を仕入れたりするのだ。


「というのも、道楽者のスポンサーがついててなァ。なんでも、魔族……というか、魔王(・・)との知己を得たいとかなんとかで」


「……良からぬ考えがある、というわけでもなさそうですね」


「話の種に、ってぐらいの感覚みたいでね。ま、変わり者には違いないが、いい人ではあるよ」


 そう言って、ロベルトら二人は困ったような笑みを浮かべた。

 情報を明かしてくれた彼に対し、リズも自身の背景の一部を明かしていく。


「こちらも、外部に協力者がいます。もっとも、そちらの本業に駆り出されることもありえますが……この島にいる間は、お互いに協力し合えればと思います」


「おうとも、よろしく頼むよ!」


 にこやかに手を差し出してくるロベルト。リズも笑顔でこれに応じ、彼女に続いてそれぞれが握手を交わしていく。

 こうして自己紹介が終わると、さっそくダンジョンへという話になった。エレンが案内係となり、彼女を先頭に森へと歩いていく。

 道中、彼女は一行に外界の様子を尋ねていった。

「やっぱり、そういうことは気になるんだな」とマルクが口にすると、彼女は「そりゃね」と応じた。


「一応は外界との(つな)がりがあるっていっても、こんなトコでしょ? 世界から切り離された感じが、どうしてもね。開放感はあるけど」


 実際、ここまで人の手が及んでいない領域は、リズにとっても初めて訪れる。

 とはいえ、こういうところにまで、母国の魔の手は容赦なく攻め寄せることだろうが。


 森を抜けて海岸沿いに出ると、海から見た通りの光景が広がっていた。山の東側はかなり浸食されており、荒れた岩肌が広がってる。岩肌から踏み外すと、切り立った崖からすぐに海だ。

「滑るから気を付けてね~」と声をかけてくるエレンだが、道らしきものはしっかりとある。打ち付けられた杭に、細いロープが渡してあるのだ。


「皆様で整備していらっしゃるのですか?」とセリアが尋ねると、エレンは笑った。


「足滑らして海におっこったヤツがいてさぁ。その時は笑い話で済んだんだけど、『まぁ、整備ぐらいするか』って話になって」


「なるほど」


 ダンジョンの外での協力は、こういうところにも及んでいるというわけだ。

 そんないわくつきの道を進み、切り立った沿岸部を回り込んでいく。


 やがて一行は、山に穿たれた洞窟との対面を果たした。

 中は鍾乳洞になっており、外から届く光で、ほのかに白みを帯びている。

 初めて見る者には中々の光景であり、リズたち新入りは足を止めて少しの間見入った。

 ややあって、タイミングを見計らったように「この奥だよ。足元には気を付けてね」と進んでいくエレン。


 彼女を先頭に、一行は洞窟の奥へ奥へと進んでいく。少しずつ降りていくような感覚はある。

 また、光源として《霊光(スピライト)》をつけながら歩いているものの、それとは別に周囲がほんのりと光を帯びているようだ。

 そうして、暗闇の中、かすかな乳白色の牙が連なる幻想的な洞窟を進んで数分後。前方に開けた空間があった。

「あれがそうだよ」とエレンは言う。


 その空間は、明らかに何らかの手が入っているようで、これまでの凸凹とした道とは違って地面が均されている。

 頭上の鍾乳石はそのままだが、他よりも天井は高く、ドーム的空間のようにも感じられる。

 そして、行く手には不自然な大扉。これまでに見てきた、自然の芸術とはまるで違う人工物だ。

 これがダンジョンの入口であろう。

 とりあえず、ドームの中央へと進んでいく一行。


 すると、先頭を行くエレンが立ち止まり、音を立てるように手を叩き始めた。


「へーい! 新しいお客さんだよ!」


 呼びかけから数秒後。何もない空間がぼんやりと歪み、空間の(にじ)みが実体化していく。


 そこに現れたのは、アンニュイな顔をした女性であった。

 肌は色白、眠そうな瞳は燃えるように赤く、肩まで伸びた髪はつややかな暗灰色。そして、長い耳。

 いわゆる魔族である。

 しかし、その装いはかなり砕けたもので、その辺の町娘と相違ない。非日常の存在が日常的な装いをしているミスマッチに、リズはかすかな混乱を覚えた。

 とりあえず、友好的な存在ではあるようで、呼び出された彼女はエレンに「へぇい」と声を返した。


「ルーリリラさんだよ」


「ルーリリラでございます」


 ルーリリラと名乗った彼女は、ペこりと頭を下げた。

 彼女はダンジョンの主の補佐役のようなものだという。エレンは彼女に「あとはお願いね」と託し、一行に手を振った。

「ありがとう」とにこやかに声をかけるリズに、彼女もまた朗らかな笑顔で「がんばってね~」と声を返し、洞窟の闇へと消えていく。


 その姿がすぐに見えなくなり、リズたちはルーリリラに向き直った。

 すると、彼女は懐から何枚かの書簡を取り出した。ちょうど人数分ある。


「各種契約条項です。まずはお読みください」と彼女は言った。


 それに記されているのは、このダンジョンの特徴などだ。

 まず、このダンジョンは、一種の精神世界に近い性質がある。ダンジョン内に存在する物品は、現実に持ち帰ることができない。

 加えて、ダンジョン内で負った損傷に関しても、現実に反映されることはない。肉体以外へのダメージ――自信喪失や時間の浪費など――は話が別だが、そこは免責事項だという。

 ダンジョン内の物品が、実際には存在しない以上、攻略していくことで入手するような戦利品もない。


 また、一度に何人挑戦しようと、ダンジョン内では一人ずつに分断される。休憩地点で合流することはあっても、そこを抜ければ再び一人となる。


 一回のチャレンジにおける制限時間は丸一日。「あまり長く潜り続けるのは健康に良くないから」「意地を張られても困る」といった事情から、そのように定まっているとのこと。

 そして、一日という時間制限に意味がある程度に、ダンジョンはかなりの階層からなる長大なものとなっている。一定数の階層を突破するごとに休憩地点に到達するが、次回挑戦時の中継ポイントとなることはない。

 つまり、一回の挑戦で全階層を攻略する必要がある。


 最後に。ダンジョン挑戦中、呼んでもらえればルーリリラが駆けつけ、質問に答えたりダンジョンの外に出してくれたりと、ある程度のサポートをしてくれる。


 一通り読み終えたリズは、とりあえず安全なダンジョンだと認識した。

 もっとも、ダンジョンという文化の成り立ちからして、暇人同士の遊興という面が強い。長く楽しめることが肝要なのだろう。

 ただし、このダンジョンは身体に危害が及ばない程度に安全ではあるが、一方で難所でもある。リズは尋ねた。


「未踏破ダンジョンと聞きましたが」


「はい」


 ルーリリラは淡々とした態度でうなずいた。

 いつ頃から存在するダンジョンかは不明だが、誰も攻略できなかったというのだ。

 そういった、誰も最深までの攻略法を知り得ない迷宮だからこそ、逃げ場としては好都合というもの。


 挑戦前の説明も終わり、さっそくダンジョンへ挑むことに。

「ごゆるりとお楽しみください」とルーリリラは小さく頭を下げ、体が淡い(かすみ)へと変じていく。

 彼女が完全にその場から消えると、マルクがぽつりとつぶやいた。


ああいうこと(・・・・・・)もできたら便利だな。リズの場合は特に」


「そうね」


「……それも、考えのうちか?」


(……まったく)


 察しのいい仲間に困ったような笑みだけを返してから、リズは扉に向き直った。

 まずは、このダンジョンがどういうものか、体験してみなければ。

 挑む前の準備に、彼女は仲間に向き直った。腰の小物入れから紙を取り出し、魔法陣を一つ刻みつけて渡していく。


「これは、《遠話(リモスピ)》ですか?」


「はい。念のためというより、検証用ですね」


「あ~、ダンジョン内で、接続が切れるんじゃないかってことですね」


 ニコラの指摘にうなずくリズ。ダンジョン攻略中に通信できなくなれば、それはそれで面倒があるが……好都合と呼べる部分もある。

 続いて、彼女は軽い打ち合わせを済ませていく。とりあえず、本腰を入れた攻略は後回し。今回は軽い肩慣らしのつもりで、最初の休憩地点まで。


「着いたら後続を待ちましょう。それで、全員揃ったら外へ出してもらう。それで構わないかしら?」


「ああ。外で待たせてる仲間もいることだしな」


 特に異論もなく、話がまとまった。

 ただ、本格的な攻略ではないとはいえ、最初の休憩地点という形で明確なゴール自体はある。


「腕が鳴りますね~」


「なまってなきゃ良いんだが」


「心配です」


 笑みを浮かべて口々に言う元諜報員たち。

 片や、あまり自信なさげなセリアに微笑みかけ、リズはダンジョンの大扉に手をかけた。

 背丈の倍はある高さの扉も、不思議なほどに軽く開いていく。奥に続くのは漆黒の闇と、闇を割いて伸びる白い道。

 リズはその一歩を踏み出した。奥へと進むほどに、強い光が彼女を包み込んでいく――

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