第179話 目的の孤島へ
10月15日。ルグラード王国ハーディング領、サンレーヌ公会堂にて。
国内の要人のみならず、他国の関係者も集めて連日の会合。今日もまた話し合いが終わり、外へと足を向けるクリストフとクロード。
領内ばかりか、国のこの先も関わってくる重要案件だけあり、会議へのプレッシャーにはかなりのものがある。クロードは、強張りを解くように右腕をぐるりと回した。
「ま、数ヶ月前よりはマシってとこか」
「さすがにね」
親友の言葉に、クリストフは苦笑いで応じた。
今も重要な案件に向き合っていることには変わりない。しかし、あの革命に比べれば……まだ、生易しくはある。
「もっとも、今回の議題も、キナ臭い部分はあるけどね」
「事故の件か?」
このサンレーヌ近くに、空港を新設しようという話が現在持ち上がっている。連日の会合はそのためのものだ。
革命の前後において、新政府と関係諸国には切っても切れない因縁がある。そこから続く国際協調の流れが、空港新設を強く後押しする状況だ。
この機にさらなる関係強化を……という考えもあるようで、技術的協力を惜しまない意向の国もいくつかある。
だが、問題点も。ラヴェリア聖王国から出席した第三王女アスタレーナが、参席者一同に強く口止めを依頼した上で、他国での飛行船墜落事故について明かしたのだ。
――こういった状況下での空港新設となれば、国際的に注目が集まるのは必至。だからこそ、こうした国際協力を快く思わない勢力が“仕掛けてくる”可能性は、憂慮すべきではないかと思われます。
もっとも、彼女自身は空路によって諸国の結びつきを強めることに、肯定的な見解を示している。そこでクリストフが、一つ提案を口にした。
「当面は大列強との空路に限定してはどうか」と。
「いい案だと思うぜ、俺も」と、クロードは会合を振り返りながら言った。
ただ、例の提案を口にした本人は、さほど持論に自信を持てていないようだが。
「ラヴェリアやマルシエル相手に、事を構えようという相手でなければ、牽制にはなる。そうして実際の運用を重ね、ノウハウを積んでいく。そうするのが妥当だとは思うんだけど……」
「何か?」
「仮に、事故が起きた場合……誰かが対応を誤れば、大列強の間で深刻な摩擦が生じるおそれがあるとは思う。そういう狙いで仕掛けられたなら……」
それ以上言葉が続かず、クリストフは代わりにため息をついた。
自分たちが関わった革命の後、関係を結んだ諸国が新政府に協力的になっている。空港新設は、その集大成的なものであり、さらなる発展の切っ掛けにもなろう。
実際、この案に乗り気になっている者も少なくないが……
まだ年若いながらも、この二人はそこまで楽観的に構えることができないでいる。
講堂の外に出ると、厳重な警備体制が敷かれていた。各国からの要人を招いている上、このハーディング領は、わずか数ヶ月前に前科があるのだ。間違いを起こさないためにも必須の備えと言えた。
そうした警備の中には、サンレーヌ新政府直属の護衛もいる。「お疲れ様です」と、あの革命をともにした傭兵が、会議に出た二人を労った。
やや遅れて声をかけに来たのは、すっかり警備の指揮が板についてきた、かつての傭兵リーダー、ダミアンだ。
「やっぱり、難しい案件か」と、彼は言った。この言葉に、クリストフらが渋い笑みを浮かべる。
「いい話ではあるんですが……穴もあるってところですか」
「そうか。ま、なんだ。一仕事終わったことだし、後で飲みにでも」
「構いませんが、吐きませんよ」
まだ公開できない案件だけに、にこやかに釘を刺すクリストフだが、これは百も承知だろう。ダミアンは「そりゃあな」と笑顔で応じた。
そんな中、沈んでいく夕日を見ながら背伸びしていたクロードが、ポツリとつぶやいた。
「リーザは、今頃何やってんだろうな」
「元気でやってるとは思うけど……気になるね」
「さすがに、革命はやってないだろうがな」
ダミアンがそう言うと、彼女を知る一同は声を上げて笑った。
☆
一方その頃……
「っくしゅん!」
「カゼか?」
鼻元を指で擦りながら、リズは首を横に振った。もう片方の手には地図が握られている。
彼女らが目指す島は、協商圏から離れたところにある小島であり、周囲には目印となる島があまりない。
それでも、大海原で迷わずに進めたのは、クルーたちやマルシエルからの出向者の尽力によるものである。
そして……一行はついに、目的とする島を捉えることに成功した。メインマストの物見から、揚々とした大声が響き渡る。
「目的地らしき島を発見!」
船長とはいえ、たかだか数か月程度の航海経験しかないリズには、喜びとともに驚きもある報であった。対して迷うこともなく、一発で着いてしまうとは。
居ても立ってもいられず、彼女は物見の元へと《空中歩行》で駆け上がっていった。
「ちょっと、貸してくれない?」と頼み込む彼女に、物見は「うぃっす」と応諾。望遠鏡を手渡した。
受け取ったものをさっそく目にあてがうリズだが……物見台の“外に立っている”彼女に、物見の青年は心配そうな顔で言った。
「大丈夫だと思いますけど、足元には気ぃつけてくださいよ」
「大丈夫よ。ありがとね」
声掛けにリズは笑顔で振り向いた。改めて前方に向き直り、望遠鏡で前方へ。水平線を少し探した後、彼女はお目当てのものを見つけた。
「へぇ~!」と、素直な感嘆の声が漏れ出る。
周囲に何も目印など見当たらないのに、船は迷わず正しい道を進んでいたのだ。
しかし、お目当ての島が見つかったとはいえ、すでに日が傾いている。本格的な探索は翌日にということになった。
そして翌日。船がさらに接近したことで、小島の姿がよりはっきりと視認できるようになった。
ダンジョンがあるという小島だが、遠くから一見してそれとわかるものではない。遠浅の浜辺が広く横わたる奥に、そこそこ密集した木々の連なり。中央には小高い山。
ほとんど人の手が加わっていない、まさに秘境の孤島といった趣である。
船で近づくにも限度があり、まずは沖合で停泊。島へはボートで近づくことに。
また、ダンジョン以外にも何か出る可能性は否定しきれない。
そこで、とりあえずは戦闘要員のみで島に向かう。内訳はリズに、諜報員ズ、それとセリアの五名だ。停泊中の船とは《遠話》で連絡を取り合う。
「では、行ってきます」
ニールを代表とするクルー、マルシエルからの出向者らに後を任せ、リズたちは小島へ。
ボートが島へ近づくも、浜辺や奥の木立の中に、やはり人の気配はない。ダンジョンとして認知されているのなら、先客がいてもおかしくないところではあるが……
「難しいところを希望したという話でしたっけ?」
「ええ」
問いかけるアクセルに、リズはうなずいた。
この先どうなるかは不透明ながら、一時的な避難先としての運用を見込むのであれば、難しいダンジョンの方が好ましいという考えがあった。
そういったダンジョンであれば先客も少なく、万一の事態でも迷惑をかける相手を抑えられるだろう、とも。
「難しい方が、腕が鳴るしな」
「それもあるわ」
もともとスリルを求めてリズについてきた元諜報員たちにとっては、自分試しの良い機会なのだろう。ダンジョンに挑むのは初めてながらも、どこか楽しそうにしている。
そんな中、セリアは少し不安そうだが。
「つき合わせちゃって、申し訳ないです」と、あくまで柔らかな感じでリズが謝ると、彼女は困ったような笑みを浮かべた。
「殿下がダンションへ挑戦なさるというのに、私が護衛もせず待つというわけにもいきませんし……議長からは、『いい機会だから、腕試しでもしたら』と仰せつかっております」
それから彼女は、「自信はありませんが」と、言葉通りの表情で付け足した。
談笑している間にもボートは進んでいく。上陸する前に、まずは全周からの観察だ。
島を回り込むように進んでいくと、浜辺の様相が少しずつ変わっていく。白い砂浜が小石混じりのものになり、それもすぐに、浸食で切り立った地形へと変わった。
そうして海岸から内へと抉り込んだ浸食により、山には洞窟ができているようだ。海から直接続くように見えるほど低い位置に、黒い穴が見える。
「あれが、ダンジョンへの入り口でしょうか」
「たぶんね」
ダンジョンの入口といえば、おおむね洞窟である。そういった世間一般の理解に従うなら、あれが求めるものであろう。
とはいえ、今後の利便を考えるならば、ボートで直接というわけにもいくまい。身を落ち着ける場所、先客がいるかどうかも確認しておきたいのだ。
そこで一行は、島を一周してから簡単な探索にとりかかることとした。
最初に見た浜辺付近へ戻り、リズはボートを浜に乗り上げさせた。
降りるやさっそく、周囲を警戒する諜報員たち。人だけでなく、原生生物にも気を向けている。
いかに情報力のあるマルシエルといえど、人が関わらない分野については、あまり得手としない。こういった、ほぼ無人島のような秘境ともなると、自ら探索しなければならないのだ。
「近くにそういう気配はありませんねぇ」
「ああ。大物はいないようだ」
「じゃ、少し進んでみましょうか」
浜から進んでいくと、すぐ先にはちょっとした森が広がっていた。
木々の中に入ると、寄せて返す波の音が弱まり、代わりに梢が擦れ合う音が包み込んでくる。それと、何らかの虫の鳴き声、小鳥が羽ばたく音も。
「こういうのも、新鮮ですね」とセリアが言った。ニコラは「船旅ばかりでしたもんね」と、すっかり観光気分だが……
森の中へ足を踏み入れてしばらくした後、先頭を行く青年二人が不意に足を止めた。口に指をあてるジェスチャーとともに、後続の動きを手で制す。
「先に、少し開けた場所があるみたいです」
「なんとなくだが、気配があるな」
もしかすると先客かもしれない。にわかに緊張高まる中、一行は慎重に歩を進めていく。
やがて、前方の様子が、少しずつ明らかになっていった。
森の中にある、少し開けた空間の中に、複数人で使う大きさのテントが2つ。地面の様子から、その場で火を起こした形跡があり、遠目からでも生活感がうかがえる。
つまり、この島には他のグループもいるのだ。




