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第178話 魔族とダンジョンの歴史

 マルシエル議会からの承認を受け、リズたちは同国の港から出航。目星をつけたダンジョンへと向かう。

 これからタンジョン攻略に向かうという船長の宣言に、クルーたちは諾々と従っている。

 だが、ダンジョンというものを耳にしたことはあっても、その実態を知る者はいない。

 それはリズを始めとする戦闘員にとっても、さほど実情は変わりない。名前や概念は知っていても、これまで関わってきたことのないものなのだ。

 そのようなダンションに、敬愛する船長らが挑むとあって、クルーたちは興味を強く惹かれているようだ。港を離れて少しすると、そこはかとないソワソワした感じが船全体に漂う。

 出港後、しばらくして船の仕事が落ち着いてきた頃。甲板で(たたず)むリズの下へ、ニールがやってきた。


「船長」


「あ、ちょうどよかったわ」


 彼の顔を見るなり、思い出したように口を開くリズ。少し不思議そうにする彼に、言葉を続けていく。


「マルシエルから海図をいただいてるけど……こんな小島に、正確にたどり着けるものなの?」


「えっ? そりゃ、まぁ。大丈夫ですよ」


 何も、配下の能力を疑おうという意図での発言ではない。だだっ広い海図にポツリと浮かぶ小島へとたどり着くことそれ自体が、リズにとっては一つの大冒険のように思われたのだ。


「へえ~……やっぱり、プロってさすがね」


 心からの感嘆が漏れる彼女を前に、ニールは照れくさそうに視線を外し頬をかいた。

 そんな彼を背後から見守る、他の船員仲間たち。微笑ましいものを見るような目もあれば、少し羨ましそうな感じも。

「そういえば、私に何か用があったんじゃないの?」と尋ねると、彼は思い出したように口を開いた。


「そうでした。ダンジョンってやつがどういうものなのか、俺たちは大して知らなくて」


「ま、そうよね」


「それで、ダンジョンへ向かう目的とかも一緒に話してもらえればって」


 実際、リズとしてもその考えであった。このところ互いに忙しかったり、あるいは存分に羽を伸ばしたり。こうして出航するまで、一同が揃う機会がなかった。

 身内だけになった今、情報が変に漏れる恐れもなく、共有するにはちょうどいい頃合いである。


「じゃ、みんなの前でお話ししましょうか」


「わかりました、呼んできます!」


 イキイキとした彼が仲間たちを呼びに走り、程なくして甲板に一同が勢揃いした。いつものように木箱やタルを適当に並べ、即席の講談会場へ。

 出来合いの席に座す面々から、興味津々な視線を向けられる中、リズはわざとらしく咳払いし、ダンジョンというものについて語りだした。



 今から600年以上昔の事。世界を闇に包んだという大魔王ロドキエルは、魔族の大軍勢を率い、人類との間で長きにわたって闘争を繰り広げていた。

 しかしながら、魔族も一枚岩ではない。この世ならざる場所、魔界で生まれたという魔族は、人間ほどの同族意識を持たない。

 個人主義の性向がより強い彼らの中には、魔族としての版図拡大に熱意を燃やす者も相応にいたという話だが、多くは打算的にロドキエルに従っていたという。自らの自由意志のもと、大魔王に協力したのだ。

 一方、当初から人類側に着く物好きもいた。「優勢な側を相手に戦った方が面白いから」というのが、彼らの主要な動機である。


 やがて、大英雄ラヴェリアと彼の一味によって大魔王が撃ち滅ぼされると、配下の魔族は魔界への退却を余儀なくされた。

 そんな中、人類に(くみ)した魔族はというと……中々難しい立場に立たされることになった。

 魔界へ帰ろうにも、かなりのリスクはある。大魔王が敗れたとはいえ、敗残の軍に相応の勢力は残っている。

 また、魔界に残って傍観していた者からは、人類に与したことで裏切り者と見られていたのだ。


 では、人間側に留まり続けるのは……というと、これも色々と面倒があった。

 何しろ、魔族の大軍勢に長く苦しめられた後の、劇的な勝利と解放である。気を大きくした人類の大多数にとっては、人類に味方した魔族も、そのうち裏切るかもしれない残党でしかなかった。

 理解ある為政者も、内治を優先するためにと、一時的(・・・)な協力者たちからは距離を取るようになり――

 人類に味方した物好きたちは、放浪するなり隠れ潜むなりして、歴史の表舞台から姿を消したという。


 しかし、人類の勝利によって、さほど喜ばしい思いをしなかった者は、他ならない人類の側にもいた。闘争に明け暮れた猛者、武芸者、求道者などである。

 世の中がにわかに平和になると、彼らはあまり必要とされる人材ではなくなった。

 いや、正確には必要とされることもあった。人類と魔族の戦いが終わってしばらくすると、今度は人類同士が相争い、(にら)み合うようになったのだ。

 戦いの場を求める者たちは、こうした新たな争いに加担することを良しとする者もいれば、そうではない者もいた。

 そうして人間同士での戦いには異を唱えた者たちは、多くが世捨て人になったのだ。


 時は流れ……放浪者たちの間に、奇妙な噂話が流れ始めた。

 何でも、人里離れた辺境に不思議な洞窟がある。そこは、中に入るたびに構造が変化する、まさに魔法の迷宮だという。

 自分試しの機会に飢え、さすらっていた彼らは、こぞってこの迷宮に足を運んだ。挑むたびに姿を変える迷宮に、幾度となく挑み続け――


 やがて、一人の猛者が最深部へと到達した。

 待っていたのは、一人の魔族であった。

 その魔族曰く、煩わしいばかりの弱者に付け狙われるのには辟易(へきえき)としており、人が寄り付かないようにと、洞窟内部の空間を迷宮化することを思いついたのだという。

 コツコツと術式を積み重ねていき、やがて、空間を歪め意のままに操れる迷宮を築き上げたのだ、と。

 しかし……弱者を寄せ付けないはずの迷宮に、いつしか暇そうな強者が群がり始めた。そんな彼らが、“我が城”を攻略する様を観察するのは、中々面白かったとも。


「もっとも、それも終わりかもしれぬが」と、彼は玉座にまでたどり着いた男に言った。もはや落城寸前の城主は、さらに「何か望みがあれば聞くが」とも問いかけた。

 対する答えは――


「もう少し難しくしてくれ」


――これがダンジョンの始まりである。


 辺境の地に身を潜め、空間を歪めて迷宮という居城を作り、これを攻略しようという客人を迎え入れる。

 ダンジョン作りとその経営という娯楽は、かつて人類に味方した物好きたちの間で大いに流行った。

 自信満々の強者が罠にハマる様を見るのは愉悦であり、一方で「そうくるか」と創意や技に(うな)らされる面白さも。


 こうしたダンジョンの存在が、武芸者や冒険者の中で知れ渡っていく中、情報を耳にした為政者も、魔族による迷宮の存在を容認するに至った。

 なぜなら、平和になった世の中で強者が腕を磨く機会としては、ずいぶんと健全に思われたからだ。

 先進的な為政者の働きかけにより、練兵の一環にダンジョンが用いられるようにもなった。


 かくして、ダンジョンにこもった魔族は、世間からは遠ざけられつつも、戦いというものを良く知る者たちの間では一定の地位を得るに至った。

 そして……こうした魔法の迷宮という一国一城の主は、敬意と親しみを込めて魔王呼ばれるようになった。



「……つまり、暇な奴が暇な奴のために、冒険の場を提供してるってわけ」


 リズがつい最近仕入れ直した知識を披露すると、場の多くが「へえ~」と声を漏らした。

 ただ単に興味深い話という印象を受けた様子の者もいれば、何か引っかかるところがある者も。

「暇つぶしだけが目的なのでしょうか?」と尋ねるのは、マルシエルからの出向者だ。


「実際には、別の思惑があるのでは……という見解は、もちろんあります。人間の手勢を増やすため、あるいは練兵を通じた現地公権力との取引。配偶者探しの一環、みたいな話も」


「は、配偶者?」


「実際に結ばれたというケースも、数例あるようです。知られていないものを含めれば、それなりの数になるかと」


 この発言に、驚きを隠せないでいるクルー。少ししてリズは「私は違うからね」と苦笑いで応じた。

 もっとも、“そういう心配”まではされていないようだ。一瞬だけ静かになった後、どっと笑いが巻き起こる。

 では、何のためにダンジョンへ行くのか。「どうしてだと思う?」と尋ねるリズだが、すぐには答えが上がってこない。

 そこで口を開いたのはニールだ。


「ダンジョンを攻略すると、何か褒美とか出たりするんですか?」


「まちまちね。愛用の品に魔力を込めてもらって、魔道具に仕立ててもらうってことはよくあるみたい」


 ただし、それは彼女が目的とするところではない。

 考え込む面々を前に、アクセルが考えを口にした。


「追っ手を撒くためですか?」


「正解」


 シンプルな解答を耳に、クルーたちが膝を打つ。


「な~るほど! そういや、もとはというと侵入者を寄せ付けないためのダンジョンですっけ」


「潜ってる間は、手出しできないってことすね」


 口々に出てくる言葉にうなずくリズ。しかし、また別の疑問も。


「最初からダンジョン暮らし……ってわけにはいかなかったんすよね?」


「ええ。できれば、他に迷惑が掛からないように、どこの国にも属さないぐらいの小島にあるダンジョンがよくて。それでも、何かしらの国に話は通しておきたかったし、ダンジョンに潜っている間の物資補給の手立ても必要だったから」


 そこで、まずは準備段階を踏み……その用意が整った今、晴れて今回のダンジョン攻略にとりかかるというわけだ。

 他にも目的とするものがあるにはある。が、うまくいくかはかなり不透明。そもそも、追っ手を撒くためという主目的も、機能するかどうかは要検証である。

 この場での説明について、リズはこの程度でとどめておくこととした。


 いざという時の避難にダンジョンを用いる。このシンプルな目的はわかりやすかったようで、いずれも納得した様子である。

 しかし、そんな中でマルクは少し考え込み、「それにしても……」と口にした。


「どうかしたの?」


「逃走用の足に、活動資金。両方揃えたら、今度は隠れ家探しときたもんだ」


 彼の言葉に、他の面々は笑ったり引きつった苦笑いを浮かべたり。

 そんな中、リズはにこやかに言った。


「らしくなってきた、でしょ?」

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