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第17話 竜との謁見①

 大列強、ラヴェリア聖王国に、竜は棲んでいない。

 というのは、竜が征伐されたからというわけではなく、竜の方が彼の国を嫌ったからだ。

 はるか昔、長く続いた魔族との戦乱を勝ち抜き、救世の英雄が築いたこの国は、当然のように英雄信仰が根強い。それが、今の王権を支える柱石でもある。

 そういった、人間への信仰が強い国では、代わりに竜族のような超常的存在への敬意が薄れるところがある。

 建国神話や叙事詩の中でも、竜や精霊等は引き立て役などの地位に甘んじてきた。

 そんな国に棲み続けるのも不愉快というわけで、竜は棲家を移したという話である。


 一方、竜が棲家を移したことについて、言い伝えには王家の御威光の(くだり)が加わった。

 何をか言わんやである。


 ちなみに、竜族に避けられているのはラヴェリアのみならず、他の大列強も似たようなものだ。大国において、英雄、引いては王家への信仰はほぼ共通項となっている。

 そして、棲家を移し、列強と接する境の高峰に居を構えるという竜たちは、人間の高慢を(にら)みつけているようでもある。


 夕刻、星空が見え始めた頃合いに目的地に着き、リズは人と竜との関わりについてふと思い出した。

 周囲を木々に包まれたこの山に、(くだん)の竜がいる。山の名から、ベルギウスの竜と呼ばれる、旧き存在が。


 山にはらせん状の登山道が頂上まで連なっている。古くから敬われてきた竜への拝謁のため、こうした道が整えられてきたとのこと。

 これを登り切った先の平らな山頂に、竜がおられるとの話だ。

 登山道の他には飾りのない、武骨な赤褐色の山も、人々との関わりを思えば神々しく感じられる。


 そうした神聖な山に、これからお邪魔することになるリズは、強い緊張を覚えた。

 地理関係から考えるに、こちらにおられるという竜は、大昔にラヴェリアから居を移した可能性が高い。

 そのようなお方の前に、人間至上信仰を向けられている血族の末裔が、ノコノコとやってきて慈悲を恵んでもらおうというのだ。

 リズとしては、身の程と恥を知らない行いのように思われてならない。


 山を見上げ、人知れず息を呑むリズの元へ、フィーネが小走りになって駆け寄ってきた。

 彼女は、ここまで頑張ってくれた馬に対し、ちょっとした手入れを終わったところだ。馬はふもとの森の端で休んでいるという。


 リズは再び山の上を眺めた。中々遠い。

 らせん状の山道の存在は、本来ならば助かるものだが、長丁場になりそうである。今は夕闇が深くなりつつあり、登っている最中に闇が深まる可能性は高い。

 魔法であたりを照らすとしても、危険には変わりないだろう。そこでリズは考えた。


 山道に従わず、まっすぐ行けば速い。


「えっ、しかし……」


「魔法は私が使います」


 戸惑うフィーネに、リズは《空中歩行(エアウォーク)》を付与した。一人増えたところで、大した負荷にもならない。

 魔法をかけ終わったリズは、自身にもかかっていることを示すため、見えない階段を歩いてみせた。


「魔法が維持されている間、対象者の意志に反して落ちることはありません。山道をそのまま歩くとしても、備えとしては有用でしょう」


「わ、わかりました。あなたの容体も心配ですし……」


 呪いの進行を遅らせ、抑え込んでいるおかげで、今のところ大事には至っていない。

 ただ、ここまで来て病状が悪化、登れなくなったのではあまりに無念だ。

 早く事を済ませてしまいたいという気持ちは、二人に共通して存在する。フィーネも覚悟を決めた。


 まずは山道を頼りに山を登っていく二人。

 やがて、比較的緩やかな傾斜面に行き当たったところで、リズはここを登山ルートと見定めた。ここから道なき道を踏み出していく。


「下は見ないように。《空中歩行》の極意は、『我行くところに道アリ』です」


「は、はい」


 ここにくると、主導権は完全に逆転した。他人の魔法頼りに動くフィーネは、やはり足元が心もとなさそうで、そんな彼女の手を引いて、リズは何もない斜面を歩んでいく。

 あまり急いてバランスを崩しては元も子もない。フィーネのペースに合わせ、歩行は着実に、ややゆっくりと。

 それでも、正規の山道を行くよりはずっと効率的だ。日が沈むペースを踏まえれば、問題なく着く。


 二人が山登りを始めて十数分、思っていたよりも早く、二人は味気ない登山を終えようとしていた。

 そこで、本来の山道に合流しようと持ち掛けるリズ。


「そうですね、最後ぐらいは本来の道を使った方が、失礼がないですし……」


「いえ、この程度はすでにお気づきになっているでしょう。ごまかしきれないと思います」


 ここまでの横着を竜に感知されている――その可能性が高いと見たリズの言に、フィーネは顔を青ざめさせた。

 だが、彼女に柔らかな表情を向け、リズは補足を入れていく。


「正規の道と言っても、人間が勝手に(こしら)えたものですから。確かに、先達への敬意には欠けますが、竜がこの道に拘泥なさることはないでしょう」


「そ、それならいいんですが……では、どうして?」


「人間が勝手に作った道でも、それに合わせて下さっているとは思いまして。早い話、他のルートからでは、正面に相対できないのではと」


 そこでフィーネは納得がいったようにうなずいた。

 おそらく、山道を抜けきったところに、竜はその尊顔がちょうど見える形でおられると思われる。山道を無視すると、横や後ろを拝見する形になりかねない。


 リズの提案がそのまま通り、二人は本来の山道に沿って登り始めた。

 念のために《空中歩行》の魔法はそのままだ。対象者の意志に応じて効力を発揮する魔法のため、使う気がなければ徒歩と変わりない。フィーネでも違和感なく動けている。


 二人が山頂に着くと、広い円の中央に、目的の竜がいた。リズの見立て通り、山道の終点から正面の顔が向き合う位置関係だ。

 全体的に細身のその竜は、薄い金色の鱗で覆われた巨体を持ち、鱗は淡い燐光に包まれている。

 頭上に広がる星空にも劣らないほど、幻想的なその輝きの前に、フィーネは言葉を失った。


 ただ、竜は目を閉ざしている。寝ているのか、それとも目を閉じているだけか。

 とりあえず、二人は近くへと歩いていった。


 そして、ある程度近づいたところで、何かに気づいたようにリズは立ち止まり、フィーネを手で制した。

 リズがその場にひざまづき、フィーネもそれに倣って腰を落としていく。

 ややあって、竜は半目を開き、低く(うな)るような声で大気を震わせた。


「フーム……何かと思えば、なかなかに珍しい客人。病魔に侵された体で、ようもこんなところまで。見上げた気骨だのう」


「お目汚し、失礼いたします」


「よいよい。この程度、非礼には当たらぬ。楽にするがよい……いや、病人にかける言葉ではないな、失敬」


 意外にも舌が滑らかに見受けられるこの竜は、今のところ気分を害した様子はない。

 しかし、あまりに神秘的な存在を前に、フィーネはただ、事態を静観することしかできない。

 それでも彼女は、恭しくも堂々とした態度のリズに憧憬のような敬意を覚えつつ、竜からの厚意が向けられることを必死に願った。

 すると、竜は静かに言った。


「茶の一杯でも淹れるのが礼であろうが、生憎とこの体ではのう。大したもてなしもできず、心苦しく思う」


「いえ、ご厚情、ありがたく存じます」


「……客人を遣うようで済まんが、茶の素材ならそのあたりに転がっておる。好みのものがあれば、好きに煎じて飲むが良いぞ」


 フィーネは、言われてることの意味が一瞬わからなかったが、深々と頭を下げるリズを見て、竜の言葉の意図を察した。

 それという明言こそないものの、"お許し"が出たのだ。

「一杯、ありがたく頂戴いたします」とリズが言うと、半目で眠そうな竜は、少し間をおいてから口を開いた。


「好きにせよとは言ったが、無償というわけにもいかぬところでなァ……対価は……まぁ、後で考えるとするか」


「何なりと……」


「まずは……何だ、その身を清めると良かろう。話はそれからとしようか」

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