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第176話 一時帰還

 10月2日。リズたちはマルシエル諸島に到着した。

 幽霊船退治という大仕事の件に加え、これからの動きについて相談するため、議会から会談要請を受けているのである。


 彼女らの船が、マルシエル諸島の外縁、玄関島の一つへと近づいていく。

 このマルシエルという大列強の港へと寄港するにあたり、クルーたちは物怖じしたところがなく、粛々と仕事をこなしている。

 そういったクルーたちの仕事ぶりに、リズは満足を覚えた。

 思えば、この国を出てからというもの、継承権者との直接対決が2度もあった。付き従う者からすれば、巻き添えの危険を覚えずにはいられなかったことだろうが……

 結局、船を降りようという声は上がらなかった。

「一人くらいは……」と思っていたリズには予想外のことだが、喜ばしくはある。


 そうしてマジマジとクルーを見つめている彼女に、ニールが声をかけてきた。


「どうしたんですか?」


「いえ、別に。みんな働き者で助かるわ~って」


「もう少しで羽休めできそうですし、そのぶん張り切ってるんですよ」


 朗らかにそう言った彼だが、少ししてからハッとした顔になり、「船長はお忙しい感じですけど」と申し訳なさそうに言った。


「私のことはいいのよ。航海中は一番の暇人だし。交渉ぐらいは、きちんとお仕事しないとね」


 にこやかに言葉を返すリズに、彼も顔を綻ばせる。


 船が港へと到着すると、それぞれが別行動をとっていく。街へ出るクルーたちには、マルシエルからの出向者が同行することに。

 何しろ、国際的に色々と重大案件を抱えた船旅の後である。余計なことを言わないよう、万一のためのお目付け係という形での同行だ。

 もっとも……ラヴェリアの継承競争など、知らぬ者にしてみれば出任せもいいところのヨタ話。信じる方がどうかしている。

 そもそも、言いふらさないようにと船長直々に言い含めてあるということもある。出向者たちもほとんど心配していない様子だ。同行するのは、同じ旅仲間として親睦を深める意味合いも大きいようで、半ば観光案内といったところか。


 羽を休めるのは、元諜報員の三人も同じだ。「なんやかんやで、情報収集するとは思う」との談だが。

 彼らは、今回はマルシエル議会政府との会合に、同席はしない。完全にリズにお任せする格好である。

 リズとしても、堅苦しい場で拘束してしまうよりは外で自由に動いてもらう方が、かえって気を遣わずに済むというもの。


 彼女は船に残り、港町へと繰り出していく仲間たちを見送った。

 入れ替わりにやってきたのが、マルシエルの軍関係者である。彼らは、この船の任務や、議会・軍部との契約を知っている。

 ここまでの仕事ぶりも耳にしているようで、辣腕の船長に対し、彼らは謹厳な態度を取った。


「期待以上の働きと、上の者からうかがっております。お会いできて光栄です」


「ありがとうこざいます」


 例には礼を以って返すリズ。

 それにしても……代表者の中年士官は落ち着いた男性だが、彼の後ろにつく若手は、どこかそわそわした様子。話題の人物を前に緊張しているのかもしれない。

 ふと、傍らに控えるセリアに目を向けると……普段はクールな印象のある彼女も、今はどことなく嬉しそうというか、誇らし気というか。

 そんな彼女の様子に、リズも思わず表情を柔らかくした。


 その後、挨拶もそこそこに、話が進んでいく。

 船そのものが戦闘に巻き込まれたわけではないにしても、連戦に次ぐ連戦で、気づかないうちに無理をさせていたかもしれない。

 加えて、国からの密命を帯びた上、廃嫡されたとはいえ他国の王女殿下が座上する船でもある。万一があってはならない、

 そこで、この機に入念な点検と整備を行おうというのである。


 船を預けるための諸々が完了し、リズとセリアはマルシエル本島へと足を向けた。

 この辺りに最初訪れたのは盛夏だが、今は暑さがほんの少し和らいだだろうか……という変化しかない。待ちゆく人の装いも、前に見たのとほぼ同様。通気性がよくゆったりしたものが大半だ。

 目に見てそれとわかる変化は、特にはない。


 しかし、最初にこの国を訪れた時と比べると、かなり気の持ちようが楽になっている。そういう実感をリズは(いだ)いた。

 おそらく、あの当時よりも自分という人間が受けいれられるようになった、少なくともそのように感じられるのが一因だろう。

 もちろん、ハーディングにおける革命でも、人から求められ頼られることへの、密かな満足感と手応えはあった。

 だが、あの時は自分の出自を、誰にも明かしはしなかった。


 今は違う。


 それこそが、彼女に起きた一番の変化なのかもしれない。


「嬉しそうですね」


「えっ?」


 ふと横から声をかけられ、リズは表情が柔らかくなっている自分に気づいた。


「いえ、そのように見えましたので」


「……言われてみると、そういう顔だったかも。もう少し硬い表情の方がよろしいでしょうか?」


 これから向かうところ、待ち受けるものを(ほの)めかす言葉に、セリアは苦笑した。

 今回の会合は、あくまで任意である。今後の希望についてリズの側から連絡していたということもあり、直接会って話すというのは、願ってもないことではあったが。

 ベルハルト、ネファーレアの両名との交戦も、議会側へは連絡済みだ。リズという人間にまとわりつくリスクが、マルシエルの目にも顕在化された格好だが、縁切りなどの話は特に上がっていない。

 もっとも、そういう話を切り出されても仕方ないものという認識が、リズにはある。結局は、相手の出方次第だ。


(どうなることやら……)


 今まで良くしてくれた、長身の出向者にそれとなく視線を向け、リズは小さくため息をついた。



 マルシエル本島、中枢の議事堂内にある一室。

 リズには3度目となるこの部屋では、マルシエル議会議長、マリア・アルヴァレスその人が待っていた。加えて、各セクションからの重役らしき面々も。

 かなり久しぶりに会う顔ばかりで、個々人の印象はさほどしっかりしていないリズだが、前の会合とは少し空気が違うようにも感じられた。以前ほど、互いの緊張感が薄いと言うべきか。

 リズに同行したセリアも、本来の所属は“向こう側“なのだが、今回はリズ側について着席している。


 面子が揃ったところで、まずは軽めの挨拶。手短に言葉を交わし合い、さっそく議長が本題を切り出してくる。


「話題がいくつかありますが、まずは……あまり良くないものから行きましょうか」


 口ぶりからするに、そう深刻な話ではないようだ。「お願いします」と応じると、やや動きが硬い若手の高官が、場の一同に書類を配り始めた。

 その書類に目を落としてみると、幽霊船退治に関する、関係諸国の政府に向けた情報が記載されていた。

 実質的には、当案件に対する当事者――より正確には、第三王女アスタレーナの声明である。


 ラヴェリア王家から王女が二人も、秘密裏に大陸を離れて公海へ繰り出し、噂になっている幽霊船を制圧したというのは、かなり異例のことである。

 ただ、それにはもちろん、彼女らなりの理由がある。

 まず、彼女らに先んじて、第二王子ベルハルトが海賊退治のために遠征していた。当然のように成果を挙げており、助けられた商船等から噂が広がってもいる。

 この遠征の成果は喜ばしくはある一方、他の王子や王女らには大いに刺激になっている。

 というのも、現国王バルメシュが政務の一線を退き、後進に多くを任せている中での出来事であり、今後(・・)に向けた大きなアピールになっているのではないか……というのだ。

 そうした跡目争いについて思うところが大いにあり、王女二人は今回の行動に踏み切ったとのこと。関連諸国には不要に驚かせた面もあったことと思われるが、どうかご理解されたし――と。


「……つまるところ、第二王子殿下の遠征を引き合いにすること、後継者となるための競争状態の“ようなもの“に言及することで、今回の動きについて正当化しているわけですね」


 議長の言葉にうなずき、リズも自身の見解を返していく。


「それに加え、この跡目争いの場として、大陸の外に目を向けている事を示唆しているようにも思えます。今後、継承権者本人が動き出すことへの、布石となり得るでしょう」


 実際、リズにはこれが中々の妙手のように思われた。

 当然のことながら、ラヴェリアは継承競争のことを他国には明かせない。

 しかしそれは、次期王位継承権者の間での、いかなる(・・・・)競争状態をも秘匿せねばならないということを意味するものではない。

 次の王位を目指し、互いに競い合う状況ぐらいは、明示しても構わないのである。


 アスタレーナは、隠すべきところは秘匿しつつ、少し軸を変えた競争状態を(ほの)めかしている。

 この声明に、他国から異議が上がらなければ、ラヴェリア王族が諸外国で“点数稼ぎ”を行うためのちょうどいい前例となろう。

 そしておそらく、抗議の声など上がるまい。ベルハルトの海賊退治も、王女二人による幽霊船攻略も、継承競争という視点を除けば、ただの国際貢献なのだから。苦言を呈する方が、不自然に思われることだろう。

 実際に、継承権者が本当に海外で動くかどうかは別にしても……そのための土壌は整えられたように思われる。


「火急の件というわけではありません。殿下に対する、一種の牽制のようにも取れますが……とりあえず、情報共有をと」


「ありがとうございます」


 あまり良くない話題は、そこまでだった。話が切り替わるタイミングで、少し空気が弛緩し、高官の一人が口を開く。


「ご報告によれば、第三王女殿下による干渉は、殿下ご自身にとっても急な試みのように思われたとのこと。しかしながら、その後のこうした術策などは……いやはや、恐れ入る限りですな」


 実際、巻き込まれる格好でやってきた姉だが、彼女の収拾の付け方に、リズは舌を巻く思いである。

「私としても、抜け目ない難敵ですね」と、苦笑いで応じた。


 とはいえ、リズもリズで、先については展望がある。これからの話は、先に打診していた件――


 ダンジョン攻略の認可についてだ。

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