表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/429

第175話 ネファーレアと兄弟たち

 その日の夕方。アスタレーナは継承競争に係る会議を招集した。

 ただ、いつもの会議とは違う点がある。司会者たる彼女の鼻には、小さな筒状の綿が差し込まれているのだ。やや心配そうな目が彼女に向けられる。

 そしてもう一つ。今回はネファーレアが参席していない。

 この状況に対し、真っ先に口を開いたのはレリエルだ。


「ネファーレアお姉様が不在ですが……代理の方も出ていないということは、意図的に除外しているものと考えて、差し支えありませんか?」


「ええ」


 これまでの継承競争会議は、何らかの形で継承権者全員が会議には参加していた。今回のように一勢力を省いての招集は初である。

 とはいえ、ネファーレアに不利益を与えようという意図での招集ではないと、レリエルは察しているようだ。先の問いは、あくまで確認程度という感覚らしく、彼女が食い下がることはなかった。

 だが、司会者としては、もう少し参席者を減らしたい考えがある。


「できることならば、兄弟の間だけで話し合いたいと考えています」


 これには、それぞれの継承権者につく側近たちが少しざわついた。例外は外務省からの出席者のみ。

 兄弟だけでの話し合いというのも初めてのことである。

 そこで、長兄ルキウスが口を開いた。


「この場では人払いをしたとしても、後で伝えれば同じことと思うが」


「はい。実際にどうするかは、各々に任せる考えです」


 まっすぐ見据えての返答に、ルキウスは周囲の面々を見回し、「構わないか?」と尋ねた。

 すると、一同の視線がレリエルに集中する。法務部門ならば、何か言いたいことがあるかもしれない、と。

 結局、彼女は困ったように苦笑いを浮かべたが。


「まずは、お話を伺ってみないことには……外に伝えるべきかどうかも、内々で話し合えば良いものと思います」


「そうだな。他に、何か意見は?」


 長兄が見回しても異論は出ず、側近たちも受け入れる格好だ。


 こうして、兄弟水入らずの場が出来上がった。血を分けた五人だけになってから、場を取り仕切るアスタレーナが、本題を切り出していく。

 内容は、ネファーレアの戦いについてだ。

 他の兄弟も、この件に関する招集だとは察しがついていたようだ。話が始まった段階では特に驚きもない。


 だが、ネファーレアがリッチになりかけたという告発には、さすがの一同も驚愕した。

「じょ、冗談だろ?」と口にするベルハルトに、アスタレーナはゆっくりと首を横に振った。


「私以外にも証人はいます。もっとも、あまり蒸し返さないようにしてほしくはあるけれど」


 含みを持たせた”証人”という言葉に、該当者は数名いる。それを彼女は、あえて口にはしないでおいたのだが。

 こうした話題になると、問題は……法務部門の見解だ。

 しかし、姉の凶行を耳にして、珍しく狼狽(ろうばい)を示しつつも、レリエルはそれを糾弾しようという感じではない。

 その心中を実際に確かめるため、アスタレーナは問いかけた。


「王族が、こういう外法に走ったというのは、試みたというだけでも大問題だと思いますが……法務としての見解は?」


「内密の話で済ませるべきかと」


 法の番人からの意外な言葉に、兄弟はまたも少なからず驚きを示している。そうした反応を認め、彼女は言葉を付け足していった。


「世の中を平穏無事に治めるためにこそ、法というものがあるのだと思います。私心に基づく法への反逆は間違いなく罪でしょうが……襟を正した結果として世が乱れれば、本末転倒ではないかと考えます」


「姉さん……意外と話せる人だったんだ」


 末弟からの指摘に、彼女はただ苦笑いで答えた。

 実際、弟と同じような印象を(いだ)いたアスタレーナは、思わず顔の力を抜いた。


「この件を私だけで抱えるのは……さすがに勝手が過ぎると思って。ただ、公にできるものとも思えなかったから……」


「……色々と済まないな、本当に」


 長兄の一言に、うなずいて応じる兄弟たち。


 ただ、アスタレーナの話には続きがある。

 戦闘後の流れについて、彼女は報告を始めた。幽霊船退治の功績を献上されたこと、実際にそうした報告をまとめ上げ、関連する諸機関に通達する準備を進めているということ――

「大変だな」と(ねぎら)うベルハルトに、アスタレーナは力なく微笑んだ。

 急に仕事が増えてしまったのは事実。


 だが、これがいい機会でもあった。

 彼女は用意していた書面を取り出し、兄弟に配っていく。


 今回の幽霊船ばかりでなく、ハーディング革命においても、死霊術師(ネクロマンサー)の暗躍があった。これらの事象については関連性が疑われ、国際的にも重大な懸念事項となっている。

 こうした状況を考慮した結果、ラヴェリア外務省は、国家有数の死霊術師である王女ネファーレアを、一連の事象に対する調査の指揮者として推挙する――

 配られた書類には、こういった旨の起案が記されている。


 これが通るならば、ネファーレアは後宮から引き離され、国々を飛び回る生活になる可能性が高い。

「レナの下につくのか?」との問いに、彼女は「そこまでは考えてないわ」と答えた。


「あの子を外務省へ転属させようというものではなく、あくまで、死霊術(ネクロマンシー)が絡む一連の案件に対し、一定の立場を用意しようというもの。どちらが上とか、そういう意図はないの」


「しかし、実際に面倒を見るのは外務省……というか、レナだろ?」


「そのつもり」


 この提案について、彼女としては色々と考えがあった。

 まず、後宮の外で働くことが、妹のためになるのではないかという考え。他国の目もある中で、力を示すための健全な機会があれば、自尊心の回復につながるのでは、とも。

 そして……他国も関わってくる重要案件であれば、継承競争から遠ざけられようとも、正当な理由となる。

 一から十まで口にする彼女ではなかったが、話を聞いた兄弟たちは賛意を持っているようだ。

 だが、懸念事項が一つ。


「継承競争的に、こういうのってアリかしら?」


 尋ねてくる姉に、レリエルは少し考え込んでから口を開いた。


「それは、ネファーレアお姉様ご自身が考えるべき事項かと思います。お姉様が受け入れるというのであれば、口を差し挟むべきとは考えません。新たに得る地位や縁を活かすも殺すも、結局は競争者自身の度量によるものですから」


「なるほど……」


「それに……妹としては、こうした機にご活躍していただきたくも思います」


 レリエルはそう言って、表情を柔らかくした。

 特に異論もなく、他の兄弟の承認を受けたアスタレーナ。彼女は一同に視線を巡らせてから、一つ切り出した。


「これで、みんなの承認を受けたものとしますが……あの子本人には、まだ話してなくて。承認ではなく、強い賛同があったということにしても構いませんか?」


「我々の名前で、露骨に圧を加えに行く、と」


 にこやかにするベルハルトに、彼女は人の悪い笑みで応じていく。


「あの子には色々と辛いこともあるでしょうけど……こういう仕事を通じて、冷静になってもらいたい気持ちはあるの。世の中のことを、もっと知ってもらいたいとも思う」


「そうだな」


 結局、そういった心情面の理由が追い風となって、兄弟一同の強い意向の元、この案件が起草されたものとすることになった。

 話がまとまり、満足げなアスタレーナは、側近らを追い出した件についても言及していく。


「本件については、国際的に重要な懸念事項に係る提起ですが……競争相手に対する、妨害行為という指摘もあり得るでしょう。まずは、同じ継承権者という身内の中で、その是非を問いたかった」


 と神妙な顔で口にした後、彼女は悪びれない顔で「対外的には、そういう体裁で」と付け足した。

 つまり、継承競争会議に同席する程の側近を追い出した、“側近向け”の理由がこれである。本当に隠し通したい話題――ネファーレアが不死者(アンデッド)になりかけた件を明かせない代わりに、こちらの口実を使ってくれというのだ。

 こうなってくると、ネファーレアを死霊術関係の調査指揮に推挙するという提案も、実際には側近に向けた口実づくりの一環に思えてくる。

 用意のいい妹に、長兄は感嘆のため息をついた。


「まったく、お前には(かな)わないな」


 しみじみと、心からの称賛を漏らす兄に、アスタレーナは顔を綻ばせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ