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第172話 しばしの別れ

 9月23日。幽霊船から離れたリズたちは、最寄りの港に到着した。

 送り届ける対象が敵対勢力の王女二人という状況ではあったが、実際には何も起こらなかった。

 命をつけ狙われる側が、しくじった者の命を見逃してやる――リズに付き従う者たちは、この構図に少なからず思うところがあるようだったが。


 お見送りの時を迎え、クルーたちの多くは複雑な表情になった。

 一同の前に立つ王女二人は、港町に自然と溶け込める装いだ。

 これは、ラヴェリアへの帰還を果たすまでの間、変に目立っては困るだろうという、リズたちの計らいによるものである。本来のお召し物は、アスタレーナが背負う荷袋の中だ。


 このような装いでは、恐るべき死霊術師(ネクロマンサー)のネファーレアも、幸薄そうな町娘にしか見えない。

 リズとの激闘を繰り広げた彼女だが、重大な負傷などはない。魔力や気力等、心身の力を使いすぎて、かなり消耗していたという程度だ。

 彼女がリズに向けていた敵意は鳴りを潜め、今ではアスタレーナの背に隠れるようにして状況をうかがっている。

 やらかしてなお、見逃される自身の立場に恥じ入り、リズには視線も合わせられないようだ。

 アスタレーナにこれ以上、迷惑をかけられないという思いもあるのだろう。


 そんな妹の前に立つアスタレーナは、さすがに堂々とした態度を保っている。

 彼女はその場にいる一般人に、深々と頭を下げた。彼女からすれば、対立する立場の、取るに足らないその他大勢にすぎないだろうが。


「互いに相容れぬ道とは理解しておりますが、それでもあなた方のご厚情により、無事に帰還することができそうです。このご恩は忘れません」


 これは、非公式な発言であり、彼女一個人としての陳謝だ。

 折り目正しい彼女の振る舞いに、クルーたちは少し面食らった。主幹となる数人の仲間は落ち着いているが。


 とりあえず、リズにできることはここまでだ。ラヴェリア側を揺さぶるためにと、他の国にまで面倒をかける考えは毛頭ない。

 最後の別れになるかもしれないと思いつつ、彼女は言った。


「もしかすると、帰ってからの方が大変かもね」


「……そうね。あまり考えたくはないけれど」


 後ろで悄然とする妹に一瞥(いちべつ)した後、苦笑いするアスタレーナ。

 その後、彼女はリズに向き直り――何か言おうとして、それを呑み込んだように、リズには見えた。


 結局、交わした言葉はそれきりだった。ラヴェリアからの王族姉妹は再び頭を下げ、リズの船から去っていく。

 二人を静かに見送り、港の雑踏に姿が溶け込んでなくなった頃、リズの背に「良かったんですか」という声。

 彼女が振り向くと、船員仲間からの少し戸惑ったような視線に囲まれるニールの姿があった。


「俺なんかが、口出せる問題じゃないって、そんなのはわかってんですけど……でも、恩を仇で返されるんじゃないかって」


「そういや、手柄もあげちまいましたしね」


 幽霊船の調査と制圧という仕事はリズたちがこなしたが、対外的にはあの王女二人が手掛けたものとすることで同意している。

 これは、ラヴェリアの王女二人が外海へ赴いたという、極めて不自然な事態に対する口実づくりのためだ。その点に関し、クルーたちも納得はしている。

 とはいえ、“泥棒に追い銭“といった印象は拭えないのだろう。仕方ないと認めつつも、スッキリしない様子のクルーたちは少なくない。

 この件について、リズにはもう少し別の考えがあった。相手が去った今、漏れる心配もない。ちょうどいい機会と思い、彼女は考えを打ち明けていく。


「手柄のことはね……幽霊船を沈静化した後、周辺の公的機関に任せるって話だったでしょ?」


「確か、そっすね」


「それで、あの二人から報告してもらった上で、幽霊船の最終的な処遇を決めるために、本格的に人員が投入されるわけよ」


 そこまで言うと、感づくものがあったのだろう。「あっ」と言わんばかりに、ニールが目を見開いた。

 船員仲間では一目置かれている彼に、リズは「どうぞ」と笑顔で発言を促していく。


「幽霊船の件で、あのお二方は今後も手が離せなくなる……ってことですか?」


「その可能性は高いと思うわ」


 ここまで来ると、他の面々も多くを察したのだろう。「おお~」と感嘆の声が上がる。

 そもそも、幽霊船には先回りされていた。手が入る前の状況を知るのはネファーレアただ一人。幽霊船制圧自体に貢献したわけではなくとも、重要な情報源には変わりない。

 また、ハーディングにおける革命での死霊術師出現、加えて今回の幽霊船。国際的に、何らかの勢力の暗躍は懸念されるところだ。

 となると、国際秩序のために奔走するアスタレーナとしては黙っていられず、この海域・航路に関わる諸国にとっても同様だろう。

 そこへ来て、今回の幽霊船制圧の報は、諸国にとってまたとない吉報のはず。立役者(・・・)であるネファーレアに、相当の敬意と関心が寄せられるのは間違いない。国際的な会合に招かれる機会も増すことだろう。

 そして、そのような場へ、やらかしたご本人様だけを送り込むのを良しとするアスタレーナでもあるまい。


 つまり、今回の幽霊船に関する功績を献上することで、ネファーレアには針のむしろのような名誉とお仕事の機会を。アスタレーナには、妹の面倒を見ざるを得ない状況を進呈できた可能性が濃厚というわけだ。

 これにより、継承競争に対する足止めの効果を、いくらか期待できるかもしれない。

 もちろん、あの姉であれば、こういった目論見にも気づく可能性は高いが……今回の、ネファーレアの“やらかし“で、二人は相当に肝が冷えたはず。あまり無理を押すことはできないのではないか。

 また、ネファーレアが不死化しかけたことを公表せずとも、競争相手である兄弟には打ち明けるかもしれない。これを聞かされた面々も、アスタレーナの心労を思い、不用意な動きは控えるのではないか。


「……それで、相手としては少し動きにくくなるんじゃないかと思うの。希望的観測だけどね」


 憶測の上に憶測を重ねる話ではあったが、筋は通っていると認めたのだろう。クルーたちからは疑念が上がることなく、むしろ感心したような視線が向けられる。

 しかし、相手方の動きに当て込むものはあるが、目論見通りにいく保証はない。何と言っても、相手はラヴェリア王族なのだ。

 すると、欄干に腕を置き港の方を眺めていたマルクが、リズに振り向き声をかけてきた。


「あっさり身柄を手放すのは……って気は、しないでもない。とはいえ、手元に置いておくのも危険。どう転んでも、悩まされることには変わりないな」


「ええ」


「ただ……今後の振る舞いについて、考えがあれば聞かせてほしいところだ」


 “あれば”という言葉こそつけているものの、実際にはあるものという前提で彼は考えているようだ。

 場の視線が集まる中、リズは一度港に振り向いた。人々が賑やかに行き交う喧騒の音が聞こえてくる。

 再び向き直ったリズは、静かに口を開いた。


「考えがあるにはあるけど……まずはマルシエルに許可を得る必要があるものと考えててね」


「許可、ですか」


「はい。そういうわけで、アテが外れたら、かえってガッカリさせるかもって思うんだけど……」


 とは言ったものの、これでかえって興味を煽ってしまった部分はあるようで、彼女は先を知りたげな視線に囲まれた。

 ぬか喜びさせないためという以外にも、少し口にするにはためらわれる理由もある。しかし……


(こういうの、悪いクセかしら……)


 何かと隠し事をしてしまいがちな自分に、彼女は困ったように笑ってため息をついた。


「やっぱり、言うわ。色々と付き合わせておいて、だんまりじゃ悪いもの」


「そうこなくっちゃ!」


 (はや)したてるクルーたちを前に、リズは軽く咳払いした。


「次の目標はね――」

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