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第163話 幽霊船へ②

 幽霊船を探し求め、海原へと繰り出したリズたちにとって、一番の手掛かりは「悪天候のさなかで出現した」という噂であった。

 考えてみれば、納得のいく話ではある。荒天の下で失意に沈んだ亡者たちと難破船が、次なる犠牲者を求めているというのかもしれない。

 それに、陽光に弱い不死者(アンデッド)たちにとって、容易に引きはがせない分厚い雲は、格好の拠り所である。


 9月19日昼。リズたちの船は、まさにそうした暗雲の前に行き着いた。

 この先に、噂の幽霊船が待ち受けているかもしれない。多くのクルーは大きな不安を(いだ)いているようで、強張(こわば)った表情で前方を見据えている。

 さほど使われる航路でもなく、船という一財産を好き好んで危険に(さら)す愚か者は希少だ。幽霊船を見に行こうなどという物好きなど、ほとんどいなかったに違いない。

 もしかすると、この船が第一号となるのかも。

 多くが恐れ怖じる感を(にじ)ませる中、ニールが緊張した面持ちでリズに尋ねた。


「針路はこのままで大丈夫ですか?」


「海が荒れているようだと、避けた方がいいでしょうけど……そうでなければ、可能な限り中心を見てみたいわ」


「了解です!」


 すっかり忠実な部下になった彼は、リズに小さく頭を下げた後、他のクルーたちに指示を飛ばしに向かった。

 そうして厚い雲の下へと進入した船だが――海面に目立った変化はなかった。大きく荒れているわけでもなく、むしろ静かな位である。

 また、陽を通さない暗雲の下は、周囲よりもずっと冷涼だ。実際の気温以上に寒気を感じられるのは、事に臨む者の先入観ゆえだろうか。

「考えすぎかな?」と不安げに声を掛け合うクルーたち。


 しかし……「アタリっぽいな」と、マルクが口にした。


「ええ。なんかこう……まとわりつくような、嫌な感じがある。本当に、出てきそうな雰囲気ね」


 リズの言葉に、顔を青ざめさせるクルーたち。「脅かすつもりはないのよ」と、困ったように笑って落ち着ける彼女だが……

 ちょうどその時、マストの上から物見が声を張り上げた。


「ぜ、前方に不審な船影を発見!」


 その大声の後、甲板の上は静まり返り、張り詰めたような緊張が場を満たした。

 さっそく目を凝らし、前方に注意を向けるリズだが、それらしいものはまだ視認できない。

 だが、そう遠くないうちに、肉眼でも確認できることだろう。

 場の士気を高めようという思いもあり、彼女は何回か手を叩き、朗々とした声を張り上げた。


「肉眼で見える位置まで、このまま接近! 具合が悪くなったら、その時はすぐに言うこと! いいわね!」


 彼女の呼びかけに、すぐさま威勢よく了解の声が飛び交う。

 不安はあっても、それを乗り越えるだけの気力は十分だ。


 そうして船は、妙に静かな海をさらに進んでいき、ついに肉眼でも前方の船影が確認できるまでに至った。

 高所から望遠鏡で監視する者なら、もっと細部まで観察することができる。彼に言わせれば、「旗は確認できず!」とのことだ。


「やはり、普通の船じゃなさそうね」


 船首近くで腕を組む彼女の下へ、今度は船内からセリアが駆け寄ってきた。


「通信室から呼びかけようとしたのですが、どうやら、通信の用意を持たない船のようです」


「応じてもらえれば良かったですが……実際に近づいてみるしかありませんね」


 その発言に、周囲のクルーたちが深刻そうな顔をリズに向けてくる。

 とはいえ、このまま普通に近づこうという考えはない。緊張があらわなクルーたちに、彼女は緊張を和らげるように話しかけていく。


「まだ噂の幽霊船と決まったわけではないわ。こういうところに潜伏している海賊船という可能性も考えられるもの」


「……なるほど! 幽霊船などという噂を広めて、他を遠ざけようというわけですね」


 ニールの言葉に、リズはうなずいた。

 ともあれ、前方の船が噂の出どころになっている可能性は高く、その調査に乗り出す必要はある。

 そこで彼女は、普段の海賊船退治のように、今回も自ら操るボートで接近してみようと提案した。


「まだ、直接乗り込もうって考えはないけど。砲弾を撃ってくる相手かどうか、ボートで近づける相手かどうか、それぐらいは先に把握しておきたいわ」


 この考えに否を唱える者はなかった。麗しき船長を行かせてしまうことに、やはり心配が尽きない者も少なくないようだが。

 信頼と不安入り混じる視線に包まれる中、リズは同行者の選定に入った。どうせ少し接近して、様子見で帰るだけである。道連れは少なくていい。

 そこで彼女は、ニコラだけ連れていくことに決めた。


「マルクは船長代理をお願いね。特に何もすることはないと思うけど」


「リズが無茶しなきゃな」


 ニコリともせずに返してくる彼に苦笑いを向け、互いの連絡用に《遠話(リモスピ)》の用意をしていく。

 そうして準備を整えたリズたちは、いつも通りの流れでボートに乗り込んだ。ロープに吊り下げらたボートが、海面へと少しずつ近づいていく。

 すると、欄干から身を乗り出すように、アクセルがひょっこり顔を出した。


「あまり無理せず、きちんと帰ってきてくださいね!」


 どことなく心配そうな彼に続き、他のクルーたちも顔を出してくる。


「あなたたちの方が危ないんじゃない?」


 朗らかな笑みでリズが返すと、彼らの多くは少し恥ずかしそうになった。

 すると、上には届かない小声で、ニコラが一言。


「みなさん、カワイイところありますよね」


「私らとは大違いだわ」


 リズの返しの後、二人は顔を見合わせて苦笑いした。


 ボートが着水し、普段通りの流れで加速させていくリズ。

 この後のことを考えれば、力を温存しておきたくもある。同行者を一人にしたのは、万一に備えつつボートの軽量化を図るためでもあった。

 後は……彼女もやはり、緊張するものはある。

 そこで、ニコラとともに動くのが、一番気が紛れると考えたのだ。

 実際、前方のぼんやりとした船影を眺めつつ、ニコラが普段と変わりない口調で言った。


「最近、考えてたことがあってですね」


「何?」


「不死者をごまかせるような変装をですね…………結局、仲間入りするしかないなあ~って結論でしたけど」


「ちょっと。あんまり気を持たせるんじゃないの」


 わざとらしく責めるような口調で言うと、ニコラは「すみませ~ん」と明るく笑った。それなりに緊張しているのだろうが、素の砕けた感じが頼もしい。

 そんな彼女らの談笑に、割って入ろうという動きはない。しばらくボートを進ませていっても、不審船はそのまま、不気味に沈黙するばかりである。


「威嚇でもしましょうか」


「そうね」


 相手の反応を引き出そうと、手が空いているニコラが、不審船めがけて《火球(ファイアボール)》を放っていく。

 狙いはやや外している上、彼我の距離はまだかなりある。途中で霧散するような攻撃ではあるが、明確な敵対的行為には違いない。

 それでも、向こうは何ら反応を示さない。何発か《火球》を放ってみるも、結果は同じ事だった。

 では、あの船には誰も――生死問わず――乗っていないのだろうか?


「なんとなくだけど……そういう(・・・・)気配は感じるのよね」


「ええ」


 ボートでそれなりに近づいたおかげで、不審船が全体的に、何らかの魔力を帯びていることまでは確認できている。近づくほどに、どことなく不穏な気配が増していく感覚も。

 何かあるのは間違いない。


 そこで二人は、一度引き返すことにした。

 皆と合流したリズは、ここまでの観察結果を報告し、これからの動きについて口にしていく。


「この船を、もう少し近づけてみましょう。それでも、たぶん反応はないと思うけど」


「近づけた後は、どうしましょうか?」


 硬い表情で尋ねるニール。

 腹が決まっているリズではあったが、打ち明けるには少し悩ましいものがあった。より正確には、周囲からの反応を予想し、気を揉んでいるのだが……


「私一人で、アレに乗り込んでみる」


 堂々と告げると、甲板上が大きなざわめきに包まれた。


(ああ、やっぱり……)


 この考えに否定的な思いを持たれているのは確実である。

 だが、これが妥当と考える理由が、リズにはあった。彼女の内面を推し量ったかのように、マルクが手を叩いて場を落ち着けていく。


「策もなしに突っ込む船長じゃないぞ……そうだろ? まずは、もう少し詳しい話を聞こうじゃないか」


 このサブリーダーの一言で、戸惑いの波が目に見えて引いていく。

 彼の助けに「ありがと」と声をかけてから、リズは自身の考えを口にしていった。


「あの船に妹……ネファーレアが乗っていた場合、みんなを近づけるわけにはいかないの。前に遭ったベルハルト殿下と違って、慈悲も遠慮も期待できない相手だと思うから」


「では……あの船が、ただの幽霊船だったら?」


「この船ごと近づけ、遠間から祓魔術(エクソシズム)で浄化していく感じになるかしら。その場合、先に乗り込んだ私は、偵察だけですぐに戻る考えだけど」


 つまり、必ずしも孤軍奮闘するというわけではないのだ。

 リズの生存力は、ベルハルトとの一戦で、クルーたちも知るところである。その手腕を疑おうというのではないのだろうが……前方で待ち構える船と、なんとも冷たく陰鬱な雰囲気の海に、不安の色はなおも色濃い。


 そこで彼女は、今回の幽霊船攻略のため、連夜の”夢の中”で覚えてきた魔法をお披露目することにした。

 彼女が魔法陣を一瞬で書き上げると、魔法陣を構成していた線が(ほつ)れて、彼女にまとわりついていく。やがて、彼女の体は、淡い光に包まれた。

 これは高等な祓魔術(エクソシズム)の一つ、光輝の法衣(ブライトローブ)である。この光そのものが、不浄の気を(はら)い、不死者の死肉から力を奪う。

 そして、法衣から放たれる清浄の光が、他の祓魔術の力にもなるのだ。

 攻防両用の力を身にまとうリズに、クルーたちは目を見開き、言葉を失った。


「こうしてみると、神々しいですね」


「でしょ?」


「黙ってりゃ完璧だったよ」


 遠慮のないマルクに、周囲から含み笑いの声が漏れ出ていく。

 ただ、今のリズが醸し出す雰囲気に、多くが安心を覚えたのは確実と言っていいだろう。

 自身の力で周囲の不安を払拭した彼女は、改めまってマルクに告げた。


「私がこんな感じだから、銀のランタンはこちらにおいてくわ。こっちが狙われないとも限らないから。うまく使ってね」


「了解……少しぐらいは、こちらでも仕事があればいいんだがな」


 そう言って苦笑いする彼に後のことを託し、リズは欄干からひらりと身を翻した。

 不審船を目指し、彼女は海原の上を一人駆けていく。

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