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第162話 幽霊船へ①

 9月15日。

 ベルハルトとの戦闘以降、針路を北西に取ったリズたちは今、協商圏を構成する島の一つに訪れるところであった。

 幽霊船が出るという海域にほど近い島であり、ここで最終準備を整えようというのだ。



 もしかすると、ラヴェリア第四王女ネファーレアが、マルシエルで噂になっている幽霊船を利用するのではないか――そうした懸念から先手を打つように動こうというリズの考えに対し、マルシエルは理解を示していた。

 実は幽霊船がなかった、もしくはネファーレアに先んじて幽霊船に遭遇、始末できたのなら言うことはない。

 それに……もしも先に相手が確保していたとしたら、むしろ見過ごすことはできないということもある。継承競争下におけるネファーレアの危険性は、《インフェクター(汚染者)》を持ち出した件からも明らかだ。


 そうして彼女の動向を危惧しているのは、リズだけではない。マルシエルとしても、公海上で幽霊船を手勢として操る死霊術師(ネクロマンサー)の存在など、容認することはできないのだ。

 一方、ラヴェリアに対してその件を糾弾することで、国際社会に深刻な亀裂が入る憂慮もある。

 よって、外に知れることなく未然(・・)に解決することを、マルシエル議会は期待している。

 世界の秩序が乱れることは、リズとしても本意ではない。

 こうして同意に至り、彼女が動き出しているというわけだ。


 もっとも、これから向かう幽霊船について、マルシエル側も詳細は把握していないという話だった。

 噂が流れ始めたのはハーディングでの革命前後。海軍で調査に乗り出そうにも、他に憂慮すべき事項があり、中々人手を割けずにいた。

 加えて、商売相手との航路から外れた海域での噂ということもあって、調査が先送りにされてきたのだ。

 リズたちと海軍で契約を結んだのは、こういう事象の調査を、もっと機動的に行うため――という考えもあったのかもしれない。



 そうしてリズたちが到着した島は、協商圏の外縁部に位置している。遠方との交易が盛んらしく、港や町並みはなかなか立派だ。

 目的とする海域との位置関係もさることながら、物資の調達という面でも都合のいい島である。


 港に泊まるなり、船のクルーたちがさっそく駆け出していく。補充物資の買い出しのためでもあるが、幽霊船調査と退治という大仕事を前にしての、息抜きという側面もある。

 一方、マルクとアクセルはニールを連れ、息抜きも兼ねての情報収集へと繰り出していった。セリアは現地行政へのご挨拶と、諸々のすり合わせに。

 そんな中、リズはというと……


「はい、できました~」と、にこやかな笑みを浮かべ、ニコラが両手で鏡を持った。

 その鏡を前に、リズは自身の新たな顔を確認し、「たいしたものだわ」、と感嘆の声を漏らした。

 彼女らがいる甲板には、居残り組のクルーがいくらか。ニコラによる変装術を眺めていた彼らも、リズの変わりようには驚きと関心を示した。

 今のリズは、少しボサボサの髪を三つ編みにし、少し焼けた肌にはソバカスと泣きぼくろ。肌へのメイクをチョチョイと済ませただけで、お澄ましさんから素朴な感じに変貌を遂げている。

 これに麦わら帽子と、現地民のようなゆったりしたワンピースを合わせれば、変装完成である。よほどリズに近しい者でなければ、即座に見破るのは難しいだろう。


 ラヴェリア側が船の居場所ぐらいは容易に突き止めているという前提は、今も動いていない。

 だが、この島に現地の諜報要員がいるとしても、エリザベータその人だと見破られないことには、それなりに意味があるはず。そういった考えの下での変装である。

 一仕事終えたニコラは、満足そうに手を叩いた。


「では、行きましょうか」


「そうね」


 仮にこの先で何かがあるとすれば、一番大変な目に遭うのはリズである。

 そのため、これから英気を養さんとして街へ繰り出すのだ。もちろん、幽霊船に関わる何かが見つかれば、それに越したことはないのだが……

 実際には、ほぼ観光気分で動き出す女性二人。

 船から港に降り立つなり、とりあえず観光客を装ってざっと視線を巡らせてみると……


「さすがに、ここで気取られる感じのはいませんね」


「そうね」


 大陸から手配される要員ともなれば、相当のものだろう。こちらが気づいていないだけで、周辺に張っている可能性はある。

 だが、確証もない脅威に縮こまっていても仕方ない。二人は堂々と、街並みの方へと繰り出していく。


 ここもマルシエルと文化的背景を一にするのか、島民の装いや島の建造物は、あの国とさほど変わらないように映る。

 港町ならではの、活動的な人々が行き交う雑踏の賑やかさも同じだ。露店には様々な商品が並び、客に話し掛ける店主の声がそこかしこから聞こえてくる、


「何か買います?」


 問われたリズは、今一度露店に視線を向けた後、苦笑を浮かべた。


「白本かしら」


「でしょうね~」


 味気ない返事に、ニコラは笑った。

 とはいえ、いつもと同じまっさらな本というわけではない。このあたりの魔導書や白本は、土地柄もあって、高温多湿と潮気に強い素材でできている。近辺の植生の影響もあるのかもしれない。

 さっそく、町の魔法組合に立ち寄り、スペア込みで何冊か確保した二人。


「結局、いつもの買い物ってカンジですね」


「そうね」


 とはいえ、魔導書一つを取っても、その土地の色が現れるというのは、リズにとって中々面白いことではあった。

 さて、魔法組合も魔道具等の扱いはあるが……生活用品に近いラインナップである。間違っても、幽霊船に乗り込もうという者が手に取るような物品はない。ここで買ったのは、白本だけである。


「次はどうします?」


「うーん……仕事道具って、正直これだけで十分だし」


 幽霊船に不死者(アンデッド)が出るとして、普通の武具を調達する意味合いは薄い。

 まず、相手が屍人(グール)動く骸骨(スケルトン)であれば、生前の制約を超えた動きを見せてくるため、接近戦は分が悪い。

 一方で非実体の亡霊(スペクター)等が相手であれば、なおさらに物理的な武装は役に立たない。

 では、そういった不死者たちを相手取るための、祓魔師(エクソシスト)専用装備が、どこにでもあるかというと――

 そういう噂が広まっているおかげか、ないこともないようだ。


 中央の商店街から少し外れ、冒険家や探検家、傭兵などが集まる区画に足を運んでみると、それらしい店が何件かあった。

 そのうちの一つに目をつけ、二人は入店した。年季が入った木造の店だが、外から魔道具らしき気配が感じられたのだ。

 実際、品揃えは二人から見ても中々のものであった。もっとも、スタンダードな武具は少なめで、商品の傾向や方向性は多岐に渡っており、雑多な印象を与える感はある。

 そんな中に、対不死者向けの物品がいくつかあった。本格的な戦闘を行うためのものではなく、ちょっとしたお守り程度の品が中心だ。

 顔に傷があり強面(こわもて)ながら、気さくな店主によれば、「なかなか売れてる」との談だ。


「ないよりマシって程度のもんだろうがね。本当に不死者が相手になるなら、普段の装備が丸腰同然になっちまう。それよりは……ってところだろうな」


「なるほど」


「……んで、嬢ちゃんたち、まさかとは思うが」


 急に真面目な顔になった店主。気づけば、店内にいる他の数名の客も、口を閉ざして視線を送ってきた。


(さて、どうしたものかしら)


 悪目立ちを避けたくはあるが……幽霊船について嗅ぎ回っている者がいるとラヴェリア側に知れれば、それはそれで好都合という面もある。

 あの妹に思い留まらせるという効果が――期待できないこともないからだ。

 何かしらの情報を得られればという思いもあり、リズは答えた。


「この島から西に行ったあたりで、“出る“って噂でしょ? きちんとした目撃情報なら、高く買ってもらえるって話も耳にしてね。そこで、偵察に行こうって船に乗ってるの」


 まるっきりの嘘ではない。情報を得られれば、それが報酬になるという契約を交わしてある。

 その契約相手というのが、泣く子も黙るマルシエル議会及び海軍なのだが。

 真相を知る由もない店主と客たちだが、リズの言葉には思い思いの反応を示した。心配そうにする者、(いぶか)る者。「止めといたほうがいいんじゃねえかな」と、親切にも声をかけてくる客も。

 そんな中、店主はリズたち二人に品定めするような鋭い目を向け、口を開いた。


「どうも……遊び半分って感じじゃねえな」


「ええ、まぁ」


 すると、店主は渋い顔で(うな)った後、申し訳無さそうに苦笑した。


「本気で行くってんなら、大して役立つもんは置いてねえ。すまんな。精々――」


「これですか?」


 先読みしたように、ニコラが一つの商品を手にとって見せた。銀製のランタンである。

 この目利きに、店主は「お目が高い!」と陽気な声を上げた。

 銀は不浄の気を(はら)うとされる。また、祓魔術(エクソシズム)の多くは、効果を発揮するために光源を必要とする。

 となると、銀製のランタンというのは、確かに心強い組み合わせだ。


(まぁ、あのネファーレアが相手だと……)


 実のところ、仮想敵に対しては心もとなくはある。

 だが、船に置いておく分にはいいだろう。もしもの備えになるかもしれないし、皆の士気と安心を買えるかもしれない。さほど悩むことなく、リズは決断した。


「決めたわ。これを買いましょう」


「おっ? いや、こういうところでケチらないのは立派だが……結構するぞ?」


 実際、値札にはそれなりの金額が記されている。

 しかし……これまでの海賊船退治で、まとまった資金はあるのだ。渋ることなく、リズは支払いに応じた。やや驚きながらも、貨幣を数えていく店主。


「うーむ、確かに……言うまでもないとは思うが、無茶はするなよ」


 そう言って店主は頬杖をつき、指先でそれとなく顔の大傷をなぞった。彼の気遣いに、リズは微笑みを返す。


「土産話でも持って帰るわ……きちんと、地に足つけてね」


「ハハッ! 間違っても、夜中には出ないでくれよ!」


 店主がそう言うと、彼と客たちが快活な笑い声を上げた。

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