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第160話 血の絆①

 9月13日。ラヴェリア聖王国王城、アスタレーナの執務室にて。

 先日、ベルハルトが遠征から帰還し、今日は末弟ファルマーズが帰還した。後ほど、継承競争会議を開く流れとなっているが、その前にファルマーズが調査報告にやってきたのだ。

 海外で起きた、飛行船の墜落事故の調査協力。国際協調も考慮しての本件を終えた弟に、アスタレーナは、(ねぎら)いの言葉を述べた。


「お疲れ様。大変だったでしょう」


「まあね。色々と気遣われて、逆に……」


「まさかとは思うけど、出先でそんなこと口にしたりはしてないでしょうね」


 姉の真面目な問いかけに、彼は「大丈夫」と答えた。


「さすがに、そういうことは(わきま)えてるから」


「そう」


 安心し、小さくため息を漏らすアスタレーナ。

 しかし、彼女の顔が少しずつ険しいものに。調査報告書を手に取り、彼女は無言で読み進めていく。


 飛行船が落ちたという惨事は、極めて珍しい事象だ。落ちた際の調査について、確立されたノウハウもない。

 そもそも、運用する側は”落ちないもの”という認識が根底にあるのだ。

 事故の真因を探るとなると雲を(つか)むような話であり、門外漢であるアスタレーナにとってはなおさらだった。

 そんな、手探り状態の事故調査だが、重要なポイントは2つある。当該機のこれまでの飛行記録と、残骸の調査である。

 前者については、何の問題もなかったということが明らかになっている。落ちるまでは、そうなる素振りが全くなかったのだ。事故機の離発着があった空港でも、懸念事項はまだ見つかっていない。

 となると、落ちた原因としては事故機そのものが怪しまれる。そこで、残骸の調査に目が向くところだが……


不死者(アンデッド)が出たのね」


「うん」


 表情豊かという方ではないファルマーズだが、調査の当事者だけあって、その顔は暗い。


「犠牲になった方じゃないか……っていうのが大方の見解で。屍人(グール)みたいなのじゃなくて、大半が亡霊(スペクター)だった」


 2種類の不死者を挙げられ、その違いがすぐにはわからなかったアスタレーナだが……少しして、彼女は悟った。


 屍人には、原型を留めた死体が必要である。


 彼女は再び、報告書に目を落とした。大雑把なスケッチには、頑健なはずの機体が無残にも損壊しているスケッチが描かれている。

 人体など、ひとたまりもなかったことだろう。


「幸い、二次災害にはならなかったよ。そういう(・・・・)現場だろうって見立てはあったから……みんなで祓魔術(エクソシズム)して、きちんと弔った」


「そう……」


 彼が言う不死者への対応は、あくまで墜落事故の余事でしかない。報告書においては、かなり簡素に記されるのみだ

 しかし、実際にその現場に立ち会った者にとっては、書類に記される以上の事態だったことだろう。アスタレーナは、その労苦と心痛を思った。


「本当に、お疲れ様」


「うん……他の皆さんにも、聞かせてあげたいな」


「機会があればそうするわ」


 これを、社交辞令ではなく本気と受け取ったのだろう。ファルマーズは「冗談だって」と力なく笑った。

 それからまた、彼女は書面に目を落とし、顔が険しいものになっていく。

 ノウハウのない事故調査だが、それでも見つかる不審な点というものはあった。


「……魔導石が足りない?」


「うん。残骸をかき集めても、本来あったと思われる分量には全然足りなくて。持ち去られた分が大半って感じだった」


 魔導石は、魔道具の動力源として広く用いられる鉱石である。飛行船を飛ばすためには相当量の魔力が必要であり、魔力の供給源となる魔導石も巨大なものになるのだが……

 現地に向かった専門家の目には、割れ砕けた魔導石が、明らかに少なく見えたというのだ。


「現地の火事場泥棒に持ち去られたという可能性は?」


「僕らが行くまで、現地には不死者がいた。だから、ありえなくはないけど、可能性としては微妙だと思う。破壊の衝撃で遠くまで散ったものを……っていうのならわかるけど」


「現地の市場で、魔導石の不自然な出物は……調査中みたいね」


 書類を素早く(めく)り、アスタレーナは該当の記述を最後の方でようやく見つけた。

 一方、そうした話にすぐ行き当たる姉に、ファルマーズは感嘆の念を(いだ)いたらしく、少し目を見開いた。


「そういう心得があるやつなら、売る相手は散らすだろうって。なんでも、足がつくからとか。闇市場に流れたとなると、公権力の調査では探りきれないところもあるし……」


「なるほど。望み薄ってところね」


 書類を手にした彼女の顔に、苦い思いが表出していく。

 手がかりが少ない調査において、事故機の残骸が持ち去られているというのは問題だ。持ち去っていった連中も、何らかの証人になりえるかもしれない。

 ただ……そもそもの前提が間違っている可能性もある。


「事故の線で調査してるという話だったけど、事件性を疑う声は?」


「公式にはなかったね。でも、裏ではそういう声があった」


 安易に公式見解とできないのは、アスタレーナにもよくわかる話だ。

 何かと国際情勢が騒がしい昨今、飛行船墜落という大事故に事件性があると認識されれば……そうなった時のことを思い、彼女は深いため息をついた。

 彼女は今、関連性のある案件を抱えている最中でもある。


 暗い思いを胸に、彼女は再び書類に目を向けた。

 事故機から持ち去られた魔導石の破片、それも本来あるべき量の大半が喪失。事故現場では不死者が発生。

 これら2つの事象は、事故があったということをそれらしく示すようにも見受けられるが――


(調査妨害というのは、考えすぎかしら……)


 飛んでいる船を落とすだけであれば、彼女でもいくつか方法は思い浮かぶ。

 そういうことをしでかす勢力が、背後で暗躍しているのだとすれば……

 しばし険しい顔で考え込んだ彼女は、ふと弟を放ったらかしていたことに気づいた。


「ごめんなさい。ちょっと考え込んでて」


 優しい口調で声を掛け、彼女は書類を膝の上においた。

 だが、再び視界に入った弟の表情は、先程の彼女よりもよほど険しい。苦々しさ、苛立ち、憤り……感情的ではないはずの弟が見せるその顔に、彼女は息を呑んだ。


「これが事故だって言うのなら……亡くなった方にはとても残念なことだと思うけど、でも、まだマシだと思う。原因を解明して、僕らが次に(つな)げるから。でも……これが事件だとしたら」


 彼は、今にも泣き出しそうな顔で口を閉ざし、肩をわななかせた。


「誰が、何をなおせばいいんだろう。僕らなんか、何もできないんじゃないか」


 悔しそうに口にする弟を前に、アスタレーナは立ち上がり、彼の両肩に優しく手をおいた。

 今日がこの報告だけで済むのなら、どれだけマシだったことだろう。

 しかし、後には継承競争会議が控えている。


 少し考え込んだ後、彼女は口を開いた。


「今日の会議、明日に延期しましょう」


「えっ? いや、そんな……」


「フェアじゃないわ。あなたに悪いもの。それに……エリザベータの居場所について、まだ不確定な部分が大きいから。諜報部としても、少しは時間稼ぎしたいのよ」


 実のところ、居場所の特定に関しては何の問題もない。ただ、弟と気遣わせまいとしての嘘である。

 さすがに、そこまで見抜けるわけはないだろうが、ファルマーズは少し悄然(しょうぜん)として口を開いた。


「ごめん」


「気にしないでいいのよ。部下の前だと、中々弱音も吐けないでしょ」


「……姉さんもそうなんじゃ」


「私は、一人きりになったら……結構舌打ちして発散してるから」


 アスタレーナが、やや恥ずかしそうに本当のことを言うと、弟は少し表情を柔らかくした。

 結局、会議は翌日開くということで、彼は了承した。他の兄弟と側近が受け入れるかどうかは別問題だが……そもそも、アスタレーナが司会という面倒を買って出ている以上、不満は出ないだろう。

 それに……ファルマーズには伏せた事だが、あの会議を今日行うことについて、別の懸念もある。問題を抱えている兄弟は、彼だけではないのだ。

 執務室から退室する弟を見送った後、アスタレーナは天井を見上げて大きなため息をつき……彼が去っていった頃合いを見計らい、またもため息とともに重い腰を上げた。

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