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第159話 おさらいと展望

 幽霊船退治に乗り出そうというリズの言葉に、クルーたちの多くは戸惑いを見せた。そういう噂を知る由もないであろう彼らにとっては、寝耳に水に違いない。

 一方、マルシエルからの出向者たちは、そういった噂話があることを知っているものを思われるが……こちらもやはり、困惑気味である。

 そんな中、前からの仲間である例の三人は、真剣な表情で少し考え込み……最初にアクセルが、合点がいったような顔になった。


「もしかして、利用されるかもしれないから、先に対処してしまおうと?」


「ええ、そんなところ」


 これにマルクとニコラ、やや遅れてセリアたちも、リズの考えをなんとなく(つか)んだようだ。

 ただし、クルーたちは置いてきぼりのままである。


 そこでリズは、もう少しかみ砕いた話をする場を設けようと考えた。自身の出自やラヴェリアとの関係という大きな隠し事を明かしている以上、今後の意向はむしろ話しておくべきと判断してのことだ。

 クルーたちも、そういう話には興味を持っているらしい。船長からの提案が、快く受け入れられる形に。

 さすがに、これだけの人数を収める会議室などはないため、甲板に木箱や樽を並べて座席としていく。

 こうして場ができあがると、これからの動きについて話す前に、リズは現状のおさらいを話し始めた。


 まず、そもそもの大前提について。

 一国の王子を、遠く離れた洋上へ船一隻で向かわせるというのは、かなりの大事(おおごと)である。

 そういうリスキーな行為を受け入れられたということは、リズの居場所をかなり精密に把握する手段を、ラヴェリアが持っている可能性が高い。


「しかし……その割には、そんなに積極的に襲われてる感じでもないっスね」


「ま、そこも色々と理由があると思うのよ」


 続いて彼女は、継承競争におけるルールの推定を口にしていった。

 おそらく、兄弟同士での対立を防ぐため、誰かが動いている際は邪魔しないようにするルールがあるはず、と。

 そうしたルールが有るのなら、リズに対して何らかの仕掛けを行っている場合、制限時間があるのではないか――とも。

 なぜなら、時間制限がなければ延々と作戦状態を引き延ばすことができ……そこへ他の兄弟が動き出せば、必然的に干渉や横取りといった事態になりかねないからだ。


「それで……制限時間ありってルールが本当にあると考えると、洋上でうろついてるってのは有利なのよ。私にたどり着くまででも、相当な時間がかかるはずだから」


「は~、なるほど」


「ただ、今回は……なんか、クソ速い船を使われたんですよね?」


「ええ。その辺の話はまた後で触れるわ」


 ここまでの話の要点は、リズの居場所はほとんど筒抜けではないかということ。兄弟が動き出すのは、おそらく一人ずつではないかという2点だ。

 これらを前提に、彼女は先日のベルハルトとの戦いについて言及していく。

 先述した通り、ラヴェリアの王子が船一隻で動き出すこと自体、かなり――言ってしまえば愚挙・軽挙のようなものである。

 しかし、彼自身もそういう自覚はあったはずで、実際に王子と単艦による遠征を正当化するだけの言い訳があった。

 そのことが、戦いを切り抜けた後では、リズにとって有利に働くものと考えられる。


「……あっ! つまり、次も同じ言い訳で仕掛けて来たら、他の国から『またァ?』って思われかねないんですね!」


「そういうこと。同じ言い訳で動けば不審に思われる。かといって、あちらが一報も入れずに動き出せば、何か起きた時に他国からすごく怪しまれるし、無駄に刺激する」


 つまり、王子と一隻で動くには、また別の口実がなければ他国との関係を緊張させかねない。

 では、一隻で動くのが不自然というのなら、王子の船に艦隊をつければ良い――という話でもない。


「いや、それこそありえないでしょ。そんなことしたら、余計に他の国から目を付けられるんじゃ?」


「ええ。軍隊を動かすような形で他国を刺激するのは、ラウェリアとしても望むところではないはず」


「ってことは、一隻で動くには怪しまれるし、大勢で行くのはもっとダメってわけで。相手さんとしては、どうしようもないんじゃないすか?」


「ま、普通に考えればそうなるわ」


 一隻で動くための口実は、すでに消費してしまっている。加えて、試験中の高速船を使うという手も。同じ手を使うのは難しいだろう。

 ただ、継承権者の打つ手が完全になくなったというわけではない。

 まず――気が進むかどうかは別にして――非正規の戦力を運用し、リズたちに向かわせるという手がある。


「非正規ってーと、傭兵とか?」


「ええ。あと、海賊ね。もっとも、そういう(・・・・)国じゃないらしいから、まず無いと思うけど」


 ベルハルトの言葉によれば、ラヴェリアは海賊・私掠船などとは関係を持たずにやってきたという。それを覆し、後に障るような手をとるというのは、かなり考えにくい。

 ただ、もう少し別の手立てに、リズは心当たりがあった。それが……


「それで、幽霊船ってわけっスか」


「そう。誰のものでもない船が、脅威になりえる不死者(アンデッド)を乗せてブラブラしてるのなら……自国から軍を出すよりは、色々と都合がいいでしょう。ちょうど、向こうには死霊術師(ネクロマンサー)が一人いることだし」


 その後、リズは継承競争における、順番の考察を口にした。

 ここまで相手からのアクションと思われる仕掛けは6回。内、最初の2回についてはラヴェリア国内のもので、誰の手によるものかは、未だ不透明だ。

 国外に出てからの仕掛けは4回。直近のベルハルトからのものを除けば、全て海へ出る前のものであり、仕掛けてきた人物も判明している。


 まず、ロディアン近辺で生じた《インフェクター(汚染者)》との戦闘。これは第四王女ネファーレアの差し金であった。

 次いで、ハーディング領モンブル砦に対する、魔神アールスナージャの襲撃。これについては、魔神との契約文章を盗み見るという形で、第五王女レリエルが背景にいることが判明している。

 そして、ハーディング領サンレーヌ会戦。ここにラヴェリアから派遣された槍の達人ローレンスは、第三王女アスタレーナによる密命で動いていた。


 こうして明らかになっている分を除き、最初の2件について、改めて考察してみると――

 山岳部で受けた攻撃については、第一王子ルキウスの手によるものと考えられる。ちょうど国境沿いの出来事であり、現地の防衛部隊を動かしたと考えれば、国防における重責者の彼が司令を取ったというのがしっくりくるのだ。

 では、王都を出たばかりの森で、暗殺者らしき三人から受けた襲撃については?

 継承競争において、公平性を保つためと考えれば、なるべく攻撃の機会を均等化するのが好ましいと思われる。

 つまり、ここまで名前が挙がった四名の手による攻撃という可能性は、低く見積もっても良いだろう。

 となると、消去法で第二王子ベルハルトと、第六王子ファルマーズが残る。

 そして、王都を出たところで早速仕掛けたとなると、ベルハルトが様子見や小手調べで動いたと見るのが妥当のように考えられる。


「……ってことは、一番下のファルマーズ殿下だけが動いてなくて、第二王子のあのベルハルト殿下が、船長に2回仕掛けてきたって感じスか」


「確実な話じゃないけどね」


「それで……ファルマーズ殿下が動いていないのは、なんででしょ? 他の方に遠慮してるとか?」


「いえ。彼は国の技術部門所属だから……状況を見て動くっていうのじゃなく、自分の準備ができたら動くって感じだと思う。世に出る前の新作を引っさげて――みたいな」


 ここまでの話は、ほとんどリズが自身の口で語ってきた、彼女なりの推論である。

 彼女の話に対し、横から否定的な見解が飛ぶことはなかった。元諜報員の三人も、マルシエル議会所属のセリアも、ここまでの話は妥当なものと認めているようだ。

 そうした推論の土台の上に、リズはもう一つ重ねていく。


「ファルマーズを除外して考えるなら、あちら側はとりあえず一巡目(・・・)が終わった感じだと思う。二巡目の初陣で、さっそく第二王子が動いてきたってところね」


「んで、次に動きそうなのが……」


「死霊術師のネファーレアが、一番あり得るんじゃないかと思う」


 そして話は幽霊船に戻る。噂がもしも真実であれば……ベルハルトと同じ口実や手口を使いづらい中、幽霊船という別軸の戦力は、かなり有力視されることだろう。

 加えて、ネファーレアからの私怨もある。他の兄弟が動きづらくなり、手をこまねいている中で、彼女もおとなしくしているなどとは考えにくいのだ。


「船長、そんなに嫌われてるんですか?」


「ええ、まぁ……事情はわかるけどね」


 すると、なんとも言えない静けさが訪れた。

 リズとしては、別に愉快な話というわけではないが……はぐらかしてしまうのも、なんとなく(はばか)られる思いがある。

 結局、彼女は(まぁいいか)と思い、妹――というより、あの母娘――との確執について手短に話すことにした。


「ラヴェリアの君主と子を成すっていうのは、本当に大変な名誉でね。後宮に入るだけで、一族の誇りとして扱われるぐらいで」


 ここまでの話に疑問点はないようで、クルーたちは表情も変えずに聞き入っている。

 ただ、事情がわかっているであろう面々の顔は硬い。そうした様子を一瞥(いちべつ)してから、リズは続けた。


「私の母は高級娼婦で……『王を(たぶら)かした』だの何だので、私が生まれてすぐに処刑されたそうなの。それで、そんな私に、他の母から生まれた妹がいる」


 ここまで言うと、なんとなく察するものがあって、ハッとした表情と気まずい顔が現れていく。

 言う側としては、すでに受け入れてきた事実ではあるが……ため息を一つ(こぼ)してから、彼女は最後まで続けた。


「後宮に招かれるほどの誉れ高い才女を差し置いて、王室にふさわしくない身分の下女を、王が孕ませたのよ。私の母は罪人扱いで……妹の母は罪人の後釜なの。順番にこだわる連中にとっては、ね」

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