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第157話 それぞれの思い①

 一風呂浴びた後、リズは船長室に戻って着替えた。念のためにと同行したのはニコラとセリアの二人。

 帰還したリズに、特に外傷はないのだが……


「おなか、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ、だいぶ温まったから」


「いえ、そうじゃなくて……」


 二人の顔がにわかに曇っていく。

 ニコラは、濡れ浸しの服を持ち上げた。いつもの水兵服のへそ辺りが、スパッと裂けている。

 戦いで切られたものと、二人は判断したのだろう。それにしては、リズに出血も何もないようだが。

「くっついてるわよ」と苦笑いする彼女に近づいたニコラは、裾から恐る恐る手を入れ、リズの腹を優しくまさぐった。


「ちょっと~、くすぐったいって」


「傷はないみたいですけど、本当に大丈夫ですか?」


「ええ、もちろん」


「服の傷は、海中へ打ち付けられた時のものでしょうか?」


 横合いから問いかけたセリアに、リズはうなずいた。


「あらかじめ、《防盾(シールド)》だけ書き込んだ薄手の魔導書を、おなかに仕込んでまして。一騎討ちとはいえ、距離を取ってのものであれば、向こうには気取られないものと」


「なるほど」


 あってしかるべき備えとも言えるが、それでも準備の良さには感心したらしい。表情を柔らかくしたセリアは嘆息した。

 そんな彼女を見つめた後、リズは真面目な表情になってニコラに向き直った。


「ごめん。ちょっと、マルシエルの方々とお話ししたいから」


「じゃ、呼んできますね」


 程なくして、船長室にはセリアを筆頭とするマルシエルからの出向者が勢揃いした。

 わざわざ船長がこのタイミングで集めたということに、多くが身構えた様子でいるが……まずは頭を下げるリズ。


「今回の一件に関し、何かとご心労をおかけしたものと思います」


「い、いえ、そんな……」


 リズとしては、協力者であるマルシエルに飛び火しないようにと、色々と気を回した部分はある。

 それでも、不安は尽きなかったのだ。当の出向者ともなれば、不安はなおの事であろう。

 しかし、彼女からの陳謝に、多くは戸惑った様子でいる。そんな中、落ち着きを保つセリアが口を開いた。


「殿下のご協力により、ベルハルト殿下が今回の継承競争についてどのようにお考えか、その一端に触れることはできたように思われます。これは、我が国にとっても価値ある収穫かと」


「火種自身が情報を売りつけているようで恐縮ですが……」


 リズの言に、場の一同は苦笑いした。

 ただ、彼女の対応により、本件は大過なく収束したと言える。火種自身が、延焼を防ぐように配慮したというべきか。

 また、ベルハルトを乗せたラヴェリア船が去ってから少しして、マルシエルから連絡があったという。


「当海域における海賊の活動について、十分な実勢調査ができた……とのことです」


「なるほど」


 連絡のタイミングから察するに、すでに国の上層部を通じて、ベルハルトが帰途につく旨の伝達があったのだろう。

 そして、行きと同様、それと明言することなく(ほの)めかすような指示という形で、リズたちにも話が降りてきた……というわけだ。


 これからの動きについて、リズには一つ考えがあった。この海域に留まらないで済むのは、渡りに船といったところ。

 もっとも、マルシエル側に話をつけた上で動き出さなければならないが……

 それはさておき、この場に集めた面々に、リズは言っておくことがあった。


「こういうことを口にすべきではないのかもしれませんが……お国から使命を負っていらっしゃるとはいえ、皆さんを巻き込んでしまうことに、私としてはやはり抵抗感や申し訳なさがあります。降りたり交代したりというのも難しいかと思いますが……」


 自分の手で人生を変えてやったクルーたちが慕ってくるのは、まぁ、そういうものだろう。

 あえて口にすることではないが、彼らにはまだ他の居場所がないという事実もある。

 一方で、マルシエルからの出向者は、あくまで国からの命によってリズに帯同しているに過ぎない。そうした面々を巻き込んだことで、実際にどう思われていることか。

 色々と迷惑をかけている自覚から、心苦しい気持ちを口にしたリズだが……当の相手は、揃って真顔でいる。中には、キョトンとした表情の者も。

 一同は互いに顔を見合わせ……返答の代表なのか、セリアが同僚たちから指差されていく。

 少し困り気味の苦笑を浮かべた彼女は、リズに向き直り、少し考え込んだ後に口を開いた。


「そのようにお気遣いいただけること自体、大変ありがたく存じます。殿下」


「ええ、まぁ。謙虚にしていた方が、捨てられずに済むと思ったもので」


 もっとも、昔は今よりもさらに謙虚に大人しくしていたものの、結局は国から捨てられた過去があるのだが……

(そういうジョークで笑ってくれる感じでもないし……)と考え、彼女は余計な付け足しはやめておくことに。

 それから、セリアは言葉を付け足した。


「私たちの国には、その成り立ちからして王侯貴族が存在しません。ラヴェリア王家に代表されるような、英雄の血を引く家系がないのです。議長から殿下にお声がけがあったのは、有事に備えて、そういった強大な力を持つお方とのご縁作りという面がありました」


「言ってしまってもよろしかったのですか?」


「はい。機を見てお話するようにと」


 つまり、マルシエルとしては、何かあった時に備えて(よしみ)を通じようと今も(・・)考えているということだろう。

 強者との結びつきをマルシエルが所望するという話は、リズにとっても腑に落ちる。かの国の海軍は強大だが、それは組織力や財力の賜物であり、突出した英傑に率いられて……というものではないのだ。


 ただ、セリアの話は、むしろここからが本番だった。

 彼女はリズよりも年上の、落ち着きある女性だが……そんな彼女が、少し声を弾ませる。


「直にお目にかけると、すさまじいものですね。まさか、あれほどとは……」


「私も同感です」


「……ああ、いえ、エリザベータ殿下もですよ。あの猛攻に(さら)されて生き残る者など、私たちの国に一人でもいるかどうか」


 セリアの言葉に、他の面々がうなずいて賛意を示す。そして、彼女は言葉を重ねていった。


「それに……あのベルハルト殿下を相手に、海中に一人潜んでやり過ごし、逃げの一手を打つ。その心胆と手並みには、感服いたしました」


 実際、あの兄からほぼ無傷で逃げ延びたのは、かなりの偉業と言える。

 とはいえ、逃げることしかできなかった身として、誉めそやされるのに照れくささもあり……むずがゆさを覚えつつ、リズは「もう大丈夫です、わかりましたから」と言った。

 そんな彼女へ、にこやかだったセリアが少し顔を引き締め、口を開く。


「継承競争を再考させるというのは、困難極まりないものと思われますが……殿下がこれからも刺客を退けられることで、ラヴェリア側の考えが変わるかもしれません。事の次第によっては、マルシエルとして動くという道もあり得るでしょう」


「……それは、公式な見解として受け取ってもよろしいものでしょうか」


「国としてそういう意向があるということは、お伝えせよと承っております。今後に備え、恩を売っておきたいとも」


 ここまで潔くあけすけに言われると、かえってやりやすくはある。

 そして、そんな国の命を受けて動くセリアたちには、また別の想いがあるようだ。直接の部下であるクルーたちとは少し違う感じの、尊敬の念を向けてきている。そうした一同を代表し、セリアは言った。


「あくまで、マルシエルの国民として協力する立場ですが……国とは関係ない一個人としても、殿下のお力になれればと思っています」


「……ありがとうございます」


 こうまで言ってくれるのなら、人員を交代する必要はなさそうだ。

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