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第152話 VS第二王子ベルハルト②

 生半可な鍛え方では、生身で受け切れない横一閃。

 しかし、リズの胴は両断されなかった。それどころか……ベルハルトの動体視力は、彼女が大した傷を負ってもいないことを認めた。目に見えてわかるほどの出血は確認できない。

 おそらく、胴を守る用意ぐらいは事前にあったのだろう。彼はそう考えた。《防盾(シールド)》と違い、皮膚を局所的に守る《鎧皮(アーマースキン)》という魔法もある。熟練しなければ保険にもならない魔法だが……

 あのエリザベータが、使いこなせないはずがない。


 彼は右手のレガリア、《夢の跡(イクスドリーム)》を解いた。ハルバードが光る粒子になって、宙に溶けて消えていく。

 まだ戦闘中という認識はあるが、彼には確かめたいことがあった。

 というのも、リズに横薙ぎを叩きつけた時、レガリアに新手が加わったことを示す、独特の感触が右手にあったのだ。

 まさか……とは思いつつ、彼は新たに勝ち得た武具を再現すべく、手に魔力を注いだ。


 果たして、それはかなり薄めの魔導書だった。

 しかし、彼の魔力のみで構成される魔導書は、文字通り魔力の塊である。読むのも難しく、そもそも彼は魔導書の使い手でもない。

 扱いに困る戦利品を手にした彼だが、この魔導書を《夢の跡》で手にした事実が、現状の断片を教えてくれている。

 彼は、この薄い魔導書がリズの愛用品だとは考えなかった。つまり、彼女を殺めて手にした物ではなく、単に自身の手でこの魔導書を切って、コレクションに加えたに過ぎないと。


(たぶん、腹に仕込んでいたんだろうな……)


 おそらく、魔導書に防御魔法を書き込み、こうした事態への備えとしていたのだ――彼はそのように推測した。

 だとしても、攻撃の威力をまともに受けた彼女に、相当なダメージこそあるものだろうが……

 それでも彼は油断しなかった。

 彼女に追いつき、今回の状況を仕掛けたのは、紛れもなく自分たちラヴェリア側である。

 しかし……自分たちがこの海域に届くまで、リズは1か月以上の時間を洋上で過ごしていたはずだ。


――では、彼女ほどのサバイバーが、海戦・水中戦の用意もせずに、のんべんだらりと日々を過ごすものだろうか?


 彼はとてもではないが、それがありえる話とは思わなかった。

 自分たちとの遭遇に、彼女は間違いなく驚いたようだが……それはそれとして、捕捉された時への備えに、何かしら水中戦の準備を整えてきたのではないか。いざというとき、生き延びるために。

 あるいは、事によっては出し抜き、もしくは罠にはめるために。

 推測――それと、そうであってほしいという願望――を胸に、彼は妹が落ちていった海面を、じっと見つめ続けた。


 大気中に比べれば、水中はずっと魔力が密に存在する。そのおかげで、普通の視覚ばかりか、魔力による透視も効きづらい。相手が、背景に紛れてしまうのだ。

 よって、空中から水中の相手を狙うより、水中から空中の相手を狙う方がたやすい。

 もっとも、水中で行動の自由があるのなら、だが。


 そうした環境の性質を、相手はうまく使ってくるのではないかと、ベルハルトは考えた。

 実際、海に対して身構える彼の目の前で、ある意味では望んでいたとも言える反応があった。海中から、わずかにではあるが周囲よりも濃い魔力の気配。

 歴戦の勘から、彼は素早く後方に退いた。

 少し遅れ、彼がいたところを、水中からの《貫徹の矢(ペネトレイター)》が数発通り抜けていく。狙いそのものは申し分ないものだった。

 それに、ほぼ直下、それも水中からの貫通弾というのが、実に効果的な攻撃だ。水中から弾が脱して標的に届くまで、時間の猶予はごくわずか。水中という隠れ蓑のおかげで、撃たれている、狙われているという事実にすら気づきにくい。


 ただ、これで弾の出どころは把握できた。

 それからも飛んでくる貫通弾を、彼は軽快なステップで避けていく。同時に、彼の右手が青白い光を放つ。

 次に彼が繰り出したのは、三又の槍だ。長さは背丈ほど。そこまで長いものではない。


 新たな武器を手に、彼は狙い定めた水中の一点を目掛け、下に鋭く突いた。

 突きの勢いそのままに、槍の柄がどこまでも伸びていき、三又の穂が海面を貫いて潜航していく。

 彼が今、その手で再現しているのは、柄が伸びるという槍というシンプルな宝物だが……持ち主ばかりは特別である。

 その精確な狙いと手さばきは、水中の標的を見事に捉えた。水とは違う何かを貫いた確かな感触が、彼の手から腕に伝わり――

 彼は顔色一つ変えず、次の行動に移った。海中へと刺した槍の柄を、手元へと引き戻していく。


 そして……捕らえた獲物が海面から揚がるその直前で、彼は鋭くバックステップした。身は後ろに、長槍は戻しきることなく、海面から弧を描いて彼の斜め下方へ。

 彼の予想通り、刺し貫いたのは魔導書であった。


 まだ読めないのは、次なる仕掛け。それでも、彼の対応は早い。次の兆しを感じ取るよりも早く、彼は迷わず槍の柄を力強くねじった。

 それに合わせ、魔導書に《魔法の矢(マジックアロー)》を連射していく。魔弾を叩きつけられた本が、回転する穂先から引きはがされ――


 次の瞬間、魔導書全体に魔力が集中した。両の表紙がひとりでに動き、ページが開かれる。

 ベルハルトはいくつかの攻撃パターンを瞬時に思い浮かべ、単なる飛び道具の可能性は低いと踏んだ。足元からの奇襲に合わせ、魔導書と術者本人のコンビネーションでも、自身を打ち崩すには至らなかったのだから。

 となると……


 魔導書の至近で効果を発揮する、下手すれば自滅しかねない魔法の可能性を、彼は重く見た。

 そして、引き揚げた魔導書を近づけなかったことが、ここで生きてくる。魔導書と彼の距離は十分にあり、なにより……

 彼の前方、落ちくぼんだ海の波間の谷間に魔導書がある。何らかの魔法を起動しようとする魔導書に、荒れる波が次々と襲い、覆いかぶさっていく。

 しかし、たとえ海が威力を吸ってくれるとしても、彼は油断しなかった。

 波に呑まれてなお、開かれているページを維持しようという魔導書の硬直に付け入り、彼は槍で魔導書を両断した。リズの手勢を、確実かつ効率的に仕留める一手だ。

 対する最期の反撃に備え、彼はすぐさま《防盾》を構えた。


 瞬く間の攻防の末、魔導書が最後に放ったのは、目も(くら)むような閃光だ。波に呑まれながらも宙を白に染め上げんとするその激しい光に、彼は目を閉じ、身構えた。

 これを布石とするなら、海中から攻撃が来る。瞑目したままの彼は、感覚を研ぎ澄ませて次なる攻撃の気配を探っていく。


 だが、閃光が落ち着いても、海から攻撃が来ることはなかった。

 ため息ひとつ口から漏らし、彼は何度か瞬いた。


 ベルハルトには、海中に感じた魔力の気配が魔導書だという予感が、刺し貫く前から実際にあった。それがおそらく、罠だろうとも。

 リズの戦いぶりについて、彼ら継承権者たちが比較的詳細に把握できているのは2戦。《インフェクター(汚染者)》との戦いと、アールスナージャとの戦いである。

 その2戦の観察と報告により、リズがあまりいないタイプの魔導書使いであるという印象を、彼は(いだ)いていた。

 とっさの時、魔導書を盾にするというのは、よくあることではある。

 だが、それでは後が続かない。ましてや単騎で動いているとなれば、後の不利を承知での延命にしかならないだろう。

 しかし、リズは違う。魔導書という重要な武器を失うリスクを負ってでも、ここぞというタイミングで効果的に、彼女は魔導書を捨て石にする。

 そういう思い切りの良さと、場の流れを読み、自分に引き寄せる戦術眼。彼女にそういった才覚があるものと、彼は認識していたのだ。


 だからこそ、今回の戦いで魔導書を海中から引き揚げた――いや、引き揚げさせられた(・・・・・)時も、彼に別段の驚きはなかった。生モノらしくはない何かを刺した瞬間に、半ば確信するほどであった。

 おそらく、相手は海中に叩きつけられることまで戦いの流れに組み込み、戦闘のシナリオを構築している。彼はそのように考えた。

 魔導書を囮としつつの、海中からの貫通弾。引き揚げさせてからの、閃光による無力化。これらは、あらかじめ狙っていた動きなのではないか、と。


 そう考えると……海中で息を潜めているであろう妹も、自ら進んでそうしているように思われる。

 単純な戦いでは圧倒していたという認識こそあるが、戦術においては、向こうも決して負けてはいない。むしろ――


 彼は、未だ妹がいるはずの海中へと、視線を向けた。

 荒れた波も少しずつ落ち着き、元の海面を取り戻しつつある。

 その海面の向こうに、今は何の気配も感じられない。まさか、離脱したということもあるまいが。


 ふと、彼はリズの船に視線を向けた。

 今頃、彼らにはどう思われていることだろうか。

 敵から負の感情を向けられることには慣れ切っている。そんな自分に、冷ややかな笑みを浮かべ、彼は再び海面に目を向けた。


 魔導書によるカウンターの事実を踏まえれば、リズは間違いなく生きている。

 常人で息が続かないほどの時間がすでに経過しているのは事実だが、おそらくは――


 そのまま彼は、妹が没した辺りの海面に目を向け、静かに(たたず)んだ。10分、30分、1時間、2時間……


 荒れた海面もすっかり凪いで、何事もなかったかのような海面へと戻った。

 海面の向こうに反応はない。リズの船にも、目立った動きや気配はない。

 それでも彼は待ち続け――


 やがて、時間がやってきた。


 曇り空が一層暗くなり、夜の(とばり)が下りかける頃、彼は戦場から(きびす)を返して自艦へと向かった。

 そこで彼の胸裏に、これを待ちわびていたのでは……という疑念が浮かび上がる。彼は後ろに振り向いた。


 しかし、静かな海面に動きはない。

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