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第151話 VS第二王子ベルハルト①

(冗談でしょ)


 ベルハルトが放った最初の一撃に、リズは息を呑んだ。

 双方の間合いは、接近戦というには相当な距離がある。

 にも関わらず、海上数メートルの位置から繰り出したハルバードの一振りは、リズの足元まで迫ろうかという勢いで、海面を大きくえぐり取った。


 振りの鋭さも恐ろしいばかりだ。宙に白刃の軌跡が描かれるほどの速さで、続く一閃は横凪ぎ。

 リズは、自由落下に任せてこれを回避した。頭上を通り抜ける魔力の剣閃は、相当な距離を飛んだ後、ようやく霧散したようだ。


――単騎で部隊どころか、一つの軍とも拮抗し得る。そのように称えられる彼の力を、まざまざと見せつけられている。


 そして、彼は長柄の武器を軽々と振り回し、海を切り裂きながら詰め寄ってきた。

 彼に匹敵するほどの威圧感を放つ相手との戦闘は、過去にも存在した。魔神アールスナージャとの戦いが、まさにそれだ。

 だが、あの時は相手に行動の制約、特に移動の不自由があった。

 今回はそれがない。


 詰め寄ってくるベルハルトに対し、リズは《魔法の矢(マジックアロー)》を連射するも、彼はハルバードの刃を盾代わりにして受け、攻撃を相殺した。

 着弾の衝撃は、力と体幹で抑え込んでいるのだろう。直進の勢いは少し弱まったようだが……

 そもそも、《空中歩行(エアウォーク)》頼みの空中戦、陸の感覚のような踏ん張りはきかないのだ。それでも小揺るぎ一つ見せない彼の構えに、リズは驚異と畏怖の念を抱いた。


 生半可な魔法で押し留めるのは難しい。まずは、せめて距離を維持しようと、彼女は横にステップを踏んだ。フットワークを活かし、空中でステップを刻みながら魔法を乱射。

 多方から迫る《追操撃(トレイサー)》の群れに、ベルハルトもまた、軽快な足さばきを見せる。

 密度ある弾の群れには、余裕を持ってハルバードを軽く一閃。薙ぎ払われた誘導弾が、あえなく宙に散っていく。

 最初に見せた一撃の重厚さとは裏腹に、ハルバードさばきは軽快そのもの。まるで重さなど感じさせない。


 そして、彼は再び大きく振りかぶった。そのタイミングに合わせ、彼を頭上から強襲するように誘導弾を放つリズ。

 彼は構わず、ハルバードを振り下ろした。叩きつけられる刃の軌跡を見切り、大きく右にかわしていく彼女の足元で、海面には深い谷ができた。

 刻まれた海面が、やや遅れて自身が液体であったことを思い出し、崩れた断面が押し寄せて飛沫が上がる。


 この間も、リズは相手から目を離せなかった。

 やはり、ハルバードの振りは鋭く、重さなどないように振り回せるようだ。あれほどの一撃の後にも関わらず、その一振りに体がもっていかれていない。

 頭上から迫る弾も、彼は落ち着いて《防盾(シールド)》で相殺した。


 だんだんと温まってきたのか、彼の攻撃はさらに熾烈さを増していく。

 振り下ろせば海面が割れ、(えぐ)れ、穿(うが)たれる。

 薙げば、大波が千切れ飛ぶ。

 最初は穏やかだった海面も、彼が攻撃を乱舞させるそのたびに、その破壊力を受けて大きく様相を変えていく。今や、無秩序な波がそこら中で林立する有様であった。


 大ぶりな攻撃が多いようだが、一方で付け入る隙はほとんどない。

 それでも、合間合間にタイミングを見計らっては、果敢に一撃を狙っていくリズだが……今のところは、ほぼ防戦一方であった。

 腰に帯びた《インフェクター(汚染者)》も、使い物になるかどうか。懐に飛び込もうとすれば、その前に両断されるだろう。

 それに、抜いた《汚染者》を破壊されるような事態となれば……この恐るべき魔剣が、あのベルハルトの手に渡る。

 剣闘のリスクを重く見たリズだが、かといって飛び道具で仕留めきれるとも思えない。


 足元で揺れ動く海の様子も、彼女の余裕を徐々に削り取っていった。

 海面に刻まれる威力が、もしも(・・・)を想起させるからというだけではない。

 ラヴェリアが誇る英傑の暴力を一身に受け続け、海は一時の休みもなく荒れ狂っている。この、不確かな足元の環境が、リズの感覚を損なわせた。

 体の平衡・高度・間合い……一挙手一投足に、本能的な迷いが生じ、それを意志の力でどうにかねじ伏せ、従わせる。

 確かな陸地、穏やかな海。そういった環境では生じない身体のかすかな惑いが、精神力の出費となっているのだ。


 そして、海を滅多打ちにしている彼が握る、あの武器――正確にはレガリア――の真価を、リズは身をもって知る思いだった。

 大昔の英雄の血を引く者となれば、その力は絶大だ。生半可な武器では、乗せた魔力に耐えきれない。

 国宝とされる武具の国宝たる所以は、まずは王族の力に相応しいかどうかにあるのだ。

 その点で言えば、ベルハルトが操るレガリアは、シンプルながら驚異的なものがある。

 自らの手で破壊した武具、殺害した者の愛用品を、王族の力を以って再現し……在りし日以上の力で、彼が操るのだから。

 それに、彼の戦利品が、あのハルバードー本だけということもあるまい。力の一端を存分に見せつけつつも、その底には至ることがない。

 純粋な力の差は、リズも認めざるを得ないところであった。


 刃の乱舞は、次第に密度を増していった。繰り出される魔力の閃きが、波を細断していく。細かく、鋭く、そして……持ち手にとっては、おそらく軽い連撃。

 連撃をかわし、かいくぐり、時には重ねた《防盾》で難を逃れるリズ。

 一度でもいいものを貰えば、たちまち大きく状況が傾くことだろう。

 時折反撃は試みるも、申し訳程度といったところ。相手には難なく(しの)がれてしまう。


 しかし、決して無策でやっているというわけではない。彼女には彼女なりに、狙うものがあった。

 荒れ狂う波間に紛れ込ませるように、彼女は《追操撃》をいくつか放った。方向は海中。お互いの視界の外を進む弾を、彼女は鋭敏な感覚と勘を頼りに操っていく。

 さらに、腰のホルダーから、手を触れることなく魔導書を展開。自身の後方に位置させる。

 水中を進む潜水弾が相手の足元に着いたところで、彼女は弾を急上昇させた。

 さすがに相手の反応は早い。何かしら気配を感じ取っていたのか、ベルハルトは目覚ましいまでの反応で後ろに避け、水上へ躍り出た弾を一閃で消し飛ばしていく。


 そこでもう一団。リズは海中に潜ませていた残りをけしかけ、わずかな隙を狙ってこの機に連撃を加えていく。緩急をつけ、自分の手と魔導書から、ありったけの飽和火力を一点に集中させる。

 しかし――ベルハルトは、長柄の武器の中程を両手で握り、そこを中心にして高速回転させはじめた。青白い閃光を放つ円から、いくつもの刃が躍り出ていく。

 両者の連撃は、海上で壮絶にぶつかり合った。相殺された互いの攻撃が目を(くら)ませる閃光と化し、生じた魔力の濃霧を、荒れ狂う波が一呑みにしていく。


 渾身の集中砲火も、大した戦果にはなっていない。足を止めての迎撃になったおかげで、彼の後背を狙うことができたものの……あの乱撃をどうにか切り抜けた、ほんの一つか二つの誘導弾が直撃したという程度。

 これで倒せる相手ではない。

 リズの直感通り、彼は何事もなかったかのように、攻撃を再開していく。相変わらず、軽々と振り回されていながら、一つ一つが致命打になり得る刃の嵐。

 こうした恐るべき攻撃を、ベルハルトはあくまで牽制程度に位置付けているようだ。矢継ぎ早の攻撃で、リズの行動の自由を奪いつつ、自身は少しずつ上へと駆け上がっていく。


 やがて、見上げるほどの位置に、彼は立った。

 日のない空に掲げる白刃はまばゆく、気が塞ぐような曇天が一層に重くのしかかってくる。

 その中に君臨する彼は、手が届かないほどに遠くに、それでいて身をすくませるほどに大きく感じられる。

 打ち寄せる波がリズの世界を狭め、時候は夏だというのに、ただただ凍えるようなプレッシャーがあった。

 見上げた空から、旋風のような薙ぎに加え、突きの雨が降り注ぐ。

 その圧にリズの心臓が跳ね回る。


 ベルハルトが上を取った理由は、彼女には自明に思われた。彼の側に揺るぎない優位があるとしても、念のために足元からの強襲を警戒したということだろう。

 緩急つけてのあの集中砲火が失敗した上、こうまで念入りに立ち回られては、リズが反撃に転じるのは難しい。自身の後方に控えさせた魔導書も、ただそれだけでは大した奇襲になりはしない。

 そもそも、魔導書によるこのような奇襲は珍しいものでもないと、彼女は認識している。加えて、《汚染者》との戦闘において、同様の戦法をすでに披露してしまっている。


 しかし、彼女は諦めなかった。まだ見せていない手札はあるのだ。その手に(つな)ぐため、彼女は恐るべき攻撃の中をかいくぐりながら、懸命に反撃を加えていく。

 まるで、こうする程度の抵抗しかできないと装うように。


 そして、局面が大きく動く時が来た。

 上方を取ったベルハルトが放つ一撃は、下に向けて打ち下ろすような横薙ぎ。

 これをリズは――進退窮まり、まともに受けた。攻撃の威力が彼女の腹部へ、ダイレクトに襲い掛かる。

 抗いがたい力を受け、彼女は海中に没した。荒れ狂う波間の中、小さな水柱が上がるが、それもすぐに飲まれて消えてしまう。


 この戦場に、もはや彼女の姿はない。

 それでも、ベルハルトは武器を構え続けた。


 戦いは、まだ終わっていない。

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