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第149話 猶予期間②

 まさかのラヴェリア王族との遭遇から2日後。幸か不幸か、一行は獲物との遭遇を果たした。

 この事態に意気込むクルーたちの視線を受けつつ、リズたち突撃班が小さなボートで出撃していく。

 出撃メンバーは、ボートを風力で進ませるリズ、船外から透視と貫通弾で攻め立てていくマルクとニコラ。

 そして、セリアの四人だ。彼女については、「マルシエルからの要員が関わらないのでは……」ということで、リズに帯同している。

 一応、船長を護衛する意味もあるが。


 今回の海賊は、不幸なことにラヴェリアの軍艦まで相手取る格好になっている。

 何も、彼らが気づかなかったと言うわけではない。リズたちの船と交戦域に入り、彼らがボートに砲撃を仕掛けてきた矢先、視野の外で控えていたラヴェリア船が突如としてポジションについていったのだ。

 その速力を活かした接近に、敵も相当驚かされていることだろう。賊に対し、リズは同情した。

 ただし、敵船をうかがう位置取りをしつつも、ラヴェリア船からは攻撃が放たれない。あくまで観察に徹する腹積もりなのだろうが……事情を知らない賊にしてみれば、かえって意図が読めず、恐ろしくさえあるかもしれない。

 一方で、その腹いせなのか、リズたちのボートに対する攻撃は積極的だ。

 もっとも、攻撃のラインは読めている。船長自ら、その力で機敏に動かすボートが、砲弾で上がる水柱の間を縫って敵船へ迫る。


 そうした中で、彼女は思いの外、この戦いに集中できている自分に気づいた。

 もちろん、同乗する仲間の命を預かっているという自覚はある。

 しかし……後3日で、全てを決めなければならないのだ。

 仲間たちも、そのことは承知している。その上で気を遣ってくれているのか、どちらに決めたか素振りも見せないリズに対し、彼らは何も言わなかった。

 そうして、敵の砲撃音と打ち付けられる水の音以外、特に会話もなくボートは進んでいったが……海賊船を目の前にして、マルクが思い出したように口を開いた。


「あの船を拿捕(だほ)した場合だが……」


「何?」


「誰が売りに行くんだ?」


 実際には、単に港まで連行するのだが……海の傭兵としては同じことである。船と敵の身柄を、恩や金に変えて売るのだから。

 この、連行を誰が担当するかについて、リズは――彼女自身、恥ずかしく思ったことだが、考えが及んでいなかった。

 とはいえ、彼女だけでなく、今の今まで誰も気に留めていなかったのだろう。そうするだけの余裕がなかったとも言える。

 あるいは、互いの優秀さへの、無意識の信頼と甘えがあったとも。

 にわかに持ち上がった問題に、一行は再び静まり返って考え始めた。敵の攻撃音、ボートの後方で生じる風の音だけが、話の先を促すように騒がしい。

 そんな中、最初に考えを述べたのはニコラだ。


「先方に依頼しては?」


「天下のラヴェリア軍、それも第二王子殿下の座乗艦に?」


「だって、私たちが南進するつもりだったことは、先方もご存知でしょ~? 邪魔して悪いとも、実際に仰ったわけですし。それに、ここには長居できない……ってことは、期日になったら引き返すってことじゃないですか」


「なるほど」


「それに……天下のラヴェリア軍が、戦艦一隻で行動中とはいえ、まさか海賊船一隻の連行に手を焼く訳ないじゃないですか」


 船上で誰かの皮肉っぷりが伝染したのか……ともあれ、珍しく色々と毒を含んだ感じのニコラの言葉に、リズは思わず含み笑いを漏らした。

 マルクもセリアも、これには気分を良くしたらしい。にわかに笑みを浮かべ、提案に同調した。


「言われてみれば、その通りだな」


「持っていっていただくのもよろしいのではないでしょうか。色々と面倒な国際情勢ですし、ラヴェリアの方から拿捕した船を届けていただく意義はあるでしょう」


「それで……俺たちとしては、すでに恩を売っている協商圏ではなく、ラヴェリアにこそ恩を売りたいと。そういう外面上の、正当な理由があるわけだ」


 こうして、トントン拍子で話がまとまった。海賊船を捕らえたら、ラヴェリアに押し付けてしまう。

 これは、相手にもメリットがある話であり、差し上げる・献上するという意味合いもあるが……

 敵船の処理がめんどくさい現状を踏まえれば、むしろ相手をパシリに遣うという方が正しい。


 ラヴェリアの軍にこうした話を持ちかけることに、リズも仲間たちも大いにその気になった。

 いきなりの遭遇以降、振り回されて気が休まらないばかりであったが、先方を使い走りにできると思えば溜飲も下がるというもの。アクセルも二つ返事で了解するだろう。

 もっとも、この件を持ち掛けて了承いただく必要はある。そもそも、肝心の供物を確保しなければならない。


「せつかくの献上品だ。丁重に扱おうか」


「ですねえ」


 ボートで出撃した時点よりも、さらに身が入った様子で、仲間二人が口にした。

 まずは、あの船を制圧してしまうことだ。いつもよりも、さらに丁寧に。

 そうして奪い取った船を、どうにかラヴェリア側に押し付けることができれば――


 この後の立ち回りが、少し変わってくるかもしれない。



 結局、何事もなく敵船を制圧するに至ったリズは、彼女一人で兄の船に向かった。捕らえた船を献上するという提案のためだ。

 この申し出を、ラヴェリア側はそのまま呑む格好になった。

 もっとも、ベルハルトに帯同する官吏たちの間では、意見が割れたのだが。

 リズたちの足を止め、迷惑をかけているのだから……という外面や体裁を気にかける者もいれば、立場を生かして戦果を奪い取るようで、むしろ外聞に障るという意見も。

 最終的に、指揮官ベルハルトの意見が決定打となった。


「捕らえたはずの海賊船が反乱を起こせば、それがどちらの管理下であれ、我々は無能の謗りを免れない。ならば、制圧を維持できるだけの兵力がある我々が受け持つのが確実ではないか」


 この意見は、この後のことも含んだものでもある。

 彼とリズが一騎討ちに臨んだとして――その結果がどうあれ、ラヴェリア側の方が、海賊にかまけるだけの余裕はあるだろうということだ。



 そして、運命の日。8月22日、昼過ぎ。

 天候は曇り。厚く暗い色の雲が空を覆う中、リズは一同を甲板に集めた。


 これから事の真相を話すためだ。


 その許可を得るにあたり、事前の通信においては、マルシエル議会の議長が直々に応対し、これを了承している。

“後の収拾をつけるための妥当な準備“というのが、国としての主な承認理由だ。

 それに加え、リズと現場に立つ者たちへの配慮もあったのかもしれない。通信の場で、彼女はそのように感じ取った。


 協力国家からの承認を受けたとはいえ、実際に言って聞かせるべき面々を前にすると、また別種の緊張がある。

 期せずして罪を負う形になり、行くあても確かな拠り所もなく……事の程度はさておき、似たような部分があるからこそ、リズが彼らを気にかけていた面はある。


 そして――自ら出自と来歴を口にすることで、短い間に構築してきたこの関係も、終わりを迎えるかもしれない。


 言わずに戦いに赴くという選択肢も、もちろんあった。それで死ねば、後は野となれ山となれ、である。

 しかし、彼女は正直に打ち明けることを選んだ。大きく息を吸い、意を決して、彼女は聞き間違えようがないくらい堂々とはっきり、自身を語っていく。

 彼女の打ち明け話に、クルーたちは信じられないといった様子で、ざわめくこともできずに硬直している。皮肉屋のニールも。


 リズが一通り話終えた時、返ってきたのはニールの「嘘だろ?」という、かすかに震えた声だけであった。


「嘘かどうかは……見ればわかるわ。たぶんね」


 リズは一度視線を外し、ラヴェリアの戦艦を見やった。

 距離はだいぶ開いている。一騎討ちするということであれば、やはり相手は海上で戦う腹積もりであろう。

 彼女は再び自分のクルーたちに向き直り、「今まで黙って……(だま)してしまって、ごめんなさいね」と言った。

 口にして、丁寧な所作で頭を下げた。


 すると、誰かの咳払いが、静けさの中で響き渡る。

 さすがに気になって、彼女が顔を上げてみると、マルクがそれらしいポーズをとっているところであった。場の注目が自然と集まる中、彼は口を開いた。


「あちらのベルハルト殿下だが……同じルーグラン大陸の者なら、名前ぐらいは知っているという大人物だ。すさまじい武勇を誇る英傑だとな。ただ……」


「何か弱点でも?」


「いや、そういうのじゃないが……」


 彼はそこで少し言い淀み……やがて、リズをまっすぐ見つめて告げた。


「リズも、決して負けてはいないと思う。大勢の命運を背負って、一人、魔神と対峙したんだからな」


「あの時は……みんなの手助けがあったし。魔神も色々と制約があったから」


「それはそうだが……いや、そういうのはどうでもいいんだ。勝てとは言わんが、生き延びてみせてくれ。託された後事は全うするつもりだが、お前の代わりなんて、本当は誰にもできないんだからな」


 普段はクールな彼が、今ばかりは、どことなく熱意を感じさせる物言いをしている。その視線の中に、リズは憧憬や敬意のようなものを感じ取った。

 そんな彼に彼女は微笑み――積もる話も、これで仕舞いと腹を(くく)った。

 戦場へ向き直り、船の欄干から身を乗り出す。


 すると、後ろから「船長!」という悲痛な声が飛んだ。

 振り向くかどうか、迷いはしないリズだが、向ける言葉には少し悩んだ。そして……


「きちんと帰って……その時改めて、私を船長として認めてくれるか、あなたたちに問うわ」


 そう言って振り向いてみた甲板の顔ぶれは、彼女の予想よりもずっと、感極まった様子であった。船長を行かせたくないのだろう。

 そう思ってくれている彼らの心底にあるものを、リズは量りかねていたが。

 はっきりしているのは、彼らを巻き込むわけにはいかないということだけだ。せめて、今だけは心配させまいと、彼女は平生通りの様子で口にした。


「行ってきます」

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