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第148話 猶予期間①

「5日間ほど、行動をともにしようという打診があったわ」


 自分の船に戻り、甲板で待っていたクルーたちに、リズは告げた。ざわつき始めるクルーたち。


 継承競争に係る話の後、彼女たちは決断までの5日間に関して話し合った。

 もっとも、ベルハルトの側はすでに考えがあったらしく、彼からの提案を聞いていくという形になったが。

「最終決定は仲間に話してから」としたリズだが、受けた提案自体は妥当なものでもあった。

 おそらく、これは通るだろうと思いつつ、その内容についてクルーに告げていく。


「私たちが、このあたりで海賊船を捕まえているってことは、殿下を始めとしてラヴェリアの皆様方もご承知とのこと。それで、ご多忙ゆえに、長くは留まれないそうだけど……貴重なお時間を割いてでも、私たちの仕事ぶりを一度見てみたいと仰せよ」


 すると、落ち着かない様子のざわつきは、興奮を感じさせるどよめきになっていった。

 実際、悪い話ではない。こちらの手法の観察にあたり、行動の自由を妨げた()びも兼ね、謝礼を払うというのだから。


 それに……リズたちの船とその背後関係をどう認識しているかは不明だが、ラヴェリア側からすれば、相手にとって好ましい取引とは考えているだろう。

 というのも、彼女らが背景を持たない流れ者だとするなら、ラヴェリアに恩を売るまたとない機会になる。

 一方で、何らかの勢力と関係を持っているなら、それはそれで関係強化に役立つ好機に、と。

 仮に、彼女を失えば困る勢力と関係を結んでいたとしても……表立ってその関係性を示せないのなら、後ろ暗いところがある等の理由から、隠し通しておきたい関係のはず。

 いずれにしても、リズたちが断るのは不自然である。


 加えて、ラヴェリア側が把握している可能性は低いが、このクルーたちの素性も今回の提案に追い風となっている。

 なぜなら、彼らは巻き込まれていたとはいえ、犯罪の片棒を担がされていた罪人だからだ。そんな彼らが、自らの身分を知られていないまま、大列強の王族にその仕事ぶりを見てもらえるという栄誉に浴そうというのだ。

 さらに言えば……仕事にあたって活躍するのは、彼らが誇らしく思っているであろう、あの船長である。


(そりゃ、断れるはずもないわね……)


 口には出さないが「やりましょうよ!」とか「船長!」とか、そういう声が聞こえそうなほど、熱意ある視線を向けられている。恐縮と緊張はあるだろうが、それを上回る意欲が、ひしひしと伝わってくる。

 彼らは裏の事情をまるで知らない。そんな彼らに対し、「人の気も知らないで」などという気持ちは、リズの中に全く芽生えなかった。


 言っていない自分が悪いのだから。


 彼らが向けてくる、含むところ無い純粋な敬愛の念。笑顔の裏でリズは、いたたまれないものを覚えずにはいられなかった。

 期せずして、ここで色々とツケが回ってきた。そろそろ清算しなければ、と。


 色々な意味で逃げ場のない彼女は、クルーたちの無言の承認を受け、改めて兄に提案の受諾を告げた。


「ご期待に添えるものかはわかりませんが……ご高覧いただけるまたとない機会、精一杯務めさせていただく所存です」


「ああ、楽しみにしているよ」


 柔和な兄の反応は、これはこれで本心なのだろうと、彼女は感じ取った。

 おそらく、海賊船を奪い取る手法については、前から興味があったのだろう。

 思えば、遠征一つに、彼は様々な思惑や目的を乗せてやってきた。でもなければ、多くの関係者を納得させられなかったことだろうが……

 自身の動き一つにここまで意味を持たせてくる兄に、リズは改めて舌を巻く思いであった。


 ラヴェリア側の提案を受諾した後、彼女に官吏が一人歩み寄り、小袋を手渡してきた。曰く、謝礼の前金分であるという。口約束で終わらせない意思表示であろう。

――後で払えなくなる事態を考慮しての措置かもしれないが。

 何であれ、共同作戦を張ろうという考えそのものは、ラヴェリア側としての総意らしい。官吏それぞれに、異なる背景と思いはあるとしても。


 その後、二隻を渡す簡素な橋が取り払われ、互いの距離が開いていく。

 やがて、向こうの人影の視認が難しくなったところで、リズは手を叩いた。


「はい、みんな持ち場について」


 これに威勢のいい声を返し、それぞれの仕事に戻っていくクルーたち。

 そんな中にあって、今回のお迎えに気が進まなかったであろうニールは、大あくびして船室へと戻っていく。

 彼の平常運転ぶりには、リズも見習いたいものと、一人思わず苦笑いした。

 そうして、皆が普段どおり――と言うには、少し気張った感じで――仕事についた頃合いに、彼女の元へ数人が近づいてきた。

 思わせぶりな表情ではなく、平然とした様子ではあるが……代表として、セリアが呼びかけてくる。


「船長」


「ええ……今後について話し合いましょう」


 彼女たち5人は、静かに船長室へ向かった。マルシエルからの水兵には人払いを依頼。内々の会話をする準備を整え、最初にセリアが口を開いた。


「殿下からお借りした、この《別館(アネックス)》ですが……」


「お役に立てましたか?」


「……はい。さすがの殿下も、ご自身で検閲するだけの余裕があったとは考えにくいのですが……記された事項につきましては、私見を交えず全て、我が国に伝達しております」


 そう言って彼女は、深々とリズに頭を下げた。

 彼女自身、伝えるべきかどうか相当に迷ったことだろうが……通信中に言い淀むことそれ自体が、不必要な情報となりかねない。

 彼女の言を信じるならば、粛々と仕事をこなしたことだろう。リズはただ、その労に「お疲れさまでした」と優しい口調で言った。

「色々と、お恥ずかしい限りで」とも。


 その後、リズは少し考え込み、セリアに一つ依頼することに決めた。


「正規の通信士の方は、私とラヴェリアの関係を知らないとのことですが」


「はい」


「マルシエルとして差し支えないのであれば、あなたから説明していただけませんか? 私の証言も必要というのであれば、もちろんそうしますが」


「そうですね……遠からず、そうせざるを得ない状況になることと思われます。殿下にお許しいただけるのなら……国からの承認を得た上で、できればすぐにでも、そのようにさせていただきます」


 実のところ、通信士が優先度大というだけで、他の面々に対しても隠し立てが難しい局面に入ってきている。

 なにしろ、後5日で決断し、一騎討ちに向かうなり何なりしなければならないのだから。

 場が静まってすぐ、今度はマルクが口を開いた。


「逃げるってのは……考えない方が良さそうか」


「ええ。相手の方が速いわ。それに……いざとなれば、こちらを沈めるぐらいの覚悟はあるでしょう」


 戦うとしても、リズとの一対一でというのがベルハルトの意向ではあるが……みすみす取り逃がすというほど、甘くはないだろう。いざとなれば、追いかけて、こちらに乗り込んででも雌雄を決するのではないか。

 それに……ここで海戦となった場合、他の観測者はいない。仮に、裏で通じていたと、後からいずれかの勢力が主張して非難しようと、ラヴェリアは別の事実を持ち出せばいい。

 つまり、「あなた方に取り入っていたのは、我が国が追跡していた国賊である」と。

 そもそも、この船とマルシエルの関係を表沙汰にできない以上、外交的な障壁は無いに等しい。


 となると……リズにある選択肢は、一騎討ちに応じるか、降伏するかだ。


 この選択について、仲間たちは口を挟もうとはしない。

 ただ、助けになろうとは考えてくれるようだ。


「リズさん……私で良ければ、遠慮なく何でも言ってくださいね」


「ありがとう」


「僕も、その……」


 アクセルは、色々と思うところあって、中々言葉が続かない。

 そんな彼の頭に、リズは優しく手を乗せた。それから、彼女はハッとした顔になって、取り繕ったような微笑を浮かべた。


「ご、ごめんなさいね。イヤじゃなかった?」


「いえ、別に」


「ならいいんだけど」


「ついでに全員分やるか?」


 マルクの提案に、リズは苦笑いし……深く息を吐いた後、改って口を開いた。


「5日後、皆の前で全てを打ち明けるわ。マルシエルにも、ご納得いただくつもり」


「そうか」


「その後……何かあったら、後はお願いね、マルク」


「荷が重い」


 ストレートな物言いをする彼に、リズは思わず含み笑いを漏らし、そして言った。


「私は……どうなろうと、ただ死んでやるつもりはないわ。だって……ここまで、生きてきたんですもの」

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