第14話 リズ先生の魔法説明会②
続いて彼女は、記述法と対をなす詠唱法の説明に入ろうとしたが……実演はせず解説するのみだ。
「先程みたいに、魔法を書くものとは違い、魔法を唱える詠唱法というものがあります」
「荷物で手がふさがっていても使えます?」
「そうですね。訓練次第ですが……」
ただ、彼女は詠唱法が得手ではない。宮中にいた頃、色々と問題があり、魔法を唱えるというのが難しかったからだ。
そこで彼女は、詠唱法の話題を簡潔に終わらせることとした。もとより、こういった町には縁遠い体系でもある。
「簡単な魔法で詠唱を行うことは、一般的にはまずありません。というのも、慣れれば書く方が圧倒的に早いからです。詠唱法が必要になるのは、かなり重い魔法ですね」
「重い魔法?」
「代表的なのは、精霊や魔神を呼び寄せて“働かせる”召喚・使役系の魔法ですね。魔法陣のみならず、自分の肉声で呼びかけることで、誰が主人か明らかにするという、儀式的な意味があります」
他にも、戦争等で行使される大魔法において、主たる術者を明らかにするために詠唱が用いられるのだが……
愉快な話題でもないので、リズは胸の内に言葉をとどめておいた。
基本の魔法体系は以上だ。記述法、詠唱法、それに魔法未満ともいえる魔力操作のための棒や杖の利用。
ここまでの説明を終えた彼女は、一息ついて応用編に入った。「記述法には親戚がたくさんいます」と言って、彼女はその類縁を列挙していく。
まず、彼女も持っていた魔導書。濡れたのを半乾きさせたそれを、彼女は手にして広げ、指先から青白い魔力を放った。
すると、開かれたページからは青白い人魂が出現した。
それから、彼女は該当のページを聴衆たちに掲げて見せたが、そこには何も記されていない。
その後、リズは別のページを開き、同様に人魂を出現させた。
ただ、事が終わった後のページに違いがある。聴衆たちに掲げてみせたページには、魔法陣らしきものが記されており、先程のまっさらなページとは明らかに違う。
なぜこのような違いが生じているのか。聴衆たちは、困惑しつつも感嘆の声を上げた。
中には物わかりの良い者もいる。一人の少女が手を上げ、リズに推測を述べていった。
「魔導書には、使い方が複数あるということですか?」
「はい。最初にお見せしたのは、もともと出来上がった魔法陣を、本の中に閉じ込めておいたもの。開いて魔力を少し与えれば、それが合図になって飛び出します。一方、次にお見せしたのは、何度も使える魔法陣です。魔力を注ぎ込めば、そこに魔法陣ができるという感じですね」
「使い切りの方が早くて、何度も使える方は……自分で書くよりは早い感じですか?」
「ええ、そのとおりです」
理解の良い生徒に、リズは表情を綻ばせた。
実際には、リズのような使い手ともなると、もう少し奥深い魔法体系ではあるのだが……難しい細部に入ると面白くないかと思い、その言及は避けておいた。
続いては、魔道具について。この町でも利用されることはあるということで、町人たちも多くが興味を示している。
「基本としては、棒を用いたものと魔導書の組み合わせに近いですね。予め用意された魔法陣に魔力を注ぎ、道具が魔法を発揮する……という流れです。覚えなくても魔法を使えるというのが便利で、ある意味では一番よくある魔法の使い方かもしれませんね」
普段何気なく使っている道具の見方が変わったようで、聴衆からは得心がいったような声が。
基本となる魔法の分類については以上だ。細々とやっていってもキリがないため、リズはここで切り上げることにした。
町人が興味を持ちそうな部分を抜き出して話したこと、それと実演のおかげか、聞き手の集中力は十分に保てていたようだ。
突発的な講師役ではあったが、リズは確かな充足感を覚えた。
ただ、場の熱気に当てられたのか、緊張が抜けるとともに、頭がぼんやりとする感覚はあるが――
こうして、講義終了というムードになったものの、一人の少年が勢いよく手を上げた。
「せっかくだし、何か教えてください!」
無邪気な要望である。そこで、周囲の年長者たちが、彼を優しくたしなめていく。
「あのなぁ、すぐに覚えるのは無理だって」
「え~」
「ま、機会があればな、うん」
場が収まりそうな雰囲気ではある。
しかし、興味を持ってもらえた側として、ここで終わらすのは少し寂しい感覚も覚えたリズ。
もっとも、若者たちの言うことももっともで、すぐに使えるようにというのは難しいし、半端に覚えるのは危険でさえある。リズがここにずっと留まれるわけでもない。
そこで、納得して諦めてもらうために、彼女は少し言説を弄することにした。
「すぐにというのは難しいの。それに、中途半端に覚えても危険だから。お兄ちゃんたちの剣だって、最初は木で出来てるでしょ?」
「あ~、いや、ウチはその前に布に綿詰めた奴からですね」
補足が入って、つい感心してしまうリズだが、彼女は気持ちを切り替えて話を続けた。
「それに、覚えても、使わないでいることに意味があったりもするの」
「えっ、どういうこと?」
知りたがりな少年は、彼女の言葉に新たな興味を示した。周囲の聴衆たちも、なんだか気を引く発言に、関心を寄せている。
そこでリズは、聴衆たちが見守る中で、片足立ちになって何かを蹴り上げる途中のポーズを取った。
一気に不思議そうな顔になる聴衆たち。彼らの代表として、リズは例の少年に問いかけた。
「こうやって、何かを蹴ろうとしている時、足払いされたら危ないでしょう?」
「うん、そうだけど」
「魔法も同じなの。使う時が一番、体の中の魔力のバランスが崩れてしまう。きちんと覚えないと危険というのは、そういうことでもあるの。蹴ろうとしたけどうまくいかず、後ろに倒れちゃうみたいにね」
「ふ~ん」
「だから、魔法を使わずにいるときが、体としては一番落ち着いているの。魔法で色々できると便利だけど、それまでは大変だし……魔法を覚えなくても、魔力は体を守ってくれてる。そう思うと、ちょっと得した気分じゃない?」
「なんか……丸め込まれた気分」
中々にナマイキな口を利く少年ではあるが、納得はしたらしい。リズに向かって笑顔を向け、彼女はホッと安堵して、蹴り上げる前の状態の右脚を下ろした。
と、その時、彼女は少しバランスを崩して、その場でたたらを踏んだ。みっともないところを見せたと思い、頬が紅潮する彼女。
(いや、なんだか、さっきから熱い……)
それでも、心配そうな目を向ける聴衆たちに向け、彼女は思いつきのジョークを飛ばした。
「さっきから魔法使ってたから、早速バランス崩しちゃって……」
すると、そういう演技かと思ってくれたのか、聴衆からは笑い声が起きた。
オチがついたところで閉会となり、思い思いの場所へと向かっていく町人たち。
ただ、リズの側に集まる者も多い。体調が思わしくない彼女としては、複雑な心境であった。
と、そこへ、彼女の主治医がやってきた。名はフィーネ。彼女は「お疲れさまです」とにこやかに言った後、リズに顔を近づけて耳打ちした。
「大丈夫ですか? 具合が悪いんじゃ……」
「隠せませんね……とりあえず、何事もなかったかのように、部屋まで」
そこで、フィーネはまだ居残る顔なじみたちを、困り気味の笑顔で追い払おうとした。
しかし――彼女が振り向いてほんの少し後、彼女は背の方で、何かが倒れる音を聞いた。




