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第146話 第二王子ベルハルト②

 ラヴェリア聖王国第二王子ベルハルトが、祖国から遠く離れた南方の海域まで出張っている理由、その1つ目は――


「海賊退治のため……というか、海の安全と治安のためだな」


「そう……色々と疑問点があるけど」


「それはそうだろうな。いや、込み入った事情があるんだ。本当に面倒な世の中でなぁ、まったく」


 グチっぽくなるとは先に断った彼だが、早くもそういう空気である。不満げに言葉を重ねる程に、舌が滑らかに動くようで……

 しかし、周囲の配下に視線を向けた後、彼は少し居住まいを正した。


「トーレット開港後、あの港からの航路上で海賊が出てるじゃないか」


「ええ、そういう話は聞いたことがあるわ」


 聞いたどころではなく、実際にそういう目に遭っているのだが……しれっと嘘をついたリズに対し、兄は特に反応するでもなく言葉を続けていく。


「トーレットからの航路も、ラヴェリア各港からの航路も、結局は似たようなルートになるんだが、こちらの船は襲われなくてな……」


「いいことじゃない」


「まさか」


 彼は苦笑いで答えた。彼が言う状況下で、ラヴェリア側が抱える問題に至らないリズではないが、彼女は素知らぬ顔で手を向けて発言を促していく。

 対する彼の発言は、以下のとおりである。

 似たような航路を通るラヴェリアの船が襲われないのは、従来通りではある。海賊にしてみれば、うまくいけば箔がつくかもしれないが、それ以上に恐ろしい国だからだ。


 だが、ラヴェリアの船が海賊から今も(・・)避けられるというのは、かの国にとって非常に具合が悪い。

 何しろ、ハーディングの領民が待ちわびた開港の後の、海賊問題である。市井で話題にならぬはずがなく、そうした中でラヴェリアの船は襲われないと知れば……


――海賊とラヴェリアが、裏で(つな)がっているのではないか。これは、主戦派による二の矢ではないか。


 そういった陰謀論が取りざたされるのも、無理もない話ではある。そもそも、ハーディング革命において、ラヴェリア主戦派がその引き金を引いたという強い根拠があるのだから。

 その火消しに非戦派が奔走し、革命の後も協調路線構築に力を注いでいるのだが……


「実際、酒場の駄弁レベルでは、そんな話題が持ち上がることもあるらしい。さすがに、新聞記者は用心深いみたいで、そういう記事が出回ることはないが」


「外務省が動いてる?」


「まさか。無根拠な噂話については、現地行政が目を見張っているそうだ。結局のところ、関係改善を図りたいのはラヴェリアの非戦派だけじゃないからな」


 となると……不意に増えてきた海賊たちの出処、ラヴェリアの船が狙われない現状、そうした諸々の背景が浮かび上がってくる。


「つまり、ハーディング周りでの不和を引き起こし、緊張を高めたい勢力が海賊の背後に?」


「その可能性が高いんじゃないかって話だ。酒場レベルで噂をバラまいてるのも、そういう連中かもな」


「それで、国際親善のために動いてるってことね」


「まぁ、そこも面倒な話があってな……」


 海賊退治のために、ラヴェリアの軍艦を動かすというのは、それはそれで色々な問題を引き起こす。

 そもそも、ハーディングにおける革命の発端は、ラヴェリアによる軍事的圧力である。ここで海軍を動かせば……「今度は海賊退治と称して、海から圧をかけようというのか」といった声が上がるのは、想像に難くない。

 もしかすると主戦派にとっては、そういった反発も会戦事由に繋がる、願ってもない言い草なのかもしれないが。


 一方でラヴェリア非戦派には、大変難しい状況である。

 海賊と裏で繋がっているのではないかという、事実無根の噂を払拭したいのは山々。

 かといって、そのために軍を動かして軍事的緊張を引き起こすわけにもいかない。

 そういった板挟み状態への回答が、今回のコレらしい。


「たかだか船一隻では、大きく警戒されることはない。そして、海賊程度が相手なら、船一隻と私一人で十分だ。その方が身軽だしな。こういう仕事に私が出向いているという事実自体、海賊問題への憂慮がかなり本気だという、関係諸国へのアピールにもなる」


「アピールね……てっきり、お忍びで出ているものかと思ったけど」


「さすがに、外交を通じて事前周知ぐらいはするぞ」


 実際、ラヴェリアから各国に通達は済んでいるのだろう。もちろん、マルシエルにも話は通じているだろうが……リズはそういう話を聞かされてはいない。

 しかし――彼女は平静を装う裏で、事の背景に思い至った。まさに、雷に打たれたような心地であった。


 仮にマルシエルが知っていたとして、リズに言えるはずはないのだ。

 この二者間の関係をラヴェリアに察知されるのは、双方にとって得策ではない。

 そして、この第二王子が彼女と接触するつもりで動いているのなら……それを止めることも、知らせることも、彼女とマルシエルの関係を匂わせかねないのだ。


 となると……彼女は、自分が今の海域にいる真の理由を、ようやく悟った。

 南方へ向かうこの航路、ラヴェリアから離れていく針路の指示は、マルシエル海軍からのものだが……外務省からの要請という話でもあった。

 それは、この第二王子と鉢合わせるリスクを抑えつつ、万一の面会の可能性を踏まえ、知っていては不自然な情報を与えずに済ませる。そういう思惑があってのことだったのではないか。

 結果、こうして相手側に捕捉されたわけだが……


 巡る思考にため息をついたリズは、「理由1つ目はそんなところ?」と尋ねた。


「ああ、言いたいことはおおむね言った……気がするな。で、2つ目の理由は……なんというか、ファンサービスだ」


「は?」


 思わず口から出た言葉だが、リズは取り繕わなかった。一国の王子に対してはあり得ない無礼だが、そういった場でもない。

 聞き返した彼女は、周囲に視線を向けていく。周りの官吏たちも、主君の発言には虚を突かれたようだ。

「何かの人気取り?」と尋ねるリズに、兄は「まあな」と返し、どこか呆れ顔にも見えるシニカルな微笑を浮かべた。


「軍事大国の兵はな、自分が仕えるべき国と、その君主には強くあってほしいし……そうあるべきだとも思っている。だから、たまにはこういう形で、彼らの主君がしっかり強いことを示してやらないといけないんだ」


「海賊退治程度の働きであっても?」


「船一隻で、矢継ぎ早にいくつも攻略していけばな」


 しかし、輝かしく誉れ高い戦功も、彼にとっては演者の装飾品のようなものらしい。本心から誇らしく思っているようではなく、自身に対する冷笑的な態度が見え隠れしている。

 ともあれ、ファンサービスとやらは本気なのだろうと、リズは得心した。

 ラヴェリアの国民の誰もが好戦的というわけではないし、熱烈な愛国者というわけでもない。

 だが、王室への敬意と憧憬は広く根強い。

 そうした国民意識の源泉は、やはり王族手ずからによる武勇伝なのだろう。


「それで、3つ目は?」と彼女が問うと、今度は相手の顔が楽しそうになった。


「試運転だな。国内最速の試作船なんだ。世界的にも最速クラスなんじゃないか? おかけで、短期間で連続して戦果を出せてるしな」


「……海賊退治って、これに乗るための口実だったりしない?」


「ハハッ! まさか! 乗ってみたかったのは事実だが、さすがにそこまでの公私混同はないぞ。速い船のおかげで、ファンサービスの効果が上がってるとは思うしな」


「なるほどね」


 この大海原での海賊退治。まずは相手を発見し、接敵しなければ始まらない。短い間での連戦連勝という戦功には、この船の速さも大きく貢献しているのだろう。

 となると、戦果の喧伝は王子殿下の武力のみならず、国家の技術力を誇るものでもあるというわけだ。

 ちなみに、この3つ目の理由は、王子が船一隻で遠出する口実にもなっているらしい。


「試作型高速船舶の、外洋実地試験とかいう名目で、関係各所には話を通してある。ただ……大事な試作機だからな。そちらの(・・・・)理由では、海賊に鉢合わせた時のために、私が用心棒になっているわけだ」


「なるほどね。どっちの方面から切り出しても、話の筋は通るってわけ」


「ま、そういうことだ」


 その後、ついでとばかりに、彼は船員についての内情を明かした。


「たぶん、わかっていることと思うが、今回の遠征には多方面の部署が関わっている。正規の船員以外は、所属が軍務、外務、技術、法務……ってところか」


 実際、リズにはおおよそ察しが付いていたことだ。

 そして、彼らを巻き込んでの殺し合いとなれば、結構な問題となることだろう。


――王の血を引く誰かが死ぬのに比べれば……という感はあるが。


 ともあれ、多方面から借りた人材の安全を確保するということも、彼が一騎討ちで済ませる意向を明かした理由かもしれない。

 しかし……話しぶりから察するに、直接の部下はほとんどいない様子。周囲の官吏たちに改めて視線を向けていくリズに、兄は「どうかしたか?」と尋ねた。


「私、王室から追い出されたわけだけど……実は、まだ王室に籍があるんじゃない?」


 彼女の問いに、兄は一瞬だけキョトンとした顔になった。周囲は単に驚いている。

 どうも、その辺の事情を把握しているという反応ではない。

 ただ、興味を惹く話題だったらしく、すぐに彼は尋ねてきた。


「どうしてそう思ったんだ?」


「いえ……こんな国賊相手に、みなさん恐縮していらっしゃるものだから」


 自身の正確な身分を疑う理由の一つに、周囲の官吏たちの態度があった。緊張と畏怖が入り混じり、リズを低く見るような感はまるでない。

 少なくとも、大列強の高官が国賊相手に向ける態度とは思えないのだ。

 この船が継承競争をも目的としている以上、彼らが知らされていないということもあるまい。


 ただ、彼らの態度以外にも、前々から自身の立場を疑問に思う理由はあった。

 魔神アールスナージャとの戦闘において、《解読(デクリプト)》で契約文章を盗み見た時の事である。

 あの文章において、リズは第七王女という記載であった。出生順通りのものではなく、形ばかりの順位を最下位まで降格させた形である。

 強大な魔人相手に、あのレリエルが虚偽を以って契約を取り交わすとは考えにくい。窃視されることを前提としたブラフの可能性も、まずありえないと言っていい。

 となると、あの記載は法務上における真実ではないか。


 そこまで明かすリズではないが……彼女は、また別の考えを口にしていった。


「次なる王座を争うというのなら、標的にも相応の格が必要でしょ。それに、競争に儀式的側面があるとすれば、本当に(・・・)王族同士が競い合っているという事実も求められるんじゃない?」


「なるほど……では、わざわざ廃嫡したように装ったとする理由は?」


「私が明確に王族のままであれば、たとえ継承競争という名目があったとしても、平民が手を下せば大逆になるじゃない。それに、形ばかりの王族相手といえど、畏れもあるでしょうしね」


「つまり、各継承権者の配下のために、あえて一席設けて追放裁判を開いたと」


 兄の理解に、リズはうなずいた。真相に近いのではないかという予感はある。

 会話の切れ目に、彼女は周囲を見回した。やはり、官吏はいずれも硬い表情だ。この話題で恐縮が増したようにも思われる。

 一方で彼らより余裕があるべルハルトは、黙して考え込み……やがて、彼は言った。


「私も本当のところは知らないんだ。ありえそうな話だとは思うが……しかし、枢密院主導のあの裁判が、根っこから茶番だったっていうのはな……しかも、当事者の私たちは知らされず、だ。いやはや……」


 王位を巡って競い合っているのは、紛れもなく彼ら王族だが、競わせている者たちは別にいる。命を下した国王と、その直下の枢密院の意向が、当代の継承競争の引き金を引いたと言える。

 そういった連中に対し、苦い思いは確実にあるのだろう。明言こそしないものの、ベルハルトは唇の端を少し釣り上げている。

 この話題はここで切り上げることにし、リズは次を促した。


「それで、4つ目は?」


「いや……お前と話してみたいと思ってさ」


「そう……良かった?」


「ああ。ここまできちんと、話に付き合ってくれるとは思わなかったからな」


 確かに言われてみれば、殺しに来た相手の話を聞いてやる義理はない。マルシエルのために情報収集を、という側面はあるが……

 結局の所、この場に応じているのは、この実兄への信用が根底にあったのだろう。

 つまり、殺し合いに至るまでは、話し合いの余地がある相手だと。

 実際には、グチを聞いてほしかっただけという感もあるが。


 さて、彼がこんなところまで出張ってきた理由は全部で5つ。


 残る1つは、もはや聞くまでもない。


 しかし、その1つを本当に口にする前に、ベルハルトは少し悩む様子を見せた後、ややためらいがちに言った。


「情報交換ってことで」


「はい?」


「こっちからも質問がある」


「いや……そっちが勝手にベラベラしゃべってただけでしよ。それに、グチを聞いてほしかっただけなんじゃない?」


 にべもなくはねつけるリズだが、兄は「そこをなんとか」と言わんばかりに、弱弱しく微笑んで見せている。

 とても、王族が国賊相手に見せる態度ではない。非公式の場とはいえ、直属ではない官吏の目がある中で、である。

 ただ、これも彼一流の交渉術なのかもしれない。

 下手(したて)に出て「頼む~」とまで口にする兄に、リズはついに根負けした。


「仕方ないわね……」


「いや、悪い悪い。どうしても、前から気になってたことがあるんだ」


「いいけど……本当のことを言うとは限らないわ。それでもいいの?」


「それはもちろん。そうまでする義理はないからな」


 身分不相応な食い下がりを見せておいて、こういうところは潔い。

 妙にペースを狂わせてくる兄に対し、リズは瞑目して長いため息をつき、目を向けた。

 それを合図に、彼は前々からの疑問とやらを口にしていく。それは――


「実際に追放されるよりもずっと前から、こうなると……この継承競争のことを、お前は知っていたんじゃないか、エリザベータ」

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