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第143話 新たな船路②

 クルーに魔法を教えたり、船長自ら海に飛び込んで魚を獲ったり、みんなで釣りをしたり……マルシエル海軍から指示を受けた航路まで、リズたちは楽しく時を過ごした。

 そして、8月4日。協商圏、すなわち比較的安全とされる海域を超えて、3日目の事。

 彼女らはついに、初仕事の場面に遭遇した。海賊船に追われる商船が、協商圏へと逃げ込もうと動いていたところに出くわしたのだ。

 これに彼女らは、さっそうと駆け付けて介入し――



「船、どうしましょうか」


「どうもこうも……やっぱり、売るんじゃないか?」


 前の海戦同様の手口で、彼女らはまた1隻を攻略して見せた。

 やられた側は当然の事、助けられた商戦の側もリズの配下のクルーたちも、手並みの鮮やかさには目を丸くした。

 事が終わってなお、やられた側の困惑と、味方側の興奮が冷めやらぬ様子である。


 だが、この海賊船の扱いについては、少し困るところがある。

 リズは、セリアに目配せした後、船長室へと向かっていった。他の仲間には人払いを依頼し、二人きりの状態に。

 そして、リズは尋ねた。


「海賊船の対処について、マルシエル側ではどのように想定されていましたか? おそらく、沈めて済ませるものという認識ではないかと思うのですが」


「具体的な議論にあがることはなかったようですが……船長がここまで(・・・・)拿捕(だほ)に卓越しているものとは、考えていなかったものと思われます」


 つまり、おそらくは想定外ではないか、ということだ。

 色々と駆け足で諸事を決断してきただけに、こういう細部には抜けがある。

 船を捕らえて問題になるのは、これから引き返さなければならないという点だ。

 リズとマルシエル双方の思惑として、この船は島々から離れた大海原の中で動かしたいというものがある。それなのに、いちいち引き返すのは……あまり望ましいことではない。

 そこで二人は通信室に向かい、この件を持ちかけた。報告に対し、通話先は穏やかな口調で返してくる。


『嬉しい誤算と申しましょうか……沈めずに済ませていただいたのは、賊からの聴取や船の流用という意味で、大変ありがたくはあるのですが』


「引き返した方がよろしいでしょうか?」


『……いえ、できることならば、このまま進んでいただきたくあります。協商圏近海ではなく、やはり南西方向の航路で活動していただきたいという思いがありますので』


 では、あの船はどうするか。考え込むリズたちに、先方は一つ案を提示した。


『商船を助けたとのお話でしたが』


「はい」


『では、彼らにも協力してもらっては? 商船といえど、最小限の戦力はあるでしょう。賊を閉じ込め、見張る程度の余裕はあるものと思いますが』


 つまり、商船側の私兵を監視要員に用い、海賊船を連行させようというのだ。寄港先をあらかじめ伝えてもらえれば、外交を通じて受け入れの準備を進めることはできる。

 肝心なのは商船に対する説明だが、それはセリアから説明すれば十分だろう、と。


『本件に対する協力費を、商船側に提供する必要はありますが、そのあたりはこちらで調整いたしますので』


「かしこまりました。その方向性で、先方に掛け合ってみます」


 とりあえず、マルシエル側との話はまとまった。後は助けた相手との折衝である。


 さて、どうなることかと気を揉んだリズだが、この提案はあっさりと通じた。

 もともとの目的地に、海賊船だった船を連れていけば、協力費がもらえるという。賊を閉じ込めることにリスクがないわけではないが……それでも魅力的な申し出だと先方は認識したようだ。

 それに、助けられておきながら断るのは――という思いもあったのだろう。


 話が通り、引き渡しのための諸々も終了し、リズたちは2隻を見送った。

 去っていく船を見つめながら、彼女の口からポツリと言葉が漏れる。


「確保したらしたで、面倒はあるものね……」


「しかし……やはり、沈めるよりはずっといいのでは?」


 アクセルが真面目な顔で声をかけてきた。そこでリズは、周囲に視線を向けていく。

 彼女の下にいるクルー同様、あの海賊船にも、似たような境遇の者がいたかもしれない。

 いや、きっといたことだろう。

 殺さずに済んだのは、きっと善いことだ。


 関わるそれぞれに対し、少し面倒を吹っかけてしまったようではあるが。

 彼の言葉に、困ったような笑みで「まあね」と答えるリズに、今度はセリアが口を開いた。


「試験運用という側面も大きいですから……むしろ、こういった事態への対処をどうするか。その具体的な手順を考案し、検証する。そういう任を担っていると考えれば、こうした問題もまた、一つの貢献に(つな)がるのではないでしょうか」


「なるほど。私たちみたいな傭兵を本格的に運用する前に、問題点を洗い出したいと」


「はい」


 実際、この船を運用する表向きの目的の一つに、軍部と傭兵が連携するにあたっての検証と評価というものがある。

 ならば、仕事の過程で新たな問題が出てくるのは、想定済みということになろう。解決できる問題であれば、むしろ歓迎すべきでさえあるのかもしれない。

 迷惑をかけていることに違いはなかろうが、リズはずいぶんと気が楽になった。


 以降、リズたちの船は、海賊船を拿捕した際に同様の流れで対処していくことになった。

 海賊船と商船の間に割って入ったなら、商船側に港までの連行を依頼。

 海賊船単体と遭遇した際は、近辺航路で航行中の船に通信で呼びかけ、交渉した上で連行を依頼。

 いずれのパターンにおいても、拿捕した船を処分して得た金額から、相当量が協力者に支払われるという流れだ。

 関わった者にしてみれば、公機関にまで恩を売れるとあって、願ってもない話となる。


 一方で、リズにとっても悪い話ではなかった。

 拿捕した船の権利を何割か差し出す形になるため、相手への協力費という形で稼ぎは減るのだが、助けた者や協力者への恩は売れる。

 そうした積み重ねで、民間における存在感を増すことができれば、ラヴェリアもやりづらくなるのでは……そういう考えがあったのだ。



 船に搭載された魔力感知機構は優秀で、マルシエルからの指示も的確そのもの。

 おかげで、マルシエルから出港して10日ほどで、退治した海賊船は早くも2隻になった。

 連戦連勝は好ましいことではあるが、これだけならず者がはびこっていると思うと、素直に喜べないものもある。

 また、南進して遭遇した海賊は、おおむね練度が低いように見受けられた。マルシエル海軍から派遣されている水兵も、同様の印象を(いだ)いている。


――ということは、駆け出しの海賊が、どこかで普段よりも多く輩出されているのでは?


 こういう情報を集めるのも、リズたちに課せられた大きな役目であるが、あまり深入りできる段階ではない。幸先のいい戦果とは逆に、海の向こうからは不穏な気配が漂ってくるようだ。


 ただ、リズたちが抱える問題は、こればかりではなかった。



 8月12日。折り入っての相談ということで、船長室にセリアが単身でやってきた。改まった様子での話は、出港してからこれが初めてだ。

 二人きりの静かな部屋の中、彼女はためらいながらも口を開いた。


「あの航海士の事ですが」


「何か問題でも起こしましたか?」


 あの彼、ニールの性格面が、マルシエルからの出向者としては気になるのではないか。そういう思いが、リズには前々からあった。

 もっとも、具体的な問題行動は起こしていない。仕事ぶりだけは真面目ということもあって、今までは特に注意などしてこなかったのだが……

 真剣な眼差(まなざ)しを向けるリズに、セリアは少し困ったように苦笑いし、話を続けていく。


「私たちのような……公務員に対し、あまり好感を持っていないようです。仰る通り、現状では表立って問題は起こしていないのですが……何かの拍子に、態度が豹変する可能性は無視できません」


「例えば……ラヴェリアから何かしら仕掛けられた時など、でしょうか」


 臆せず尋ねるリズに、セリアは硬い表情でうなずいた。


「彼があなたの下で働くのは、仕方なくといったところでしょう。離反するリスクが一番高い人員と思われます。加えて、船員たちの間で、相応の信望を集めているようにも。留め置くための説得の余地が、ないこともないでしょうが……」


「何かあると、一緒に持っていかれるのではないか……と」


「はい」


 一応、彼がいなくなった時のための交代要員を用意する準備はある。何かがあってクルーが付き合いきれなくなった場合、まずはどこかの港へと向かわねばならない。そこで、交代要員を補充するというのだ。


――では、何か事が起きてしまう前に、先だって彼を降ろしてしまうべきではないか。


 そういう意図をセリアは言外に(ほの)めかしていると、リズは察した。

 実際に口にするには抵抗があるだろうが、それでも、放っておけばセリアは進言するだろう。

 言わせれば、彼女の中でも、何かが引返せなくなるのではないか。心情的にも言わせてしまいたくないという想いがあり、リズは言葉を先回りした。


「私は、彼にもこのまま乗り続けてもらいたいと、そう思っています」


 これを意外に思ったのか、セリアは一瞬キョトンとした顔で固まった。すぐに気を取り直し、彼女は尋ねた。


「差し支えなければ、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「……そうですね。単に、私の都合で追い出して、彼の人生を振り回したくないのです。そういうことをする人物こそ、彼はきっと嫌っているでしょうから。とはいえ……現状では、一番大事なことを打ち明けず、(だま)している形になってますが」


 自嘲気味に付け足した言葉の結びに、セリアは沈鬱な表情を浮かべた。言葉に出さずとも、同情の念は伝わってくる。

 不意に出たその言葉は、こうした同情を引き出すためのものだったのだろうか?

 例えそうではないとしても、同情を向けてくれる相手がいることに安堵する自分を、リズは恥ずかしく思った。素早く思考を巡らせ、発言を続けていく。


「彼の、冷ややかな発言のおかげで、自分を振り返る機会がないわけでもありません。自分のイヤな顔だけ映してくれる鏡、みたいなものでしょうか。外面にも気を遣う仕事だからこそ、至らないところに気づかせてくれる彼の存在は、得難いものがあるかもしれません」


「なるほど……差し出がましいことを申しました」


「……そういうところですよ?」


 お目付けにしては、そういう意味で”構ってくれない”彼女に対し、リズはやや皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 その含むところに、セリアは少し遅れて意図を察したようだ。顔に困り気味の微笑が浮かんでいく。



 こうして航海は、大問題なく順風満帆なものであった。

 が、ある日事態が一変する。


 リズが船長室で就寝していたところ、ドアがノックされた。「朝早く申し訳ありません」と、外から響く言葉は、大声ではないが切迫感がある。

 つまり、他には聞かせたくない何かがあるのではないか。


 ただならぬ何かを感じ取り、リズは跳ね起きた。翌日の水兵服に着替えてから寝入る習慣が奏功し、すぐに臨戦態勢である。

 ドアを開けると、そこには緊張した面持ちの水兵がいた。そして……


「ラヴェリア海軍の艦艇を名乗る船舶から、通信が入っています」

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