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第141話 改めまして、船長です

 8月1日、朝。

 リズたちは今、マルシエル諸島の外縁にある玄関島の一つ、外界へと(つな)がる港にいる。

 彼女が目を向ける先には、自身で拿捕(だほ)した元海賊船が係留されている。メインマストに掲げられている旗は、水色の下地に、細長い楕円が白い鎖のように連なって円環を成すという意匠だ。

 これは協商旗で、協商圏が公認する船舶という証明となる。


 会談の後、諸々の手続きは滞りなく進行した。元からある程度の準備を進めていたという話で、本日を以って正式に彼女の所有する船舶となる。

 加えて、船内の通信室はマルシエル軍部の通信室と直接繋がるよう、すでに調整されている。色々と外交的な要素を含むこの船だが、あくまで軍の協力者という位置づけだ。

 彼女がこの国に長居するのは、それぞれの関係者にとって得策ではない。そう考えれば、諸事の進みのスムーズさに、感心のような申し訳無さのような……


(ま……今更、かしら)


 吹き付ける磯臭い風も、どこか爽やかに感じられる。複雑な心情が風に乗って去っていき、リズは微笑んだ。


 なんと言っても、自分の船である。


 無論、マルシエルとの関係の下で、あまり勝手なことはできない。先方に希望があれば、そのとおりに動かねば。決定権は委ねると言われていても、果たさねばならない義理はある。そう彼女は思っている。

 それでも、船が自身の所有物となった事実は、格別な感慨を引き起こした。継承競争への対応手段の一つという実利面ばかりでなく、それ以上に大きな何かが、そこにあるようだった。

 言ってみれば、”自由”という言葉に実体を与えたような。


「浸ってますね……」


 横からした声に顔を向けると、アクセルがにこやかに微笑んでいた。リズを微笑ましい目で見ている……というばかりでもなく、彼自身も心沸き立つものはあるようだ。うずうずと興奮が(にじ)みでている。

 他の仲間たちにとっても、船の入手は喜ばしいらしい。


「なんというか、箔が付きましたね」


「相変わらずの根無し草生活だが……スケールは大きくなったな。いや、元からか?」


 色々な含みを込めた発言に、仲間たちが笑い始める。

 その意図を察したのか、リズの傍らにいる長身の女性が、なんともいえない微妙な笑みを浮かべた。

 彼女はセリア・メルカデル。初回の会談以降、リズに護衛・監視・観光案内等の名目で付き従っていたが、今回の出港を以ってリズの同行者となる。


 彼女が国からのお目付け役というわけだが、ここに諜報部員を配しないのは、マルシエルなりのバランス感覚であった。

 それに、もともと要人警護の役に就いていたセリアであれば、協商圏内の各国に十分顔が利く。これは、身分を秘匿しなければならない諜報部員では中々難しいことだ。


 一応、リズの船の追加人員として、マルシエル海軍の水兵も数名が参入している。

 だが、彼らはあくまでヒラの戦力であって、会談の内容は知らされていない。知っているのは、“マルシエル軍部の関係者に協商旗を掲げさせる”という、従前から存在した軍部の構想までである。

 リズとラヴェリアの関係について、マルシエルとしては国家機密としたい意向だ。知る者が少なければ、それに越したことはない。

 ただ、彼女の船に、真相を知らない者ばかりを乗せるわけにもいかない。かといって、秘密を共有する者をみだりに増やすのも……こうした情報上の事情も、セリアが同行者として抜擢された理由の一つである。


 そういった国としての事情は、リズも重々承知するところである。同行者の選定に関し、特に言うことはない。

 むしろ、滞在中に世話してくれたセリアが引き続き帯同してくれるのは、新たに誰かを付けられるよりは気楽で、心強くもあった。

 個人的に声をかけておくなら、船に乗り込み他のクルーたちに顔を合わせる前がいい。そう思ったリズは、セリアに「よろしくお願いしますね」と、にこやかに手を差し出した。

 だが……相手はどうも、戸惑う様子を見せている。気分を害したわけではないようだが。

 そこで助け舟――のようなものを出したのは、マルクであった。


「どっちが上か、先に決めておいた方が良いかもな」


「言い方ぁ」


 言われてなんとなく、リズは事情を察した。


「セリアさんにも、もっと砕けた話し方をした方が宜しいですかしら?」


「それが、その……難しいところとは思いますが」


 実際、微妙な問題ではある。

 船長はリズで、その下にクルーがつくことになる。

 しかし、マルシエル軍の協力者という位置づけとなるリズは、どちらかと言うと雇われる側だ。というより、対外的にも他のクルーにとっても、マルシエルの下請け的立場に収まるのが色々と無難である。

 と考えると、マルシエルから出向してきているセリアは、上部組織からやってきているわけであり……現場の事業主と監査役のどちらがエラいかは、意見が分かれるところであろう。


 こうした事情に加え……セリアはリズが他国の王女であると知っている。廃嫡されていると知ってなお、母国の議会が殿下と呼ぶほどの人間であることも。

 彼女自身、それが相応しいと思っているのだろう。今も恭しい態度で接してくれる、この同行者に、リズは困ったような笑みを向けて口を開いた。


「たぶん、私の中に遠慮があるのだと思います」


「遠慮、ですか」


「はい。この三人は……元は敵というか、非協力的な勢力の人員でしたので。それを……なんやかんやで、従えたと言いますか」


「説明が雑ですねぇ……」


「負け犬としては何も言えんわん」


 横から口を挟んできた仲間にチラリと視線を向け、二人がそっぽを向いてから、リズは再びセリアに苦笑いで言った。


「私が置かれている状況を把握した上で、それでも協力的な関係を続けようとしてくださるマルシエルには、感謝してもしきれません。セリアさんに対しても同様です。あなたからは、敬われているようになんとなく感じられるので、こんなことを言っても逆にご迷惑かもしれませんが……」


 そうして、リズは照れくさそうに笑い、頬を軽く掻いた。

 神妙な表情で聞いていたセリアは、少しした後、改まった様子で「今後とも、よろしくお願いします」と頭を下げた。

 ただ、頭を上げると、彼女の表情は少し柔らかな感じに。リズの想いと自分の心情の間で、いくらか折り合いをつけてくれたようだ。


 中核メンバーによる内々の話が済み、一行は船に向かって動き出した。桟橋からタラップを上り、甲板へ。

 船には見覚えのある顔が並んでいた。多くは、期待と不安が入り交じる様子だが……船長へ向ける目には、晴れやかな輝きのようなものがあり、リズはむしろ少したじろぎを覚えてしまうほどだった。


 マルシエルとの取引でクルーになった彼らだが、彼ら自身にも選択権はあった。懲役刑――軽微なものになる予定だったという話――か、リズの元で働くか。

 働くと言っても、単に船乗りの仕事をするだけではない。海賊退治に向かう船のクルーとなるのである。彼ら自身が戦闘行為を行うわけではないとしても、危険がつきまとう労役になるのは間違いない。

 そういった諸々の説明を受けた上で、彼らは決断し、ここにいる。彼らがそういう決断をしたと、リズは聞かされている。


 彼女が場の面々に視線を走らせると、視線が合うたびに、それぞれが表情を明るくしたり誇らしげにしたり……

 年上の男が多い環境だが、早くも彼女には、かわいらしい部下に見えてきた。

 そんな中に、先の航海中に反抗的だった面々が、とりあえずは真面目そうな顔で立っている。一番辛口だった航海士、ニール・ヒュレットも。

 彼と視線が合ったリズは、そのまま彼を真顔で見つめ続けた。その圧に耐えかねたのか、ややあって彼は言った。


「何でしょうか、船長」


「いえ、何でも……ってことはないわね。来てくれて嬉しいわ」


 含みなく――いや、反応を引き出してみようという、彼への興味がいくらか。後はほとんど本心から口にした言葉に、彼は淡白にも「どうも」とだけ返した。

 牢屋よりはこちらの労役をと、自ら選択した自覚があるということだろうか。なんにせよ、慎みのある彼の態度を、リズは意外に思いつつも安心した。

 その後、他のクルーたちに向けて「あなたたちも。ありがとね」と彼女は声をかけた。次いで、マルシエルから派遣されている水兵にも一礼。


 軽めの挨拶はここまで。依然として彼女の前に居並ぶクルーたちは、直立不動で構えている。

 チラッと視線を動かすと、仲間三人にセリアも同様であった。そういう態度が、改まった挨拶を促しているようでもあり……

 にわかに厳粛な空気になっていく中、リズは軽く咳払いをし、口を開いた。


「改めまして、船長のエリザベータです。すでに知っていると思いますが、この船で海賊退治に向かいます。色々と危険はあるでしょうが、それでもこの道を選んだあなたたちの勇気に、まずは称賛と感謝を……ただ、怖くなったら、いつでもいいから素直に言うように。私は笑わないし、笑わせもしない。絶対に、無理はしないように」


 この言葉に、色々と揺れ動くものはあるのだろうが……それでもクルーたちは、視線を泳がせることなく、リズへ視線を向け続けている。

 そんな部下に、彼女は微笑んだ。


「この先、色々なことがあるでしょうけど……あなたたちとは長い付き合いになると嬉しいわ。どうぞ、よろしくね」

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